高麗の遣使 一:来着 遡る事、四十三年前――
馬に跨った主人と、曳き手を握る従者が、薄暗い獣道を足早に過ぎていく。
青黒い空は残星を抱き、東から漏れる薄明かりが、道端の躑躅を微かに彩る。
「蠏足、今はどのあたりだ?」
「山背と倭の境でさあ。 この平坂を下りゃあ、二刻半(註:約五時間)で宮都に着くやろお」
白い息を切らしながら、従者が答える。
「であれば昼前か。 急ぐぞ、蠏足。 早く大臣に報せねばならぬ」
「へえ!」
そう言うと、二人は風を切る様に坂道を駆け下り、残夜の闇に消えていった。
その日の朝方。
初瀬(註:奈良県桜井市東部)の野山で、志帰嶋大王(註:欽明天皇)は近臣達と鷹狩に興じていた。
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