【Web再録】I want to love一.通り雨×整髪料
二.居残り練習×耳
三.放課後×臆病者
四.夏祭り×おそろ衣装
五.真夏×背中
六.放課後×ラムネ
七.映画館×仲直り
八.残暑×流れ星
九.退院日×扇風機
十.居残り練習×歌
十一.ファーストキスは突然に
十二.セカンドキスは慎重に
十三.本音
一.通り雨×整髪料
カラッとした空気と眩しいほどの日差し、まさに青天というにふさわしい朝だった。天気予報も晴マーク。だから、雨が降るなんて一ミリも思っちゃいなかった。天気予報士でも予測不能なことをただの高校生が分かるわけがない。そう、運がなかったのだ。
今日は花道の秘密の特訓に付き合うという名目のデートの予定だったから休日の部活終わり、最寄りのバスケットコートに来ていたというのに、ものの数分で雲行きは怪しくなった。ぽつぽつと降り始めた頃にはもう遅かった。
「花道、一旦屋根の方に行くぞ」
「おー、待ってリョーちん」
ベンチに置いていた荷物を手に閑静な商店街辺りで雨宿りをすることになった。カバンは濡れてしまっていたが幸いにもタオルが無事だったのでとりあえずそれを二枚取り上げる。
「花道、ちょっと屈めるか?」
「おうよ」
「ほら、そのまんまじゃ風邪ひくだろ」
崩れかけているリーゼントをぐしゃぐしゃとタオル越しに乱すと花道はわははとくすぐったそうに笑う。可愛い奴めなんて思いながらスン、と鼻を鳴らすと整髪料の匂いだろうか、わずかにさわやかな香りが鼻腔をくすぐる。正直、おしゃれに無頓着だろうと思っていたから意外だった。
「花道、お前匂い付き使ってんの?」
確かめるように花道の髪に顔を近づけると何のことか理解したのか口を開いた。
「え、いや気にしたことねーけど…最初によーへーに貰ったの買ってるだけだ」
出た、水戸洋平。いや、そうじゃないかと思っていたけれども実際に言われるとやはりくるものがある。
「そ、まあなんだっていいけど」
狭い男だと思われたくなくて何でもないふりをしたかったが張り付けた笑顔とは裏腹に声色は嫉妬心からか怒りを隠すことなくいつもよりも低い音が出てしまう。
「そんなに気になるんなら別の買うか?」
花道は申し訳なさげに眉を下げこちらを見上げている…可愛い。
「別に、今まで気になんなかったしいいよ」
今度は努めて優しく告げたつもりだったが花道はむっとした表情をしている。正直、身長差ゆえに普段は見上げることしかできない花道の上目遣いというレアなショットにもうどうでもよくなったなんて言えない。暫らく、ザーザーとやむ気配のない雨音だけが二人の耳に流れる。
「…かよ」
ぼーっとしていたのと雨の音でよく聞こえず下を向いていた花道の顔を覗くと距離を誤ったのか目の前が真っ暗になった。ふにっと唇に温かい何かがあたって、すぐ離れていった。
「好きな奴にちょっとでも好かれてーって思ったら悪いかよ」
怒っているのか恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染めて詰め寄るその赤髪はたまらなく愛おしかった。たまらず抱きしめると控えめに花道も抱き返してくれる。
「悪いわけねーだろ、嬉しーよ」
素直に思いを打ち明ければかすかに笑う声が聞こえる。
「へへ、リョーちんはいい匂いすんな」
いつの間にか頭に顔をうずめていた花道の言葉に何を言ったらいいか分からなかった。
「そーかよ」
普段、キスなんてねだってもしてくれねえのにどうしちまったのお前。と色々思うが今は真っ赤になってしまっているだろう己の顔の熱を花道に気づかれる前に冷ましたかった。
数分、そうしていると段々と雨は上がりいつの間にか雨なんか嘘のように晴れた空が広がっていた。気づけば辺りは明るくなり恥ずかしくなってしまったのか花道はぱっと離れて行ってしまう。消えていったぬくもりを名残惜しく思うも心は十分に満たされていた。
「そろそろ戻るか」
荷物の埃を払い、立ち上がるとぐっと服をつかまれる。
「どーした?」
「あの、えっと…いや、やっぱなんでもない」
早く行くぞと声をかければ煮え切らない態度の花道が百面相をしていた。
「最後まで言ってくれねえと気になんだけど?」
茶化すように笑うと決心がついたようによしっと小さく呟き、内緒話をするように耳に手をあてた。
「いつものリョーちんも好きだけど髪下ろしてんのスゲー似合ってんぜ」
言うだけ言ってぱっと離れていった赤紙の可愛いやつ、俺の恋人。本当にお前は俺をどうしてーの。
俺、幸せすぎて死ぬって…。
馬鹿だと言われればそれまでだがそう思わずにはいられなかった。
後日、花道に愛用している整髪料と同じものをプレゼントした。
