アズリド「クリスマス」 「大晦日」 「彼方のエストレージャ」「クリスマス」
ボクがエレメンタリースクールを卒業したと同時に、お母様は「もう小さな子供じゃないんだから、クリスマスを祝わなくてもいいわね?」と、その日も仕事に行かれるようになった。
確かに昔は寂しいと感じたが、歳を重ねるごとに、その痛みも薄くなった。クリスマスなんてボクには関係ないと、そう思っていたのに、今年はなんだか胸が痛かった。
薔薇の王国では、クリスマスは家族で盛大に祝う。薔薇の王国出身の寮生が、グレイビーソースのかかったローストグースやターキーの話をして盛り上がり、クリスマスプディングの中に入った硬貨の話題で盛り上がっていた。
「寮長の家ではどんなメニューが出るんですか?」なんて、屈託なく聞かれれば返事を返すしかない。
「そう……だね、ローストチキンは食べたよ」
ただし、肉は大豆ミートで代用され。味付けはグレイビーソースではなく、ごく少量の塩で味付けされたチキンや、そのチキンよりも多い豆と人参やほうれん草が添えられているのだけれど。
もちろん、デザートには定番の大豆ケーキ。ミンスパイやクリスマスプディング、クリスマスケーキなんてものはボクの家では出なかった。それでも、お母様と二人だけのクリスマスパーティーもあるだけ幸せだったのだ。
こんな話をクリスマスをウィンターホリデーを心待ちにする彼らに言うつもりはない。ただ「浮かれすぎて宿題やルールをおろそかにするんじゃないよ」とだけ釘を差した。
* * *
「リドルさんは、今年のクリスマスはいかがお過ごしになられるんですか?」
放課後の図書館、いつもの様に隣り合って机に向かうアズールがボクにそう聞いてきた。
「いつもと変わらないよ。家の近くにある教会でボランティアをして、そのままミサに参加する予定だよ」
ボランティアやミサと聞いたアズールは、内申という点でボランティアまでは受け入れられても、神を毛嫌いする彼はミサに関しては嫌そうに唇の端を持ち上げる。
「そんな顔するもんじゃないよ。キミの方は、今年も学園に残るの?」
「いいえ、今年は母に実家のリストランテを手伝うように言われているので、多少面倒ではありますが帰ることになりました。その話をしたらジェイドとフロイドも帰ると言ったので、クリスマスは久しぶりに家族と過ごすことになると思います……でも」
アズールが、ボクの指先に自分の指を絡める。
「リドルさんが学園に残られるなら、僕も残ることにします。恋人と迎える初めてのクリスマス、どうせならロマンティックな一夜を過ごしたい」
絡まった指先が性的に動き、彼に割り開かれたボクの体のことを思い出して、一瞬で頬が熱を持つ。
三年に上がった頃、この図書館の薄暗い本棚の間で、アズールに告白された。いつもは胡散臭く笑う彼が、真剣な表情でボクを好きだと抱きしめ、心臓が破裂しそうなぐらい驚いた。そして、同時に嬉しさから、ボクも彼の背に腕を回し抱きしめ返し、彼との交際がはじまった。
そしてボクは、その日の内にキスを知り、交際から一ヶ月経った記念日に、彼に身体を抱かれた。
未だに慣れることのないあの日の熱を思い出すと、もう片手では数えられないほど抱かれたというのに恥ずかしくて仕方ない。
けど、ボクだって恋人との迎えるクリスマスに興味がないわけではない、ただ……
「お母様がインターホリデー中のボクのスケジュールを、立ててしまわれたんだ。ホリデー中の参考書の手配もされているから、やっぱり帰らないと……」
ボクがそう言うと、アズールが「またですか」と先程のミサの話よりも嫌そうに眉をひそめた。
「リドルさんは、恋人のボクよりも、お母様が大変お好きなようだ」
「なっ!?」
「リドルさんは、一生あなたの母親の言いなりになって生きるんですか? インターン先も、大学も職業も……あなたの母親が『僕と別れろ』と僕たちの交際を否定したら、あなたはその言葉の通り僕と簡単に別れるんですか?」
アズールの言葉に、ボクは喉が石で塞がれたように返事ができなかった。そんなボクを見たアズールは、とても悔しそうで、腹を立てた表情を一瞬だけ浮かべ「寮に戻ります」と教科書やノートをまとめ、ボクを置いて図書館を去った。
これが、ウインターホリデー前の彼との最後のやり取りだった。
そんな状態で迎えた一人のクリスマスは最悪だった。
お母様の予定表通りに参考書の山を崩し、朝昼晩と味のしない食事を一人で取る。それの繰り返し。
ただ、昔から習慣となっている、週に一度の散歩の為に外出すると、クリスマス一色の街並みに、ボクは今自分が一人なことを実感した。
そして、思い出すのは、彼との酷いやり取りだ。
お母様とアズールを天秤にかけて、ボクにはどうしてもどちらを取ることも出来なかった。ボクにとってアズールは好きな相手で恋人で、一緒にいると幸せな気持ちになれる。彼とずっと一緒にいられたらと、心から思う。
だからといって、お母様を切り捨てることもきっとできない。お母様が怖いからじゃない、ボクがいなくなってしまったら、お母様は一人になってしまう。ボクにはそれがとてもかわいそうに思えてしまった。
(だからといって、アズールを傷つけた言い訳にはならない)
参考書を解いても、味気ない食事をしても、思い出すのはあの時のアズールばかり。ボクの言葉がもう少し足りていたら、あんな彼を見なくて済んだんだろうか?
