対話「のぅ、少し聞きたいんじゃが」
ゲゲ郎と名付けられた男は、眠る男の周りに立つ者たちに声をかけた。
影でしかないそれらは、ゆらりと揺れると一つの影を残してすぅっと消える。
怒りでも悲しみでもない感情が、影から漂う。
「なに、何か企もうというわけではない。ただ、知りたいんじゃよ、そこで自らの夢に苦しむ男の事を」
一つの影はゆらゆらとゲゲ郎の前に立つと、朧げに姿を現した。
酷く怪我を負った若い男の姿は、声こそ聞こえないもののゲゲ郎に何かを伝える。
「ふむ、お主らはこの水木という男の仲間だったのか。汽車で会うた時も悪意は無いから不思議じゃったが、合点がいった」
手を顎に置いたゲゲ郎は、ふと思案する。
「そやつに生きていてほしいと、自分たちが死んでなおそう思うのか…人間とは不思議じゃのう」
暗い座敷牢に、ゲゲ郎の声だけが静かに響く。
「確かに儂の首が繋がっておるのはその男のお陰かもしれぬが、まぁ、一時の縁じゃ、少し気にかけておいてやろう。だが、儂の目的はたった一つ、儂の探し物が見つかったらそれまでじゃ」
揺蕩うように紡がれた言葉の後に、畏れを含んだ声色が空間に響く。
ゲゲ郎の話を聞いていた男の姿は、まるで煙草の煙のように揺らめきただの影となり消えた。
「…お主、あっちもこっちも厄介なものに好かれておるのぉ」
「ぅ…ぁ……ろせ…」
妖怪が見せる悪夢ではなく、自らが生み出した悪夢に溺れ、苦し気に顔を顰めて眠る男はなんと名乗ったか。
「難儀な男じゃ…」
汗ばむ額に手を乗せてやれば、人ではない冷ややかな体温が少しは気を紛らわしたのか、水木と名乗った男は穏やかに眠った。