しかし、その数日後には花道が頭を丸めたことにより殆ど使われることがなくなり棚にしまわれたそれにやるせない気持ちになったのは別の話。
二.居残り練習×耳
宮城と花道は今日も練習後に自主練をしていた。いつもなら流川や三井らが残っているのだが今日は早々に切り上げた為、体育館には宮城と花道しかしなかった。
「おら、そんなんじゃ抜けねーよ」
「くそ」
花道は宮城を抜こうと奮闘するが中々攻め入ることができないでいた。必死に打開策を練る花道に宮城は一つ、思いついたことを実行する。
「花道、好きだ」
「な、こんな時に何言って…」
好き、という一言に面白いくらい動揺しボールがおざなりになる。
そんな隙を逃すはずもなく宮城はボールをかすめ取っていく。
「リョーちんの卑怯者!こんなところで…ずりいだろ」
花道は怒りからか恥ずかしさからか顔を赤く染めて抗議する。
「はあ?このくらいで動揺するお前が悪いんだろうが。それに、今は二人っきりなんだから別にいいだろ」
宮城は挑発的なことを言っているが逆に平然とされると寂しいので現状に大変満足しているのだった。
「ふぬぅ、も一回!」
「あと一回で終わりな」
もういい時間だったのでこれで終わりだと言うと花道は気合を入れるようにバシッと頬を叩いた。花道が下がり、ボールを手にするとじっと見つめてくる。
「リョーちん、す、す…かっこいい」
「は・・・?」
「ラーメンおごってくれるし優しい、ピアスとか似合ってる」
おそらくやり返そうとしたのだろう。好き、と言いかけて結局言えずに褒め殺しを選んだらしい。
「えーと、走んの早えーし、ちっせえのにめちゃくちゃ飛ぶし」
ちっせぇは余計だ。
隙はいくらでもあったが勝手に褒めちぎってくれるから手を出せずにいたがその一言で我に返る。
「まだまだだなー、花道。なんか得した気分だわ」
「うっ」
悔しそうに何か言おうとする花道を尻目に 早々に片付けを済ませ着替えていると視線を感じる。
「どうかしたか?」
「やっぱりリョーちんのピアスかっこいいなと思って」
問いかけると頭上にあった顔が近づいてきてまじまじと見つめられた。
「花道、ピアスに興味あんの?」
「ん?興味あるというか、ただリョーちん似合ってんなって思っただけだ」
そういえばさっきもそんなことを言われた気がする。思い返せば投げやりに紡がれた言葉だったが改めて面を向って言われると少々照れくさかった。チラッと花道の耳を見ると穴なんて一つもなくて綺麗な耳だった。ふにふにと感触を確かめるように触ると花道はくすぐったそうに身を震わせた。
「くすぐってー、なんだ?」
もっと、と欲望にあらがうことなくそのまま傷一つない耳に口づけを落とした。
「リョーちん、な、にして!?」
キス一つで顔を真っ赤に染めるうぶなところを宮城は痛く気に入っていた。花道の反応に気を良くした宮城はペロッと耳をなめる。
「うぇ…っ……あっ」
わざとぴちゃぴちゃと音を立て耳を舐めまわすと面白いくらいにびくびくと身体が跳ねて可愛かった。誰もいないというのに必死で声を抑えるところも全て可愛らしい。
「リョー、ちんも、やだぁ」
耳まで真っ赤にして泣き出しそうなその顔は男の欲を掻き立てるだけだときっと分かっていないのだろうが泣かせる気も無かったから最後に耳の裏にきつく吸い付き、離れる。
「綺麗な耳に穴開けんのはやっぱもったいねーからさ、今はこれでいいだろ」
いつか自分と同じピアスをつけてくれたらいいなと心の中でつぶやきながら充血したそれを撫でれば花道が離れて行ってしまう。
「な、あ」
言葉にならない声を上げながら必死に耳を死守しようとする。
んなに警戒しないでも今日はもうしないって…。
無害だと主張するように両手を上げればやっと手を離した。
「ばれたらどうすんだ!」
「まあ、見えにくいとこにつけたし誰も気づかねーだろ。…ばれたら虫に刺されたっつとけば大丈夫だろ」
まあ、ばれた。
「これは虫刺されだ!」
軍団に詰め寄られた花道はあの日宮城に言われた言葉を一語一句違うことなく告げる。
「虫、ね」
「随分と大きな虫もいたもんだな」
「いや、どうだろうな。案外ちっさいかも」
ポンポンと繰り広げられる会話にギリッと奥歯を噛み締める。こいつら…絶対に分かってて言ってやがる。ちょび髭のあいつと金髪は隠すつもりもないのかこちらを見てニヤニヤと下世話な笑みを浮かべていた。プルプルと震える拳を収めとにかく花道を引きはがすしかないと宮城は歩み寄る。
「でっかい虫がいたんだよな、花道」
ニコニコと笑顔を絶やすことなく花道を小突いてやるとかあっと顔を赤らめ言葉にならない声を上げる。
「え、あ」
「居たよな?」
念を押すようにもう一度告げると花道はコクっと頷いた。
三.放課後×臆病者
「花道、好きだ」
