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    minakenjaojisan

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    アサオズ

    流れ星を手に入れた男アサオズと流れ星

     オズは分厚い本のページを白い指で捲っていた。表紙には、タイトルと著者が金箔で刻まれている。
    「星々のゆりかご 厶ル・ハート著」。
     北の国の人々にとって、本は、そして読書は手の届かない高級な娯楽だった。だからオズの城にはそれらが山のように存在していた。うずたかく積まれた本は、己の脅威の表れでしかなかった。今では心の底から有り難みを感じられる。自分の隣に座って、本に齧り付いている小さな子供が、次から次へと嬉しそうに読み耽るからだ。
    「オズさま!ありました!」
     小さな子供──アーサーはオズよりずっと小さなやわらかい指で、ページの一点を指した。そこには「星の誕生」と綴られていた。この本の著者、ハート氏の観察によれば、星は爆発から生まれるという。オズによって読み上げられる星の始まりに、アーサーは大きな目を輝かせて夢中になった。
    「ばくはつから、星は生まれるんですね。ばらばらになったかけらとかけらがくっつきあって、だんだん大きくなって……すごいすごい!」
    アーサーは何が嬉しいのか、椅子からぴょこんと飛び降りると嬉しそうにオズの周りを跳ね回った。こうなると必ず最後にはどこかに体をぶつけて涙をこぼすことになるので、オズは跳ねる体を抱き上げて背中を撫でる。オズの首元で、きゃあきゃあと嬉しそうに声が弾む。ハート氏の著書が確かなら、アーサーはまるで毎日が星の誕生のようだ。来る日も来る日も、飽きずに弾けるように跳び回っている。オズは慣れた手つきでぽんぽんと背を撫でながら、今しがた知った星の来し方を思った。

     2人が星について調べていたのは、今日の晩、空を行く筋もの流れ星が駆けるだろうと双子が予言したのをアーサーが聞いたからだった。オーロラと流れ星をすでに何度も見たことのあるアーサーだが、流星群を見るのは初めてだ。アーサーはオズをいつものように質問攻めにした。
    どうして星は流れるのですか?
    星はどこから来て、どこへいくのですか?
     オズはいつものように困り果てた。一時は世界を手にせんと企て、半分は成し遂げたが、ついぞ世界の秘密を暴こうとしたことはなかったからだ。アーサーと出会ってから、花弁を一つ一つ開くように、世界のことを知る日々が始まった。一昨日はうさぎを見て、その鳴き声を初めて聞いた。昨日は鹿と出会い、その角が生え変わることを知った。今日は星というわけだ。
     抱き上げたアーサーの体はいつの間にかぐにゃりと力を失い、オズの腕の中ですやすや眠っていた。窓に目をやれば陽は半分ほど落ちて、なるほど今はこの子の昼寝の時間だ。アーサーは規則正しい生活を営む子供で、昼ごはんの後少し経つと必ず昼寝をした。ベッドに寝かせて、自分も隣に並んで寝転び、半刻もすれば必ず目を覚ます彼の寝顔を見つめるのが、オズの新しい日課だった。

