瞳よりも物言う物目の前に揺れる尻尾は、持ち主のお髪と同じように夜の帳色をしていた。光を全て飲み込むような、深い色。
ふわふわと柔らかく絡まりやすいその性質は、まさに子猫の腹の毛のよう。
そんなふわふわした誘惑に吸い寄せられる様に目を奪われてしまい、手元の作業は止まる。
「ミコッテてさ、尻尾、人に触られたくないもの?」
「えー…人による。」
「ふーん…、君は尻尾嫌な人?」
目線は尻尾を凝視したまま会話を続けるもう一方の彼は、エレゼン族である故に尻尾という概念を理解出来きず、急所になり得るかどうかも判断がつかなかった。
同じFCの同僚として友好な関係を築いていかねばならない反面で、その尻尾という種族的に持ちえぬ未知の部位に興味が無いわけでもなく。折衷案として、持ち主の許可を取るのならば触る事くらいは許されるだろうかという好奇心に似た何かを滲ませながら、あのふわふわもこもこした物体に触れるかもしれないという期待に胸を膨らませる。
「…俺は尻尾、やな人。」
「…そっかぁ、…残念。」
数拍置いて帰ってきたのは、明確な拒絶。
丸く縮こまった尻尾と、目線だけちろりと動かしてこちらを伺う彼は、少しだけ野生動物に似ていた。
「嫌だって言われた事、無理やりする趣味ないから安心して。」
軽く両手を上げて悪意がない事を示せば、ようやく納得したかのように警戒を解く。
少しだけ残念だが、嫌だと言われたのであればしょうがないと、自分を納得させるように言い含め、手元の作業を再開する。
…数針進めたところで、感じたのは視線。
「なぁに?」
針を進めながら真意を問えば、相手は戸惑ったように息を呑んだ。
「そ、それだけ?」
「なにが。嫌なんでしょ、触られるの。」
「そうじゃなくて…し、しっぽ、長くて女みたいとか、言わねぇの?」
「ふーん、そういうもの?僕ほら、尻尾ないし。」
「…集落にいた時は、よく言われてた。」
触ってみたいという欲求が、尻尾がない故の好奇心由来なのだからそれは当然の話である。
長さに関しては、完全に気にも止めてすらなかったのだが、察するにあまりいい話ではない。
こういう時、なんで返せば彼は傷付かないのだろうか。
沈黙が長く続けば、僕が返答に困った事を彼は敏感に察知してしまうだろう。
「…いいんじゃない、長い尻尾。君の機嫌が分かりやすくて。」
なので、そのままの感想をそのまま申し上げる事にした。
「は!?」
「嘘、気付いてなかったの。君、顔に出ない分、尻尾が素直だよね。」
ボスこと、ここのFCマスターもミコッテではあるが、あの人は表情はおろか尻尾からも感情は読み取れない。
ボスの方が特別分かりにくいのか、それとも彼が分かりやすいのかは判断できないが、今も目の前の彼の、その長い尻尾が驚いたように、より長くピン、と伸びたのを見るとよほどこの尻尾は持ち主の感情に直結している事が伺えた。
笑いをこらえ切れずに、手の隙間から呼気が漏れる。
「…笑うなよ…。」
「あはは、ごめんごめん、でもうん。いいね。」
「その尻尾。君の一番の理解者だ。」
そう伝えた途端、一等大きく膨らむ、かの尻尾を見て、僕は今度こそ堪えきれずに大きな声で笑ってしまったのだった。