よふけ 月が出ていた。鋭利な三日月だ。
欠けているくせに、そのままでも十分に清く、正しく、美しいと思わせるだけの説得力がある。
自分の写しである男と、どことなく印象が似ていた。洗練された太刀筋に、真っ直ぐにものを見る瞳。自分が持ち得ないものばかり持っている男。
左目の傷がまた疼き出し、ダークは苛立たしさを覚えた。カーテンすらつけていない窓に背を向ける。わずかな月明りで屋内が照らされ、ぼんやりとした自分の影が床に伸びていた。
眠りを妨げた疼痛は未だに治まらない。気晴らしに寝台から離れて外を見ていたのだが、雲の切れ目から現れた月を見てメタナイトを思い出し、余計に嫌な気分になってしまった。
ダークは壁に背を預け、ずるりと床に座り込んだ。まだ包帯が取れない傷跡に手をやる。
視界の狭さにはもう慣れた。遠近感も戻っている。ただ、さすがに剣の精度は落ちているだろう。訓練が必要だ。
メタナイトに負けた屈辱と怒りは忘れていない。だが、今は、この痛みがとにかく面倒くさかった。他の大小の傷も塞がっていないので、結局、体を元通りにするまでは何も始めることはできない。
ダークマインドからは、メタナイトを討てなかったことへの咎めはなかった。治療のために来たウィズを介して、当面は傷を癒せという指示を授けたのみだ。一報を聞いたダークマインドはかなり荒れたそうたが、ウィズの話はいつも大袈裟なので、実際はどの程度だったのかはわからない。
いずれにせよ、失敗への処分が無かったことと、生まれて初めてまっとうな指示を受けたことは、ダークにとって少なからぬ驚きだった。そうしろと言われれば、する以外になかった。
眠って休みたいのはやまやまだが、痛みと怠さが眠りを遠ざけている。かといって、できることは何もない。痛み止めも打ち尽くしてしまった。
ダークが痛みに苛立ちながら部屋を眺めていると、寝台の上でくしゃくしゃになった布団がむくりと膨れ上がった。灰色の丸が這い出て来る。
先日拾った小さいのだ。名前は、そういえばなんだったか。まだ直接聞いていない。
灰色は寝ぼけながらふらふらと動いて、寝台からぽてりと落ちた。わざわざ起きてこずともいいものを。
ダークが黙って見ていると、灰色は近づいてきた。足元がおぼつかない。瞼がずいぶん重たそうだ。起きている時だってぼんやりしているのに、起き抜けのせいで余計にのぼんやりしているようだ。
ダークは手を差し出した。何かせねば、と思った。
灰色を拾ってから、こんな気分になってとっさに行動する機会が増えた。気づかい、というものだろう。
灰色はダークの手に身を寄せた。無表情の寝ぼけまなこで、小動物が頬ずりするみたいに体をこすりつけて来た。ダークはそのままぐいと引き寄せ、抱きしめた。
ぬくい、柔らかい。
灰色はしっかりとダークを抱きしめ返し、温めようとしている。
ダークは目を閉じた。灰色の体温だけを感じる。
疼痛も、苛立ちも、たちまちどうでもよくなった。頭がすっかり空っぽになって、静かになる。
灰色は相変わらず何の主張もしない。この世のことさえ何も知らないようなのに、ダークが望んでいる時に必ずやって来て、抱きしめてくれる。疼痛がわずらわしい時も、手の先がなんとなく冷たくて物寂しい時も。
この灰色は、自分が抱きしめて、安心を得るためだけに生まれて来たものではあるまいか。一緒にいると、そう思ってしまうくらい、自然で、安らぐのだ。
気づけば灰色は寝息をたてていた。背をさする。灰色の口から、吐息と、喃語のように釈然としない声が漏れた。
初めて声を聞いた。
ダークの胸の奥がぶるりと震えた。腕の力をもっと強めて、力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られる。
だが灰色にそんなことはできない。ダークはざわついた心を押し込めた。
この気持ちは、これを抱きしめている時だけ浮かんで来る。大切なものなのにどうしてこんな風に思ってしまうのか、自分でもわからない。
灰色の寝息に、呼吸を合わせてみる。寝息につられて瞼が落ちて来た。今更寝台に戻るのも億劫で、ダークはそのまま静かに目を閉じた。