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    kawauso_522

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    オリ忍五津河久の生い立ちSS

     はじめて毒を盛られたのは七つの時だった。祝いの席に出た蛤のお吸い物に液状の毒が含まれていたらしい。家は裕福だったけれど、流石に毒見係なんていう大仰な役職のものは雇っていなかったから、河久は直接的その毒を飲み干すことになった。
     三日三晩魘されて、流行病で高熱を出した時よりも重篤な悪夢を見た。体が丈夫な河久はなんとか一命を取り留めたが、その後ひと月ほどは咳や吐き気に悩まされることになった。
     その後の五津河久は、取り憑かれたように毒についての資料を強請るようになった。最初は恐らく自己防衛の為に知識が欲しかっただけだ。それなのに書物を読めば読むほど、知識をつければつけるほど河久は"毒"という存在に惹かれていった。
    「父上、南蛮との貿易で毒を持つ危険な生物を手に入れることはできますか?」
     教育熱心な父に問えば、成績優秀な河久は勉学に励むことを条件にそれらを簡単に手にすることができた。毒だけでなく医学や解剖学にも興味を示す先進的思考の息子を、父も誇らしく思っていたようだ、あの瞬間までは。

    「父上、お話とは何でしょうか」
     九歳の夏、河久は突然父に呼び出された。河久の父は瀬戸の高品質な焼き物を流通させている商人で、職人から直接買い付けたそれを時には国内の裕福な武士へ、時には貿易に来た渡来人へと様々な者へ売りつけていた。父の資産について河久は何も知らなかったが、他の家々をも遥かに凌ぐ豪邸の規模がその莫大さを裏付けていた。
     父は忙しい人だ。それなのに急に呼びつけられるなんて、何かあったに違いない。いや、"河久は呼びつけられる何かを起こしてしまったのだ"。その自覚は十二分にある。

     河久のことを熱っぽい目で見つめ、ことある毎に口説いてくる年上の女中。名を梅村と言う。そのような女性は過去にもいたが、梅村のそれは度を越しているように感じられた。
     河久は五津家の一人息子である。当然父の商いを継ぐのが道理。幼い頃から様々な学問を修め、将来有望な子供として育った。
     そんな河久を、周りの大人たちは両極端な目で見ていた。女は河久を慕い玉の輿を狙う。一部の男は河久を妬み、時には毒すら盛る。
     今回槍玉に上がる梅村は女性なので前者だった。何度も何度も河久に色仕掛けをしては熱っぽい声で「河久様」と呼ぶものだから、この人はくノ一か何かなのだろうかと河久は訝しんでいた。
     実際梅村の正体が何なのかは分からなかったが、昨日の晩、河久はついに梅村に告白された。いくら良家の秀才と言えど九つの子供を篭絡するなんて簡単なことだと思ったのだろうか。
    「お慕いしております、河久様」
    河久は裏庭に呼び出された。告白はそれだけだった。
    「へえ。梅村さん、僕のこと好きなんだ?」そう問えば梅村はこくりと小さく頷く。いつもより濃く塗られた頬紅がわざとらしくて、河久はあまりその顔を見たくはなかった。
     河久は少しの間逡巡した。そして思い出した。今自分は先ほど調合した微毒を持っている。
    「僕の好きな女性のタイプはね、毒に強い人」口から出まかせだった。そんなことを思ったことは実は人生で一度もない。
     ただ今の河久は梅村の度胸を試し、追い払うことしか考えていなかった。どうせ財産が目当ての睦言なのだ。繰り返し言われる度に心が擦れていく。もう散々だ。
    「毒に強くなる為には何度も毒を服用しないとしけない。何度も、何度も」そう言って河久は透明な硝子の筒に入った毒液を半分飲み干した。残りの半分は陶器でできた瓶に注ぎ、梅村に差し出す。
    「その覚悟はある? 梅村さん」
     にこりと笑って毒入りの瓶を差し出す河久は梅村からしたら恐怖そのものだろう。梅村は当然瓶を受け取らず、その場に立ち尽くしている。
    「あるなら今すぐここでこれ飲んで」
    駄目押しだ。梅村が飲むとは到底思えなかったが、河久はそれでも服毒を促す。
    「そうしたら貴方の望み通り、夫婦(めおと)になって"財産"を半分こしてあげる」
     全て見透かしているとばかりに目を合わせると、梅村はヒッと小さく悲鳴を上げて屋敷に逃げていった。
    「……逃げちゃった」
     全て河久の計画通りだった。しかしこれでは父上になんと咎められるか。想像もできなかった。今ここで河久のやったことは服毒教唆という犯罪そのものなのだ。
    「密告されるかなぁ、父上に」
     参った参った。そう言って夜空を眺める少年は、九つには見えぬほど理知的な目をしていてどこか気味が悪かっただろう。

    「河久、お前を勘当する。もう五津の土地には入ってくるな。お前は今日から部外者だ」    そう告げる父の声は氷のように冷えきっていた。こんなに激怒した父を河久は知らなかった。
     厳しい教育を受けてはいたが、それは両親から期待されているが故のこと。本気で心の底から軽蔑された経験など河久には一度もなかった。
    「分かりました、父上。罪状ははやり女中の梅村さんに毒を勧めたことでしょうか」
    「なんだ、自覚があるのか。それなら話ははやい。言い訳なんて聞きたくもない。お前は悪魔の子だ!」
     声を荒らげる父に、河久はどうしても聞きたいことがあった。母の反応だ。母にもきっとこの話自体は伝わっているに違いない。
     最愛の母にも拒絶されているのなら簡単に諦めがつく。
    「父上! しかし母上は何と……?」河久は最後に食い下がった。激昂する父に抵抗するのはまだ九歳の河久には至難の業だったが、それでも母の顔が一目だけでいいから見たかった。
    「うるさい! 出ていけと言っただろう! お前は忍術学園へ行け。そこへ入学して根性を叩き直してこい。学園長に手紙は書いてやる。手切れ金もやる。だが、それだけだ。お前はもう忍術学園を卒業するまで帰ってくるな。母親に会いに来ることも禁ずる」
     父はこの言葉を残して河久を屋敷から叩き出した。尻もちをついた河久の上に、金庫から出したばかりの大量の貨幣がばら撒かれる。
     手切れ金とはこのことか、とどこか冷静な頭で河久は思った。ゆっくりと日が沈んでいく。日没よりはやく宿を探すために河久は重い腰を上げた。
     くすくすと笑う女中の声がどこかから聞こえたが、それは梅村のものだろう。次は父に取り入るのだろうか。梅村の方がよっぽど悪魔のようだと河久は思った。

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