     アーサーの知るそれよりもずいぶんサラサラとしたシチューを夕食にして、アーサーを分厚い毛布にくるんで抱き上げると、オズはベランダに出た。彼にも自分にも完璧な断熱魔法をかけているが、なんとなく不安になっていつも毛布で簀巻きにしてしまうのだ。
    「星、早くふらないかなあ」
     うふふ、とアーサーの笑い声が耳元に響く。悪戯っぽいその音をもっと聞きたくて、オズはアーサーに頬を寄せた。こうすると、この子は必ずくすくす笑うのだ。聞いていると、なぜか腹がいっぱいになるような、それでいて腹が空くような、くすぐったい気持ちになる。それが心の底から湧くような深い愛情であることを、言葉にする術は知らなかったが。
    「あっ!」
     突然耳元で弾けた大きな声に、オズはびくりとする。アーサーは身をよじって、腕を目一杯伸ばして点を指差した。
    「ながれ星!」
     アーサーの声を合図にしたかのように、満点の星空は一斉に身を震わせ、いく筋もの星を降らせていく。抱いた子供はきゃあきゃあと声をあげ、オズにしがみついた。
    「すごいすごいっ!わあ、わ、たくさんふってきます!」
     オズは何度も見たことのある景色だった。それなのに、この子が嬉しそうにしているだけで、なんと輝かしい景色に見えるのだろう。この力が天にまで及ぶなら、毎日星を降らせるのに。そんなことを考えていると、アーサーがオズを振り向いた。アーサーの瞳はキラキラと星を映していて、まるで小さな星空のようだった。
    「オズさま、わたし、ながれ星が欲しいです!オズさまなら、とれますか?」
     アーサーは突然、オズにそう問いかけた。オズも思わず目を丸くして、子供を見返す。冬の空のような透き通った瞳は、オズにできないことは何もないと信じ切っていて、きっと今度も自分の願いを叶えるだろうという不思議な自信に満ちていた。オズは思わず押し黙って、アーサーを見つめた。
    「……………取ることは、……」
     できない、と言い切ることは簡単だった。それなのに、たった4文字がなぜか口から出てこない。薄い唇を小さく開けたまま、困ったようにアーサーを見つめ続けるオズに、アーサーは首を傾げていたが、おもむろに再び空を見上げて、彼は言った。
    「そうしたら……わたし、いつか星をとって、オズさまにあげます」
    「……私に寄越すために、星を取りたいのか」
    「はい!きらきらしていて、とてもきれいだから……オズさまのかみにかざったら、きっとかっこいいです」
     そう言ってアーサーは、再び空を見上げ、静かに流星群を眺めた。
     オズも空を見上げるふりをしたが、心には先ほどアーサーが告げた言葉が渦巻いていた。星を取って、自分の髪を飾りたいと言う。今までに、庇護か命乞い顔色伺いのためだけに物を贈られたことはあった。双子からも、フィガロからも、最初は魔法使いの生活に馴染むことを、時には身を飾ることを求められて、服や装飾品を与えられてきた。アーサーの言葉は、その想いは、今までに受けたそのどれらとも違う気がした。
    「……何故……」
    「オズさま?」
     アーサーは、オズのかすかな声に反応して振り向いたが、オズはすぐに首を振って空を見るよう促した。アーサーはオズのこのような振る舞いには慣れていて、頷くとすぐに空を見上げた。オズは内心、ほっと息を吐いた。せっかくこの子が見たがった景色だ。ひとときでも邪魔だてしたくなかった。
     その後、しばらく空を眺めていたが、徐々にアーサーは目をしばしばさせ始め、いつしかオズの肩に頭をもたせかけて眠ってしまった。すやすやと眠る子供に風邪を引かせたくなくて、オズは星降る夜に背を向けて、寝室へと入っていった。



     最初はアーサーとオズで別の部屋を使っていたが、宵闇を恐れる子供のために、いつか2人は同じベッドで眠るようになっていた。起こさないようにそっと子供を下ろしたが、今日は間が悪かったか、霜の降ったような銀のまつ毛がゆっくりと開く。
    「オズさま……ほしは……」
    「……お前が寝入ったので、風邪を引かぬよう部屋に戻った」
     そう告げると、アーサーは嬉しそうに小さく微笑んだ。そして、ねむたげな瞳でオズを見つめてささやく。
    「オズさまのかみ、夜のようないろですから……」
    「……なんのことだ」
    「ほし、きっときれいです……夜ぞら、みたいに……」
     アーサーは途切れ途切れにつぶやくと、再び瞼に霜をおろして眠ってしまった。
     オズは、すうすうと静かな寝息を繰り返す子のまるい頬を、起こさないようにそっとなぞった。
    先ほどの問いかけを、彼は覚えていたのだろう。なぜオズの髪に星を飾りたいのか、と。アーサーに流れ星を見せてやりたいオズの気持ちを汲み取って、彼は今になって答えたのだ。
     魔法使いにとって致命的な弱点でもある髪に、この子にだけは触れさせていた。その度に、アーサーはその美しさを持てる言葉の全てでオズに伝えてきた。
    『オズさまのかみ、夜のそらみたいな色をしていて、きれいです!』
     その言葉たちの中に、夜空にたとえたものもあったと思い出す。──アーサーのマナエリアを彩るその一部に。
     長くその存在さえ忘れていた心臓が、とくり、と音を立てる。不思議と息が苦しかった。その苦しみから逃れるように、オズはそっと、そっとアーサーを抱き込んだ。
     流れ星のように突如彼の目の前に現れ、日々生まれいづる星の子。アーサーに星をとってやることはできなかったけれど、彼は今、流れ星をその腕に抱いていた。
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