昨日はあの後、図書館で調べた餌のレシピ集を控え、ハーツラビュルの厨房でトレイたちと栄養価も味も美味しくハリネズミたちやフラミンゴのための餌を手作りした。手作りといっても、ほとんどトレイが作ってしまい、ボクたちは捏ねて彼らが食べやすい形状に整えるだけだったのだけれど、それでも料理をするのは初めてで少し楽しいと思ってしまった。何でもない日のパーティーの準備をする様になったら、ボクもトレイを手伝って、甘いスイーツや軽食を作れるようになってみたい。それに、ナイトレイブンカレッジには“マスターシェフ”という選択科目がある。将来的にお母様の元を離れて自立するとなれば、料理が出来る方がいいはずだと、ボクの中の『ナイトレイブンカレッジでやりたいことリスト』の項目が一つ増えた。
出来た餌は魔法で急速乾燥させ、ドライフードにする。それを紙袋に入れれば作業終了だ。それを翌朝一番に抱え彼らのもとに向かう。
まだ辺りが暗い中でボクが飼育小屋を訪れると、彼らは喜んで足元にやってきてくれた。
「今日のご飯は、手作りなんだ。気に入ってくれると嬉しいな」
きれいに洗ったエサ箱の中に手作りの餌を入れれば、みんな鼻先をピクピクと動かして匂いを嗅いでいる。図書館のレシピには、ハリネズミやフラミンゴが喜ぶ味付けと書かれていたが、だからといって皆が一律の味覚を持っているわけではない。もし好みじゃなかったらと心配になれば、あの一番大きなハリネズミが、エサ箱の中からひとつ掴みカリカリと食べてくれた。
その子が一粒食べ終わって周りのハリネズミに向かって頷けば、他の子もわっ! っと群がり食べてくれた。
「美味しいようでよかったよ!」
そしてその後は、本に書かれた飼育方法の通りに、汚れたゲージの中も水で掃除して、ウッドチップは新しいものと、古くとも比較的きれいな部分と混ぜ、寝床には布だけを取り替え、中綿もきれいな部分を使用し、彼らが混乱しないように、安心できる空間づくりを心がけた。
お腹もいっぱいになり、きれいになった空間に喜ぶハリネズミたちの体を、今度は一匹づつ蒸しタオルで拭いてあげた。本来キレイ好きな彼らは、拭いてあげる間うっとりとした表情で幸せそうだ。
全員を拭き終われば、フラミンゴの飼育小屋の掃除と餌やりを秘密裏に終えたトレイがボクの様子を見に来た。
「すごいな、もう全部終わったのか?」
「あぁ、この子達が協力的だったからね、すぐに終わったよ」
「あはは! ずいぶんとハリネズミたちに好かれたようだな」
好かれたなんて言われれば、なんだか胸が温かい。学園案内のパンフレットで、可愛らしいハリネズミを見てから、ボクはずっとこの子達に触れたくて、そして仲良くなりたい気持ちでいっぱいだった。
「好きに……なってくれたら嬉しいな……入学前からずっと、ボクは彼らと仲良くなりたかったから」
ボクの言葉に、ハリネズミ言語で話していないにも関わらず、思いが彼らに伝わったのか、ボクの指先に小さな鼻を擦り付け「ピーピー、ピピピッ」と鳴いて、喉を鳴らしてくれた。
嬉しくて、ボクも同じ様に「ピーピー、ピピピッ」と彼らに返した。
*
「へぇ〜、ハリネズミってなに? 犬みたいなもん??」
夕方の図書館、昨日と違ってボクの隣に座ったフロイドは、ボクが書き写すノートの中身を覗き込んで、そこに書いていた、ボクの部屋で保護している子の診療簿のハリネズミという言葉に反応した。
「キミ、ハリネズミを見たことがないの?」
「犬なら見たよ。耳がこんなで、鼻が出てて……陸に上がって初めて街で遊んでた時に、間違えて尾びれ……じゃねぇや、しっぽ? をふんじゃってさぁ……オレとジェイドとアズールのこと追っかけてきてバウバウうるせーの! ちょ〜テンション上がっちゃった!」
「キミ……これに懲りて、動物にはもっと優しくするんだね」
呆れてそう言ってやれば、フロイドはカラカラと笑っていた。本当に変な男だ。不躾に髪を触ってきたかと思えば、こうやってカラカラと笑い、そしてボクの事を馬鹿にしているような変なあだ名で呼びからかう。気分屋で、嫌なことは絶対にしたくないと拒み、好きなことは止められてもやる。まるでボクと正反対の男なのに、こいつはあの時のボクの不快感を感じ取った。
(本当に何を考えてるんだ……?)
まるで小さな子供のように無邪気にはしゃぐくせに、たまに獰猛な肉食魚のような表情をして、鋭敏に周囲を感じ取る……その雰囲気の差に、どちらが本当のフロイドなのかわからない。こんな事を考えたところで仕方がないのかも知れないけれど……
そうだ、気分屋なフロイドの事を考える前に、ボクにはやるべきことがある。この先の事を考えながら次に必要な本を手にした時だ。図書館に合わないバタバタと騒がしい音が聞こえる。一体どんなルール違反者かと思えば、それは血相を変えたルームメイトのひとりだ。
「ローズハート!!!」
ハァハァと荒い息を吐く彼の姿からして、なにか良くないことが起きている。「どうしたんだい!?」と駆け寄って聞けば、彼は泣きそうになりながら答えた。
「大変なんだ! 寮長がハリネズミ小屋を修理してた先輩たちと揉めてて、ローズハートお願いだよ一緒に来て!!」
今日は放課後、トレイとケイト先輩がハリネズミ小屋の雨漏りを修理すると言っていた。あれほど彼らに興味のなかった寮長がどうしてと……そしてもし、何かしら寮や先輩のルールを破ったと言って罰せられていたら……トレイもケイト先輩もボクの思いを汲んで手を貸してくれただけだ。
「いかなきゃ……」
ボクは、隣りにいたフロイドのことも忘れて、急ぎ足で寮へど向かった。