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    箱の裏

    大体BL
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    箱の裏

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    時間軸は最終回くらいのオニキド 試しで序盤だけ載せてあります
    名前はヒーローネームのままにしてあります
    △注意! 二人の家族、職業など完全に捏造、オリジナルキャラクターも出てくる私による私のための妄想小説です
    そういうパロと思って読める方だけお読みください

    少年よ、「あんた、誰?」


     暫く仕事で忙しくして久方ぶりの逢瀬の最中、突然青ざめてベッドを飛び出していった恋人に、オニマーが言われた台詞である。
     キドウは裸のまま追い詰められた洗面所の隅で戦意よりも不安が勝った声でそう言い、次いで鏡に映った自分の顔を見て「えっ」と口に出した。まるでそこに見覚えが無い誰かが映ってでもいるかのように。

     結論、キドウは現在精神年齢だけが16歳に退行している――否、この場合は16歳以降の記憶が抜け落ちていると言うべきだろうか?なんにせよ、自分のヒーローネームも、エンデヴァー事務所のことも、共に暮らす恋人のことも一切覚えが無いということらしい。


     おふざけにしては度が過ぎているその態度に自らも面食らい、また困惑しながらもそこまでを聞き出したオニマーは、ペットボトルから茶を注ぎながら、ソファに座らせたキドウを肩越しに覗き見た。
     コーヒーは口馴染みが無いと言うので――いや、これもオニマーからすれば信じがたい話なのだが、お茶にした。かろうじて人に出せそうなものがあって良かった。これが駄目ならあとは酒かトニックウォーターか、オニマーがいつも就寝前に飲んでいる乳酸菌飲料くらいしかない。

     レンジで温めたマグカップを差し出すと、キドウは「どうも」と言ってそれを受け取った。いちいち他人行儀なことにオニマーとしては傷付くところではあるが、それにしても渦中の本人は先程までの取り乱し様が嘘かのように落ち着いている。
     どうやらオニマーと話すうち、今どういった状況に置かれているのかは自分でもおおよそ理解したらしい。19年前ならば既に個性隆々たる時代とは言え、この状況はそう体験できないだろう。利口さとふてぶてしさは生来のものなのかもしれない。


     しかしその上でキドウはどうしてこうなったのかや、これからどうするかということよりもまずオニマーに興味があるらしかった。確かに、男と付き合うのはオニマーが初めてだと言っていたし、同棲しているどころかセックスまでする間柄の男が居るとは、未来の自分の姿としては想像もつかなかったことだろう。

    「俺たちいつから付き合ってんの」
    「もう13年くらいになるかなあ」
    「そんなに?」
    「親にも顔合わせ済ませてますんで」
    「マジかよ、本気じゃん」
    「全然思い出せねーの?」
    「今のところ何も…」

     ごめん、と言うのでオニマーは慌ててお前が謝ることじゃないと宥めた。姿かたちは普段とひとつも変わらないのに、所作も表情も本当に子供と話しているようだ。

     ここで話していて埒が明くわけでもない。今日のところは一旦寝て、また明日色々と調べることになった。ただ、現在心は16歳の少年であるというキドウをこの部屋に泊まらせて良いものだろうか?
     彼の話が本当ならば少なくとも今夜はここに居てもらうべきだろう。そうなるとどこで寝てもらおうか、ソファで寝させるのも忍びないが、かと言って裸で陸み合っていた記憶がまだ色濃いベッドに寝させるのも道徳上問題がある気がする。
     正直、よりによって今かと思わなくはない。肌を重ねることも、あの戦争以降そう多くはないというのに。

     迷った末、止む無く、ベッドで寝てもらうことにした。苦虫を噛んだ顔でシーツを替え、自分はソファに居るからと立ち去ろうとしたオニマーに、キドウはあっけらかんとして「一緒に寝たらいいじゃん」と言った。

    「恋人同士なんだろ」
    「そうだけど、お前とは違うから…」

     今度はオニマーがごめんと謝る番で、キドウは呆気にとられた顔をした。

    「真面目なんだな、あんた」

     しげしげとオニマーの顔を覗き込んだあと、いつも通りにしても俺は平気だよと言い置いてキドウはベッドに潜り込んだ。借りてきた猫とは思えないその態度に、オニマーは改めて本当に全部冗談じゃないんだよなと言いたいのをぐっと堪え、「おやすみ」と言って明かりを落とした。


    ***


     個性攻撃に因る事象なのかどうかはともかくとして、精神だけが若返ったとするよりはある時から今までの記憶を失っていると考えるのが自然だろう――警察の見解も、やはり概ねそんなところだった。
     しかし問題はそれ自体ではなく、失ったのか、それとも奪われたのかということだ。奪われたものならば取り戻す方法もあるかもしれないが、失ってしまったものはどうなのだろう?
     否、そもそもとかく精密で脆い人間の脳は、打ち所と運が少し悪ければ『こう』なってしまう。

