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    りすけ

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    2024宇煉再掲祭 参加作品

    24時間耐久ドロライが開催された時に書いたものです
    1時間にひとつお題がでて、追いかけて書きました
    宇煉の民はドMだから〜(笑)と運営さんが言ってらしたのを思い出しますw

    今回再掲するにあたり、時間とタイトルをいれましたが文には手をいれませんでした 
    勢いで(?)読んでいただだければ🙏

    #2024宇煉再掲祭

    中古平屋一戸建て 宇髄、家を買うようこそ『我が家へ』
    あ、好きなとこ座って
    まだ引越し完全に終わってるわけじゃないから散らかってるけどさぁ
    あー、それ邪魔になる?こっちにちょうだい、ポイっ。
    お邪魔虫はこっちの端っこに置いとこうな
    悪い悪い

    酒もう少し飲む?
    ん、もう飲まねえ?
    …だよなぁお前店出る前には眠たいって目ぇ擦ってたもんなぁ
    それなら酔い覚ましにお茶淹れてやるよ
    お前コーヒーよかお茶派だもんな…ん?よく知ってるな…って、そりゃ他の誰でもねぇお前の…って、ああほら俺ら長い付き合いじゃん
    んな深い意味なんかねえって!
    …っとあっぶね…
    緑茶玄米茶ほうじ茶麦茶烏龍茶、それから健康に長生きできるっていう幻の茶葉で作った、って謳い文句のお茶もご用意ができますよ
    どれにいたしましょう?
    はぁい、ほうじ茶オーダー入りましたぁ


    ウキウキと(見える)足取りで台所へと立つ宇髄を見送りながら考えた
    ——この家
    宇髄が突然買ったというこの家
    まだ住んでるわけじゃないというわりに隠しきれない生活感
    二枚並べられた座布団に色違いの揃いのマグカップ
    …まるで
    いや、どこをどうみてもここは『誰かとのふたり暮らし』をしている家だった


    【ご当地ポテチ 流し目 肘まで捲り上げたシャツ】

    —速報!あなたの町の住宅情報—

    新聞の折込チラシに頻繁に入ってくるコレ
    出勤の準備を大急ぎで済ませたあと、歯ブラシを咥えたまんまで真剣にチェックをする

    【児童公園そば閑静な住宅地】
    公園の近くで静かなわけねーじゃん
    朝は若ママとベイビィ、昼過ぎは学校帰り、夕方暗くなってからは盛りのついたガキのイチャつき場


    【病院まで徒歩圏内、もしもの場合も安心】
    俺注射嫌ぁい。用事ないからいい


    【市役所、銀行近く。毎日の生活に便利】
    市役所も銀行も毎日は行かねーし


    あー、もっといい物件ないかなー
    多少交通の便が悪くても我慢するから静かで見晴らしが良くて、日当たりと風通しが良い部屋
    リビングと寝室、使い勝手の良いキッチンに広い風呂
    …ってなったら一軒家か
    平屋がいい、目が行き届くから
    気の抜けた朝のぼんやり顔も、恥ずかしそうに笑う顔もひとつ残らず見たい
    あー、そんな部屋ねえかなー


    俺が家探しを始めたのはふたつ理由がある
    まずひとつめ
    高校の時からの友達、でも俺がずっと片想いをしてる煉獄杏寿郎と一緒に暮らしたい
    っていうか結婚したい
    なんて事ない日常を穏やかに流れる時間に身を任せてじいちゃんになっても仲良く手を繋いでいたい
    共白髪ってやつだ
    …って、好きだって告白すらしてないけど

    あいつは家事とか想像するに何もできなさそ
    洗濯、怪しい…色柄物と白いもん混ぜて洗っちゃうタイプだよな
    「うずいー、白いシャツがピンクに変わったんだ!…魔法か?」
    やらかしそう…かわいいけど
    「色移りしちゃってんじゃん」って文句は言うけどちゃんと着てやる
    この色いいな!ってフォローも忘れない
    でも洗濯は俺の役目にしよう

    掃除…「水拭きだ!」って部屋中水浸しにされそう
    まあこれも俺が担当していい
    部屋が汚くて死ぬ奴はいないし週末に片付ければいい
    料理…煉獄にフライパンを振らせたら食材全てを消し炭にされそう
    高校時代の調理実習の時に家庭科のセンセが頭を抱えてたのを思い出す
    「…煉獄くん…どう作ったらカレーライスがハヤシライスになるのかなー?」
    「わかりません!」
    ……食事に関しては全面的に俺が作ってやろう
    あいつの好きなメニューは頭に叩き込んでる
    食の好みは和食。伊達に何度も飯に連れ出しちゃいない
    じいさんが食うようなメニューを出してやってたら間違いないだろう
    煮物とか、刺身とか、漬物とか
    もちろん薄味
    【まごわやさしい】実践だ

    飯だけは多めに炊いとこう。あと、さつまいもの買い置きも忘れちゃいけないな。メモメモ…
    俺はどちらかと言えば洋風なもんが好きではあるけど、全然和食でも構わねえ
    日本生まれ日本育ちの純正日本人だし
    煉獄と毎日テーブルに向かい合って笑いあって、そして一緒に飯が食える
    もう何の贅沢もいらない


    家を探すようになった理由その二
    生物の授業中のことだった
    巣作りをして、相手に求愛をするまでの一連の流れをモニターを見ながらの授業だったんだけど、ぼんやりと見ていた俺に衝撃が走った
    これだ!
    それは、巣を用意しておいてそこに相手を呼び込むという単純かつ合理的なもの
    煉獄も巣(家)の居心地が良かったらずっとここに住みたいと思うだろう
    はっ!まずは求愛か!