返事はない、スヤスヤと寝息を立てるその唇にチュッと軽いキスを落とす。秘めた想いは相手に伝わることはないけれど、それでもこうやって二人で居られる事が嬉しかった。
「花道、帰んぞ」
「リョーちん、待って!」
今日も居残り練習を終え、花道と共に学校を後にする。この関係が続けばそれで幸せだ。時折、あぶれそうになる感情を見て見ぬふりをして理解のある先輩を演じる。いつからだろうかアヤちゃんを追っていたのに花道から目が離せなくなってしまったのは。今も花道が楽しそうに笑うから勘違いをしてしまうのだ。ドッ、と心臓が爆発しそうなくらい高鳴るのを感じる。
「好きだ」
自然と出てしまった言葉、慌てて花道の方を見ると固まっていた。
「花道、今のは違くて…花道見てると親戚が飼ってる犬を思い出しちまってさ!好きだなって」
咄嗟にフォローを入れようとありもしない話を捏造し、気にすんなと背中をバシバシと叩くと花道はぷくっと頬を膨らませて見るからに不機嫌になってしまった。
「リョーちんのヘタレ」
「あ”?」
突然の罵倒に喧嘩売ってんのかと手が出そうになってしまう。
「図星だろ?俺のこと好きなくせに」
俺は間違ってないというようにふんっと笑う。
俺の気持ちなんて一ミリも理解してないくせになんでそんなに自信満々なんだよ。
「ああ、そうだな。人懐っこくて馬鹿で天才な後輩が好きだよ」
怒っても仕方ないので投げやりに答えるとまだ納得のいかない顔でこちらを見ている。
「ぬぅ、そーじゃねぇ。リョーちんはこの天才に恋してるんではないのかね?」
「こ…何言いだすんだホントに。変なもんでも食ったか」
極めつけに俺はアヤちゃん一筋だと念を押す。
「だって、リョーちん最近俺のこと好きって顔、ずっとしてんじゃねえか」
「…」
人一倍嘘は得意な方だと思っていた。いつも平静を装っていたつもりだったが花道に悟られるほどあからさまだったなんてショックだ。
「気のせいだろ」
苦し紛れに そういってそっぽを向くと花道は何も言い返さなかった。気まずさを感じながらいつもの帰路をたどる。いつも何を話していたっけ。何か言いだしたかったが言葉が見つからず、何も言えないまま分かれ道まで来てしまう。きっと花道のことだから明日には何もなかったかのように接してくれるだろう。
せめて別れの言葉だけでもかけようと振り返るとぎょっとしてしまった。
「花道、どうした!?どっか痛いのか?」
静かだとは思っていたが泣いているとは思いもしなくて、慌てて制服で涙を拭うとぶわっと瞳に溜まっていた涙がどんどん溢れていく。何時も煩いくらいに騒いでいるのにあんまりにも静かに泣くからどうしたらいいか分からないでいると手を払われた。
「花道?」
「アヤコさんが好きなら、俺のこと好きじゃねえなら好きなんか言うな、キスなんかすんな!リョーちんも好きなんだって俺、勘違いして馬鹿みてーだったじゃねぇか!」
キス?キス何の話だと思ったが一つだけ心当たりがあった。
「お前、起きてたの?」
一度だけの過ち、絶対起きないと思っていた。コクっと頷く花道にサーッ、と血の気が引くのを感じる。
「ごめん」
「本当のこと言わないなら許さねえ」
きっと花道は俺の気持ちを知っている。
「気持ち悪いだろうがよ。男からの好意なんて」
そう言えば学ランの襟をつかまれた。殴られるくらいの覚悟はしていたのでぐっと目をつむると思っていた衝撃はなく、ふにっと唇に何かがあたってすぐ離れていった。
「リョーちん、好きだ!責任取れ!…これ、気持ち悪いか?」
状況が理解できない。なんでこんなことになったんだっけ。なんで花道にこんなこと言わせてんだ、なんで泣かせてんだ。
「気持ち悪いわけねぇよ、俺も好きだ」
ぎゅっと抱きしめると鼻をずびっと言わせながら当り前だと抱き返してくれる。
もっと早く素直に伝えていれば泣かせることもなかったのに
「すまん、花道」
「別にいい、リョーちんはヘタレだもんな」
返す言葉もなかったのでとりあえず憎まれ口を叩くその唇を奪うことにした。
四.夏祭り×おそろ衣装
「リョーちん、祭りだ!」
帰り道、電柱に張り出されたチラシを指さして興奮気味に告げる。
チラシを見れば明日の日付が書かれていた。
「ああ、花火大会だってさ」
「行こう!」
「おい、明日も部活あるんだぞ」
「わかってる、終わってからいきゃいいじゃねーか」
な、いいだろとキラキラと目を輝かせる。
「わーたよ、分かったから落ち着け」
「 言ったな、男に二言はないからな!」
「はいはい」
もとより可愛い恋人が一緒に行こうと言ってくれているのを断るなんてことはない。
「あ、どうせなら浴衣着てこーぜ」
「え」
「んと、リョーちんの浴衣姿観てーかなって思ったんだけど…ダメか?」
ダメなわけあるか馬鹿!
