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    eveningglow12

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    eveningglow12

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    6/25開催の恋直JBF2023にて無配だった小話です。
    当日スペースに来て下さった皆様、ありがとうございました!
    解析官♥️×執行官♠️
    当日発行した新刊に入りきらなかった、職場に結婚届を出す話。

    #エスデュ
    Ace Trappola/Deuce Spade
    #解析官×執行官

    職場に結婚を報告する話 ♡

     

    「……え、ええーー⁉」

     警察本庁に付属する魔法科学捜査研究所。この国の犯罪捜査における科学・魔法鑑定の最高峰に位置するこの研究所の事務室に、突然素っ頓狂な叫び声が響き渡った。
     なんだなんだと一点に集まる視線の先には、パソコンの画面一点をじっと見つめる若い女性職員の姿。じっと、というよりも、放心している、といった方がぴったり当てはまるかもしれない。

    「ど、どうした……?」

     一度その様子をしっかりと見てしまった以上、そのままスルーするわけにもいかなかったのだろう。ちらちらと視線で押し付け合いながら、結局隣の席の男性事務員が、彼女に声を掛ける流れになった。
     少しの距離を保ったままおそるおそる話し掛けてみると、彼女はギギギ、と錆びたドアノブのごとき動きでぎこちなく首だけを四十五度回して、男性の方を向く。その眼にはいつの間にか薄い涙の膜が張っていて、今度は男性職員が何事かと目を瞠る。

    「あ、ト、トラッポラ解析官が、あ、」
    「え、トラッポラ解析官……?」
    「け、けっこ、けっこんする、って」

     最早半泣き状態彼女が見つめていた画面は、どうやら研究所の職員のパソコンから送られてきた各種申請の処理画面のようだった。日々何通も送られてくる休暇届やら出張届などを流れるように事務的に処理していく作業の中、彼女の目は同期であり、研究所どころか警察本庁全体でも女性人気が高いと噂の、その男性解析官の名前とその届の内容をばっちりと捉えていたらしい。
     隣の男性職員がパソコンの画面をのぞき込んでみると、なるほど、身上異動届と書かれたそのページには、[エース・トラッポラ]とその名前が記されて、結婚の欄にしっかりとチェックが入っていた。

    「え、トラッポラ君、恋人いたの……ぜんぜんそんな素振り見せなかったのに、休みの日だってよく同い年の執行官と遊びに行く話は聞いたけど、別に恋人とデートしてるとか聞いたことないし」
    「あー……」

     おそらく本人も自分が何を口走っているのかわからないのではないかとさえ勘繰ってしまうくらい、半ば放心状態のまま捲し立てる彼女。
     隣の男性職員が視線を泳がせるようにして周囲を見渡すと、おそらく自分と同じような感想が込められているであろう複数の視線が、事務室中から彼女に向って注がれていた。

    「え、あ、相手……相手、どんな人なんだろう……」

     ふらふらと視線を宙に漂わせてから、彼女が改めて画面に目を移す。少しでも結婚相手のヒントを探そうとしているのだろうが、残念ながら、身上異動届からは結婚の事実と、それによって名前や住所が変更になった場合だけ新しい情報を記入するだけだから、そこから相手に関するヒントはほぼ得られないと言ってもいい。そう、通常ならば。

    「すいませーん、この前修理頼んだ魔力解析機の見積もり来たんで、総務に通して欲しいんスけど……」

     軽いノックの後、ガチャリと開かれた事務室のドアからのぞいた赤茶色の髪の毛。事務室に響き渡った声を聴いた事務員が一斉に白衣を着た、明らかに研究員といった出で立ちの彼の方へと視線を向ける。
    それは明らかに普段よりも過剰な反応で、その異常な雰囲気は本人にもしっかりと伝わったらしく、赤茶の髪の持ち主は一度大きくびくりと肩を震わせた。

