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    sleeping_0041

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    sleeping_0041

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    ブルロホラー第十一話進捗です。
    区切りがいいので一旦公開します。

    お待たせしてすみません。原稿が終わったら続き書きます。投稿する時には公開した部分を修正しているかもです。

    オシャ忍者お嬢組「っ……」

     ピー……と複数の電子音が収束し耳奥に突き刺さる。脳味噌を揺さぶる鋭利な音に、ぱちりと蟻生は目を覚ました。
     真っ先に視界に入ったのは黒い空。一面黒塗りの天蓋と肌を撫でる外の空気に、ここは室外だと即座に判断を下す。
     壁や天井が破壊され、風通しが良くなると同時に建物の破片がそこらじゅうに転がった放送室。その真ん中で、蟻生は仰向けに倒れた状態で静かに空を見上げていた。
     少しの間、思考を剥ぎ取られた蟻生は呆然として、やがて電流が走ったように全身を跳ね上げる。

    「あれからどうなった!」

     起き上がろうとすると長髪が何かに引っかかって、蟻生は嫌そうに眉をひそめた。艶を失った髪を束にして掴むと勢いよく引き抜く。ぶちりと自慢だった髪が無慈悲に抜ける。
     コンクリートの塊に散らかる千切れた黒い糸が、ミミズが這っているように見えて舌打ちを一つ落とした。
     辺りに広がる瓦礫の山の大部分はモニターの破片からできているらしい。アイスピックのように尖った電子音は、その壊れたモニターから発生している。
     細かく破壊された液晶画面には色の羅列を映したカラーバーのみが表示され、それまで見ていた青い学校の監視映像は流れてこない。

    「千切、乙夜……どこにいる……」

     パチッパチッと青白い火花が舞う放送室は壊滅状態だった。
     放送前に『これはどうやって操作するんだ?』『この辺パチパチすればいけんじゃね』『テキトーでウケる』とか興奮して盛り上がっていた放送設備も無残なものだった。
     もうこの部屋は放送室として使い物にならない。放送室を支配していた主人をとっちめ、勝ち誇っていた過去が遠かった。

    「俺のミスだ。奴を抑えきれなかった。いや、そもそも大した準備もなく襲撃したのが間違いだった」

     共に吹き飛ばされたアイツらは無事だろうか。怪我一つ負っていない自分と同じように五体満足だろうか……。
     見晴らしの良くなった放送室だった場所を、仲間を探すために蟻生はフラフラと歩く。
     床全体が血に濡れたそこは、さながら地獄であった。






    「残念ながらここじゃお前らの様子は見えるけど、どの教室・どの棟にいるか正確には把握できない。ひょっとしたら別々の棟にいんのかも」

     乙夜がマイクを掴んで放送している、その両隣に千切と蟻生は立っていた。
     乙夜には放送部を見張るように言われたけれど、あれだけこてんぱんにやっつけたのだから大丈夫だと思っていた。
     何より久しぶりに見るチームメイトの顔ぶれに胸の奥が温かくなるみたいで。無事だったと安心して気が抜けて。乙夜の放送に耳を傾けて顔を和らげる彼らを見ておきたくて。
     どんな理由であれ、それが彼らの失敗に繋がった。
     突然フッ、と視界が闇に落ちる。

    「!」

     ずらりと並んだ全てのモニターがブラックアウトした。放送室はモニターの青白い光だけがライトの代わりとなっているから、部屋全体がほんの僅かな時間、真っ暗になる。
     驚いて声を上げるより先に、放送室はすぐに明るくなった。蟻生と千切は視線を合わせる。不安が両者に滲んでいた。
     ゾワリと言いしれぬ恐れが背中を這い上がってきて、蟻生は汗で湿った手のひらをズボンで拭う。

    「……で、提案なんだけど」

     乙夜の声は全く震えなかった。何も考えてなさそうなバカっぽいトーンを維持している。
     流石だ。だから放送の役目をこの男に任せたのだと頷く。
     校内放送を開始する前に、三人はモニターの映像から散らばったチームメイトの様子をそれなりに把握していた。故に、潔と凛が現れてほっとしたように顔を硬直させた馬狼や、透明になった四肢をだらりとさせ生きる意味をなくした顔で彷徨っていた玲王を、知っているのである。
     疲弊した彼らを見て怒りを覚えるのは当然だった。この事態を招いた怪異への激怒で目の前が真っ赤に染まる。

