【エー監/デュ監】ブーケに一輪の赤いバラを『ユウが元の世界に帰れるかもしれない』
そんな噂が広まりつつある。
ユウの様子からして、きっとそれは事実なんだろう。最近、妙に明るくなったし。
アイツの笑顔が増えたのはいい事だと思う。……けど、その理由が『帰り道が見つかったから』なんだと脳裏によぎる度に心はジクジクと熱を放ちながら痛みだす。
あーあ。らしくねーの。
もし卒業の日まで元の世界に帰る方法が分からなかったら。
そしたら、ユウに告白しよう。
なんて。
まぁこの関係が拗れる前に見つかってよかったんじゃねーの?
告白したところで、ユウが応えてくれる保証なんてないんだし。
そんな自分が納得できるような言い訳を悶々と考え込んでいたからだろう。
目の前にすごい勢いで飛んできた妖精に気づけなかったのは。
***
どうやら気を失っていたみたいだ。
目を覚ますと、真っ青な空。風に揺れる芝生。そして目の前には見知らぬ…………いや、確かバラの王国の、有名な教会だ。
「は? なんでバラの王国にいんの?」
ヒリヒリする額に手をあてながら起き上がり、制服に着いた草を払う。
あの妖精に転移魔法でもかけられたのだろうか。
とりあえず先生に連絡しとくか。
そう思ってスマホを見ると何故か圏外。
いやいや、ここ観光地じゃん。なんで電波通じねーんだよ。
リンゴーン。リンゴーン。
突然、教会の鐘が鳴り響きビクッとする。
なんでか、その鐘の音はまるで「こっちに来い」と言ってるような。そんな気がして、オレは教会に足を踏み入れた。
しんと静まり返った聖堂には青と白のバラの花束が道なりに飾られていて、それは正面の祭壇にも続いていた。
どうやら、ここで結婚式が行われているみたいだ。
こんな有名な所でなんて、何ともまーお金持ちなこと。
ハーツラビュル特有の職業病のせいか。白いバラを赤く塗りそうになるのをこらえて、風に乗って聞こえてくる話し声の方へ進む。
聖堂を抜けると、そこには開けた中庭に溢れんばかりの人々。服装から全員がこの結婚式の参加者みたいだ。
見るからにお金持ちな奴らが沢山…………もしかしたら、相当な有名人の結婚式なんじゃね!?
どーせ直ぐにNRCに帰れるわけでもねーし、ちょっとぐらい、いいだろ。
オレは一番近くにいたメガネの親切そうな男に声をかけた。
「あのーすみません」
「えっ? っ……あぁ、どうしたんだい?」
「オレここに観光に来たんですけど、今日って結婚式か何かですか?」
「ああ、そうだよ」
男はグラスに入っていた白ワインを飲み干すと、ジッとオレの顔を見つめる。
「……失礼。 もしかして君、トラッポラ先輩の親族かい?」
「えっ!? そうですけど……」
なんでこの人オレのファミリーネーム知ってんだ!?もしかして兄貴の知り合い……とか?
男は「やっぱり!」と満面の笑みを浮かべて、空いたグラスをウェイターに預ける。
こんな真面目そうなやつ、兄貴の友達にいるなんて想像つかねーんだけど……。
「君、時間はあるかな? ぜひ新婦に会って貰いたいんだ」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん! 確か今は控え室にいるから、案内するよ」
こっちだよ。歩き出した男の後をラッキーと気分よくついて行く。
まさか新婦に直接会うことになるなんて……待て待て、誰の結婚式なのか、一番聞きたかった事が聞けてないじゃん!
「いやー、君トラッポラ先輩に本当によく似てるねー! 本人かと思っちゃったよ」
「あはは……ところで、誰と誰の結婚式なんですか?」
「あぁ、ごめんごめん。大丈夫、君も絶対知ってる人だから!」
「なんてったって、ユウさんとデュースさんの結婚式だからね!」
……………………は?
え、何?どゆこと??
アイツらが、結婚……?おかしくね!?
冗談でもタチ悪ぃーんだけど!
