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    氷裏❄️

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    氷裏❄️

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    傷俺🔞パート手前まで

    傷だらけの俺たちだから 3あれから一週間が経った。トウマとの生活は馴染んできて家に帰ったら誰かがいないのが少し寂しく感じるくらいにはなった。
     トウマに好きなように生活をしてもらえるように、合鍵を渡したがまだ使った様子はない。俺が家に帰ってくるまでは一歩も外に出ようとしなかった。もちろん、家に居るときも。
     いくつか動画配信サイトを契約しているし、なんとなく置いている家庭用ゲーム機もあるから時間を潰すには退屈はしないだろうけれど、トウマはどう思っているのだろうか。今日も洗濯物を綺麗には畳めないトウマをキッチンで眺める。
     テレビを見ながら手を進める姿に、もう鈍く光る銀色はない。
     あのあと、恥ずかしいからと見えないところにあるピアス以外はすべて外した。
     つまり、あと三つトウマに枷がつけられたままだった。気に食わないが、トウマが外してほしいと言うまでは気長に待とうと思う。あれだけたくさん開いていた穴は塞がり始めたのか、今は新しく買ってファッションとして付けた左耳の一つ以外は目立たない。

    「わ、おいしそー……」

     トウマがそんな風に言ったのは初めてで、思わずそっちを見るとテレビに映った飲食店の看板メニューが紹介されているところだった。しばらく見ているとここからさして遠い場所にあるわけでもなかったし、たまに外食をするのもいいかと思ってトウマを誘うことにした。

    「明後日出かけるときに行くか、そこ」
    「えっ……でも」
    「トウマは行きたい?」
    「い、行きたいけど……」
    「けど?」
    「怒らないのか……?」

     またこれだ、怒らないのかと聞いてくる。せっかく洗濯したタオルを握りしめて身構える。

    「怒らないから。トウマはどうしたい」
    「行きたい、たっ……食べてみたい。美味しそうだなって思った、から」
    「じゃあ予約入れとくな。一緒に行こうか」

     手を拭いてスマホで店名を検索する。Web予約ができたから、明後日の人がそこまで多くならない時間帯に大人二人の予約を取った。画面を見せると近づいてきて、嬉しそうな、恥ずかしそうなもどかしい顔をした。年齢より幼く見えたその表情をほほえましく思って少しだけ笑った。

    「なんだよ」
    「いいや、トウマはかわいいなと思って」
    「かわっ……!揶揄うなよー!!」

     反省はしてないから、口だけで謝ると眉を寄せて口を尖らせる。何かもごもごと言ったがよく聞き取れなかったが、また洗濯物を畳むのに戻った。
     家族以外の誰かと出かけるなんて初めてで、俺も柄になく浮足立ってることがなんとなくわかって少し恥しかったのは内緒だ。



     その明後日がやってきた。できるだけ人の多いところを移動させるのは避けたほうがいいと思って家を早く出ることになったのは、少し面倒だったがトウマのためだと思えばどうってことはなかった。トウマは普段ダンスに使っていると言った服を着て、一緒に家を出た。
     トウマが行きたい場所をこの三日で頑張って引き出した。本来はストリート系のファッションが好きなのか古着屋やそういう店舗をいくつか挙げたので昼食に行く店のことも考えてルートを一緒に作り、ゆっくりそこに向かう。

    「トラって車持ってんだ」
    「……まあ、大した車じゃないけどな。荷物、後ろに積めるからたくさん買い物していいぞ」

     また目線を泳がせて戸惑う。それでもレスポンスは早くなったほうで、「そうだな」と言った。
     店につくと、トウマはぎこちなく目線をあちこちに動かして何がいいかと選んでいた。俺の後ろで服の裾をつかんで少しだけ引っ張りながらどちらに行きたいと示してくる姿がかわいらしくて、今日だけはトウマの自己決定能力の低さをありがたく思った。
     恐る恐る後ろから手を伸ばして、「これがいい」「あれがいい」と指をさしてくる。自分で手に取るにはまだ早いのか、俺が代わりに手に取って鏡の前でトウマにあてる。
     口を出さずに見守れば、自分の中で気に入った物は俺に持ったままにするように言ってきた。トウマが自分できちんと選んでいることに安心する。

    「ここはこんだけでいいかな」
    「そうか、分かった」

     会計を済ませるためにレジに持って行って、いそいそと財布を取り出したトウマより早くカードを出した。目を丸くして、小さな声で静止したトウマを無視して支払いを済ませる。袋に入ったそれらを受け取って店を出た。
     車を停めたところまで戻ろうとすると、トウマが前に回って止めてきた。

