「もっと早くッ! 早くここから逃げてッ!!」
ビルの谷間、取り込みすぎて強大な塊のようになった首無しトランプ兵が、リドルさんの命を受け、地を這いずって逃げる。両手を組んで祈るように叫ぶリドルさんの事を、ビルの屋上や屋根の上を飛び移って追いかければ、追われる気配に振り返り、僕を視界に映す。暴かれる恐怖に怯えたリドルさんは、繰り返し首無しトランプ兵に必死に命令するが、これだけ大きな塊が地を這って逃げようとすれば、道が細くなるとそれほど速く動くことは出来ない。ついてこれない塊が、引きずられボロボロと転がり落ちていく。ずっと思っていましたが、本当に醜悪な物体です。
「ジェ——し—————!! ——の——し———をッ!!!」
遠くで何か聞こえたような気がしたが、それを無視して、首無しトランプ兵の足を動かし僕から逃げるリドルさんを追いかければ、まるで隠れようとでもしていらっしゃるのか、体を丸めて小さくなり、トランプ兵たちの肉壁に隠れた。
「昔はご自身で先陣を切っていたリドルさんが、今はもう見る影もありませんね……本当につまらない」
これではまるで、叱られるのが怖くて身を隠す稚魚と同じではありませんか。あの苛烈で潔癖で、ご自身の信じる法の下に生きたリドルさんは、一体どこに行ってしまわれたんでしょうか?
「待ってジェイド氏!! 指示を聞けって言ってるだろッ!!!」
先ほど後ろから聞こえたその声が、今度は真横から聞こえると思えば、イデアさんが飛行ギアにチェンジしたオルトくんの背に捕まってボクと並走している。
その少し後ろにも、逃げるリドルさんを追いかけて、リドルさんの元トランプ兵であるハーツラビュルのみなさんだけでなく、作戦に参加した全員が追いかけて来ている。
「おやおや、作戦はどうなされたのですか?」
「今し方、ジェイド氏が全部景気よくぶっ壊しましたがッ!? まぁ、おかげでリドル氏が僕らにオフへを使えない、確実な検証ができた……対してカローンやマジカルフォールの中でも対オーバーブロットに特化した部隊の、一流の魔法防衛術が一切手も足も出なかった……僕達以外の誰も、リドル氏を対処できないなら、今ここで意地でもリドル氏を止めなきゃ、明日のログボすら安心して受け取れないよ」
「おやおや、ところでこの先の作戦はどうなさるおつもりで?」
「君が独断でめちゃくちゃにしたんだろ!? ジェイド氏こそ、この先どうするつもりだったの!!?」
「そうですね、僕はフロイドとアズールの顔でも見ておこうかと思いまして」
「はぁ!?」と叫ぶイデアさんに向かい、オルトくんが「兄さん!」と叫ぶ。
リドルさんの首無しトランプ兵が、適当な車や街頭を掴み、こちらに向かって投げてきた。
「おやおや、危ないですね」
魔法で弾けば、イデアさんの方向に飛んで、オルトくんが怒りながらレーザービームで叩き落とした。
「ジェイド・リーチさん! 兄さんが怪我しちゃう所だったでしょ!!」
プンプンと怒るオルトくんに「コントロールがあまり上手くなく、申し訳ございません」と謝った。
「いやこれ、絶対にワザと拙者の方に投げたよね!?」
なぜか僕に疑いをかけるイデアさんを無視して、そろそろリドルさんの醜悪な首無しトランプ兵に嫌気が差し。背後に近づいてきたハーツラビュルの面々を見て「リドルさんには、すでにトランプ兵がいらっしゃるのですから、この醜悪な生き物はいらないでしょう?」と、威力の高い対戦車用のRPG−43手榴弾を地面を這う首無しトランプ兵の足が大きく飛散した。他のトランプ兵は、リドルさんを守るのに必死で、反撃さえ出来ない有り様だ。
そしてやはり、リドルさん同様に分厚く守られた部分……
「イデアさん、オルトくん、それに皆さんも……リドルさんが守っているあの分厚い部分をどうにか魔法で削ぐことはできませんか?」
「あの部分って……」と皆さんの視線がそこに集中すれば、リドルさんはご自分の背に隠すように、その分厚い肉を守ろうとする。
「あぁ、いいぜ……やってやるよ」
そう先人を切ったのはレオナさんたちだ。ユニーク魔法で狼の姿に変身したジャックくんの背に乗ったラギーさんが、火魔法で向かってくる首無しトランプ兵の体を焼き払い、レオナさんは王者の咆哮で砂に変えた。
同時に、カリムさんは自身の枯れない恵みで崩れたトランプ兵の不安定な足元を水で押し流し。ジャミルさんは、ゼロレイの空から降り注ぐ光で迫りくるトランプ兵の肉を貫通させ動きを止める。
ハーツラビュルの皆さんも、火魔法で焼き払いながら、ケイトさんは舞い散る手札で、攻撃をはねのけようと伸びる手を撹乱し、トレイさんも攻撃が当たる直前の衝撃を薔薇を塗ろうで菓子や薔薇の花びらに上書きして、攻撃を相殺していた。
「後はワタシに任せなさい」と、ルークさんがトランプ兵の上に作った水の塊に向かい、ヴィルさんが自身のユニーク魔法を発動する。
「『美しき華の毒』この水に触れた草木は、一瞬で枯れ塵となる」
ばしゃりと音を立て、リドルさんが守る肉の壁に降り注がれれば、みるみると枯れ塵へと還るそれに、リドルさんから悲鳴が上がる。
「オルトくん、僕をあそこに連れて行ってください」
イデアさんを降ろし、変わりに僕を乗せて運ぶオルトくんに、リドルさんの側まで連れて行ってもらえば、「もうやめて」と幼子の様に泣き叫ぶリドルさんの後ろ、ヴィルさんの魔法で脆くなった肉壁を、M&Pタクティカルアックスで思い切り叩き壊す。
「やめて! ジェイド、もう、お願い、やめてッ!!!」
その声を無視して最後の肉壁を剥がせば、大きな空洞の中に薔薇の蔓で作られた棺が二つ並んでいた。