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    いなや

    @popu_M99

    書きかけが解凍される瞬間をまっている
    推敲しない場所 無濾過

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    いなや

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    ジェイフロ

    星イベ後くらいに書いてたやつ。あともうさんぶんのいちくらいある。

    地平に光 岩場に制服「東、2等星、尾あり」
    「北北東、マイナス1等星」
    「南東、3等星、赤ぁ。お菓子ちょーだい」
    「どうぞ」
    「あんがと」

    サクサク、カバーリングチョコレートを頬張ると欠片がほろりと落ちる。普段であればジェイドが拭ったり払ったり見ないふりしたりのソレは、今夜そのまま芝生に着地した。屋外だから許される無精だ。きっと朝になれば早起きの蟻か妖精かが喜んで回収することだろう。
    フロイドはこういったあるがままに好き勝手できる環境が好きだった。陸は、規則正しい学校生活は、フロイドにとって時にいささか窮屈が過ぎる。
    もう一口囓れば、やっぱりまたひと欠け口から転げた。上向きながらものを食べるというのは、なかなかどうして難しい。今日という夜は星が主役であるため、月光のないほの暗さも覚束なさに拍車をかけていた。

    「北に2等星がふたつ、いやみっつ。……、……。」
    「アズール眠ぃの?」
    「いえ。流星観測をなにかに利用できないか考えてました。手持ち無沙汰過ぎる。ただ自然を利用すると初期投資が抑えられる代わりに不確定要素が増えるんですよねえ……やはりオルトさんのスターゲイズ・ギアの貸借についてもう一度……」
    「ラップトップやめろ! 眩し!」
    「アズール、手元を明るくすると観測が難しくなるので……。山は素朴な観点から眺めるのも良いものですよ」
    「山じゃなく星を見るんですよ今夜は」
    「どっちでもいいんだけどもう飽きてきたぁ」

    頭上を落ちる星々にも、初めこそ心揺さぶられたが。十も二十も続けばもはやフロイドにとってただの風景でしかなかった。単純な数でいえば、学校行事の星送りの方がよほど多い。煌めきでいえば、揺れる鰯の群れの方がはるかに大きいだろう。

    肉眼で捉えられるかどうかの瞬きも、絵本のように尾を引く流れ星も。
    今夜はどこまでもただしくひとつの観測対象だった。

    思えば、双子はよく海面に顔を出しに行ったものだが、アズールはそうでなかった。空がどれほど高いものか語ると羨ましそうにしたけれど、愚鈍な彼は決して明るい場所まで浮かぼうとはしなかったのだ。しかし、そんなアズールだって今はすっかり陸に慣れ、星に飽きている。ならば誰にフロイドを責められよう。
    新たな発見がだんだんと色褪せていく感覚。目新しさがなくなるにつれて関心も薄れる比例式。
    楽しいことだけを追いかける自分にとって、それらはなんて残酷なことか。
    陸に上がってから何度も起きた摩耗は、自身の飽き性を改めて突きつけてくるようで。フロイドは嫌気が差していた。
    つまりフロイドにとって一番きれいな星は、生まれて一番初めに目にした星にちがいなかった。

    「北東、2、1、1。マイナス1に尾。いま何時です?」
    「0時43分です。落ち着いてきましたね、そろそろ極大も過ぎる頃でしょうか。東2等星オレンジ」
    「南側いっぱぁい」
    「フロイド、真面目に」
    「ダルいんだってば。光の強さも方向も、肉眼のざっくりした観測だし。つまんない。意味ある? これ」
    「正確性より結果からある程度の法則性を考察するのが目的なので問題ありません」
    「でも占星術でもうわかってるじゃん。今夜は快晴ときどき星が降るでしょう!」
    「だからその占星術の精度を見るんですよ。まったく、そんな調子のお前がどうして占星術講義を取ったんだ」
    「僕が勧めました。履修登録期にはフロイドも乗り気だったんですよ?」
    「ねーお菓子」
    「はい」
    「ジェイド、フロイドに与え過ぎないように。何時だと思ってるんです」
    「ふふ」
    「アーッ!? 落とした!」

