「思わぬ邪魔が入って申し訳ない……さぁ、リドル・ローズハート、キミたちの事は最上級の素材として、我が『anathema』にご招待しよう」
ダーハム・グレイソンが視線で指示すれば、その場にいた黒ローブ達の視線がボクに向いた。もし、アスターとサミュエルの二人が捕まれば、どうなってしまうかなんて考えたくもない。なんとか二人を逃さなければと、にじり寄る黒ローブたちを振り切って、アスターとサミュエルの手を取り逃げようとすれば、ボクの髪を思い切り捕まれ引っ張られた。
「ぃッ……!!」
「全く……こちらは、もう五年も待ったんだ。これ以上手間をかけさせないで欲しい」
引っ張られる頭皮の痛みに顔を歪め、抵抗するボクの体はダイニングテーブルに押さえつけられた。
「抵抗せず、大人しく連行されろ!」
ボクの背中をテーブルに押さえつけた男は、髪を遠慮なく思い切り引っ張る。酷く加虐趣味をした声音を背中に感じながら、どうにか逃げ出せないかテーブルの上を必死で探せば、果物カゴの横、鞘に入った果物ナイフが見えた。それをとっさに手にし鞘から抜くと、引っ張られた髪に刃を当て、そのまま横にスライドさせた。
「なっ!?」
胸下まであった髪がザックリと顎のラインまで無造作に切れ、怯む男の拘束から一瞬、這い出すように逃れることが出来た。しかし、椅子を倒しながら子供たちの所に走り出せば、すぐさま男に背後から引っ張られナイフを奪い取られた。
今しがた押し付けられていたダイニングテーブルに頭を捕まれ上向きに押し付けられ、躊躇なくナイフを振り下ろされた。とっさに刃を手で掴めば、刃が皮膚に食い込んだ部分が強烈な熱を持つ。
「ぅうッ!」
「暴れるなと言ってるだろッ!!」
グッと柄を握る男の手に力がこもれば、ボクの手の中の刃も更に食い込み、血が溢れる。
「「かあさん!!?」」
血を流すボクの姿に、二人から立ち上る怒りとともに魔力が込み上げた。
「なんと……これは……あぁッ素晴らしい!!!」
手を組み、目の前の現実に感謝する黒フードとダーハム・グレイソンらは、目を吊り上げて怒る二人の魔力に興奮気味に目を見開きながらも冷静だった。
「「よくも、かあさんにこんなこと……!!!」」
以前のように怒りで顔を塗りつぶした二人が「ウギィ!」と唸るがその瞬間、黒ローブによって小さな体に押し当てられたスタンガンが、バチバチと音を立てる。
「「ギャンッ!!」」と痛みに悲鳴を上げた二人が、そのまま崩れるように床に倒れた。
「オイ……ボクの子に何をした」
目の前で意識を失い倒れた二人の姿に、怒りで思考も何もかも赤く塗りつぶされ、不意打ちで奪い返したナイフを握り、ダーハム・グレイソンを睨みつける。
「殺してやるッ……」
振りかざしたナイフを手に、殺すつもりでナイフをかざす。ボクの大切な二人を傷つけた。それだけじゃない、フロイドの事をあんなふうに大切に語ったフェデーレさんも、ボクの友人である彼女と自分の娘を何よりも大切にしていたジュリオ。そして、ボクたちの護衛を務めてくれたリーチファミリーの人たち……その全てをめちゃくちゃにしたanathemaへの怒り、その全てを詰め込んで振り下ろしたナイフは、ダーハム・グレイソンに届くことなく、取り押さえられたボクは、床に数発頭を打ち付けられた。
「大人しくしろッ!!」
揺れる脳に、ピクリとも動かない体。目線の先には、倒れたアスターとサミュエルが見える。
手を伸ばしても二人に指の先すら届かず、指先は虚しく床をひっかく。
(ボクは本当に無力だ……)
魔力を失い、力もないボクでは、大切なものをひとつも自分で守ることが出来なかった。
大切な、ボクのアスターとサミュエルを、ボクでは守ってあげることが出来ない。アズールとフロイド……たくさんの人が愛してくれたボクの宝物を、ボクは自らの手で守れないなんて……
悔しさに涙がボロボロとこぼれ落ちるボクの前髪を掴み、ダーハム・グレイソンが「そろそろ諦めてはどうだね?」と唇の端を持ち上げる。
「絶対に、嫌だ……!!!」
「そうか、私も極力人攫いにはなりたく無いのでね。まだ時間はある、君が納得してくれるよう〝説得〟させてもらうとしよう」
(アズール……フロイド……すまない)
ボクを取り囲む黒ローブ達に見下されボクは、この先の奴らの〝説得〟に耐えるために、目をぎゅっと閉じた。