【エー監】独り占めワルツミラーボールがギラギラ輝くダンスホール。
ツノ太郎が演奏するパイプオルガンを主体にオーケストラが奏でるワルツ。
三拍子に合わせ手を取る二人が優雅に踏むステップ。
まるで舞踏会みたい――!
目の前に広がる、子供の頃に憧れていた光景に胸が高鳴り、頬が赤らんでいく。
けれども、現実は残酷なもので。
「マジで? ワルツ踊ったことねーの?」
「めんぼくねぇ……」
ワルツを踊ったことある純日本人なんて、どのぐらいいるのだろうか。
アニメや漫画でしか見たことのない社交ダンスを見よう見まねで踊れるはずもなく。憧れた景色の片隅で、一人肩を縮めていた。
「なので大変申し訳ないのですが、ワルツの踊り方を教えてください……」
「……しょーがねーな。 ゆーて、オレも社交界みたいには踊れねーよ?」
「でも基本は知ってるんでしょ?」
「まぁ、ミドルスクールで踊る程度なら」
「その時点で雲泥の差なんだよ」
こちとら踊れるのは盆踊り、ヨサコイ、マイムマイムだけだ。舞踏会で踊るような可憐なダンスなんて、義務教育で触れることすらない。
あ、これが俗に言う「文化の違い」……!?イギリスやアメリカの学校では習うのかな?
行ったこともない異国の文化を想像していると、目の前にスっとエースの手が差し出される。
「ほら、お手をどうぞ。 お姫様」
そう言ってニヤニヤと面白がるエースに、ムッとしながらも差し出された手をとる。するとエースはその手を握るとグイッと自分の方へ引っ張り、空いていた腕を私の背中へとまわした。
「うわっ」
「何ぼーっとしてんだよ。 ユウも左腕こっちに添えて」
えっ、えっ?と戸惑いながらも、言われた通りエースの腕にそっと自分のを重ねる。
いつも一緒にいるのに、触ることのなかったエースの腕。私とは違って筋肉質でしっかりとしたそれに、ちょっとだけドキッとした。
「オレに合わせて動けよ。 右足から、いち、に、さん」
「えっと、こう?」
「そうそう。 ここで足を後ろに引いて」
「わわっ」
エースの足の動きについていくように、私も足を動かす。
いち、に、さん。いち、に、さん。
小さな声でリズムを刻みながら、ステップを覚えていく。
「初めてにしては、結構いい線いってるんじゃね?」
「ほんと!?」
「んじゃ、曲に合わせるぞ」
「まって、早い早い!!」
まだ曲に合わせられるほどの余裕ないんだけど!?
そう訴えようとしたのに、エースは流れている曲に合わせて動き出し、私も困惑しながらも、覚えたてのステップを踏んでいく。
暫くするとだいぶ身体も慣れてきて、少しずつ余裕ができはじめた。
「慣れてきたっぽいな。 じゃあ最後。 ――――オレの顔見て」
「へ?」
顔を?
首を傾げながら、足から視線を外して、エースの顔を見上げる。
どうせ、初心者の動きを面白がってニヤニヤしてるんだろうなと想像していたエースの顔。けれどもその予想は大きく外れて、エースは目を細めながら嬉しそうに、私に笑いかけていた。
「社交ダンスなんだから、相手の顔を見るのが当然だろ?」
「でも、足元見えないから、エースの足踏んじゃう……!」
「別に足踏んでもいーから」
オレを見てよ。
そう言いたげなチェリーレッドの瞳が私を捕らえた。
目がそらせないまま、流れ出した二曲目に合わせて私たちはゆっくりと動き始める。
わからない――。
うるさい程にドキドキする鼓動は、ダンスで身体を動かしているからなのか。
それとも………。
「…………ユウ、今日オレ以外と踊るの禁止ね」
「なんで!?」
初めてにしては、様にはなっているはずなんだけど!
エース先生からの突然の命令に、思わず声を荒らげる。
「お前、相手がオレだからなんとか踊れてるけど、デュースやグリムと踊ったらぜってー足踏みまくるわ」
「そ、そんなこと…………」
ありそう。
ワルツなんて初めて踊ったけれど、エースのリードは次にどう動けばいいのか分かりやすくて、ステップを間違えた時も自然な動きでカバーしてくれる。
もし相手がデュースやグリムなら、きっとこんなに上手く踊れていないだろう。
「でも先輩とかなら――」
「先輩のリードが上手くても、足踏まない自信ある? 先輩の足踏める?」
「…………ないです」
なんて言う残酷な質問。
いくら優しい先輩でも、足を踏むなんて想像しただけで恐い。
結局、誰とも踊れないのか……。
肩を落としていると、上から「ぷっ、ははっ」なんて堪えられてない笑い声が聞こえてきて、その声の主を下から睨み上げた。
「そう睨むなって。 プロムまでには、ちゃんと踊れるように練習付き合ってやるからさ」
「本当? 約束だからね」
「はいはい、約束約束。 だから、それまではオレ以外と踊んなよ?」
「……わかった」
むぅーと頬を膨らませる私とは対照的に、エースは満足気な顔をすると「忘れないうちに、もう一曲な」嬉々として再びステップを踏み始めた。