ボクは胸の痛みを押し込めて、クリスマスの光を避けるように、足早に家に帰った。
「大晦日」
New Year's Eveの朝、お母様がボクに一冊の本を手渡した。
「リドル、あなたの学友という人から、クリスマスプレゼントが届いていたわ」
綺麗に施されていたであろうラッピングは剥がされ、同封された手紙も封が切られてある。手紙の中身も、お母様に検閲された後のようだ。
ボクはそれをありがとうございますと受け取り、手紙の宛名を確認するとそこには、なめらかな文字で〝Azul Ashengrotto〟と宛名が書かれていた。
その名前を見るだけで鼓動が早い、頬が熱を持つ、気持ちを押し殺して部屋に戻ると、手紙には簡素な内容で、今年一年お世話になりました、来年も切磋琢磨学業に努めましょうと書かれてあった。この内容なら、お母様の検閲も問題なく通るだろう。
ただ、お母様は知らない。アズールが送ったこの本の仕掛けを……
この本を見つけたのは偶然だった。たまたま『賢者の島』の街に二人ででかけた時に入った雑貨屋で見つけた。
アズールはアンティークな天体の本を「インテリアに良さそうだ」と手に取ったのだが、この本には仕掛けが有り、決まった手順で本の中身を開くと、最後に背表紙が開き小さな小箱のような空間になっているのだ。
その手順を思い出しながらページを開き、最後のページを開くと、背表紙が小さな音を立てて開いた。
その中には、細いネックレスに金色の指輪が入っていた。その指輪の内側には『A to R』と刻印され、その隣には『Con Todo Me Amore』とメッセージが入っていた。
ボクの中のアズールへの気持ちが溢れて、止まらなかった。今すぐ彼に会って、ボクもキミが好きだと、ずっと一緒にいたい、誰に反対されても、アズールと未来を歩きたいと伝えたかった。
ボクはすぐさま階段を駆け下りた、今、お母様に言わなければならない。
「お母様、聞いて下さい! ボク、学園に好きな人がいるんです、ずっと彼と一緒にいたい、お母様に反対されても、許してもらえなくても、未来を彼と歩きたいんです!!」
話しながら、ボクはお母様の返事を待たず、コートと財布を掴んで家の外に飛び出した。
お母様のボクを呼ぶ声が聞こえる、でももう、前しか見えないボクは、庭にあった掃除用の箒を手にし、空に飛び上がった。
「彼方のエストレージャ」
リドルとウインターホリデー前に酷い喧嘩をした。
喧嘩と言うには幼稚な、僕のただの嫉妬だ。大人の男なら、彼の育ってきた事情を考えて、妥協しなければいけないところを、即答で選んでもらえなかったことに腹を立てて、リドルに苛立ちをぶつけてしまった。
ウインターホリデーは長い。しかも流氷に覆われた海面のせいで、移動も制限されてしまうため、こっそりリドルに会いに行くことすら困難だ。
(せめて、プレゼントの仕掛けに気づいてくれたら……)
リドルの〝あの〟母親のことだ、プレゼントも手紙もリドルの手に渡る前にきっと中身を確認されているだろう。
勉学に切磋琢磨する友人の様に振る舞った手紙と、魔法天文学につながる書籍なら、きっとあの母親の目をスルーしてリドルの手に渡るはずだ。
背表紙に仕込まれた、僕らの年齢からすれば重いプレゼントを見て、リドルはどんな気持ちになっただろうか?
