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深夜0時、普段なら寝る支度もし始めてる最中にピコンとメッセージを受信する。……こんな時間に連絡をしてくる人は限られているし、恐らくミスタだろう。夏課題にでもわからないことがあったのだろうか。メッセージ画面を開けば
「シュウ!今外見れる?」
珍しい、外を見ろだなんて。いつものミスタであれば用件を最初に送ってくるのにな。少し不思議に思いつつも、がらりと手近い硝子戸を開ければそこには悪戯っ子のように無邪気に笑みを携えたミスタが立っていた。
「ぇ、え、ミスタ!?なんで……、今何時だと……!?」
普通なら補導されてもおかしくない時間帯なのに、傍らに存在した自転車とその笑みが時間感覚を攫っていく。僕だけが時の輪から弾き出されたみたいだ。そんな混乱もミスタには伝わっていないのか、あっけらかんと
「今から星見に行こうって思ってさ!今日珍しい流星群なんだってさっき聞いたから、シュウと行きたいなって思って。……迷惑だった?」
自転車の後ろを指さしながら、最初は明るく言い始めたのに僕の反応が鈍かったからか、ほんの少し寂しそうな音が空気に滲んだ。……そんな目で、声で尋ねられたら断れない。というか大体にして惚れた弱みだってあるのだから、最初から僕に断る選択肢なんか用意されていないのをきっとミスタは知らない。
「…10分待ってて、母さんに話してから支度してくるから」
「やりぃ!やっぱシュウ誘って正解だったわ!」
慌てて母さんに出掛けてくると一言告げれば、こんな時間に?と尤もらしい一言をもらった。
「うん、今から出掛けてくる。ミスタとだから心配しなくていいよ」
ミスタだと知った母さんは、人様に迷惑かけないように上手く遊んでおいで。とだけ言い深夜の外出には目を瞑ってくれるようだった。それを聞いてからバタバタと財布と携帯を引っ掴んで玄関を飛び出た。
「おまたせ」
「お、早かったな。……おばさんいいって?」
「うん、ミスタとだって言ったら『人様に迷惑かからないように上手く遊んでおいで』って。」
「おばさんそういうとこあるよな、上手く遊んで来いって。……んじゃ行くか、オレが誘ったしオレが漕いで行くから、シュウ後ろ乗んなよ。」
「……え、2人乗りしていくの?」
「……?そうに決まってるだろ、ニケツで流星群見に行くせーしゅんってやつ?やってみたかったんだよな〜」
先に車体を跨いだミスタは「早く乗れ」と言わんばかりの視線をこちらに向けている。ほんの少し躊躇ったけれど、二度と無い機会かも。思わず誘惑に負けて同じように車体を跨げば
「乗れたよな、じゃ行くぞ!」
ぎゅうと引かれ漕ぎ出された自転車の上でぼんやりと思案した。多分ミスタの想像する二人乗りは男女で乗るからこそ恋愛漫画にあるような青春が生まれるのあって別に僕とミスタが、男同士がやったって青春になんかならないだろうにな。相変わらずミスタの思考は読めない。まあミスタにはそんな僕と同じ感情があるだなんて思えないし、多分本当にこれが青春だと思っているんだろうな。がたがたと駆け抜ける車体と生温い風が頬を撫で逃げていく。
……ただ、愛しさと共にほんの少しずるく感じた。僕だけがこんなに頭を悩ませてるなんて不平等だ。一方通行の音が喉の奥でぐしゃぐしゃにつっかえて口に出せやしない。精一杯の音すらこの一瞬の夜に世界に融けちゃうようなか細いものだ。だから僕は苦し紛れに声を上げた。
「Hey、ドライバー!もっと飛ばしてよ!周りに人なんか誰もいないから!」
「いいね!お客さんも案外乗り気だったりした!?いいぜ、ちょっとスピードだすか!」
がたがたと漕ぐ道のりに祖っと言い訳をして背中に掴まった。いつも僕より先に行くほんの少し大きな背中にそっと書き込んだ文字に
「んあ、なんか背中書いた?尻痛い?」
……気づかなくていい、まだ。こんなずるい伝え方したのになんか気づかなくていい。
「何にもしてないよ?風じゃない?……もしくは幽霊だったりして」