     本人には特に攻撃を受けたという記憶は無いらしい。覚えているのはいつも通り、学校から帰宅して家で母親の手伝いをし、夕飯を食べて祖母の話し相手をしたあと自室に戻ったところまで。
     生憎と言おうか、オニマーの方にも、キドウが誰かに恨まれるような心当たりは無かった。サイドキック時代ならどうだったか分からないが、現在のキドウは言ってしまえばしがない家事手伝いだ。


    「家事手伝い?」
    「身寄りのない子供たちを預かってる施設があってさ、そこで働いてるんだ」

     車を砂利の上に停め、着いたよ、とオニマーが言うとキドウは助手席から反対側の窓を覗き込んだ。

     住宅街から少し離れ、うらぶれた路地を行くとその建物がある。人里離れた――というわけでは決してないが、敢えて通ろうとしなければ見付けられないような場所だ。連なった二棟の平屋の軒先で洗濯物が揺れている光景は普通の民家とそう変わらないものの、ささやかながらグラウンドのようなものがあるために幼稚園か何かのようにも見える。

     オニマーが事情を説明すると、寮長だという壮年の女性は「あらあらまあまあ」とテンプレートのような台詞で驚きを示し、キドウの顔をまじまじと見た。

    「見た目じゃ分からないけど…今は高校生ってわけ、キドウくんは、へえ~」
    「そういうわけで…警察からは連絡がありましたか」
    「ええ、ええ、聞いてますよ、あたしも最近のキドウくんの様子を教えてほしいって言われてね…うーん、と言ってもこれと言って変わったことは…」

     寮長が知る限り、キドウが『こう』なったその日もつつがない一日であったようだ。オニマーは少しだけ困ったように「そうですか」と言い、キドウの方を見た。

    「暫くは養生するようにと言われてはいるんですが、本人は何もせずに居るのも退屈だと言ってまして」

     普段のキドウがしているのは掃除や洗濯、皿洗いに送迎などの雑用仕事だ。車の運転は無理でも、16歳という年齢を考えればできることはあるだろう。それに普段通りの行動や人との会話が記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。何か手伝えることはないかというオニマーの提案を、寮長は朗らかに快諾した。

    「男の人が居てくれるとやっぱり助かるのよね、いちからで大変かもしれないけど」
    「そうですか、こちらこそ助かります」
    「オニマーさんは今日はお休みでいらっしゃるの?良かったら皆の顔を見ていきませんか」
    「是非、皆元気にしてますか」

     和気あいあいと話す二人の様子にキドウは首を傾げた。家人の職場の上司という、言ってみれば殆ど他人の立場にしては随分親しげだ。
     キドウが「あんたもよく来るのか」と尋ねたとき、オニマーの返事を遮るように、ドアの向こうからぱたぱたと元気の良い足音が廊下を駆けてくるのが聞こえた。

     一直線に駆けてきたらしい足音の主は、ドアを開けて来訪者の顔を見るなりぱっと破顔して「やっぱり!」と言った。

    「車が見えたのよね!来てくれたの?オニマーさん!」
    「おはよう金華さん、元気そうで良かった」
    「元気よ!あたしはいつも元気!ところで隣の奴はどうしたの?今日は一段とぼうっとしてない?」

     はきはきと通る声で元気いっぱいに話している少女はキンカという名前らしい。キンカはまるでキドウのことなど眼中にないという態度でオニマーに話しかけたあと、その勢いに面食らっているキドウにきりっと向き直り、次いでじろりと訝し気な視線を寄越した。何と言おうか、目まぐるしい子供だ。

    「オニマーさんと一緒なのに指輪も嵌めてないじゃないの!いつもみたいに厭味ったらしくマウント取るのはやめたわけ?それとも喧嘩の最中かしら、どうせあんたが悪いんだからさっさと謝りなさいよね!」

     部屋に響き渡る声量で言い放たれた台詞に、キドウは頭を横から殴られるような心地がした。
     指輪。単なるファッションとしてのそれの話では無いことは流石に察した。――なるほど、この様子だとこの施設の人間は全員オニマーとキドウの間柄を知っているのだろう。そして信じがたいことに、未来の自分がそれを吹聴して回っているのだ。

     キドウが責めるように隣を見ると、オニマーからは返事として諦めとも悟りとも取れる沈黙があった。キドウは思わず己の頬をぺちんと叩いたが、それでこのおかしな夢が覚める筈もなかったのだった。



