『戦闘:崖縁工業高校』 重式の仕事はシンプルだ。
戦闘の最初から最後まで、イーターの注意を引き付ける。
イーターが出現した地点から戦闘が許可されている交戦地帯に誘導すること。迅式および術式武器の使い手が攻撃しやすいよう、イーターの位置を固定すること。その上で、迅式・術式が攻撃に専念できるように彼等の盾となってイーターの攻撃を防ぐこと。
軽くつつくより、強く殴りつけるほうが敵の敵対心を引き寄せやすい。
そう、それ故の――『重式』武器だ。重式の武器は大きく重量があり、少ない手数で簡単にイーターの注意を引けるようになっている。
戸上は手にした大槍を頭上でぐるりと回した。派手な動きに、迅式の佐海の動きに引き寄せられかけていたイーターが戸上に注意を戻す。大きく振り上げられた爪を跳んでかわす。コンクリートの地面が砕けて散った。
「こちらだ」
短く呟き、大槍を脇に構えてイーターに突撃する。
己の背丈の三倍はある巨大なイーターの脇腹に槍先が沈む。やわらかな肉ではなく、みっちりと締まった硬いゴムを貫くような感触だ。走った勢いを乗せた一撃でなければ、刃が食い込まずに弾かれる。
イーターが咆哮をあげて身をのけぞらせる動きに合わせて、足を踏ん張って槍先を引き抜く。後方に大きく跳んで距離をとり、大槍を構え直した。
イーターが身を逸らした瞬間、その首筋に佐海がトンファーで連撃を撃ち込んでいた。イーターが顔を起こす時にはもう離脱して、イーターの死角に走り込んでいる。速い動きだ。戸上も注意して見ていなければ追い切れない。
その頼もしさに、戸上はわずかに口元を緩めた。
今春、新しく加わった一年生のおかげで、崖縁工業高校の戦術の幅は広がった。
去年までは戸上と浅桐のツーマンセルだったので、いかにして浅桐の攻撃準備が整うまで戸上が固定するか。そして浅桐の術式武器による確実な一撃を主力イーターに叩き込むかが、鍵だった。
けれど迅式武器を得意とし、足の速い佐海が加わったおかげで、主力イーターの討伐が安定するようになった。
敵の注意を引きつける戸上の役割に代わりはないが、すばやく駆け回る佐海に時々イーターの注意が向くことで、戸上に多少の余裕が生まれた。
その一呼吸で戸上は息を整え、戦況を見極めることができる。
結果、戸上の最も得意とするところである持久力と耐久性が向上した。
イーターは戸上を狙い、両手の大きな爪を交互に振り回す。その攻撃を大槍の穂先で払い、迫りくる腕を弾きつつ、イーターの位置が――指定された地点から大きくずれないように、自身が回避する方向を慎重に見定めた。
がきん、と音を立てて戸上の大槍とイーターの爪が噛み合う。
そうして戸上の足が止まったところに、巨大な牙の生えたイーターの口が上から襲ってきた。戸上の頭上に黒い影が落ち、見上げた先に虚空が広がる。
「させるかよ!」
けれど横合いのビルの壁面を足場に跳んだ佐海が、イーターの頭を側面から蹴り飛ばして位置をずらした。その衝撃でイーターの爪とがっちりと組み合っていた大槍もゆるむ。戸上は爪の隙間から大槍を引き抜くと、イーターの脚部に駆け寄って、全力で横に払った。イーターが叫び声をあげて横倒しになる。
そのタイミングで、「宗一郎!」と耳元の通信機から声が上がった。
「行くぜ」
「了解した」
合図はそれで充分だった。
戸上は両手に持った大槍を大きく回し、地面に突き刺した。大槍に蓄積されていたエネルギーが、砕けたコンクリートの下を走る。横たわるイーターに到達すると、エネルギーは幾本もの光の槍となってイーターの全身を地面から貫いた。
佐海が跳んで退避するのを確認して、戸上は通信機に向かって叫んだ。
「――浅桐!」
返事の代わりに、ドオン、と轟音が響く。
銃声と呼ぶには重すぎる、雷鳴のような音と共に、頭上から光の柱が降り注いだ。浅桐の魔銃の効果だ。エネルギー弾は無数の雨となってイーターの身体を押し潰し、黒い霧へと変えていく。
