きみのてのひら【洋三】きみのてのひら
固く結ばれたその拳が、自分に向かって優しく綻ぶ日が来るなんて、思ってもみなかった。
「三井さん」
指先から、そっと俺の頬に伸びてくる水戸の手。
まるで繊細なガラス細工でも触るかのように、そっと遠慮がちに触れてくる。
喧嘩に明け暮れて人を殴りまくってる水戸の拳の内側は、少し体温が低くてかさついていて、思いのほか、【働き者のてのひら】をしている。
桜木や軍団のヤツらの話では、いくつも掛け持ちでバイトに行っているらしい。
不良然としていて、殴り合いもするけれど、そのてのひらがとてつもなく優しくて、俺をこの上もなく安心させてくれることを知ってしまった。
「水戸・・・・」
「あ、ごめん、痛かった?」
離れようとする水戸の手を自分の頬と自分の手で挟み込んで逃げられないようにする。
「離すなよ」
「へ?」
「もっと撫でてろ」
「ん、了解」
俺の言葉で、また撫でるのを再開する水戸。
頬を撫でて、ちょっとだけ耳元をかすめて、髪の毛と後頭部を撫でて、それからまた耳元をかすめて頬に戻る。
それを何度か繰り返されて、俺は微睡む様に蕩けて、そっと甘く息を吐く。
年下に撫でられるなんてプライドが許さねえけど、でも水戸に撫でられるのはすごく好きだ。
「みと・・・」
「んー?満足した?」
「まだ・・・俺がいいって言うまで撫でてろ」
「へいへい」
かさつきがちょっとだけ肌にピリつきを感じさせるけど、それを含めて気持ちいいと感じるのは、それが水戸のてのひらだからだ。
そのてのひらは、俺の不安を蕩かせて、安心を与えてくれる。
それからこびりついた虚勢も意地も蕩かせて、むき出しになった俺の気持ちを攫って行くことに、気づいていないんだろうな。
「みとぉ・・・」
「なに?」
「・・・ねそぉ、かも・・・」
「え?ちょっと、ここで寝るわけにいかねえでしょ?」
「・・・かもってだけで寝ねえよ・・・もっと撫でろ・・・」
不満げに催促する俺に水戸は眉を下げながら、撫でるのを再開する。
いつか、俺がこいつに素直に撫でられてるワケに気づいたら、どんな顔をするんだろうか。
早く気づけと思うけど、俺からは、絶対に教えてやんねえ。
だってなんか悔しいから。
三井さんは、恥ずかしがり屋だけど、割とオープンな性格だ。
「みーとっ」
「ん?・・・っ」
今日も今日とて俺を見つけて嬉しそうに駆け寄ってきたかと思えば、するりと俺の手を握ってくる。
所謂、『恋人繋ぎ』ってやつだ。
三井さんの綺麗で長い指が、俺の節くれだった武骨な指と絡まる。
それからきゅっと1回ちょっとだけ力を込めると、「へへっ」とこれまた嬉しそうにはにかむのが可愛いから、俺はされるがままにする。
手を繋ぎ始めて気づいたことは、三井さんの指の腹とてのひらのちょうど指の付け根あたりにマメなのかタコなのかがあるということ。
バスケ部に復帰してから、三井さんの練習を見てきたから、きっとその表れなんだろう。
そう思って、俺は何気なく三井さんに聞いてみる。
「三井さん」
「んー?」
「この手んとこのマメ?タコ?みてえなのって、やっぱボール触ったりするから出来んの?バスケダコとかいうやつ?」
「あー・・・これな・・・」
俺の問いかけに、繋いでいた手を離して自分のてのひらを見つめる三井さん。
「グレる前までは結構ガチガチだったんだけどなあ・・・この2年ですっかり柔らかくなっちまったから・・・」
そう言いながら一瞬だけ表情を曇らせた三井さんを見て、ああ、と俺は思った。
この人のてのひらにあるソレは、膝を壊す前までの努力の証で、三井さんがもともと真面目すぎるほど真面目な人だと物語っている。
きっとグレていた2年間は自分のてのひらを見るのも辛かったにちがいないだろう。
それから、更生した今は、悔恨の一部になっている。
そんな三井さんの気持ちは解らなくもないけれど、俺から見ればその努力があったからこそ、体力面ではリカバリなかなかできなくても、素人目にもすげーと思えるほどのプレイが2年ものブランクを経てもできているんじゃないかと思う。
「三井さん」
「ん?」
俺に目を向けた三井さんの手を取って、そっとそのてのひらに口づける。
「み・・・・」
「・・・・・・頑張り屋さんに俺からのご褒美ってことで」
ちゅっと軽くリップ音を立てて、ウィンクしながら三井さんを見上げれば、ほんのり目元を紅く染めた顔。
「・・・んだ、そりゃ・・・つかお前ドコでんなキザな事覚えてくんだよ・・・・」
唇を尖らせながら悪態を吐くのは照れ隠し。
そんな無自覚で可愛いくて、しすぎるほどの頑張り屋な年上の恋人の手を、今度は俺から繋いでやった。