    最初はお菓子で釣った
    コンビニ新発売チョコからネット通販まで色々と
    「ネットでご当地ポテチ買ったんだけど一緒に食わねえ?」
    「いいな!いただこう!」
    何を食わせても美味いと喜んでくれるけど、これじゃ母鳥と雛みたいな関係じゃね?
    いつまで経っても美味いお菓子をくれる友達としか見てもらえなさそうだから次の手に変えた
    色仕掛けだ
    幸いにも俺は派手な色男だから流し目のひとつでもしてやれば落ちるはず

    「どうした宇髄、花粉症か?そんな目つきをして」
    「ん、ん!」
    ウインクでも流し目でも上目遣いでももう考えられることは全部やった
    翌日、煉獄からは目薬を渡された
    もう絶句
    こいつには色仕掛けも効かなかった


    そんな攻防戦をのらりくらりとやりながら気がつけばもうこんな歳まできてしまった
    『もう、このまんまで歳とるのも悪くはねえかも』
    だんだんそう思うようになってきたあの日の新聞の折込チラシ
    【出た!特級物件!】
    物騒だなおい!呪術かよ廻戦でもすんのか?
    よくよく読んでみるとこの家、知ってる。バス停のとこの神社の近く
    家はちょっと狭いけど立地も環境もお互いの職場へのアクセスも理想的


    『決めるなら今ですよ、ウズイくん』
    神社の中の神様からのお告げが聞こえた気がした
    よし…長袖のシャツを肘まで捲りあげてスマホのボタンを押した
    「チラシ見たんすけど…はい、神社のとこの」


    煉獄には最後まで内緒にしといて、驚かせてやりたい
    『家を買ったんだ、俺と一緒に暮らして欲しい。お前と生きていきたいんだ、ずっと』


    俺の一世一代の大勝負
    決戦は4月の最後の金曜日


    【弾丸黒子】

    「俺、家買ったんだー」
    「は?」
    「だからー、家買ったんだって。平屋の一戸建て。まだ引っ越しはしてないけど」


    金曜の夜、行きつけの居酒屋で宇髄と並んで生ビールジョッキを傾けていた時だ
    一週間の間にあった仕事の事や、面白かったことの話をしながら、メニューの中から互いに好きなものを選ぶ。
    俺も食べるが、宇髄も体が大きいだけあって良く食べる
    注文した料理が揃うころにはもうジョッキグラスを置く場所もないくらいだ。

    基本、宇髄と飲んでも食べ物のシェアはしない
    …というかできない
    食べ物の好みがまるで正反対だからだ
    俺は小さい頃から和食を食べて育てられてきたからか、今でも和の料理が好きなのに対して、宇髄はイタリアンや洋食を好んで食べる
    だからアヒージョの横には刺身の盛り合わせが並んでいたりして毎回和洋折衷もいいところだ
    それでもこうして俺を誘って飲みに行ってくれるのは宇髄からしても気心がしれているし、昔馴染みで気楽だからだろう

    宇髄は昔からずいぶんと女性にモテるが特定の彼女を作っている様子もなく、俺に連絡をくれてはこうして飲みに行ったり、休日には遠出のドライブに連れて行ってくれたりしていた。
    勝手気ままな独身生活を謳歌している、そう思って安心していたのに…

    俺は宇髄を好いていた
    高校の教室で前と後の席に座ってたあの頃からずっと

    この気持ちは打ち明けるつもりはない
    関係が壊れて、もう二度と会えなくなるくらいなら友人の顔をして側にいられることを選ぶ
    俺は誰かと結婚をするなんてことは一生ないだろうけど、きっと宇髄はいつかはするだろう
    俺の知らない誰かと。
    だってこんなにいい男なんだ、いや、顔の話だけじゃない
    懐が深いというか、器の大きな人間だ
    そしてすごく人間的に優しい
    将来、奥さんになる人を紹介されようと毎年子どもの写真入りの年賀状を貰うことになろうと我慢する
    どんなに恥ずかしいキラキラネームをつけられた子どもでも名前を呼んで可愛がってやる
    お年玉だってクリスマスだって誕生日だってプレゼントを贈ってやる
    それでもいい
    友達でもいいからどちらかが死ぬまで一緒にいたい
    歳を取ったら縁側に座ってお茶を飲みたい
    ふたり並んで、流れる雲を眺めながら


    俺はそこまで覚悟を決めているというのに、宇髄は何の前触れすらなく家を買ったと事もなげにいう
    「…え、家?どこ?いつ?」
    思わず日本語が不自由になるくらいに驚くが、お構い無しに話は続く
    「ほら、バスの終点の先に三叉路あるじゃん?左に曲がると神社の方にいくとこ。あれを右に曲がった辺にちょうどいい中古の売家あってさ。そこ買っちゃった」
    「…『買っちゃった』って」
    「あの辺り環境良いじゃん?静かだし。でも意外にも安かったぜ!弾丸黒子ってやつだからかなー」
    弾丸黒子だろうが、猫の額であろうが竪穴式であろうがバルコニー付きの宮殿であろうが、もはや関係ない
    奥さんが出来ようと子どもが産まれようとずっといちばんの友達でいたいって思ってたくせに、いざその場面に直面したとなると足元が崩れてしまいそうな位に動揺してる自分がいた


    「…そうか、とうとう」
    「そう!だからこれからが本題!」
    本題…まさか結婚式の話か?俺に友人代表スピーチをやれとでも…?
    友人の多い宇髄のことだ
    沢山の招待客がお祝いにくるのだろう
    はっ!もしや式の司会や2次会の幹事とか…?
    いや、無理無理無理
    これ以上傷に塩を塗るようなことはやめてくれ!


    「…ごく、煉獄聞いてる?」
    「ああ、すまない。ついボーっとしてしまった」
    「俺、調子乗って飲ませ過ぎたよな。……眠い?」
    飲み過ぎても眠たくもない
    むしろ泣きたい
    長い時間の片恋を葬って泣きたい
    でももう、何て言ったらいいのかわからない
    「…眠たい」
    「じゃ、俺んち行こう!泊まってっていいからな!ベッドもデカいのに買い直したし!あ、別に一緒に寝ようってわけじゃねぇよ、ただベッドで寝た方がお前も楽だろ?朝飯は和定食を作ってやるし!好きだろ?お前」
    どうしてここでベッドの話が出てくるんだ
    奥さんになる人と寝たりナニかをするために買ったベッドに俺を寝かせるなんて鬼畜なのか?
    宇髄は鬼だったのか?
    もう、どうにでもなれな気持ちでいっぱいになってしまった
    「…わかった、君の新居にお邪魔させてもらう」
    「マジ?!やった!」


    そうしてその数時間後に全てを知る事となる
    宇髄の気持ちを
    俺の勘違いを
    宇髄が家を買った本当のわけを


    引っ越しをするのは5月の連休初日
    身の回りのものだけを少し持っていく予定
    あとはゆっくり2人で集めていけばいい
    宇髄と、ふたりで


    【そんなはずじゃなかった】

    少し、って言うか結構モメて新居に引っ越しをする日は5月の連休中に決まった
    本当は10日にしたかった。
    そう、この日は煉獄の誕生日
    だけど煉獄が「うん」とは言ってくれない
    「10日は平日だし、俺は仕事だ」
    …わかってる、わかってるっつうの、そんなこと
    お互い社会人なんだし平日の引っ越しなんて普通に考えて無理なのはわかってる。前もって休みでも取らねえと。
    あとは忍法分身の術でも使うしかねぇよなー、にんにん
    煉獄の分身にバリバリと仕事をさせて、本体は俺と煉獄バースデーラブラブ引っ越し。
    『…む、重たいな』段ボール箱を重たそうに抱える煉獄に、すっと手をさしのべる俺
    『ほら貸しな。持ってやるから』
    『ありがとう…宇髄は力持ちなんだな』
    『惚れなおした?』
    『…もう、ずっと前から惚れている』
    知ってるくせに…ってそっと目を閉じるだろうからそのまんまキスしちゃえる流れ。キター!キタコレ!
    それからそれから、まだ触ったことない煉獄の服の中にもやっと手を入れられるチャンス到来