戸上は地面に刺した大槍を構えたまま、視線を左右に走らせた。
浅桐の強大な一撃による爆風に乗って、ちらほらと浮かんでいた幼生体が逃げ出す。それを佐海が追いかけていくのが見えた。けれど別方向にも逃げる幼生体がいる。このままでは交戦地帯の指定範囲から逃がしてしまう。
戸上はわずかに視線をさまよわせた。
幼生体を逃がすわけにはいかないが、目の前で消えゆく大型イーターの完全な消滅も確認しなくてはならない。イーターの残骸を睨みつつ、戸上が大槍を引き抜こうとしたところで――逃げる幼生体に、ドローンが体当たりした。幼生体が弾けて消える。そのままドローンは近くにいた別の幼生体を攻撃した。
「西側の幼生体は僕が追いかけるよ。良くんはそのままそっちをお願い!」
「わかった! 任せるぞ、慎!」
「うん!」
通信機越しに聞こえる一年生のやりとりに、戸上は視線を持ち上げた。
遠く、距離をとったビルの屋上階で魔銃を構える浅桐のシルエットが見える。その横で三津木が新しいドローンを一機飛ばすのが見えた。浅桐の手が指示する方向に向かって、ドローンが飛翔する。
それを見て、戸上はホッと息を吐いた。
眼前では光の銃弾の残滓とイーターが遺した黒い霧が風に溶けて消えていく。戸上も大槍を引き抜いた。光の槍が消滅する。
少し離れた場所で、佐海と三津木が幼生体を仕留める攻撃音が聞こえた。
「こちら側、幼生体討伐完了! 周囲に反応ありません」
「同じく。大丈夫、だと思います」
「だとよ。良輔、ちょっと反対側も見てこい」
「はい!」
「つっても上から見た感じは見当たンねえな。良輔の感知に反応なきゃ終いだ」
高い視点から交戦地帯をぐるりと浅桐が俯瞰する姿が窺える。
戸上は浅く息を吐いた。先程駆けていったのとは反対側から佐海が戻ってくる。
「戸上さん、浅桐さん。イーター反応、ありません」
「ああ。ありがとう、佐海」
「オーライ。じゃア合流するかね」
「良くん、お疲れさああああああああ⁉」
通信機から三津木の悲鳴が聞こえる。
ぎょっとして戸上と佐海が術式二人のいるビルを見上げると、三津木を抱えた浅桐がそのまま屋上から飛び降りてくるのが見えた。
「はああああ⁉ 浅桐さん、アンタ何やってんですか‼ 慎! 大丈夫か⁉」
途端に佐海が走り出す。戸上が気づいた時にはもう背中が遠ざかっている。鮮やかなスタートダッシュだった。
浅桐が地面に着地すると、足元のコンクリートが砕ける音が聞こえた。
脚部強化しているとはいえ、ビル五階分の高さを人間二人分の重量負荷をかけて大丈夫なのだろうか、と一瞬考え、戸上は首を横に振った。無理であれば浅桐がやる筈はない。そして危険なことに一年生を巻き込むわけがない。
落ちついて見遣れば、三津木は少し目を回した様子だけれども無傷だった。
その傍らで佐海が「浅桐さん!」と怒りを剥き出しにして噛みつき、浅桐はうるさそうに片耳をふさいでいた。
「浅桐」
戸上が声をかけると、浅桐は小さく舌打ちした。
「こっちのが手っ取り早いだろ」
「そうだな。今度からは下りる前に一声かけたほうがいい。大丈夫か、三津木」
「は、はい。びっくりしちゃいましたが……平気です」
まだ足元がおぼつかない様子の三津木が微笑む。
全員揃ったところで、戸上は「リンクを解除しよう」と指示を出した。光が散って、戦闘服から制服へと姿が変わる。手足がほんの少しズシンと重さが増したような感覚がある。リンク時に付与される強化効果が解けたせいだろう。
それと同時に、手足や胴のあちらこちらが鈍い痛みを訴えた。
三津木がはっとした様子で戸上を見てくる。
「戸上さん、怪我、大丈夫ですか」
「ああ。問題ない」
腕や脚に浅い斬撃を喰らい、他にも幾つか打ち身ができている感覚はあるけれど、立って歩けないほどではない。