なにこれ、悪夢か?悪夢だな。よし!
きっとこれは全部夢だ。
男の衝撃的な発言に無理やり納得する理由をつけていると「着いたよ」男が木製の大きな扉の前で止まり、ノックを三回。
「ユウさん、少しいいですか? あって欲しい方がいまして」
「その声……××くん? 今準備終わったから、入っていいよ」
ドキリ、と胸が鳴った。
オレの知っている、だけど何かが少し違う声。
男が扉を開ける。
光が差し込む部屋。その中央に佇む、純白のドレスを纏った黒髪の女性。
ユウだ。
オレが知っているユウより随分歳上に見える女性。だけども、確かに彼女はユウだ。
オレを視界に入れると目を丸くして固まったユウ。男は「ごゆっくり」とオレらに頭を下げて中庭へと戻って行った。
静かな空間がオレらを包み込む。
言葉が出てこないってあるんだな。彼女から目が離せずにいると、彼女が口を開く。
「エー、ス……?」
「そ、うだけど……ユウ……だよな?」
ユウはコクコクと首が取れるんじゃないかってほど勢いよく何度も頷くと、その瞳から大粒の涙をボロボロと零れ落とす。
「ちょ、えええ!?」
「あっ……ごめん、びっくりしちゃって……」
ユウは「ちょっと待ってて」とタオルで目を覆う。少しして「よし」と小さく呟くと、涙で濡れたタオルを取ってオレに向き直った。
「おまたせ。はぁ〜びっくりした」
「いや、それこっちのセリフ……なんスけど」
なんでか、ユウのはずなのに他人のように思えて、変な敬語になってしまう。
あのユウ相手なのに!
「あはは!敬語なんていいよ〜。 ね、エースは今いくつ?」
「十六だけど」
「ってことは、私が元の世界に帰る前なんだね」
その言葉に息が詰まる。
やっぱり、ユウは元の世界に帰ったんだ。
心のどこかで「もしかしたら」の期待がガラガラ音を立てて崩れ落ちる。
「なぁ、ユウはいくつ?」
「……三十一。 ここはエースから見て十五年後の、未来だよ」
十五年。
想像以上の年月に思考が停止する。
「……信じられない?」
「信じられねー……けど、お前のその姿見て信じるなって言う方が無理でしょ」
「ふふっ。 そうだよね」
「それより、さっき『元の世界に帰る前』って言ってたよな? 元の世界に帰ったんなら、なんでこっちの世界にいんの?」
「んーそれについては、教えられないかな。 さっきは口が滑っちゃったけど、未来のことを教えるのってタブーなんだよね」
ごめんね、と困ってように笑う彼女に、オレはこれ以上追及できなかった。
でも、そっか。帰ったとしても、また戻ってきてくれるのか。
そう思うと、どこか焦っていた自分の心がすっと落ち着きを取り戻す。
「それより、エースはどうやってここに来たの?」
普段とは違う、落ち着いた対応の彼女に調子を狂わされながらも、オレはここに来た経緯をユウへ話した。
「なるほど……憶測だけど、エースがここに来たのは、その妖精の謝罪みたいなものかな。ぶつかってしまったお詫びに少し先の未来を見せようとしたけれど、間違えて結構先の未来に飛ばしちゃったみたい。大丈夫、すぐに元の世界に帰れるよ」
「ふ〜ん。なんかえらく詳しくね?」
「そりゃー勉強しましたから! 今じゃ茨の国の人と一緒に仕事してるんだよ!」
えへん!と偉ぶる彼女。その姿が十五年前の、俺の知ってるユウと重なる。
やっぱこいつ変わってねーや。
元の時間に帰れる事実と、彼女らしい一面を見れてホッと胸を撫で下ろす。
コンコンコン。
他愛のない会話を遮るようにノックの音が響き、その扉が開く。
「ユウ、そろそろ会場に戻れそうか?」
返答も確認せずに入ってきた白いタキシードの男はオレを見るや否や驚いた表情で固まった。
「よっ! デュース」
「お前……エース、か……?」
スートが無くても、身長が伸びても、こいつは何も変わってない。
オレが頷くと、デュースはつうっと一筋涙を流した。
いや、お前も泣くのかよっ!?