    ふたりでの暮らしがはじまる甘い甘いアニバーサリーデーなんだから思い出にも記憶にも残る、最良の日にしたいじゃん?
    『煉獄の誕生日にこの家に引っ越ししたんだよな』って毎年思い出す、そんな日にしたい
    それなのにこのわからんちんはぁ!
    まあ、可愛いから許すんだけどな
    惚れた弱みってやつぅ♡


    …そんなはずじゃなかった
    記念樹を植えたかっただけなのに、
    腰が…腰が痛い
    宇髄と結婚をしたいと両親に報告をすると、父上は口から泡を吹かんばかりに驚いた
    根気よく何度も何度も説得を重ね、ようやく許していただけたのだ

    『…引っ越し祝いだ』と言って贈ってくださった杏の苗木
    『あなたの名の一文字が入っているからと、お父様が選ばれたものです、大切に育てておあげなさい」


    たっぷりの日差しの降り注ぐこの部屋からよく見えるようにと、庭に移植させてもらうことにした
    植木鉢を待ちあげた瞬間だった
    びりりと腰に電気が走る。痛い、痛くてたまらない
    このままでは新生活どころか、日常生活ですら怪しいだろう
    いや、待て。日常というよりは新婚…新婚生活か!?
    俺にもできるのか?宇髄とはキ、キ、キッス、しか、したことがないというのに!

    家を買った、と聞かされたあの日
    新居に泊まれと言われ、通された部屋はまだ段ボール箱が積まれたままだった
    少しずつ荷物を運んでいる途中、といったところだろう
    それなのに座布団はすぐに使えるようにされているし、開け放しの隣の部屋には大きな大きなベッドが見え隠れしている
    上にかけられたカバーが乱れているところをみると、もうここで寝泊まりをしているのかもしれない
    …未来の宇髄妻と共に


    『何か飲むか?』と聞かれコーヒーを飲みたいと思った。酔いを覚したかったが今日何故だか沢山の種類のお茶を勧められ、半ばヤケになって出されるままに飲み干した
    今までに一度も口にしたこともないような不思議な味のお茶も
    『変わった味だ』の意味で舌を出していると、斜め前に座っている宇髄と目が合った
    「…煉獄、いい?」
    何がいいのかわからない
    でもそれを言うのは違う気がして「もちろんだ」と返事をした
    「もちろんって、その言い方!」笑いながら唇を重ねられた
    「好きだ」「ここで一緒に暮らそう」
    そんなふうに言われて。
    信じられないことに、宇髄がこの家で一緒に暮らしていきたい相手は俺だったのだと知った瞬間だった
    「お前は?」
    「俺?」
    「聞かせて、お前の気持ち」
    聞かせたい言葉はただひとつだけ。高校生だったあの頃からずっと
    「…俺も、君の事が、好きだ」


    俺にとっては初めてのキスだった
    「これから先のことは、急がねぇから追々ゆっくりやってこうぜ。お前も怖いだろうし、心の準備もあるよな」
    身体を強く抱かれ、背中を撫で上げられる
    …これから先とは、なんだろう?
    ふたりで暮らしてやる事といえば、夜の営み
    夜の?俺と?まさか!!!

    —ここからは24時間耐久ドロ—

    【覗き見】21時
    いよいよ新居に引越しを控えた5月12日金曜日夜
    「明日は朝早くから動くからな!お前早起きは得意だろ?」
    朝は強い、と胸を張ると逞しいねぇーと喜ばれた
    宇髄が喜んでくれるのは嬉しい

    調理道具は段ボール箱の中に詰めたからと言う事で、すぐ近くにある定食屋に歩いて行って日替わりランチならぬ日替わり夜ご飯というセットを食べた
    今日のメニューはお好み焼き&焼きそばにご飯と豆腐の味噌汁
    これだけのボリュームで800円は安い
    近くにいい店があって良かったな!と言うと宇髄は「…俺、今日はそんな食えねぇ」と焼きそばを単品で食べていた
    いつもこのくらいは一緒に食べるのに不思議なこともあるものだ


    「ビール、飲もっか」
    宇髄とふたりでテレビの前に並んで座っている21時30分
    太鼓の音、ラッパと思わしき管楽器の音色に、おそらく決まっているのであろう選手名いりの応援歌
    そう、プロ野球中継を眺めていた
    宇髄とは高校生の頃からの付き合いだが、野球が好きだとかどこのチームが好きだなんて話は聞いたことがない
    「うおっ!今のホームランじゃね?」
    「いや、センターフライだろう」
    「そういえばさぁ!この選手、前は〇〇にいたよな!」
    「…いや、ドラフト会議で指名されてチーム入りしてからはずっとこのチームだ」
    「……あっそ」
    今ひとつ噛み合わない会話の中、ただビールの缶を開けて行く

    ……じつは、緊張、している
    俺だけじゃない、宇髄はもっと緊張しているようだ
    こういったお泊まりは何度だってやってきたし、呑んだあとのみんなでの雑魚寝だってしてきてるのに

    「うずい!」
    緊張のあまり『ず』にアクセントがつく呼び方をしてしまう
    「…何?れんごく」
    宇髄は『何』の時点で声が裏返った
    「風呂に、入らないか?」
    「ふろ!」
    「風呂」
    「…一緒に?」
    「いや!!明日への体力を残すためにも脚を伸ばして湯船に浸かるべきだと思うぞ!!」


    君から、いやお前から…という押し問答を繰り返して結局は俺から入ると言うことで決着がついた
    Tシャツを脱いでパンツも脱いで、さぁ湯船…というところでシャンプーを持ってくるのを忘れたことに気がついた
    …シャンプーねぇと髪洗えねーじゃん
    部屋に取りに行く?
    いやいや、もう素っ裸だし
    石鹸で洗ってしまう?
    いやいやいや、バッサバサになるし…