それよりも、と戸上は仲間たちの様子を確認した。
高い場所で待機していた浅桐と三津木は無傷だ。戸上共々、前衛だった佐海は制服の袖など何箇所か切り傷が目立ち、頬にも赤い線が走っている。
大型イーター相手に軽傷二人、無傷二人。充分な戦果だ。
心配そうに戸上と佐海を交互に見つめる三津木を安心させるように、佐海が「平気だって」と笑う。浅桐も頷いた。
「ま、センセーへの報告はこっちでやってやるよ。慎、こいつら病院に連れてけ」
「はい」
「なんで浅桐さんが指示出してンですか」
「誰が言おうと結果が変わンねえなら同じこったろ。なあ宗一郎」
「お前の脚は大丈夫なのか?」
「今言うかね」
戸上の言葉に、佐海と三津木も浅桐の脚に視線を向けた。つい先ほどビルから飛び降りた際の衝撃は相当なものだった筈だ。
「新しく仕込んだクッションの試運転だよ。問題ないっつうの」
「そうか。ならば良かった」
「気にすんなら良輔の足だろ。左足首ひねってんぞ、そいつ」
「そうなのか? それは気づかなかったな」
浅桐の指摘に、今度は戸上と三津木が視線を動かす。
佐海は「げっ」とうめいて身をこわばらせた。
「なんで気づいてんですか、浅桐さん……!」
「庇ってんのバレバレだっつーの。っつーことでもう歩かせんなよ」
「良くん⁉ 大丈夫?」
「もー、ほんと平気だから――って、戸上さん!」
心配する顔の三津木を安心させるように笑いかける佐海の前で、戸上はさっさと地面に膝をついた。佐海に背中を向ける。
「無理をしないほうがいい。おぶっていこう」
「平気です! 歩けますよ」
「後に響いてはいけないだろう」
さあ、と促せば、佐海は「失礼します」と小さな声で呟いて背中に乗ってきた。三津木が「良くん、ちょっと様子を見るね」と声をかけて佐海のズボンの裾をめくる。すると三津木の手が触れただけで佐海がうめいた。
心配そうな顔をする三津木の顔を見下ろして、戸上は戦闘の様子を反芻した。
最後の幼生体を退治する時まで、佐海はずっと走り回っていた。怪我をしたのはいつだろうか。イーターに注意を傾けすぎて、後輩の様子に目を配り損ねてしまった。迅式は走り回るのが仕事だから、足の不調など早く気づかなければならないものを――…
「宗一郎」
思考に沈みかけていた戸上の心臓を、浅桐がドンと軽く拳で叩いた。
「反省会は後にしとけ。病院終わったら学校な」
「……ああ」
浅桐は手元ですばやくスマホを操作している。
イーター討伐が完了したならば、次は現場の確認だ。
イーターが出現、移動、交戦した範囲の道路や建物の状況を確認する必要がある――それは戸上たちヒーローの作業ではなく、ALIVEの討伐現場対応部門の仕事だ。大きな被害が出た箇所は該当地域の役所に連絡して所有者に許可を得た上で、封鎖作業が行われる。
そこまで済んで、はじめてイーター出現に伴う避難警報は解除される。ゆっくりおしゃべりをしている時間も、避難している人々は不安に思っている筈だ。
しまったな、と反省する点をひとつ心に刻んで、戸上は三津木を振り返った。
「では、俺たちも行こうか。佐海、三津木」
「はい」
「はい」
三津木に頼んで、代わりにスマホから連絡を入れてもらう。
交戦地帯から離れた場所に敷かれた警戒線ぎりぎりにALIVEの移動車両が待機している筈だ。そこまで運べば、車でALIVEの指定病院に連れて行ってもらえる。
振り返ると、ひとり現場に残る浅桐が戸上たちに背中を向けたままでひらりと手を振った。それに無言の頷きを返して、戸上は佐海を背負い直した。「すみません」と小さく謝る声に「大丈夫だ」と安心させるための言葉をかけて歩き出す。
大型イーター一体、中型イーター複数、幼生体無数――無事討伐完了。
安堵を噛みしめて、戸上は穏やかな日常が続く市街を目指した。