    ***


     件の養護施設は寮長が個人的に自宅を改築し運営しているようだった。施設員は寮長の他に女性が二名と、交代で常駐している警備員の男性が二名、それからキドウで全員だ。
     子供のほうは一番幼くてまだ2歳で、一番上が18歳。もっとも、この18歳の彼はこれから進学先の寮に世話になるそうで、じきに退寮するとのことだ。

     当面の間オニマーの世話になることに決めたキドウは、その間タダ飯を食らうのも気が引けて自分にも出来ることはないかと申し出たが、正直子供の相手が得意なわけでもない。さてどうなることかと思っていたのだが、施設の子供たちはキドウが想像するよりずっと聞き分けが良く働き者だった。
     キドウがしたことと言えば、洗濯物を干すことと、小学生の宿題の面倒を少しばかり見てやったことくらいだ。

     それでも帰宅した頃にはキドウはすっかり疲れていた。普段使わない筋肉を酷使したような感覚がある。神経は人並み以上に太い自覚があるのだが、一応、緊張はしていたらしい。

     キドウがベッドに倒れ込むと、背中の方から「さすがに疲れたか」と声がした。
     ついさっきまで余所行きの恰好をしていた筈のオニマーは、キドウが一寸目を離した隙にもうTシャツに短パンの姿になっている。季節はまだ春の足音が聞こえるか聞こえないかといった時分だ。キドウの目には寒そうに見えるのだが、当人は至ってけろりとしている。

    「あんた寒くないの」
    「全然」

     ほれ、と差し出された手を取ると、なるほど風呂上りかのように温かい。キドウの冷えた指先にはその体温が心地よかったが、大きな手のひらは用が済んだらすっと離れていってしまった。
     記憶を失いこそすれ姿かたちは変わっていない筈なのだが、オニマーの態度はキドウが『こう』なってからずっと一定の節度を保っている。


     キドウがシャワーを浴びて戻ってくると、ちょうどオニマーがテーブルに夕餉の皿を並べているところだった。

    「今日はカレー?あんたが作ったのか?」
    「んなわきゃない」

     これも貰い物。だから美味いよとオニマーは苦笑して言った。
     この部屋の住人は料理というものを一切していなかったらしい。キッチンにはかろうじてフライパンと雪隠鍋がひとつずつあるくらいで、まな板さえなかった。当人は作ろうと思えば作れなくもないと言っていたが怪しいものだ。そんなオニマーたちの食生活を心配してなのかは知らないが、オニマーの母親が定期的に作り置きを分けてくれるのだという。

     最初にそれを聞いたとき、キドウは内心驚いた。親にも顔合わせは済ませてあるとは聞いていたが、そこまでしてくれるほど良好な関係を築いているとは。
     もしや19年の月日が流れる間に、同性同士のカップルというのは物珍しいものではなくなったのだろうか?

    「半分くらいは純粋に作りたくて作ってるんだと思う、腕を奮いたいというか」
    「料理人か何かなのか」
    「管理栄養士。料理は趣味」
    「へえー、いいな」

     思わず素直な感想が出た。母親が料理上手に越したことはない。

    「父親のほうともたまに会ったりするの」
    「たまにな、こないだ一緒に釣り行った」

     キャンピングカー借りてさあ、と話すオニマーを、口にスプーンを運びながら、キドウはなんとなしに見つめる。
     オニマーと、彼の父親と、そこに自分も居たという話なのだろう。16歳のキドウは当然知らない、未来のキドウの話を聞くのは楽しくもあり、少しだけ寂しくもあった。

     オニマーはおそらく、教養と礼節のある両親の間に生まれて、恵まれた裕福な家で育った男で、それだからこのようにおおらかなのかもしれない。

     鯖が入ったカレーは甘口の中に酸味が利いていて美味しかった。付け合わせにとコンビニで適当に買ったサラダが、僅かな異物感を残して喉に落ちていった。



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     暫く仕事で忙しくして久方ぶりの逢瀬の最中、突然青ざめてベッドを飛び出していった恋人に、オニマーが言われた台詞である。
     キドウは裸のまま追い詰められた洗面所の隅で戦意よりも不安が勝った声でそう言い、次いで鏡に映った自分の顔を見て「えっ」と口に出した。まるでそこに見覚えが無い誰かが映ってでもいるかのように。

     結論、キドウは現在精神年齢だけが16歳に退行している――否、この場合は16歳以降の記憶が抜け落ちていると言うべきだろうか?なんにせよ、自分のヒーローネームも、エンデヴァー事務所のことも、共に暮らす恋人のことも一切覚えが無いということらしい。


     おふざけにしては度が過ぎているその態度に自らも面食らい、また困惑しながらもそこまでを聞き出したオニマーは、ペットボトルから茶を注ぎながら、ソファに座らせたキドウを肩越しに覗き見た。
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