You are mineYou are mine.
あらゆる意味で似たもの同士の二人が恋仲になるのは、言わば必然と言えよう。
例えばその、意志の強い眼が好き。
例えばその、精悍で高い鼻梁が好き。
例えばその、神の寵愛を一心に受けた様に美しい顔が好き。
例えばその、均整のとれたカラダが好き。
例えばその、しなやかで俊敏な動きのできる肉体が好き。
そう。君は、アナタは、俺だけのもの。
You are mine.
────これは……マズい。かもしれない。
本日の大捕物を何とか成功させ、軽い銃撃戦になった際に頬を掠めた銃弾に、これはマズいなと降谷の脳裏を自分と同じく独占欲の強い恋人の美麗な顔が過ぎる。自分の頬に少しだけできたこのかすり傷を見て、ゾクリとさせられるほど静かな怒りをあの小宇宙を閉じ込めたかのような美しい双眸に秘める彼を想像するだけで、思わずゴクリと生唾を飲み込みそうになり、口許に笑みが乗る。
「降谷さん! 平気ですか!」
「ああ!問題ない。ただ掠っただけだ。それより皆は怪我はないか?」
拳銃をホルダーにしまい、グイと利き手の甲で乱暴に左頬を拭うと、ぬるりと僅かながら滲んだ血が付着する。このまま垂れ流しにするとワイシャツにも血液が付着して後々厄介だと、ひとまず風見含め部下一同に速やかな撤収の指示を飛ばすと、そのまま近くの公衆トイレに向かい、手洗い場を拝借して軽く顔を洗うと、患部以外の水分をハンカチで拭うと、そのまま愛車に乗り込み、グローブボックスから消毒液と絆創膏を取り出し、ルームミラーで確認しながら治療を終えると庁舎に戻った。
報告書をまとめ、手続きに掛かりきりになっている間に日を跨ぎ、ふと気がつけば空が白んで午前四時を過ぎていた。
これは今日は帰ってもまたすぐに登庁しなければならない。それならば仮眠室で仮眠を取ってそのまま今日の業務を早めにこなして定時に帰宅した方がいいと、家にいる恋人にもうこんな明け方になってしまったが、今日はこのまま庁舎で仮眠を取って業務に戻り、定時帰宅する旨をLIMEで送り、そのまま仮眠室に向かった。
二時間の仮眠で大方回復した降谷は本領を存分に発揮し、片っ端から書類や手続きや報告をこなし、有言実行で定時にすべてのタスクを終えるとどこもかしこも似たり寄ったりのゾンビのような表情で疲労困憊の部下を追い出すように帰宅させ、最後に部署を後にして愛車のもとに向かった。
何も自分が定時帰宅できたからと言って、必ずしも同棲中の恋人が家で出迎えてくれるわけではない。彼も学生でありながら、全国はおろか世界に名の知れた名探偵なのだ。
運転席に身を沈め、ルームミラーで今一度大判の絆創膏が貼られた箇所を確認する。トク、トク、トクン……と。もし万が一恋人が在宅であり、自分を出迎えてくれた時の彼の反応を想像するだけで、得も云われぬ高揚感と期待、それから少しばかりの不安が入り交じる。ツ……と。絆創膏の上から患部をなぞり、二分の一の確率で、もし最愛の恋人が在宅であった場合の今宵の【おしおき】に思いを馳せてしまう自分は、果たしてマゾなのだろうか。
非常に似たもの同士である降谷と新一には、二人だけの特別なルールがあった。
互いに譲れぬ矜恃があり、信念を持ち、正義を背負っている二人は、頻繁に生傷を作る。最初こそそんなお互いにヤキモキして、『どうして大切な俺の顔やカラダ……いや、存在自体に傷を作ってくるような無茶をするんだ!』と責め立てあったりしたものだが、こればかりはお互いに、いくら相手を想っていてもそう易々と変われるものではなかった。だからといって、自分の思いどおりにならぬからと相手と別離する選択肢など、端からこの二人の思考には存在しなかった。
それならばどうにかして折り合いをつけるほかなるまいと、二人で考え出したのがこれである。
【無茶をしても構わないが、たいせつな顔やカラダに少しでも傷をつけてきたら、夜のおしおきを受けねばならない】────。
ちょうど今からひと月半前は、新一が右の二の腕に傷を作って帰ってきた。世田谷で頻発して起こっていた連続通り魔事件の犯人を検挙した際に揉み合いとなり、犯人にガブリと思い切り二の腕に噛みつかれ負傷したのだ。
よりにもよって他所の男に噛み跡を残されるなど言語道断だと、見事に嫉妬の鬼と化した降谷によってその日の夜は、散々絶頂寸前まで嬲った挙句に絶頂を封印し、明け方近くなるまで降谷と形も長さもよく似たバイブを突っ込んでボールギャグを噛ませ、放置したのだ。最終的にはタンクがすっからかんになるまで吐精させて連続絶頂ゾーンに入らせ、朝の八時までずっと繋がっていたのである。正気の沙汰とは思えないだろうが、この二人にとってはこの程度のプレイも時間も日常茶飯事である。
とはいえ普段の情交は放置プレイなどまず行わないし、ボールギャグを噛ますこともない。ひたすらにトロトロのドロドロに相手を全身全霊で溶かして甘やかして繋がりたおして気づけば朝を迎えているだけである。
────傷は小さい。とは言え場所が顔だからな……。新一くんは俺の顔好きだから……今夜は激しそうだな。
高鳴るは、少しの不安か、膨れ上がる期待か。降谷はそっと笑みを隠し、アクセルを踏み込んだ。
2.