    ダークチョコレートを纏ったクッキーは、一度手から離れるともうどこへ行ったものかわからなくなった。完全に夜と土色に一体化してしまって、救出を困難にさせる。フロイドは早々に諦めた。蟻と妖精が甘いものパーティーを開くに十分な量だろう、いっそ感謝してほしい。
    ……無気力に身体を起こさないフロイドに、手が伸ばされる。優しく唇をなぞってくるのはジェイドの指だった。抵抗せず口を開けば、舌の上に新たなカバーリングチョコレートが置かれる。夜に紛れる静かな動作。きっとアズールはこっそりとした追加の甘味に気づいていない。ジェイドがもう一度小さく口の中で笑ったようだった。
    与えられた菓子を音が立たないよう噛み砕きながら。このあとの流星に思い馳せていた。
    そういえば自分は果たしてそこまで星が好きだっただろうか。ジェイドにおすすめされて、それでどうして、授業を取ってみようと思ったんだっけ。
    占星術は本来もっと緻密でじめじめしていて数学的だ。多くの時間を、空を見上げるのでなく机のホロスコープと向き合う分野で、フロイドの嗜好をくすぐるとは思えない。今夜の流星観測だって正規カリキュラムには組み込まれていない特別授業で、偶然の産物だった。
    星送りの一週間後には、名残惜しむように毎年流星群が追ってやってくる。ただし、今回はオルト・シュラウドの強引な気候変動によって、ナイトレイブンカレッジ周辺の気象情報はそれはもうめちゃくちゃになったのだ。占星術講師はここぞとばかりに課題を盛った。

    来たる流星群期間のうち一番に星降る夜を当てられた者には、もれなくより良い評価が与えられる。

    既に出席点ぎりぎりのフロイドにとっては僥倖であった。
    同様に、加点を狙うアズールも意気込んでいたが、観測決行となると途端意識が削がれているようだった。絶えることのないこの流星に、自身の占星術の遂行――ちなみにフロイドも彼とおんなじ星詠みが出ている――を確信したのだろう。もはや隣であくびを噛み殺している。今日は放射点が高いなりに落ちる星もそこそこ。ピーク時は会話もままならない慌ただしさだったが、じわじわと沈黙の時間の方が増えつつあった。
    クッキー生地を飲み込むと、ぎゅっと喉の音が立つ。あ、やっちゃった。アズールまだ気づいてないかな。もう一枚食べたいかも。

    ああでも、ジェイドは確か星が好きだった。
    それも陸に来るよりずっと前から。

    今夜だってジェイドには本来課題はなく、つまり好んで無意味に趣味で同行しているのだ。ジェイドは昨年度とっくに占星術を履修終了していて、その上で“ただ星を見る”という行為そのものの方が好きなのだと気づいたようだった。あらゆる不要な可能性を潰してより自身の好奇を高める手間を、片割れは惜しまないタイプだった。
    山に登るとジェイドはいつも星を見るという。今日のようにいつも流れるわけではないそれを、ただずっと見つめ続けるらしい。海中のオクタヴィネル寮からは目にできない星々は、いまやジェイドをより山へ惹き込む一因であった。
    木々も石も川も小動物も、いろんな山を写真におさめては帰ってフロイドに渡してくるけれど。どうしても星は見たままに伝えられない。
    ――そんなところがずっと好きで、時間を忘れるほどおそろしいのだと。

    まだ同じ海藻のベッドで眠っていた頃。
    夜に抜け出して海面まで誘ってくるのだって、実はいつでもジェイドの方だった。


    こんばんは、ぼくの兄弟。良い夜ですね。


    そういえば初めて会ったときも、片割れはそう言っていた気がする。あの日も星がきれいで、ふとそれらを直に見てみたくなって、それで――。
    ヴヴッ! スマホのバイブレーションが唐突に一度唸った。
    手に取れば、フロイドのスマホは充電息も絶え絶えで、どうやらそのお知らせだったらしい。振動する体力があるなら少しでも長く働けよとフロイドはよく思う。

    「充電ある? スマホ死にそう」
    「ありますよ」
    「ジェイドなんでも持ってきてんじゃんウケる」
    「山は準備と現地調達のバランスが要ですから」

    フロイドは今夜という記録のすべてをスマホに録音していた。あとでこれを提出形式に書き起こさねばならない。レポートは学生の逃れられぬ宿命であり、後回しにするのもまた必然である。自動書記魔法を使えば早いけれど、今日はそういった気分になれなかった。無理に使えば結果暴発するかブロットが溜まるかしかどうせあり得ないのだ。当然、星すべて空覚えしようなんて気分でもなかった。
    レジャーシート一枚敷いただけの背中はじわじわと痺れ、岩のように硬くなってしまったかと錯覚する。ジェイドは山でいつもひとりこんなことを好んでしているのだろうか。フロイドにはこれっぽっちも良さが理解できない。
    箒も鳥も航空機も飛ばない黒い空はのっぺりとしていて、だんだん距離感がわからなくなっていく。稀に動く一枚絵を前にしているのだと言われた方がまだ納得できた。それはつまり海面に似ていて、あまりにつまらなかった。
    フロイドは右隣のジェイドに向かってころりと身体を傾けた。
    三人でシートの中央に頭を寄せ合い、脚をそれぞれの担当方角に伸ばしていた三角形。指定された正しい簡易観測体位。それもすっかり崩れてしまう。フロイドはもっとジェイドににじり寄った。ジェイドは怒らない。一番に寝落ちたのはやはりと言おうかアズールだった。