    「と、トラ!?なんで、俺、払って」
    「このくらいはいいだろ。家事やってくれてるし、留守任せてるし」
    「そっ……だって俺居候だぜ?しかも今仕事してないから収入ねえし、ってかカードそれ」
    「まだ学生だから最低ランクでしか組めてなくて悪かったな」
    「えぇ……トラって何者?」
    「車の中でなら話してもいいが、トウマが期待するようなおもしろい話じゃないぞ」

     カードを取り出して会計を済ませたのがそんなに珍しかったのか?よくあるはなしだと思っていたが、もしかしたらまたどこかで世間とずれていたのかもしれないな……
     疑った顔でトウマはひとまず仕方がないと、駐車場まで歩いた。
     後ろに荷物を置いて、隣に座ったトウマは早く聞きたいと身を乗り出して目を輝かせた。

    「自分で学費と生活費を稼いでるだけだ」
    「自分で!?えっ、バイトとかでか……?」
    「バイトは半分社会経験のためにしてるだけで大した稼ぎにはなってない。実際の収入は資産運用で……」
    「資産運用!?大学生で!?」

     どうやらこれはトウマにとって珍しいらしい。エンジンを入れて、シートベルトを着けるように言った。いそいそとシートベルトを着けながら、なんだか妙に納得したような顔をして、それ以上は聞いてこようとしなかった。なぜ俺が自分で金を稼いでいるのか、その先までは聞いてこなかったことに思わず驚いた。
     いや、確かにこんなことを聞かれたら誰だって気になるだろう。それなのにトウマは何も聞いてこない。

    「いやでも、それはそれとしてなんで俺の代わりに払ったんだよ……」
    「俺がそうしたかったから、でダメか?」
    「うぅっ……そんな顔で言われたらさぁ」

     両手で顔を覆い隠して何か言った。後半のほうはよく聞き取れなかったが大したことじゃないだろうと思い、次に向かう大型量販店へと車を動かした。
     人の多くなった店舗に入るのはあまり気乗りしなかったが、これ以上増えるよりはましだと思ってトウマと一緒に店に入る。ここではいくつかの部屋着とルームウェアをすぐに選んで、さっさと会計を済ませた。まあ、また俺が払ってトウマにポカポカと殴られたが気にしない。
     予約した店はここから近いので歩いて向かう。店内に入り、予約した名前を言えば席に通された。時間をずらして予約をしたが、やはりこの前テレビで紹介されたこともあって人が多い。騒がしいのは大丈夫かとトウマに聞くと緊張しているのか力が入った様子で「大丈夫」だと答えた。
     ……いや、大丈夫じゃないだろ。それでもソワソワと閉じられたメニュー表を見るものだから、手に取って開いて見せると目を輝かせた。

    「トラ、俺が選んでいい……んだよな?」
    「ああ、好きなのを頼め」

     頬杖をついて、どれにしようと口を少し開けて選ぶトウマを眺める。小さな口から八重歯と舌についているピアスが覗いて、早く取ってやりたいと思うと同時にかわいらしいと思った。何度もページを行ったり来たりして頭を悩ませる。しばらくその様子を楽しんでいれば、同じページを何度も反すモードに移行した。大方決まったのだろうか。

    「決まったか?」
    「いや、どっちにしようか迷って……こっちのテレビでやってたハンバーグか、ステーキのどっちにしようかなって」
    「トウマがいいならシェアするか?」
    「俺は別にいいけど、トラが好きなのでいいのに……」
    「俺もトウマと同じでハンバーグとステーキで迷ってたんだ」

     わかりきった嘘をついたのは、どちらも嬉しそうに頬張るトウマを見たいと思ったからだ。
     トウマと一緒に食事をしていて分かったのは、おいしそうにものを食べる姿を俺が気に入っているということだ。実際、俺の料理が口に合ったのか家に来る前よりも食べれていると言っていた。口いっぱいに頬張って、しっかりと食べるトウマは出会った時よりも健康的に肉がついてきたような気もする。
     店員を呼んで二つ注文し、出てくるまで待った。二人で他愛のない話をしている間に店に人が増えてくる。トウマの方から丁度店の入り口が見えるせいか、いちいち入ってくる人の顔を確認して忙しない。あの男でないか、確認しているのだろう。トウマも気疲れするだろうから席を変わることを提案した。

    「ごめんな、トラ。変わってもらって」
    「いや、トウマも気になるんだろ?久しぶりの外だし」
    「あー……まあ」

     席を代われば胸を撫でおろしてようやく背中を椅子につけた。トウマのことを考えたらやっぱり家か個室の設けてあるところで食事にした方がよかっただろうか。しかしトウマが行きたいと言ったのだから、多少の無理は仕方がなかったのかもしれない。