自宅のドア前にて、二度ほど深呼吸をしてからチャイムを鳴らす。程なくしてガチャリと扉が開き、まるで天使を彷彿とさせるような屈託のない笑みを満面にうかべた恋人が出迎えてくれた。
「おかえり零さん」
「ただいま」
少しだけ。ほんの少しだけいつもより声が硬く上滑りしているのは、これから起こるであろう展開に思いを馳せているためだ。すぐに観察眼に優れた恋人の蒼眼が、現在降谷の端正な顔で自己主張を殊更激しくしているソレに注がれる。たちまちに天使の笑みはなりを潜め、スゥ、と怜悧な眼差しが突き刺さる。全身で迎え入れようとしていた彼は二歩ほど後退すると、そのまま付近の壁に寄りかかり、両腕を腹の前で組んで冷たく見下ろしてくる。
「……へぇ。よりにもよって顔、ねぇ」
「……すまない」
「すまないって反省の顔に見えねぇのはアレか? 俺からのおしおき期待してんのか? 気づいてっか? いつもより呼吸が荒い。頬が上気してる。期待に満ちた眼ェしてる」
「っ……」
図星を指され、思わず息を飲む降谷に、うっとりと嗜虐的な笑みをその口許に浮かべた新一は、そのままスゥと右眼を眇める。
「へぇ……。零さんって、ドSだけどドMなのな」
「それは……お互いさまだろう。俺だって君以外はごめん被るが……君になら、何だってしたいし何だってされたい」
「そのすべてがご褒美だって?」
「ああ。ご褒美だよ」
いつものように甘い口調ではなく、こちらを支配する態度である新一に、否が応にも期待値が上がっていく。
「まあ、先にメシ食って風呂入って寝支度整えてからだな。親子丼でいいか?」
「あ、あもちろん。君が用意してくれたのか?」
「ああ。親子丼ぐれぇしかまだ作れねぇけどな。準備しとくから手洗いうがいしてこいよ」
「あ、あ。分かった。ありがとう」
どうしたって上擦ってしまう声は心底格好がつかないが、それも含めてどうやら恋人は嗜虐スイッチが入って楽しそうなのでまあいいかと開き直り、靴脱ぎ場で靴を脱ぐと、そのまままっすぐ洗面所に向かい、言われた通りに手洗いうがいを入念に行うと、カバンと上着を定位置に置く。いつもはカバンも上着も出迎えてくれた新一が受け取り、きちんと上着はハンガーに掛けてブラッシングまでしてくれるし、カバンもまず玄関先で受け取るとその場で専用の布巾で綺麗に拭いてから所定の場所に置いてくれるのだが、おしおきモードの今は『どうぞご勝手に』とばかりに放置である。
それでもテキパキと食卓の準備に取り掛かってくれている姿に、トキメキを禁じ得ない。
降谷ほどの凝り性ではないために手の込んだ料理などはしないものの、新一ももともと舌が肥えているため、決して料理が下手というわけではない。現に今、食卓に並んでいるとろとろ玉子の親子丼も、三葉をうかべたハマグリのお吸い物も、思わずよだれを飲み込むほど美味しそうである。
「美味しそうだな」
「っと。零さんステイ。ネクタイ外せよ」
今にも席につき手を合わせそうになっている降谷にそう声をかけると、実にしなやかな身のこなしで彼の傍らにやってくると、しゅるりとネクタイを解き、何ともセンシュアルな手つきでそれを引き抜くと、そっとその耳に口を寄せてくる。
「悪い子だな。そんなに腹が減ってたのか? それとも……早くおしおきされたくて気が急いたのか?」
「っ。どちらも、と言ったら?」
クルクルと指先で降谷の首から抜き取ったネクタイを弄びながら尋ねてくる新一に、思わず生唾を飲み込んでからそう問い返すと、おもむろにペロリと耳裏を舐められビクリと反応してしまいそうになる。
「そんなに俺にイジメられたくて堪んねぇんだ? へ、ん、た、い」
わざと強調するように一音一音区切りながら吐息混じりに囁いてくる新一に、気を抜くと中心部に立派なテントを建設してしまいそうで、懸命に下っ腹に力を入れて勃起しそうになる愚息を戒め、何でもない風を装って笑みを浮かべ、手を合わせて晩ごはんを堪能することにした。