    「……おー、来たな色男」
    「はい?」

     今回の用件であろう一枚の紙を手にしたまま、頭に疑問を浮かべた彼が眉をひそめる。
     彼がこの場所を訪問した時、いつも真っ先に立ち上がって応対する女性職員はパソコンの前に固まったまま動かない。もしかしたら、彼の訪問にすら気が付いていないのかもしれない。
     仕方なく、彼女の隣の男性職員が立ち上がる。
     意味もわからず必要以上に集まる視線に怪訝な顔を隠すことなく佇んでいる訪問者に近付いた男性職員は、普段と同じように見積もり用紙を受け取るために手を出した。その紙が自らの手に渡ると同時に、相手の鮮やかなチェリーレッドの瞳を真っ直ぐ見ながら、少し声のトーンを落とした。

    「トラッポラ。嫁さん、大事にしてやれよ」
    「はぁ、どうも」

     未だにこの場の空気の理解が出来ないといった様子のまま、それでもぺこりと頭を下げた赤茶髪の解析官が、ひらりと白衣を翻してドアの向こうへと姿を消した。
     次の瞬間、最初よりもワントーン甲高く、ボリュームも大きくなった彼女の声が、再び事務室に響き渡った。

    「変更後の姓、スペード……え、スペードぉぉぉ⁉」

     彼女は気付いていないようだったが、その瞬間周囲の多くの職員は、うんうん、とよく理解しているかのように、何度も頷いていた。

     

     

     

     ♤

     

    「あの、先輩、確認したいことが」
    「なんだ? スペード、改まって」

     おそるおそる、といったふうに声を掛けてきたのは、長年コンビを組んで来た後輩の執行官だった。
     着任したばかりの頃は、危険に自らの身体を顧みず突っ込んでいくような、危なっかしい行動の目立つ奴だった。そんな彼もここ数年は大分落ち着いてきて、むやみやたらと自らの身の安全を脅かすような行動は慎むようになっている。
     今ではもう新人と言えるような年齢でもキャリアでもないし、大概のことは一人で処理できるはず。にも拘わらず、改まって確認とは、一体何のことだろうか。
     思い当たる節は無いけれど、彼は殊の外真剣な顔をしているので、何か重大な問題でも抱えているのか。それならばじっくりと聞いてやらねばと椅子の上で姿勢を正そうとした時、最初の一言の後は何か言いにくそうに口籠っていた彼が、ようやくきちんとした言葉を発した。

    「その、結婚、する時の届けって、僕たちは身上異動届だけじゃいけないんですよね……?」
    「……、ハァ⁉」

     ケッコン。結婚。

     予想だにしなかったその言葉は、自分の抱く彼のイメージとは最も縁遠いものと言っても過言ではないくらい、今までに一度も想像だにしたことのないものだった。

    「え、お前結婚すんの⁉ そりゃオレはお前みたいなタイプは早く結婚して身を固めた方がいいと思ってたけどさ、つーか、そんな相手いたならちゃんと言えよ!」

     だからこの後輩は、何度も誘っても合コンやら街コンには一切興味を示さずに、いつも困ったように眉を下げてやんわりと断っていたのか。
    いやでも、今まで話を聞いていても休日に恋人と出掛けている様子はあまり感じられなかったし、何なら休日にはNRC時代の同級生だという魔法解析官とよく出掛けていて、女性と逢瀬を重ねる時間などほとんど無いような雰囲気を醸し出していたのに。

    「くっそー、これだから顔の良いヤツは……っっ‼ いいよな、自分から積極的に動かなくても女の子の方からアプローチしてきてくれるんだからよぉ……」
    「? 何の話ですか? ……じゃなくて。確か、身上異動届以外に、別に結婚届を提出して、配偶者を登録する必要があるとか聞いたことあるような……」
    「あぁ、オレ達は職務中にどんな事態に巻き込まれるかわからないから、万が一の時のために配偶者の連絡先を登録しておく必要があるけど」

     それを何故独り身のオレに聞く。そうは思っても、自分は一応様々な事務手続きを含めて彼よりも経験が豊富だし、さらに豊富な係長は会議で席を外している。
     どんなに衝撃的な発言であってもおそらく彼にとってこの話題は日常会話の延長戦で、深刻な顔をしていたのは重要な届けを出しそびれてはいけないという純粋な義務感からなのだろう。ちょうどパトロールが終わって帰庁し、休憩を取っていたこのタイミングは、確かに職務中には不必要な話題を切り出すには絶好の機会ではある。