    どうしようか悩んでいるうちに風呂場のすりガラスに煉獄の影がうつった
    「…うずい」
    「どうした?」
    「シャンプー持っていってないんじゃないか?部屋に置いてあったから持ってきたんだが」
    恥ずかしそうなその声に、もしかしたらここまで持ってくるまでに色々考えたのかもしれない、なんて考えてしまう
    …やっぱり可愛い、こいつ
    「俺の風呂を覗き見しに来たかと思った!ありがとな」
    ば、ばか!ここに置いておくぞ!との元気な声のあと、バタバタと走って部屋に戻る足音が響いた

    22時【直感】
    煉獄が持ってきてくれたボトルいりの液体をを手のひらに2プッシュ、3プッシュ4プッシュと押し出して、わっしわしと泡を立てて髪を洗う
    ドラッグストアで買っておいた、香りがいい、外国製のちょっとお高いシャンプー
    子供みたいに耳の後ろは洗い残しが多いから、とか毛先から丁寧にトリートメントをするとか考えながら。
    女子か?!って話だけど、もしも何かやらかして煉獄を幻滅させるわけにはいかない
    これはもう直感みたいなもんだけど、そんな話はしたことないけど、っていうかあえて今まで聞かなかったんだけど、
    煉獄は、童貞
    絶対に童貞
    女子と話してるのも、一緒に歩いてるのも告白されてるのも、今までキリキリと唇を噛むような思いで見てきたけど、誰と付き合うことにした、なんて話は聞いたことがない
    真っさら清らかなあいつを初体験で傷つけるわけにはいかねぇ

    シャンプーが終わったら次は体
    首から肩、腕、背中と順に洗って、腹を洗う
    今夜スるのかな…
    いくら童貞でも(聞いてもないのに決めつけた!煉獄は童貞!絶対!)
    知識くらいはあるだろう
    口、ではしてくれなくても、もしかしたら手でしてくれる、かも?
    やっべー、それ考えてたら元気になっちゃいそ
    触って出すのはもったいねえからなるべくエロいことは考えないように、尚且つ丁寧に皮の中とかまで綺麗に洗お
    ポンプをさらにプッシュして手で大切に大切に洗…ってたらめちゃくちゃ皮の中は滲みた
    「うわぁぁぁ、痛ってえー!!」
    「どうした!宇髄!」
    「ボディソープがしみた!ちんこ痛え!」
    「…宇髄、それボディソープじゃなくてシャンプーじゃないか…それはしみるだろう」


    23時【予兆】

    (予兆)とは?
    前触れ。前兆。きざし。特に、未来の事象を示すものとしての、天体・天候・動物・植物などの自然現象に現れる変化
    …とある。

    大切なところの粘膜に、ダイレクトにシャンプーがしみたのであろう宇髄に洗面器でお湯を掬って泡を流してやった
    泡のしたから顔を覗かせた『アレ』
    俺にもついている、見慣れた『コレ』
    いや、ここは家庭の風呂場なんだ
    水着を着て入浴するわけではないのだからもちろん裸だ
    綺麗に筋肉が乗った体も、緩く結い上げられた髪も、綺麗で見惚れそうだった
    だから裸なのは問題ではない
    問題なのはその形状
    そこだけを凝視した訳ではない断じて!
    ただ、見えたのだ…
    泡の上まで飛び出すほどに勢いのよいソレを…

    前に抱きしめられたときに「心の準備もしてこい」と言っていた
    あれはセッ…をするぞ!という意味なのだろうか?
    俺にでもできるのだろうか?セッ…を?
    その言葉さえいい歳をしながらも気恥ずかしくてまだ使えないような俺でも
    大体、俺はまだこういったことの経験がないんだ

    宇髄のそりたつ壁ならぬ、そりたつ棒
    これはまさに『予兆』なのではないだろうか
    風呂に入る前にこっそりと調べた『動物などの自然現象』に当たっていると思う
    宇髄のアレが俺のココに?
    いや、もしかしたら逆かもしれない
    俺のアレが宇髄のソコに?

    とりあえず俺も洗わねばなるまい!
    どこを?
    とりあえずとりあえずあっちもこっちも
    でもふと気がついた
    前を洗うのはいつもやっている事だから問題なく洗える
    では、後ろは…?
    洗うのか、洗えるのか、どうやって…?

    すりガラスの引き戸を音を立てないようにこっそりと開けると、着替えの上に置いてあったスマホで「尻 洗う やり方」を検索した


    24時【心ここにあらず】
    「…いいお湯でした」
    濡れた髪を高い位置でポニーテールにあげた煉獄の破壊力よ
    お高いシャンプーを買った意味がここにあった。だってめちゃくちゃにいい匂いがする
    俺と一緒のもんを使ってるはずなのに、何て言うんだろ
    …色っぽい、そう、色気だコレは。
    文字通り煉獄から清潔な香気が立つ
    心なしかいつもの陽の雰囲気もひっそり、なりを潜めているし。
    うーん、色っぺぇな

    「お、おう!しっかり洗ってきたか?」
    「洗う?どこを!?」
    「いや、どこって頭とか体とか…」
    「あ、ああ、体も髪ももちろん隅々まで洗ってきた!どこもかしこも綺麗だ!」
    「…あっそう、そりゃ良かった。なぁビールもう少し飲む?」
    「あ、あ、あ、そう、だな!少し頂くとしよう」

    俺が取ってくるからと冷蔵庫の方へと歩き出す煉獄の後ろ姿を見て、思わず吹き出しそうになった
    手と足を右左同時に出して歩いてる
    まるでネジ巻き式のおもちゃだ

    まさかとは思うけど、期待、してるのか?
    だってあいつも男だ
    普段は食欲の権化(失礼)みたいだけど性欲もちゃんと装備されてたんだな
    風呂に入ってビールでも一杯引っかけて、あとやることといえばもうただひとつ、ヤるだけ
    それに気がついたかー。
    はぁーいよいよ煉獄と、ベッドにインだ!

    「もう一本、どう?」
    「え、あ、あ、もらう!」
    「次は俺が持ってきてやるから座ってな」
    「ああ、ありがとう」
    本当に可愛い
    心ここにあらずな感じもたまらなく可愛い
    色んな事考えてんだろうなー
    優しくしてやらねぇとなー
    俺たちの『初夜』だからなー

    そして新しいビールを持って戻ってきた俺の目にうつったもの
    座布団を枕にして気持ち良さげに眠ってる『今夜が初夜』のはずの相手だった
    寝る?
    このタイミングで!