    『あいつら……』
    『精神的にかなり追い詰められている。どうにかできないだろうか』
    『んー。俺に任せてもらえる? いい感じにアゲればいいんでしょ? そーゆーの得意得意』

     それなのに乙夜は完全に殺気を抑え、おどけた軽いノリで校内放送をしたのである。
     それにどれほどの精神力を要するのか、蟻生と千切には想像もつかない。
     自分だったら切羽詰まった言葉を矢継ぎ早に吐いて、余計にチームメイトの不安を煽ってしまうだろう。特に自慢のオシャ髪を汚されてしまい精神がぐらついている時は。
     けれど乙夜は不安を消すどころか、ふざけた放送で彼らの気持ちを上向きに変えた。要するに『アガる』精神状態に塗り替えてしまったのだ。
     一言目からそれがわかったので、蟻生と千切は乙夜にのった。声色を変え、チームメイトを鼓舞するように意識した。自分だけでは絶対にできないことだった。
     それを言えば乙夜はきっと『あざーす』と手をフリフリさせながらなんてことない顔をして流すのだろう。
     ジジ、とノイズ音が入る。

    「集合場所を───」

     異変に気付いても乙夜は動じなかった。あくまで冷静に・声色は調子を変えず、事前に決めていた内容を朗読していく。淀みなく口を動かしながら、手でシッシッと払う仕草をした。二人を後方に向かわせる指示だ。
     彼らが放送部の確認に動いて一人きりになった途端、乙夜は頬を伝う汗を意識し出す。
     後ろから蟻生と千切の悲鳴が聞こえて、頼むから放送にのってくれるなと祈った。
     しかし。
     バチッ、バチッ、とモニターが激しく点滅を繰り返し、乙夜は耐えきれず目を閉じた。背後から飛び込んでくる二人の絶叫についに放送席を立って、

    「帰さない 帰さない 帰さない 帰さない 帰さない───……」
    「っ!」

     いつの間にかそこにいた、握りしめるマイクを取り囲む複数の頭蓋骨に腰を抜かした。
     そのうちの一つがパクリとマイクを噛みちって、キィーン……と耳を劈く爆音に両手で耳を塞ぐ。
     仰け反って逃げの体勢に入るも、乙夜が床を蹴るより早く、後方から伸びたひょろりと長い手が足首を掴んだ。
     ずるりと勢いよく引きずられ、受け身を取るのが遅れた乙夜は顎を床にぶつけて痛みに呻く。
     涙目で足元を見ると、人間の手のような形をした黒いモヤが足首にまとわりついている。自分の皮膚に複数の手垢がくっきりとついていた。

    「うぉ、グロッ!」

     笑い飛ばしてみせたいのに、そのまま蟻生と千切が向かったであろう方向に引きずり込まれ、乙夜は絶叫した。
     抵抗するためガリガリガリと爪を立てた床に触れる指先が、痛みと熱さに悲鳴を上げる。

    「死ぬしぬ、マジで死ぬ!」
    「させてたまるかッ」
    「お嬢!」

     千切がぶん回した教師用の大きなコンパスが、野球バットを振るのと同じ要領で乙夜を引っ張る黒い腕を攻撃した。
     分断するつもりで思い切り打ち回したコンパスは、しかしぺきりと折れてしまう。

    「やべっ」
    「助けてくれんじゃねーのかよぉ!」
    「うるっせぇ文句言うな!」
    「時間稼ぎご苦労」

     ずるずる引き込む黒い丸太を、今度は蟻生が一刀両断した。これまた教師用の大きな三角定規を包丁のように鋭く打ち下ろしたのである。
     スパン! と分断された腕は甲高い悲鳴をあげて本体に吸収されていく。足首の拘束から逃れた乙夜はホッとした。

    「サンキュ。……それ俺の手裏剣だろ!」
    「ふさわしい持ち主に返すさ」

     無造作に大きな三角定規を投げられて、乙夜は黒い本体に目を向けたまま人差し指でくるっと容易く受け取ってみせる。
     昔から指をかける隙間さえあればどんなものでも手裏剣みたいに投げて遊んでいた、忍者の末裔に恥じぬ堂々とした貫禄があった。