    「いらっしゃいませー!何名様ですか?」
    「ひとりなんですけど、今の時間帯って大丈夫ですかね」
    「カウンター今空いてなくて、少し待ってもらう形でよければご案内いただけますが……」
    「ええ、それで構いません」
    「……ミナ?」
    「あら、狗丸さん……と、お友達ですか?」

     入ってきた客の声に反応して、体をひねったトウマ。知らない名前が出たが、感じからして安心できる友人か知り合いなのだろう。

    「知り合いか?」
    「うん、仕事きっかけの友達。えっと、その、トラ。よかったらミナも一緒でいい?」

     かまわないと頷くと、ミナと呼ばれた彼が店員に事情を説明してトウマの隣の席に座った。

    「初めまして、棗巳波です。狗丸さんとはお仕事を通じて仲良くなりまして……普段は大学に通いながら作曲家としても活動しています」
    「ミナ、こっちはトラ……御堂虎於。俺の一個上で、拾ってくれた今の居候先」
    「しばらく連絡がないとは思っていましたが、狗丸さん今この方の家にいるんですか?」

     トウマの事情を知っているのか、巳波は俺のことをゴミを見るような目で睨んできた。まあ、俺も巳波の立場だったら同じことをしたのだろう。
     気が付いたトウマが慌てて巳波に説明を始めた。

    「トラはアイツと違って優しいし、俺にちゃんと飯もくれるし、今日は買い物に連れてきてくれただけだから!」
    「……まあ、狗丸さん嘘つけませんし、本当なんでしょうけれど。ピアスもありませんしね」

     ピアスがない、と言われてトウマは照れ臭そうに耳を触った。そこにつけていたピアスはもうない。残っているといえどトウマにとってないという事実だけで安心させるらしい。
     巳波はあらかじめ決めていた料理をいつの間にか頼んだらしく、俺たちが頼んだものとほぼ同時に出てきた。

    「いただきますっ!んじゃトラ、半分」
    「はいはい、半分な」

     鉄板のプレートに乗ったそれをトウマは綺麗に半分にして空いたところに乗せる。俺も同じようにトウマに半分を与えると、頬を赤らめて一口頬張った。

    「っ、うまい!トラ、これおいしい!」
    「ああ、来てよかったな」

     屈託のない笑顔を浮かべるトウマを見た巳波は信じられないものを見たといった表情をした。トウマに出会う前のことは何も知らない。けれど巳波を見てこれがトウマにとって良い変化であることは分かった。
     トウマが嬉しそうにするその顔を見て、自分の中で何か足りないところが満たされたような気がした。暖かくて、優しいそんな気持ちになる。俺もトウマと同じものを口に入れた。

    「狗丸さん、よかったですね」
    「[[ruby:はひは>なにが]]?」
    「いいえ、なんでもありません。冷めないうちに食べてしまいましょう」

     トウマは巳波にこの一週間ちょっとであった出来事を話しながら食事を進めた。「信じられない」と、敬語を崩して言ったのは巳波も驚いたからだろう。食べ終わって三人で店を出れば、巳波はこれから講義らしく、反対方向へと歩いて行った。
     俺は別れ間際にこんなことを言われた。

    「御堂さん」
    「なんだ?」
    「杞憂であってほしいですが……この辺でその苗字、あなた明るい方じゃありませんよね」
    「……そうだが俺は違う。家のことは一切知らない」
    「本当かどうかは知りませんけど、狗丸さんを傷つけるのであればすぐに警察に連絡します。狗丸さんは現在あなたのことについて気が付いていない様子ですけれど」
    「トウマを傷つけることはない、むしろ……」
    「ミナ!授業間に合うのか?」
    「あら、そうですね。準備もありますしそろそろ向かいます。狗丸さん、御堂さん今日はありがとうございました」
    「じゃあな、ミナ!」

     ……釘を刺された。まあ確かにこの名前はよく聞くものでもないし、わかる人はすぐに気が付くだろう。それはそうとして俺じゃなかったら巳波今頃大変だっただろうな。
     巳波の後姿を目で追った俺の顔を覗き込んだトウマに、「行こう」と言って誤魔化す。トウマにただの【御堂虎於】として接したいと思うのは、我儘なのだろうか。


     夕飯前に帰ってきた俺たちは、トウマの新しい服を広げて一度洗濯するかと洗濯機を回した。

    「トウマ、さすがにリビングに布団を敷いて寝させるのも申し訳ないから、俺の書斎でよければ使うか?」
    「あー……そっちのほうが普通だもんな。でも、ここでいいよ」