    「……ジェイドぉ脚貸して」
    「フロイド、絞められては星が見えません……」
    「頑張って」
    「人間の身体には可動範囲というものがあるそうなんです実は」
    「不便だねえ」
    「そうですねえ」

    外で寝るのならば波に飲まれないよう、どこかに尾を絡めてから。フロイドにとっては当たり前のことだ。そこに身体が人魚とか人間とかはなくて、そうしたいからするのだ。
    一番近くにいるから、ジェイドと絡まるのが一番多くなるのも当たり前のことだった。

    「代わりに腕を貸しましょう」

    ジェイドが左腕を開いてみせる。そこに肘を引っ掛けて、それから思い直して下に滑らせ手を繋いだ。人魚とか人間とかはどうでもいいが、水かきのない今の手は好きだった。指先が少し冷えていて心地よい。
    片割れは今もやっぱり星空を見上げていた。横顔は少しばかり鋭さが増したけれど、なお海面から顔だけ出していた頃とそっくりだった。有り体な表現なら、きらきらしているのだ。入れ込んだ時特有の熱量が面倒で――なにせフロイドとジェイドは双子だけれど好みは全くもってちがうのだ――ジェイドの好きなものにフロイドが付き合うことは少ない。それでも彼のこういった顔は楽しそうで好きだった。
    ジェイドはフロイドが完全に飽きたことを察して、フロイドの分の流星も全部数え始める。
    いつの間にか、聞こえるのは彼の声だけになっている。ジェイドの、海峡みたいに揺れる声もフロイドはやっぱり好きだった。
    ……淡々と星の単位を耳にするのは不思議な気分だ。
    ラウンジとキッチンを行ったり来たりしてひたすらオーダーを聞き取る感覚にも似ている。言語が記号化するような。つまりものすごく眠い。夜の風は海藻みたいにやわらかい。

    「……フロイド、寝てしまったんですか」

    おんなじ金色がこっちを向いているのが夜の中でもわかった。今日は星見てないとだめなんだよジェイド、アズールが言ってたじゃん。オレはもう寝るけど。

    「フロイド、僕は」

    瞼がとろとろと落ちる。星はもう数えなくていい。ジェイドの横で楽しいことだけを数えていればいい。

    「フロイド」

    何回呼ぶのよ、別にいーけど。
    でも、名前を呼ばれなかった時を思い出すと、それはそれで腹が立つのだ。


    こんばんは、ぼくの兄弟。良い夜ですね。


    まだ少しまろかったあの声がリフレインしてばかりだ。ずっと一緒だったから、始まりなんてはっきり覚えてない。こんなつまらない挨拶に、どうして自分は次の日も、その次の日もその次の次の日だって、彼に会おうと思ったのだっけ。どうしてあの夜見たはずの星よりジェイドの顔ばかりを覚えているのだろう。
    言葉の続きが思い出せない。だってものすごく眠いのだ。

    「北東、1等星」

    今日はこれでおしまいでしょうか。遠くにジェイドの囁きがいる。低く揺れてて、眠ってもいいよとフロイドに言っている。
    その実彼はひとりで遊ぶのも上手だった。好きなものをひとりで見て味わうことができる稚魚だった。それでいてフロイドと一緒にいることをより良く選んでいた。

    「――ねえフロイド。明日、あれを探しにいきましょう」

    いま落ちた星を。夜明けに一番近い流れ星は、地平にも一番近いんです。きっとすぐそこの海面に落ちたはず。
    ……
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    いなや

    MAIKINGジェイフロ

    クルエラ見たあとに最高のクルーウェルが見たくなって書いたやつ。双子まだ出てこない。未完によってただの講義記録になっている。あともう半分くらいある。
    結構毛だらけ犬灰だらけ「仔犬ども!」

    Mr.クルーウェルはなにをおいてもまずその一言から指揮を執る。
    しなる鞭の破裂音。
    教壇を踏み鳴らした高圧的な靴。
    制服がのろのろわらわら、一斉に席に着き始める地響き。
    至極真面目な最前層と、可能な限り後ろにいたい――そしてあわよくばバレず寝たい、そんな偉業はまず無理だが――層があるものだから不思議と中間あたりに隙間ができる。
    少し目立って、無難でソツないながらにやや当てられやすく、教師の印象に残る席。
    そんな空間の隣にアズールは滑り込んだ。すると、既に座っていたバイパーが無口に半身ほど隙間を空けたので、人魚はより嫌に笑んだ。バイパーはいつでも先んじて、集団のなかで絶妙なバランスを見定めるのが上手かった。アズールは彼のそういったところを気に入っていたし、活用できればとも思っていたし、こうして隙あらばあやかろうともしていた。そしてバイパーはアズールのことを毛嫌いしていた(つまりかの行為もなにもどれ席を作ってやろうなどという気遣いではなく、まぁそのような意味である)。
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