    翌日6時【決断】
    寝てる?
    ベッドに寝てる?
    いつの間に布団に入ったんだろう、俺は
    風呂に入ったのは覚えている
    隅々まで洗って、そう!普段なら絶っっ対に洗わないな場所でさえネットで調べて洗って、それからそれから…
    いかん、風呂場を出た辺りから記憶がワープしている
    ビール、ビールを勧められて飲んだ
    熱くほてった体にしみて美味くって一気に飲んだんだ
    でもやはり寝室まで歩いてきたりおやすみを言った覚えはない
    はっ!なんなら歯を磨いたのすら定かではない
    いつもなら磨いてはいるはずだけど
    風呂上がりにそのまま洗面台に立つのが俺式入浴の一連の流れだ
    実家暮らしの時は洗面所で千寿郎と鉢合わせをして悲鳴をあげられたこともある
    「兄上!パンツくらい履いて磨いてください!」

    んー、よもやよもやではないか
    色んなことを思い返してみても目を覆いたくなる失態の数々
    そして極めつけとしてのこの状況!
    宇髄に腕枕をしてもらっているという
    いや、これは腕枕ですらない
    胸枕だ
    耳の真下でとっくんとっくんと心臓が鼓動を打つのが聞こえてくる
    …はぁ、なんとも心地がいい
    赤ちゃんが泣き止まないときに聞かせる心臓の音や水流音(血液に見たてる)CDがあるんだと甘露寺が話をしていたのを思い出した
    色々教えてもらっておけばよかったかな、彼女に。
    いや、いくら甘露寺でも男同士の性についてなんか知るはずもない
    そんな文化はごく一部の人しか知るまい
    自分でなんとかしなくては…!
    宇髄を、宇髄を喜ばせてやるんだ!
    まずはずっと俺のふとももに当たっているものを
    朝だからな…カッチカチだ…
    これを俺の手で!
    決断をした、ようやくした、宇髄とのこれからのめくるめく生活の為に!
    布団をこっそり持ち上げると、ドキドキしながら手を潜り込ませた


    8時【友人】
    宇髄天元の朝はピンクだ
    とは言ってもピンクの布団で寝ているわけでもやんちゃボーイズみたいにどピンクロゴのスウェットを着ている訳でもない
    脳内がピンク色だ

    『…うずい、もうこんなに』
    『っつ、無理、すんなって。お前にそんなことさせられるわけねぇだろ、友達、だろ、俺ら』
    『…俺は、君の事を友人なんて思ったことは、一度も、ない。今だってもうとても我慢できなく、って』
    『…あっ、そんなことされちゃ』
    ……我慢、できない

    そう、我慢できないのは、俺のちんこ
    これは気持ちよくなるためだけに付いてるわけじゃない
    もうひとつの使い道
    小便をするため。綺麗な言い方をするならお小水をするための器官
    っていうか、トイレ、トイレ、トイレ行きてぇぇぇー!

    昨晩居間で寝落ちした煉獄の寝顔を見ながらビールを飲んで。
    それがまた可愛いんだ!
    座布団のはしっこぎゅっと掴んで、時々ニヤァって笑ったり。
    はぁー、なんの夢見てんのかな
    そこには俺は出演してんだろうか?
    してたら嬉しいけど

    いつまでだって見てたいけど、このまま寝かせてたら風邪ひかせてしまう
    ま、俺よりは軽いはずってお姫様抱っこで持ち上げてやるとこれが半端なく重かった
    岩かよ、お前
    っていうか鉛?骨は鉄骨でできてんのかもしんねえ
    っちっくしょー、重てえぇぇぇー!
    気合い気合い!と、やっとの思いでベッドまで運ぶと1日中俺らしくもなく使いまくった気疲れで煉獄と一緒に寝込んでしまった

    んなわけで、朝までワープ
    夜中分溜まりにに溜まったものを放出しにトイレ行きたいんだけど…
    何、この状況、ナニ?
    煉獄の手が俺のジャージのウエスト調整紐を触ってんだけど?!
    あー、プランプランさがるのが気持ち悪いから俺いっつも固結びしてるもんなー…って、俺、馬鹿だろ??
    今日は緩く結んどかないとだっただろ?
    っていうか、それよりトイレー!!!
    「悪い!煉獄!」
    思い切り布団を蹴り上げた足が煉獄のどこかに当たった、ゴキって音がしたけど振り向きもせずトイレに駆け込んだ


    9時【カラオケ】
    目の前に星が散らつくという経験を初めてした
    と、いうより膝蹴りだって初めて食らった

    宇髄のジャージ(ジャージっていうなスウェット!!って怒られそうだが)のウエストまでスルスルと手を伸ばすことには成功した
    正直、なんともエッチなシチュエーションに萌えるような気持ちになる
    ただ、この紐
    ジャージのウエストサイズ調整のためにつけられた紐
    この紐はどうにかならないものか
    確かに結んでおかないと片方だけ中に入り込んだりして「あーっ!!」っていう目にはあうやつだ
    でもそれならば簡単に結べはいいものを、ご丁寧にも2本まとめてぐるぐる巻きにされた紐が固く強く結ばれている
    まるで他者の侵入を防ぐかのように…

    ふと、頭の中にメロディが流れる
    ん?これは何だっただろうか?
    固くぅー、強くぅー、結ばれたぁーって、前にみんなで一緒に行ったカラオケボックスでこんな歌詞のバラードを宇髄が歌っていたような覚えがある
    低くて甘い声で歌われると、その場に居合わせた女の子達が目をハートにして聞き入っていたのを思い出す

    …と、いうより顎が痛い
    肝心の宇髄は股間を押さえてトイレに駆け込んでしまったし、俺は顎が痛いし…
    今朝は早くから作業をすると言っていたからもう布団からは出た方がいいのだろう
    枕を叩いて膨らみを戻し、掛け布団を振ってシワをのばした。ベッドメイクの完成だ
    部屋の中に埃が舞う
    粉雪みたいだ
    こな〜雪〜ねえ、心までしぃろぉくぅ
    気が付いた時には宇髄が側に立っていた
    「…おはよ」

    10時【悪酔い】
    最っ悪
    本当こんな日に最っ悪…
    あろうことか昨日飲んだビールが残ってる
    トイレから立ちあがろうとしたら世界が回転した
    地動説だっけ天動説だっけ…いや、自転?まぁなんでもいいけど、問題は俺の目がクルクル回ってるってことだ
    不幸中の幸いとも言えるが、まだ悪酔いまではしてない
    このくらいだったら水いっぱい飲んで出すもん出したら治まるレベル
    昨日の夜は焼きそばしか食ってないし、あんま食わないままに飲んだからそれが良くなかったんだろうな
    せっかくの引越し当日だっていうのに…
    らぶらぶ引越し…俺と煉獄との甘い甘い引越しが!
    段ボール箱に体を押さえつけてあんあんいわせたり、玄関先で荷物持たせたまんまでキスとかしたかったのに、今のままじゃできる気しねえ…
    よし、もう少し寝よ
    水飲んで、隣に煉獄も寝かせて、腕枕してやりながら髪を触ろう
    『…あっ、痛い』
    『ん、悪ぃ悪ぃ。髪の毛が縺れちまってんだよ、お前の。仕方ねぇな』って
    指で解いてやりながら二度寝をしよう
    エッチな事までやってたら1日が終わってしまうからそれは我慢、我慢
    良いことは頑張ったご褒美に夜に…
    くっそ、そんなこと考えるとまた元気百倍になるじゃねぇかよ!
    とりあえず下からは出すもん出しとこ
    またパンツをさげてトイレに座り直した