     互いのプライベートもあるからと、どうせほとんど使っていない部屋を使うように提案したのに、トウマは断った。なぜだ?部屋があったほうが落ち着かないとか、大方そういう理由なのかもしれないと予測していれば、とんでもないことを言われた。

    「トラが近くにいたほうが、安心するから」

     俺の寝室はリビングの隣で、引き戸で区切られているだけのものだ。
     薄い壁が、トウマを安心させるらしい。いつもと違って柔らかく笑ったその笑顔が夕日に照らされて綺麗だった。
     夕飯のために買ってきた総菜を冷蔵庫の中に入れる手が止まって、ぼうっとトウマを見つめた。
     トウマと暮らし始めてそんな時間が増えたような気がする。トウマのコロコロ変わる表情が見ていて楽しくて、すぐに魅かれる。
     俺が見ていることに気が付いたトウマは、さらに眉を下げて目を細めて笑った。そうして俺はこのトウマに向けた感情が何か、やっと気が付いた。

    (ああ、これが恋か)

     名前が付いたとたん、世界が一気に色付いた。そして叶わない恋だと、すぐに悟る。
     せめてトウマがこの家にいる間だけでも恋をしていいだろうか。

    「どうした?」
    「夕焼けが綺麗だと思ってな。先にトウマが風呂に入るか?」
    「ううん、トラが先でいいよ。今日運転してもらったし先にゆっくりしてほしいから。晩飯の準備もしとくから」
    「わかった、じゃあよろしくな。食器は新しく買ったやつ出していいぞ」

     トウマに言われるがまま、先に風呂に入る。洗濯機の残り時間を見ると、ちょうど上がったころには終わりそうだったので、上がったら乾燥機に入れることを忘れないようにした。
     湯船につかりながら今日一日のトウマを思い返した。少し幼い表情で笑って、目線をいろんなところに動かしながら、控えめにあれがいいと指す姿。
     頬いっぱいに詰めておいしそうに食べて、俺のことをハスキーな声で話す姿。

    「……守りたいなんて、思ったことなかったのにな」

     すべてはあの日、出会ったのが始まりだった。なんとなく拾ったのは、きっとひとめぼれとかそんなことが原因だったのかもしれない。
     湯を救って顔にバシャリと掛けた。トウマにとって俺はたまたま拾ってくれた優しい友人でなくてはいけない、こんな劣情をトウマに見せたらきっとがっかりするだろう。俺のことを嫌って、当てもなく出て行ってしまうかもしれない。恋をしたしてない以前に、それは避けなければ。
     一度冷静になるために大きく息を吐いて落ち着かせ、それから湯船から立ち上がった。
     ちょうど浴室の扉を開けた先にトウマがいた。ああ、なんだトウマ……トウマ!?

    「トウマ!?」
    「あっ、ご、ごめん!洗濯したの乾燥機に入れようと思って……!」

     洗濯機の扉を開けっぱなしにして、顔を真っ赤にしながら脱衣所を飛び出していった。
     何も男同士だし、驚きはしたが別に困ることもない。トウマの反応がおかしくて少し笑ってからタオルを手に取った。頭を拭いている時に扉越しにトウマの声が聞こえた。

    「その、声、掛ければよかったよな……ごめんな」
    「謝らなくていいし、何も困ることはないだろ。乾燥機に入れようとしてくれてありがとな。もうすぐ着替え終わるからお願いしてもいいか?」
    「あ、ぅ……わかった。米、足りなさそうだったからジャーに入ってる分は冷凍して、炊きなおしといたから。あとはもう準備終わってる」
    「ならトウマが風呂あがってから食べるか」

     もういいぞ、とトウマに言えば、ドアが少しだけ開いて恐る恐る除いてきた。目が合ったので微笑んでやればまた顔を一層赤くした。
     ……かわいいな。早く出てけと言わんばかりに俺の腕を引っ張ったトウマに、乾燥機に入れても大丈夫なものをしっかり確認するように言えば、早口だがきちんと返事が返ってくる。少し大きな音を立てて扉を閉めたトウマがとても愛しく感じた。
     スキップでもしそうな足取りでキッチンに立ってトウマが用意した器に盛り付けを始める。今日は昼洋食だったから、総菜は中華にした。エビチリや八宝菜を盛り付けて電子レンジで温める。簡単だが時間もあるので卵の中華スープを作ってトウマを待った。
     くつくつと出会った日と同じように鍋をかき混ぜて、浴室のドアが開く音を聞いて器に注いだ。
     米もちょうど炊き上がって、炊飯器を開ければ一粒一粒が輝いてこちらに顔を見せる。鼻腔を満たす米特有の香りは新米にしてよかったと毎回思わせてくれた。トウマが小走りでリビングに戻ってきて、俺が配膳しているのを見て慌てて箸を並べたりコップを用意したりする姿に小動物のそれを重ねてしまう。