「何泣いてんだよ。新郎だろ?しっかりしろよ!」
「だっ……だって、お前――!」
「ふふっ、びっくりだよね! 十五年前のエースだって」
いや余裕ぶってるところわりーけど、ユウも数分前はボロボロ泣いてたかんね?
十五年の月日の差があるはずなのに、何も変わってないやりとり。
二人が笑い合う光景に、こっちもつられてしまう。
お似合いだ。二人とも。
オレはユウが好きだけれども、この二人には幸せになって欲しい。
そう不思議と思えてしまった。
「――っ! おいエース、お前身体が……!」
デュースの声にハッとして自分の両手を見ると、その手からほのかに光が溢れ出ていた。
「そろそろお別れ、かな」
ユウの少し寂しそうな顔にオレは頷き、彼女の傍らに立っているデュースに拳を突き出す。
「おいデュース! ちゃんとユウを幸せにしてやれよ?」
「言われなくても!世界一幸せにしてみせる」
自分のより一回り大きな拳がコツンと重なる。
オレはデュースにニッと笑うとユウの方へ視線を向けた。
「エース、最後にハグしてもいい?」
「はぁ!?」
新郎の前で何言ってんだ?って問いただしたかったけど、デュースもコクリと頷いている。
新郎の了承も得てしまった。それに花嫁のお願いだ。
オレは「しょーがねーなぁ」と、両手を広げて彼女を受け入れた。
ふわりと香る彼女の甘い香り。その香りにドキッと胸が鳴る。
「ねぇ、エース。お願いがあるの。」
「ん。なに?」
彼女の抱きしめる腕に少し力が篭もる。
「私の――十六歳の私の幸せを、願わないで」
「はぁ?」
「私たちはね、皆それぞれ自分より他人の幸せを願ってしまったの。 その結果、大切なものを失っちゃった」
ユウは、腕の力を緩めるとブラウンの瞳にオレを映す。
「エースにはね、誰かのために自分のやりたいことを諦めて欲しくないの。 チャンスなんて滅多にないんだから」
そう言うと、ユウは消えかかったオレの胸元に人差し指を突き刺す。
「帰ったら十六歳の私にエースの気持ちをちゃんと伝えてよね」
「はぁ!? おまえ、知って――!?」
瞬間、自分の体が強く光り出す。
だぁーもう!時間が無い!
「二人とも、お幸せにっ!!」
最後の言葉はちゃんと伝わっていただろうか。
***
目を覚ますと、そこは見覚えのある保健室の天井だった。
違和感のある額を擦りながら上半身を起こす。するとそのタイミングでガラッと扉が開いた。
「やっと起きたか」
「……デュース?」
さっきまで会っていたデュースとは違う、オレの知っている姿に妙な懐かしさを覚える。
なんだか、変な感じだ。
「何変な顔してんだ?」
「べっつにー。それより、デュースが見舞いに来るなんて珍しーじゃん」
「見舞いじゃねーよ。ほら、先生から課題だってさ」
そう言ってサイドテーブルに並べられたのは、今日受けるはずだった教科の課題プリント。
うげぇ、オレ被害者なんだけど。
厚みのあるプリント類をパラパラとめくる。
「それと、リリア先輩から伝言だ」
「え、なんでリリア先輩が?」
「お前がぶつかった妖精と仲が良かったみたいだぞ。 『お主が見たものは沢山ある可能性のひとつじゃ。何を見たとしてもあまり気にするでない』だってさ」
「何を見たんだ?」と首を傾げるデュース。しかしデュースの伝言を聞いて、彼女の願いを思い出したオレには、その問いかけに答える余裕はなかった。
「デュース! 今ユウどこにいる!?」
「えっ? 今はもうオンボロ寮へもどってるはずだが……」
「さんきゅ、課題は寮の机に置いといて! ちょっとユウのところ行ってくる!」
「あっ――おい!」
驚くデュースの返事を聞く前にオレは保健室を飛び出す。
きっと、オレたちに残された時間は想像以上に少ない。だからこそ――。