    「さて。……奴をどうしたものか」

     蟻生は二人と並んで放送室の奥に根を張る巨大な敵を観察する。
     ソレは複数の…数十では足りない数の人間の集合体のような体を持っていた。全身は実に流動的で、さっきまで腕が生えていたところに顔が生えたり、足だったものが指に変わったりする。顔のパーツも見るたびに変化するので、いつだって新鮮でグロテスクな顔面を曝け出している。
     体全体は黒くてのっぺりした印象を受けるのに、目玉や歯はリアルな気味の悪さを含んでいる。血走った憎悪に染まった多くの目玉と、不快感を全面に押し出す黄ばんだ歯が生えた大きな口。
     リアルと非リアルが交錯する非現実的光景に、今すぐ逃げ出したくなる。
     しかし、三人は一歩も引かなかった。放送室こそがこの異空間にとって大事な場所なのだとわかっているからだ。
     それに目の前の怪異は、既に一度倒している。

    「さっきとやることは同じだろ。俺が走って囮になるから、その隙に乙夜が目ん玉を遠隔攻撃。蟻生が指示出しとリカバー……」
    「かしこまり」
    「承知」

     千切は制服が破けて脹脛が顕になった足に力を込めて、いつでも走れる体勢を作った。
     突如、ずくんと本体の肉体が大きく隆起する。
     黒い巨体が見る見るうちに造り替えられていく様を、思考停止した三人はただ怯えた目で見上げている。

    「ぁ」

     キュリリ、コキリ、ぶちゅり、と嫌な音───骨が折れ肉が潰れる音が、断続的に鳴った。
     血飛沫をあげて手足が引っ込み、すべての目玉が閉じたと思ったら、ギャウウウウウッと唯一残った大きな口が猛々しく吼える。
     肌をピリピリ粟立たせる咆哮に、ジンと全身が痺れた。
     放送室の床を赤く濡らした血の湖がじんわりと彼らの足元に到達し、三人の靴下は赤黒い液体を吸い上げていく。雨とは違った生ぬるい温度が肌を包み込んでいく気持ち悪さに、それでも誰も動けない。
     獣の雄叫びに聞こえたその中に、人間の悲鳴が幾重にも重なっていたからだ。
     その人間の悲鳴が、自分と同世代・あるいは小学生くらいの幼子のものであるとわかって、全身が凍えたみたいで。
     無意識のうちに呼吸を乱し恐怖に顔を歪めた三人を前にして、バケモノがその大きな唇を三日月の形に吊り上げる。
     あ、来る。
     そう思っても指一本でさえ自由がきかない彼らを嘲笑うかのように。

    「───」

     まばたきする間もなく迫った黒い壁が全員の視界を奪った。






     鼻の奥を刺激する生臭い鉄の匂いに慣れてきた頃、蟻生は遠くに吹き飛ばされた千切と乙夜を発見した。

    「自分たちがどれだけ気絶していたか、わかるか?」
    「さぁ。今全身ピンピンしてんのがおかしいくらい、すごい衝撃を受けたのは覚えてんだけど」
    「進化とでも言えばいいのか……姿が変わったバケモンの体が触手が伸びて、壁破壊して、俺らにもそれが……」

     眉間に皺を寄せた千切が頭を振る。ボサボサに汚れた赤髪が闇に紛れて酷く不恰好に見えた。

    「ターゲットは?」
    「ン」

     乙夜が顎で指したところにいるらしいが、蟻生と千切にはハッキリとは見えない。乙夜にも「微かに気配がするから」と存在だけを感知しているから、かなり遠く離れたところにいるのだろう。
     それよりも目を引くのは、破壊され尽くした棟の中心地に置かれた肉塊だ。

    「あんなん、さっきまでなかっただろ……」

     血の湖となったフロアのど真ん中、赤黒く脈打つそれは心臓のようにも見える。ドクンドクンと拍動し、サッカーゴールの半分ほどの大きさを持った臓器が、ギュルギュルと膜を萎め、爆ぜた箇所から勢いよく鮮血が飛び出していく。
     まばたきをする間に形相が変化するそれは心臓にも筋肉にも臓器にも見えた。
     やがて肉が湖に吸い込まれていったかと思えば、真っ白な骨で構築された円形の器がドロリと姿を表した。
     それは時計のようだった。
     カチリ、カチリ、と人体が引きちぎれる音が時を刻んでいる。
     纏っていた血が滴り落ちると、人骨が複雑に組み上がって出来た大きな時計の針が示す時刻が光って見えるみたいで。
     時計の針は二時十四分を指し示している。