    ……けど、俺の目に映るこの光景は何だろう?
    開け放たれた窓から入り込む風に揺れるカーテン
    光を浴びて舞い落ちる埃の粒子
    そして声高らかに歌いながらベッドメイクをする煉獄の姿
    え?は?
    二度寝は?俺と煉獄の二度寝イチャイチャタイムは?
    「宇髄!おはよう!」
    「…おはよ」
    「…どうした?体調でも悪いのか?」
    「あー、うん…ちょっと。お前は元気そうだなー」
    「朝は強いんだ!」
    昨日も同じ事を聞いた、そういえば
    「…悪いけど朝からそのテンションに合わせるの、無理」
    「……は?」
    まずい、まずい、本来の意味の『気分の悪さ』で煉獄に当たってしまった
    場の空気が凍りつく
    「…俺だって痛い」
    「は?」
    「俺だって君から蹴り上げられた顎が痛い!でも君の家で君が何をしようと文句を言う筋合いはないし…」
    「『俺の家』ってなんだよ?ふたりの家だろうが、ここは。違うのかよ?」
    気持ちの悪さが口を滑らせる
    「…もー少し、寝る」
    綺麗に整えられた掛け布団をめくった

    11時【すれ違い】
    怒らせてしまった
    俺はただ、宇髄に喜んで欲しかっただけなのに
    どこを間違えたんだろう
    俺が宇髄の硬くなったものを触ろうとしたからだろうか?
    あれは生理現象だ、恥ずかしいことなんかひとつもない
    俺だって毎朝勃つけど、特別困ったことなどはない
    それに、これは言い訳にしかならないかもだが夢うつつの中で触られたら気持ちがいいんじゃないかと思っただけだった。
    もしや『はしたない』と思われたのだろうか?そもそも宇髄はそんな事を望んでいたわけじゃなかった、とか?
    精神的な繋がりとか、心の安らぎとかを求めていたとか
    …いや、ルームメイト募集くらいの事だったかもしれない
    毎月家賃を払うような感覚ではあるものの、一軒家ともなれば維持費や固定資産税等もかかってくるだろうから、いくら一緒に払っていくとはいえ、宇髄にとっては負担以外の何ものでもないのかもしれない
    よもやだ…

    でも、キスをされたあの夜を思い出す
    好きだって言われて、宇髄の綺麗すぎる目が閉じていくのを至近距離で見たんだ、俺は
    魔法にかかったみたいだった
    はじめてのキスはレモン味とかいう噂だったけど、実際はお茶の味だった
    柔らかくて、熱くて、ペロっと舐め上げられた時は腰に鉄の杭を打ち込まれたみたいにどろんと疼いた

    もう、キスをすることなんかないのかもしれない
    それでも一緒に生活して笑ったり泣いたり喜んだりする宇髄の顔を見ていたいと思う
    それを許されるなら、だ

    「宇髄、ちょっとコンビニ迄行ってくるが、何か必要なものはないか?」
    役に立ちたかった、どんな事でもいい
    「…別に、ない」
    「……それじゃ、ちょっと行ってくるな」
    まだキーホルダーすらついていない、借り物感満載の鍵。
    まるで俺みたいだな…手のひらで握りしめると玄関の扉を出来るだけ静かに閉めた

    14時【さようなら】
    煉獄が帰ってこない
    何時だっけ?コンビニ行くって言って出て行ったのは。
    そもそも家を出る音は聞こえなかった
    鍵とか触ったらチャリとかカチャとか何らかの音が鳴らね?
    それも聞こえなかったし…ってことは鍵持って出なかった
    鍵持たないってことは要らないってこと
    要らないってことは、もうここには住みたくないってこと?
    ちょっと待てって、嘘だろー?!
    そうだ、とりあえず電話をしよう
    声だけでも聞きたい
    もしかしたら道に迷ってるのかもしれないし(煉獄の方向音痴は筋金入りだ)
    もしかしたら迷子の仔猫ちゃんのママを探しているのかもしれないし(犬のおまわりさんか!)
    それなら助けてやんねぇと

    自分のスマホから煉獄の芋イラストのアイコンをタップすると、スピーカーもオンにした
    すぐに出てくれるはず…
    『宇髄か!実は今…』って元気に状況報告をしてくれるはず
    それなのに能天気な着信音は家の中から聞こえだした
    玄関の、シューズボックスの上
    小銭やらレシートやらガス会社のハガキやらと一緒に置かれたまんま
    おそらく靴を履こうと思ってここに置いて忘れて行ったんだろう
    その場にへたへたと座り込んでしまった

    あまりにも理不尽すぎねえか、俺。
    俺だけが煉獄を好きで、人生で1番高額な買い物までしてさ…
    それでも、一緒に居たいんだよ。ただそれだけ。なぁどこ行ったんだよ、ごめんって何回でも謝るから帰ってきてよ
    携帯を握りしめてひと粒目の涙が落ちそうになった時に目の前が急に明るくなった
    眩しくて見えないくらい
    その中に、煉獄が立ってた

    15時【理不尽】
    「どうしたんだ?宇髄、こんなところで!」
    「…どうしたかってのはお前だろ?」
    「俺なら買い物に」
    「…携帯も持たないでかよ。支払いできねえじゃん」
    「俺は現金派だからな!!」
    …そうだった
    こいつは常に現金派。携帯は元来の使い道通りに電話とメッセージが使えたらいいやつ
    でも、帰ってきてくれて、本当に良かった
    安心と嬉しいのと一緒に憎まれ口までが口から溢れ出す
    「大体お前は、携帯くらい携帯しろっつーの、持ち歩けっつーの!お前のは携帯じゃなくて不携帯!」
    煉獄は最初、俺の文句の勢いに呆気にとられながらもついには笑い出してしまった
    「俺ばっかり怒られるなんて、理不尽すぎないか?大体君だって俺に膝蹴りしてきて痛かったんだからな!ほら!」
    顎に貼られた白い湿布
    そして両手に下げられた弁当やカップ麺
    「君も昼はまだだろう?一緒に食おう!色々買ってきたから」
    お日様みたいな笑顔に思わずその体を抱きよせたのに「…うずい、とりあえず飯にしないか?」のひと言に我に返った
    勢いで煉獄の体抱きしめてしまっていた
    今度は手順踏んで抱こうと思ってたのにぃぃー!