「はあ!?オレとシュウのこの間に幽霊がいるってこと!?嘘だろ!!?」
ミスタが動揺からか握るハンドルが左右に揺れる。
「んはは、冗談だって。いるわけないじゃん、僕とミスタくっついてるのに。きっと風だよ」
「ウソでも驚かせんなよ……。一歩間違えたらシュウと二人で仲良く昇天してカミサマに会う羽目になるんだぜ、まだ目的地にもついてないのに。」
「それはちょっと困るかも、まだ青春の途中だもんね」
ほんの少しミスタの柔軟剤と香水に混じって潮の匂いが嗅覚を刺激する。目的地が近くなってきたのを感じる。
「シュウ、ごめん。ここらで交代してい?ちょっと疲れた」
坂を意地で登り切ったミスタがくるりと振り返って、笑った。
「ん、代わるよ。」
後ろに座ったのを確認してそっとペダルを踏み込んだ。昇ってきた月と頼りない自転車の淡いライトだけが海までの一本道をぼんやりと彩っている。
少女漫画ならこんな時どんな風なんだろうか。きっとこんなじくじくした火傷みたいな痛みを伴った感情を燻らせたりしないんだろうな。甘ったるい幸せが胸いっぱいに感じられているんだろうか?知らないことばかりでペーパードライバーみたいだ、
「シュウ、速度出しすぎじゃね?」
「え、ほんと?じゃあ飛ばしまーす」
「事後申告すんのズルくね!?」
「知らなかったの?僕はそういうことよくしてるじゃん」
「知ってる、オレ誰よりもシュウに詳しいし!??知ってるけどな!?ビックリすんじゃん!?」
「そうかなあ……、あ、ここ揺れるちゃんと掴んでて」
「今度はちゃんと申告すんのな!?」
「だって今しろっていったじゃん?」
ぎゅうと掴まれて、じんわりと汗ばんだシャツ越しにミスタの熱を感じる。
そっとベルに手を掛けた。ちりん、ちりん、ちりん、ちりん、ちりんと五度鳴らしたこの音の意味に気づいて欲しい。……うそ、気づかなくていい。やっぱりこんなんで気づいて貰うのなんて、察してもらうのなんて音楽の世界だけだ。
「シュウ、なんでベル鳴らしてんの?人居ないのに。……え、さっきのマジだったりすんの?」
「さっきも言ったけどいないって、大丈夫だよ。道がちょっと悪いから鳴っちゃっただけだから安心しなって」
そう、悪路のせいだから。伝えられない感情が悪路に揺れただけだ。気づかなくていい。
「んぁ、まあ確かにこの辺整備が悪くて若干砂利っぽいしなってるし、それのせいってこと?」
「……そう、だね。ちょっと荒れてるから」
テンポよく誤魔化せして走れば、くるくると回る高速でタイヤは最後の坂を駆け下りた。終着。
_________海だ。
「海だぜ、シュウ!」
我先にと砂浜に駆けていく。月明かりが砂浜を照らすせいで星屑が堕ちてきたみたいにまたたいて、どこか遠い触れてはいけない世界みたいだった。その中に笑って佇むミスタはさながらジョバンニみたいだった。ミスタは死んでないけど。
がたりと止めた自転車から離れて、僕を呼ぶ声に近づいていけば宙にお目当てが一筋流れていった。
「あ、流れた」
「え、どこ!?オレまだ見てないんだけど!」
「ミスタが海に夢中になってたからでしょ、ほらあっち」
視線を誘導させるために触れた熱が存外近くて泣きそうだった。触れて許される距離がこんなにも近くて遠い。もう一度煌めいた流星が視界に揺れて
「あのね、ミスタ」
「どうした?」
_____声を掛けたら必ず視線を合わせようとするその癖が好きだ。
_____案外人を見ていて他者の感情に敏感なところが好きだ。
_____踏み込みすぎないのに必要な強引さを持ち合わせているのが好きだ。
_____挙げていけばきりは無いけど、僕のやわいところにそっと触れる優しさがなにより一等好きだ。
「今からいうこと、笑わないで聞いて欲しいんだけど」
「んだよ、急に改まって……」
アークトゥルスやベガ、アルタイル、デネブに照らされてなお、それらよりも輝く翠蛍石のような二対と交錯する。
_____どうしようもなく僕は目の前にいるこのミスタ・リアスという男が愛しい。
「僕、君が好きだ。世界で誰よりも」
キュウっとミスタの顔が歪んだ
「……シュウ、あのね、________」