    「………」
    「どうする。一応攻撃は届くけど」

     近くに落ちていた何らかの破片を器用に回す乙夜が、蟻生に指示を仰ぐ。けれど蟻生は固く唇を引き結んで沈黙した。
     彼は知っている。
     あんなのに敵うわけがない、と。
     そも放送室を狙ったのは、元凶であるチャイムを制御するボスがいるのではと踏んだからだ。結果は的中、彼らは第一形態の敵と死闘を繰り広げ、辛くも放送室をジャックすることに成功した。
     が、もう一度勝てるビジョンは先の黒い一撃で消し飛ばされてしまっている。加えて意味のわからない悍ましい時計の出現に、脳が限界を訴えていた。
     怒りの感情に身を任せ、無鉄砲という名の鎧を得た、こどものような万能感は今や見る影もなかった。
     痛みが、衝撃が、悲鳴が、恐怖が、鎖のような頑丈さを成して足元を絡め取っている。

    「だ、いたい、放送室にこだわる明確な理由がなかっただろう」

     彼らは戦う理由を失った。
     三人は何も知らない。情報量が他と比べて圧倒的に少ない。そんな中でたまたま放送室を襲撃先に選び、今こうして誰も欠けずにいること自体、奇跡のようなものだった。
     奇跡は二度は起きない。
     起こるとするならば、それは必然だ。

    「………」

     重い沈黙が降りる中、千切はふと視界の隅でチラチラとまたたく光に気がついた。目を凝らすとモニターの破片にカラーバーではない他の何かが映っている。

    「……? っおい、これ!」

     三人は駆け寄って、さっきからチラチラチカチカ鬱陶しいスマホほどのサイズの液晶ディスプレイに、知った人間が二人映っているのを目撃して息を止めた。
     二子と我牙丸である。
     二人がどこにいるのか彼らにはまるで検討がつかなかった。それ以上の情報量に笑いを堪えるのに必死だったので。

    「んはは、なんだよコレ」
    「パントマイム?」
    「ジェスチャーだろう」

     二人は珍妙なアクションをカメラの前で忙しなく披露していた。彼らのいる空間の奥側、画面越しでは何があるのかもわからないそこを何度も指差し、半端に開いた両手を激しく上下する。意味がわからない。
     かと思えば長い両腕を体と並行に伸ばした我牙丸を、二子が歯を食いしばって殴るフリをした。どわーっと我牙丸がヘタクソに倒れたりして、とにかくしっちゃかめっちゃかだった。

    「なに、なに。どゆこと」

     コミカルな映像に笑いを堪えて乙夜が画面を注視する隣で、蟻生はかさついた唇に触れて思考する。
     カメラ目線なのは放送室側の人間にメッセージがあるからだ。であれば意味を紐解かねば。
     二人はしきりに攻撃的なジェスチャーを繰り返していた。攻撃。破壊。一体何を?
     ぴしりと直立した我牙丸が再び腕を伸ばす。今度は片腕を耳にくっつけるように天に伸ばし、もう片方の腕が一定間隔で円を描くように動かされる。
     それはまるで。

    「時計か……?」
    「! え、アレのこと?」

     蟻生の呟きに、乙夜が奥の大型時計を指差した。
     我牙丸が時計の役割を演じているのなら、二子がそれを殴ったり蹴ったりする理由はただ一つ。

    「あの時計を壊せってことだろ。すっげー無茶振りだけどな」

     無様で、滑稽で、どうしようもなく必死な二人のジェスチャーに、千切は力強い笑みを浮かべてみせた。
     三人には時計を壊す意味がわからない。この異空間を制御する心臓部を破壊して(それも彼らが知ることはない)、何が起こるかもわからない。
     けれど、チームメイトがそうしろと言うのなら、余計な心配は無駄だ。
     これで逃げる理由は無くなり、手元に残ったのは戦う理由のみ。
     であるならば。

    「あ!」

     千切が声を上げる。
     画面の向こうで、二子と我牙丸の後ろに化け物が迫っていた、
     逃げろ! と叫ぶより早く、察知した我牙丸がものすごい勢いで二子の背中を押し、カメラの死角へ走り出す。二人を追う黒い大群が画面を埋め尽くし、恐ろしくなって千切はディスプレイを落とした。
     ぺしゃ、と血溜まりに落ちたそれはカラーバーへと表示を変え、電子音をキリキリ喚くだけのゴミとなる。

    「……我牙丸と二子の即興コントに感謝だな」
    「ああ……やるべきことは定まった」
    「ボス二連戦? 俺ら勇者かよ」

     しゃあねぇ、やりますか。
     そんなら視線が交錯し、勇ましさを増した眼差しが時計と奥の本体を睨む。
     時計を壊す意味も、放送室をジャックしたメリットも、正しい意味で何一つ理解していない。
     けれどそれでいいと思った。
     それだけで彼らには十分だった。
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