    「トラ、座んねえの?」
    「あ……ああ、すまない」
    「もしかしてやっぱり疲れてる?」
    「いや、そんなことないさ。トウマが選んだのおいしそうだな」
    「ほ、ホント?俺間違ってない?」
    「間違ってないさ。ほら、食べよう」

     向かい合って座り、両手を合わせる。いただきますの声を合わせて箸を手にした。
     トウマはこうして大皿に盛りつけたとき、最初に箸をつけない。必ず俺が手をつけないと食べないので、今も最初に手をつけたのはスープだった。
     トウマのこれは生まれ持ったものでないことは数日前に、箸を皿に伸ばして引っ込めたのを見て分かった。この癖もあの男によってつけられたモノだと思って治すように積極的に大皿でおかずは出すようにしている。
     やはり今日もダメかと諦めて先に箸でおかずを取った。その動きを目線を動かさないままに確認したトウマも箸を伸ばす。

    「!おいしいな」
    「ん、俺これ好きかも」
    「本当か?作り方探しておくか」
    「ぁ……いや、そう言ってるんじゃなくて、大丈夫だから」
    「どっちにしろ中華のバリエーションは増やしておきたかっったんだ。だからそう遠慮するな」

     眉を寄せて困った顔をしたが、すぐにトウマは折れて「オネガイシマス」となぜかカタコトになりながら言ってきた。そんなトウマも愛しいと思うくらいにはとうに絆されていたのかもしれない。


     夕食を終えて、トウマがキッチンで皿を洗う。テレビをなんとなく眺めながら明日の予定を頭の中で組み立てていると、ガシャンと派手な音がトウマのほうから聞こえた。
     何事かと思って慌てて駆け寄ると、いつもに増して真っ青な顔したトウマが、床で割れたコップを見つめて小さく震えていた。まずはケガがないことを確認して、唖然とするトウマの手を取った。

    「トウマ、ケガはないな。コップは俺が片付けるから、トウマはソファに座っててくれるか?」
    「……さい」
    「トウマ?」
    「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

     謝るトウマは普通じゃなかった。何かに怯えて、俺の手を払って頭を抱えた。落ち着かせようと手を伸ばしたが、ぎゅっと目を瞑って肩に力が入ったのが見て分かった。

    (まさか、叩かれると思ったのか?)
    「なんでもするから……!ごめんなさい、俺がきちんとしてないから……!」

     そう繰り返すトウマが見ていられなかった。スリッパの裏側でガラスを踏んで、怯えるトウマを落ち着けようと抱きしめた。

    「やだっ!俺がっ、俺が悪いからっ……!」
    「トウマ」
    「ごめんなさい、ピアスはもうやだ、痛いのは……!ちゃんとするからっ、おねが……」
    「トウマ、ここにそんなことする奴はいない。ここには俺とトウマ以外誰もいないだろ?」

     胸元で過呼吸気味になるトウマの背中を撫でて、二人だけだということと傷つけることは何もしないと、よく耳元で言い聞かせた。それでも泣き出してしまうものだから、何とかトウマを抱えて俺のベッドに座らせ、上から布団を被せた。

    「トウマ、今から俺はあれを片付けてくる。洗濯物は俺が畳んでテレビの前の机に置いておく。また仕舞う場所は明日考えよう。それが終わったら寝室に戻ってくる。ノックをするから、返事をしてくれたらここに入る。しなかったら今日はトウマがここで寝ていい。わかったか?」

     しゃくりあげる声とともに、布の塊の中からわずかに返事が聞こえてきたのを確認して寝室を出た。
     後ろ手に戸を閉めて、さっそくトウマに言ったことを一つ一つこなした。洗濯物をいつもより丁寧に畳んで分けて、テレビ前の机に並べて置いた。型崩れが気になるものは、一旦ハンガーに通してカーテンレールのところに掛けておいた。
     トウマが落ち着いているか、寝てしまっていることを願って重い足取りで寝室の前に立つ。ノックをしない選択肢もあったが、トウマのことだからきっと俺がノックするまで起きたままかもしれないと思って、小さく二2回、ノックした。
     その音とは遅れて小さく返事が聞こえた。
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