    居間に入ると煉獄は驚きの声を上げた
    「何だかもう片付いてしまってないか?」
    「…ひとりでぼちぼちやったからな」
    「そうか、宇髄は仕事の手際がいいんだな!そう言うところは高校生だったあの頃から変わらないな!そんなところが好…いや、なんでもない!さぁ食べよう!!」
    テーブルの上に置かれたのは焼きそば弁当にカップの焼きそば
    「…何、このチョイス」
    「今日は焼きそば弁当がお買い得ですよとスーパーの店員さんから勧められたからな!」
    「…お買い得はわかったけど、なんでカップ焼きそばまで?」
    「これも2つ買ったら焼きそばキーホルダープレゼントとなっていたからな!4つ買った!」
    丸いカップのお馴染みの焼きそばを形どったキーホルダーをふたつ揺らして見せてくる
    「キーホルダープレゼントはわかったけど。欲しかったの、それ?」
    「…ああ、これはな」
    景品にしては凝った作りで湯切りするところを剥がしたり戻したりできるようになってる
    それを指で、もて遊びながら少し恥ずかしそうに呟いた
    「…この家の、鍵にはキーホルダーが付いていないだろう?これならお揃いになるからと思って」
    お揃い?俺のと、煉獄の鍵をお揃いにしたくて買ったってこと?
    何その可愛い理由は!!!
    また抱きしめたくなる俺の腕を押さえ込んだ

    16時【料理番組】
    結局、焼きそばをおかずにして焼きそばを食うという、とんでもない昼飯となったけど、めちゃくちゃに満たされた気分だった
    胃も満たされたしな
    テレビに映るこどもむけの料理番組の中で小学生が餃子を作るのをふたりでぼんやり眺めた
    「餃子は、母親が良く作ってくれてたから俺も手伝いをしたぞ」
    「へえー」
    「キャベツを絞ったり、白菜を絞ったり」
    力仕事担当なわけね、ナイスキャスティング煉獄ママ
    「餃子だったら簡単だし、夜は餃子パーティにする?チーズとかウインナーとかも入れてホットプレートで焼く、ってのはどう?」
    「…君、天才だな!」

    「君、ホットプレートなんて持ってたんだな」
    「あー、あれよ。甘露寺の結婚式の引き出物」
    「そういえばもらったな!家庭がある人間にはいい引き出物だろうが、俺みたいに独身者がもらっても宝の持ち腐れだって不死川と笑ったんだ。あんまりにも重たいから途中でふたりで居酒屋に寄り道したりしてな。楽しかった」
    「…寄り道?不死川と、ふたりで?それ知らね、俺」
    「だって君は沢山の女の子に囲まれてて声をかけるのも気が引けて」
    あの日はふたりでビール飲み比べをしたりしたんだ、と楽しそうに笑うから思わずここにはいない不死川に対してもヤキモチを妬く
    「…不死川とー、ふうん…でも不死川はカナエさんが好きだし!」
    「それは俺も知ってるが?どうした?」
    しまった、ヤキモチ妬くあまりに変なマウント取りしてしまった
    「…いや、何でもねぇ。さあてホットプレート探そうぜ」
    「そうだな!」

    17時【雨天決行】
    あまり使うことのないキッチン関係のものはひとつにまとめておいたはず
    使う時になったらここから探せばいいかって思って。
    ホットプレートはすぐに見つかった
    どこに置こうかってしばらく考えたから。
    ただ、肝心なものがない
    ホットプレートを使用するにあたって必ず必要であろう、コードがない!
    包丁を研ぐ為のやすりとか、一回も使ったことない野菜スライサーとか、そしてどうして俺がこんなものを持ってるんだ?っていう鰹節削りまで
    それなのに、肝心のものはない
    煉獄は俺の後ろで野菜スライサーを触りながら「これだったら君と料理ができるな」なんて喜んでるし
    「あー、スライサー気つけろよ!刃で指切るからな!」
    「はぁい」
    どこか間伸びした返事が返ってくる
    こんなところは気を許してくれてる証拠
    ほら見ろ、不死川!お前に勝ったぞ!!

    「宇髄、七輪があるじゃないか」
    「七輪ー?使ったことねえよ、俺」
    これで餃子を焼いたらどうか?と言う
    でも今日の天気、夕方からの予報は雨
    七輪だったら外だしな…
    「洗濯物干しのスペースなら屋根があるからあそこで焼くというのはどうだろうか?」
    なるほど、あの場所なら雨はしのげる
    「…じゃ、一丁やるか?雨天決行七輪パーティオンザ餃子」
    「韻を踏んでるぞ」
    yo.yoと、指で格好つけながら踊ってやると煉獄は手を叩いて喜んだ
    そう、この顔が見たかったんだ
    だから一緒に暮らしたいって、そう思ったんだ

    18時【チケット】
    宇髄と過ごすのは楽しい
    それは高校生の頃からずっと。
    田舎の学校だったから学年も性別も関係なく誰とでも過ごしていたように思う
    この気持ちが友情から恋慕に変わったのはいつだったんだろう
    気がついた時にはもう、好きだった

    恋に変わったのかは覚えていないが、初めて2人だけで遊びに行った日なら覚えている
    近くのショッピングモールに行ったんだ
    『服が欲しいから一緒に選んで』って。
    おしゃれに気を遣っている宇髄の洋服を選んであげられるようなセンスなんて到底持ち合わせてなんかいない
    『いやいや、宇髄の服なんて選べないぞ!もっとおしゃれな人に…えーっとカナエ先輩とか』
    『…ヤダ』
    『じゃ、甘露寺は?』
    『伊黒が怖い』
    『それじゃ、えーっとえーっと』
    『…俺は煉獄と行きてえの』
    駄目?って宇髄に目を覗きこまれてnoが言える人なんかいないと思う
    わかった、俺が選んだもんに文句言うなよって言うと、やりい!って言って小さくガッツポーズを取った
    こんな風にこどもみたいなところも宇髄の魅力なんだな、そう思った

    当日は正面玄関の前で待ち合わせ、という事だったから10分前を目安に向かうと、もう待っていてくれてた
    シンプルなTシャツとパンツを着ているだけなのにめちゃくちゃにカッコよくて、なぜかドキドキしたのを覚えてる