    「それって、相手が警察関係者でも特別に必要ですか? 今までも、僕が怪我をした時なんかは向こうも仕事の一環として連絡が行っていたらしいですし……」

     これまた当たり前のような顔をした彼から、爆弾発言が飛び出した。
     なんだ、警察関係者って。ということは、この庁舎内に、この後輩の奥さんになる人がいるということか。まさかそんな。こいつは確かに女性人気は若手の中でも一、二を争うレベルらしいけれど、この庁舎内で女性と話しているところなんて、仕事か、相手から話し掛けられている以外で見たことがない。

    「いや、そりゃまぁそうかもしれないけど、奥さんの休暇中とか、色々あるだろ。出しとくべきなんじゃねぇの?」

     そう答えると、彼は確かに、と頷いた。
     自分から危険に突っ込まなくなった分昔よりかなり可能性は減ってきたとはいえ、いつ大きな怪我を負ってもおかしくない仕事なのだ。こうした備えはきちんとしておいた方が良い。
     その意図は彼にも伝わったらしく、早くもパソコンを開きながら、これも電子届で出来るんですかね、なんて首を捻っている。

    「なぁ、スペード。お前の相手って、どこの所属なんだ? 事務か? それとも、生活安全課とか交通課……」
    「いや、魔科研の魔法解析担当研究員です。先輩も会ったことあると思いますけど……」

     魔科研の魔法解析課員。その言葉を聞いて、はて、と首を捻る。あそこに、こいつの相手になるような若い女性がいただろうか。

    「事務員じゃなくて? 研究員?」

     改めて聞き直すと、彼ははっきりと頷いた。
     自分が知らない間に、新しく女性の研究員を採用したのだろうか。いや、それならば、自分の耳にもその情報は絶対に入っているはずだ。

    「え、スペード、お前の相手って……?」
    「そうか、先輩には言ってませんでしたっけ。エースです。NRCの同級生の」
    「……え? エー……はぁ!?」

     彼の口から飛び出した予想だにしない名前には、あんぐりと口を開けることしか出来なかった。
     けれどこの爆弾発言を投下してくれた当の本人の方は、そんな反応など一切お構いなしに、もうすっかり申請画面とのにらめっこに入っていて、全くの無反応だったのだけれど。


     


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    「……え、ええーー⁉」

     警察本庁に付属する魔法科学捜査研究所。この国の犯罪捜査における科学・魔法鑑定の最高峰に位置するこの研究所の事務室に、突然素っ頓狂な叫び声が響き渡った。
     なんだなんだと一点に集まる視線の先には、パソコンの画面一点をじっと見つめる若い女性職員の姿。じっと、というよりも、放心している、といった方がぴったり当てはまるかもしれない。

    「ど、どうした……?」

     一度その様子をしっかりと見てしまった以上、そのままスルーするわけにもいかなかったのだろう。ちらちらと視線で押し付け合いながら、結局隣の席の男性事務員が、彼女に声を掛ける流れになった。
     少しの距離を保ったままおそるおそる話し掛けてみると、彼女はギギギ、と錆びたドアノブのごとき動きでぎこちなく首だけを四十五度回して、男性の方を向く。その眼にはいつの間にか薄い涙の膜が張っていて、今度は男性職員が何事かと目を瞠る。
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    「……え、ええーー⁉」

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     なんだなんだと一点に集まる視線の先には、パソコンの画面一点をじっと見つめる若い女性職員の姿。じっと、というよりも、放心している、といった方がぴったり当てはまるかもしれない。

    「ど、どうした……?」

     一度その様子をしっかりと見てしまった以上、そのままスルーするわけにもいかなかったのだろう。ちらちらと視線で押し付け合いながら、結局隣の席の男性事務員が、彼女に声を掛ける流れになった。
     少しの距離を保ったままおそるおそる話し掛けてみると、彼女はギギギ、と錆びたドアノブのごとき動きでぎこちなく首だけを四十五度回して、男性の方を向く。その眼にはいつの間にか薄い涙の膜が張っていて、今度は男性職員が何事かと目を瞠る。
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