重すぎると引いたか? それとも、少しでも僕との未来を想像してくれただろうか?
リドル・ローズハートは、僕にとって苛烈に輝く星だった。
命を凝縮したそれは、どんな時でも僕の目に入り、僕がどれだけ努力しても、決して手の届かない位置にあった。
そんな彼が、あのタルタロス内部で、決して自分と変わらないただのリドルであることを知り、彼にもっと近づきたいと思った。そしてそれはすぐさま、僕の腕に閉じ込めてしまいたいという欲求に満たされ、図書館の薄暗い本棚の前で、ずっと隠したままでいようと思っていた僕の心にある下心を彼にぶつけてしまった。
厳格なリドルが男に告白されて気持ち悪がらないワケがないと、告白数秒後には後悔して、冗談だとごまかそうとした僕の背に、リドルの細い腕が回った時、本当に嬉しくて気づいたときには感情のままリドルの唇にキスをしていた。
リドルの唇は柔らかかった。
思い出すだけで我慢ができず、強欲な僕は、重なるだけのキスの先を、舌を絡めるキスの先を、身体を密着させる先を、そして……彼の身体の中を割り開いてしまった。
ここまでリドルを自分のものにしても、リドルの気持ちを無視してまだその先を欲してしまう。
(このままじゃ、嫌われるかもしれない)
すでにあんな幼稚な部分を曝け出して嫌われたかも知れない。
そんな事を考えていたら、実家の手伝いも手も足も動かず、ついに母さんから「もう手伝いはいいから」と店から追い出されてしまった。
どれだけ取り繕っても、子供の時のポンコツな自分は消えてくれない。こうやって、どうしようもない気分の時に表に出てきては、昔のように僕を蛸壺に引き戻そうとするんだ。
本当は、空に赤く輝く、誰よりも高みにいるリドルが、僕にふさわしくないことぐらい分かっている。でも、仕方ないだろ、どうしようもないぐらいに、僕は手の届かない一等星に恋をしたんだ。
ゆらゆらと海流に身を任せていると、光の届かない海底に赤い光があった。まるで苛烈に燃える流れ星のように、それは僕のもとに落ちてきた。
「アズール!!」
赤い髪と、赤い尾びれのそれが、人魚の姿をしたリドルだと気づくのには、時間を要した。
この海底の闇の中でも、決して光を失わないリドルは、首元に僕の彼への執着の塊を身に着け、その身一つで僕のところまでやって来たのだ。しかし、どうやって?
「大変だったよ、キミは海でのことをボクに教えたがらないから、陽光の国の人魚を支援する団体のところまで行って、聞いてきたんだ」
そんな……僕の個人情報をダダ漏れにするなんて。
「将来を誓いたい相手に会いたいから、彼の居場所を教えて欲しいと言えば、涙を浮かべながらキミの住所と人魚化する変身薬を無償でくれたよ」
そうだ、あの団体は、人と人魚のラブロマンスにめっぽう弱かった。いや、それよりも……
「リドルさん、あなた、今、なんて?」
「あぁ、だから人魚化する変身薬を無償で……」
「そこじゃありません! その前です!!」
あぁ、と微笑んだリドルは、僕の首に腕を回し、柔らかな唇を押し付けた。
「アズール……キミと将来を誓い合いたいから、ここまで来たんだ」
キミの手で、僕の指にこの指輪を付けてくれないかい?
「重いとか、気持ち悪いとか、思わないんですか!?」
「思わないよ」
「僕は、あなたが知ってる以上に嫉妬深いし、人一倍執着心がある。そんな男でも、あなたの隣を本当に……並んで歩いていいんですか?」
「ウインターホリデー前にキミを怒らせてしまってから、ずっと考えていたんだ。でも、キミがこの指輪をくれて、ボクはその時、ただキミに『ボクもキミが好きだよ』って伝えたくて仕方なかった。だからここまで来た」
ボクの思いを受け止めてはくれないのかい?
「後悔しても、絶対に離してあげませんからね!?」
「ボクこそキミを、離してあげるものか!」
海面ではもうすぐ日が昇り、新しい年がやって来る。
来年も、その次も、何十年先だって。
巡る年月を、僕らは二人一緒に歩むんだ。
彼方から、僕のもとに落ちてきた、あなたという星が、
僕に誓ってくれたのだから……
性別も、種族も、陸も海も、時間も、
どんな障害が目の前に立ちはだかっても、
そんな障害なんて、クソ喰らえ!