    洋服選んで、って言ってきたくせに、中に入っても洋服は全然見ようとしないで『お前、どこ行きたい?』『何見たい?』『何食いたい?』って全部俺に決めさせて

    ふらりと立ち寄ったゲームセンターのクレーンゲームの景品に「ラバーズソフトクリーム」のチケットがあった
    ラバーズは当時、俺たちの間で大人気で、30センチはあるようなビッグサイズのソフトクリームが目玉商品
    それを恋人と食べる、というのがステータスだった

    『これ、取ってやるから一緒に食お』
    『…でも』
    『別にいいじゃん!話のネタになるだろ?』

    結局、ふたりで3000円くらい使ってようやく取れたときは思わず顔を見合わせて笑った
    『普通に食べた方が安上がりだったんじゃね?』
    『全くだな!』

    実は、あの日のチケットはまだ持っている
    店員さんに無理を言って、こっそりもらったんだ
    【提供済み】と赤ペンで記された日付は、今月最後の日曜日にあたる日
    まだあの店はあるんだろうか?
    あるのなら行ってみたい、宇髄と一緒に


    19時【ぬくもり】
    「ほら、ここに木炭入れて。下から順に隙間空けて入れろよ。あー、あんま詰めすぎたら燃えにくいって!」

    煉獄も俺も軍手はしているものの、顔やら服やらも真っ黒になってしまってる
    昔、こんな歌手がいたよな
    顔真っ黒に塗ってサングラスかけてさ。
    なんで覚えてるかって言ったら煉獄が良く口ずさんでたから、この人達の歌
    低いけど良く通る、温かなその声は聞いていて心地良くって。
    こっそりとタイトルを調べてプレイリストにいれた
    まあ、切ない別れの曲なんだけど聞いてるとじんわり心が暖かくなる
    …って、煉獄が好きな曲だからかもしんねえな。

    幸いにもまだ雨は落ちてはきてない
    けど、怪しい
    あの雲、真っ黒な分厚い雲
    あれが来たら多分降る、とんでもない雨が降る予感
    まぁ、それまでは縁側餃子パーティを楽しむとしよう
    缶ビールに、ししゃも、ソーセージ、そして主役の餃子
    (煉獄は本当に野菜を絞ってくれた)
    蓋をできないからトングで数回裏返して焼いて、焼けたそばから食べていく
    「あっ、あっつ、あふっ、ふまい、うまい!」
    「ばーか、熱いんだからゆっくり食えって」
    「らって」
    「らってじゃねえって、ベロやけどするぞ」
    本当に焼けてるかもしれんな見てくれっていってベロを伸ばしてくる
    真っ白な歯の隙間から伸びる舌に、懲りもせずまた俺の愚息が反応する
    でも、もう急がねえって決めた
    煉獄の気持ちが追いつくまで待つ、つもり。
    いつか、俺とヤってもいいかなって思ってくれる日までこうしてふたりで過ごせたらいい
    俺のなんてどこかで隠れて抜いてやるし!!

    半分くらい食ったあたりだったか、雨粒が顔に当たったと思うと、やはりすごい勢いで降り出した
    ゲリラなんとかってやつだ
    慌てて片付けたけど、部屋に戻ったときにはふたりとも濡れ鼠だった
    「…餃子、濡れてしまったな」
    自分だってびしょ濡れのくせに餃子の心配をする
    「君、足りなかったんじゃないのか?俺にばっかり食べさせて」
    「いーや、結構食ってるよ。平気」
    「…でも」
    俺が食ってないと心配ばかりする姿は本当に優しくて、何よりも愛おしい存在
    「宇髄!足りない分はカップの焼きそばを食べたらいいんじゃないか?まだあるぞ!」
    「あー…焼きそばはしばらくいいかな」
    同時にかなりアホだけどな

    19時【ぬくもり】
    びっしょり濡れた服をふたり一緒にその場に脱ぎ捨てた
    煉獄の薄手のTシャツが胸元を透かしてピンク色のもんが見えてたけど、もう全然エロい気持ちにはならなくって。
    逆に煉獄から「君、乳首透けてるぞ!」なんて笑われたりして
    そのまんま風呂場へと飛び込んだ

    指鉄砲でお湯をかけあったり、タオルで風船を作ってやったりすると、まるで小さなこどもみたいな顔をして喜んでくれた
    洗い場でお互いに胡座をくんで、髪を洗いあって。
    「お客様、かゆいところはございませんか?」
    「そうだな、背中がかゆいな!」なんて高校生だったあの頃に戻ったみたいに。
    なんて事のない、日常
    こんなに幸せなことってある?
    すげぇ好きなやつが手の届く距離で笑っていてくれる
    こいつを誰よりも幸せにしたい
    本気でそう思った


    21時【エピローグ】
    髪の毛を順番に乾かしてやってると、煉獄がとある詩の一節を詠いだした
    「『決して怒らず、いつも静かに笑ってる』覚えてるか?これ」
    「もちろん!」
    高校生活最後の方の国語の授業で、『テストに出しますから全文覚えてください』という宿題が出たんだった
    みんな必死で「1日に玄米、えっと何合だっけ?」「四合!」なんて言いながら覚えたもんだ
    「君は、これを覚えるのがとても早かった」
    「んー、なんか詩の内容が煉獄みたいだなって思ってさ。好きだったからかな」
    「…俺も、宇髄が好きだっていうから一生懸命覚えた」
    「マジ?」
    「マジ」
    「真似すんなよ!」
    「まねすんなよ」

    最後にぶおんと冷たい風を当ててもらってドライヤーが切れた
    「あ、逆さまつげになってるぞ、取ってやるから目を瞑ってくれないか?」
    「ん、頼む」
    肩に置かれる手、少しずつ近くなる肌の匂い
    そしてそして、まぶたにちうっと柔らかくて暖かいものが触れた
    「え?」
    「…うずい、ありがとう。俺の気持ちが追いつくまで待ってくれてありがとう」
    「え、え?」
    「大好きだ」
    「え、あ、は?」
    情け無いことに変な言葉しかでてこない
    「もう一回、目を閉じてくれるか?」
    「…」
    「ダメか?」
    「…それ、俺から言いたかった」
    目を見合わせて思わずふたり笑った
    「かっこわり、俺!」
    「宇髄は俺にとっては誰よりもかっこいいぞ!」
    「煉獄も、俺にとっては誰よりも大切だから」
    「うん」
    「俺のところに来てくれてありがとう」
    「うん」
    「末永くよろしくお願いします」
    こちらこそ、って頭を下げてくれたあとに「じゃ、そろそろ目を瞑ってくれるか?キスをしたい!」
    「ったく、情緒!」

    ゆっくりと触れ合ったくちびるは柔らかくて、暖かくて
    何もかもを解かしていくようだった






































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