『帰ったら十六歳の私にエースの気持ちをちゃんと伝えてよね』
「友達の、惚れた女の結婚祝いを、叶えてやらねー男はいないだろっ!」
拗れきったこの恋心を伝えるために。
バタバタと走る音が、誰もいない廊下に響き渡った。
おまけ
光は、私達を祝福すると、まるで幻想でも見ていたかのようにふわりと消えた。
「行っちゃったな……」
「うん……」
堪えていた涙が再び溢れだしてくる。
感情が抑えきれなくて、デュースの胸元に抱きついた。
「会えて、よかったな」
「う゛んっ……!」
ずっと、エースが好きだった。
家族が心配しているからと、自分に言い聞かせて元の世界へ帰ったのに。
それなのに、何気ない日常の中でも、ふとした瞬間にはエースの事を考えてしまって。
だから私は、せめてもう一度だけ会いたくて。学校で習った知識と思い出の品を使って、あっちの世界に行けないか模索し始めた。
無謀なのは明らかだ。けれども諦めきれなかった。
それはエースも同じだったみたいで。
彼は私が元の世界に帰った後、私の世界とこっちの世界を再び繋げられる方法を探すために、魔法科学者になった。
あの飽きっぽいエースなのに、その方法を見つけるために必死になって。
そして研究を重ねること十数年。
ようやく繋げられる兆しが見えてきた頃、事件は起きた。
ほんの些細な計算ミスだった。
もしかしたらエースも油断していたのかもしれない。
異世界への道を繋げる実験の最中、大規模な事故が起こった。負傷者が何十人も出たその事故。エースは帰らぬ人となってしまった。
それは、私がこっちの世界に来られるようになる一年前の出来事だった。
こっちに来られるようになって、久しい友人と再会できたのに。
一番会いたかった人は、冷たい土の中。
何度貴方が眠る場所に雨を振らせただろう。
何度貴方が書いた手記や研究記録を読んで、愛の深さを知っただろう。
何度貴方と笑い合う幸せな夢をみて、朝日に絶望しただろう。
願っていた未来が、こんなにも残酷なことを知りたくはなかった。
科学者と異世界人の悲しい恋物語。
世間は私のことをそうやって面白がった。
哀れみを向ける人もいた。理不尽な怒りを向ける人もいた。
でも、そんなの私にはどうでもよかった。
その中で一人だけ、私に何も言わず寄り添う人がいた。
夢だった警察官になったのに、エースの事件後その夢を諦めてエースの意志を引き継いだ彼。
再び世界が繋がって、満面の笑みで私を一番に出迎えてくれた彼。
雨の中、墓の前で嗚咽を洩らして泣きじゃくる私に、何も言わずただ傘を差し出してくれた彼。
真っ暗な闇の中、微かな光をずっと灯し続けてくれた。
何年もその光に気づけずにいた私は、本当に愚かだったと思う。
でも、気づけたから。
もう前を向けるから。
私は彼の……デュースの手をとった。
「なぁ……やっぱり、まだエースのこと……」
しゅん、と不安そうな表情を浮かべるデュース。まったく、仕方ない人。
私は溜息を漏らすと、パチンっ!彼の額に思いっきりデコピンを喰らわせる。
「痛っ!」
「新婚なのに浮気を疑うなんて……早すぎるんじゃない?」
「なっ!?違っ……!」
わたわた慌てるデュースに「っぷは」と吹き出し、彼の両頬を優しく包み込む。
「あのねデュース、確かに私はエースのこと好きだったけど、もう吹っ切れてるし。 それにデュースと一緒にいるって決めたのは私だよ?」
私は彼の額に自分の額を重ねた。
「待たせてごめんね。 デュース、大好きだよ」
「っ――あぁ! 大好きだユウ! 何年だって待てるぐらい!」
私達は笑い合うと、引かれるように唇を重ねる。
キラリと輝く薬指の指輪。
どこからか「おめでとう」という懐かしい声が聞こえた気がした。