控え室にふたり「桃城に始まってあの二人まで」
「まさか残ったのが俺たちだけとはな」
ソファに身を委ねながら呟く跡部に、せやなぁ。と小さく声を漏らせども返事はない。秒針ばかり響く狭い部屋に、俺の独り言は溶けたらしい。
桃城、越前、丸井。白い衣装に身を包み、先程この部屋を立ち去った面々の背中を心の中に思い浮かべる。花瓶に挿された向日葵を一本引き抜き、思い思いの言葉を告げ部屋を後にした彼らは今頃誰かを喜ばせているのだろうか。つい数分前までテーブルを彩っていた向日葵は、とうとう残すところ二本だけ。支えを失い花瓶の中で互いに背を向けた彼らは、どこか気まずげにも見える。
しんと静まり返った部屋の空気を払うように小さく咳をすると、僅かに跡部が身じろいだ。衣擦れの音が妙に耳に残るのは、らしくもなく緊張しているせいだろうか。
「俺様が選ばれるべきだろう、一番に」
「こればっかりは運やから」
「納得いかねぇ」
「子供かいな」
駄々をこねる様子に苦く笑いながら再度息を吐く。不服そうな表情で口先を尖らせている彼は普段よりもどこか幼く見えた。
綺麗に整えられた髪を乱さないよう気を付けながら白い頬へ手を伸ばす。手の甲で撫で、指先でつつき、相も変わらず離れるのが惜しくなるほど心地よい肌の感触に目を細めていれば、青い瞳が俺を捉えた。
「……俺様で遊ぶんじゃねぇよ」
視線だけを動かし俺を咎めるも彼の腕は組まれたままだ。嫌ならもっとなりふり構わず俺から離れるだろうし、そもそもこの距離で話すことさえ許してくれないだろう。
身を寄せれば跡部がそっぽを向く。愛らしいばかりの反抗に、気付けば緊張が解れていた。
「ええやん、ちょっとくらい」
調子に乗るなと呟かれた声には応えない。近頃二人で過ごす機会もなかったのだから甘えるくらい許してほしいところだ。
ふと思いつき、もうすっかり歌い慣れたメロディを口ずさんでみれば彼の声がそこへ重なる。静かだった部屋の中、今は二人の声音が温かく満ちていた。ふと目を向けた向日葵は先程と変わらぬ様子で顔を背けていたけれど、よくよく思えば照れを隠す俺たちにも似ている気がする。なんて都合の良い思考だとは思うが、つかの間の逢瀬に浮かれているのだからこれもまた許されたい。
調子づいて耳元に寄せた唇で大好きを呟き、跡部から盛大な反撃を食らったのはまた別の話。