「いいよ、でもお前浴衣なんて持ってんの?」
「ああ、とっておきのがあるぜ!」
「そーかじゃあ楽しみにしてるわ」
翌日の花道は浮かれてて全然ダメかもな、なんて思っていたがそんな心配をよそに花道は絶好調だった。
「リョーちん、すぐ着替えてくっから」
「おー、じゃあ着替えたら公園に来いよ」
おー、と元気に返事をし軽快な足取りで遠くなっていく後姿は先ほどまでハードな練習をこなしていたとは思えなかった。体力お化けめ。
「あれ、リョーちゃん浴衣なんか着て…もしかしてデート?」
一旦、帰宅し昨晩急いで引っ張り出した浴衣に袖を通すとアンナがによによと笑いながら近づいてきた。
「うっせえよ、花道と花火見に行くだけだ」
「え、ずるい、私も行く!」
「絶対だめだ」
せっかく花道から誘って貰ったというのに妹に邪魔されてたまるものか。
「リョーちゃんのけち」
「デートの邪魔すんじゃねえよ」
「やっぱりデートなんじゃない」
ぶすっとむくれるアンナを置いて靴を履き家を後にした。
公園につくと大きな人影が一つ。先についていたのかと少し足早にかけるとこちらに気が付いたのか手を振っている。
「リョーちん、遅いぞ」
「悪い、アンナの相手してたら遅くなっちまった。」
「それなら、まあ天才は心も寛大だからな。許す!」
「ありがと、それよりさ花道」
「リョーちん、やっぱそうだよな」
二人して自分の服と相手の服を見比べる。
「「わははははは」」
見事にかぶっていた。黒と白のストライプといったシンプルなデザインだったがまんま同じで二人して笑ってしまった。
「おまえ、それどーしたの?」
ひとしきり笑ってから会場までの道中ずっと気になっていたことを尋ねた。
「これか?親父がサイズ間違えて買ったらしくてなずっと置いてたんだよ。役に立つ時が来てよかった」
花道は少し照れくさそうに笑いながら経緯を話してくれた。多分、それは親父さんが花道のために買ってくれたんじゃないかと思ったが口を出すのも無粋だろうと飲み込んだ。
「そうか、親父さんのセンスは最高だな」
「だろ?」
誇らしげに浴衣を広げくるくると回る花道はさまになっていた。そんな話しているとあっという間に会場にたどり着いた。屋台の香ばしい匂いが辺り一面に漂っていた。
「花道、何食う?」
「リョーちん、はしまき!あ、焼きそばも…」
ずらっと並ぶ屋台を眺めながら歩いていると花道の声がどんどん離れて行って隣を見ると花道がいなかった。慌てて辺りを見渡すと人込みの中、一つ飛びぬけている赤頭が見えた。
「あ、待て!」
人の波をかき分けやっとのことで花道の浴衣の袖をとらえる。
「ぬ、リョーちんどこに行ったのかと思った」
「あほ、お前がどんどん行っちまうからだろーが」
図体が大きいから比較的見つけやすいからと言ってもこれだけ人が多いとはぐれると面倒だ。
「花道、左手出して」
「む?」
なんだと顔をかしげながら差し出された手を掴みしっかり繋ぐ。
「よし、これではぐれねーな」
「リョーちん!?人前だぞ」
ただ手を繋いだだけだというのに顔を真っ赤にして抗議する花道は可愛いが絶対離してやらねえ。
「暗いし、誰も気にしねーよ。それに迷子にでもなったら困るからな」
「でも、」
桜木花道と言う男意外と気にしいで人前で恋人らしいことをすることにかなり抵抗を感じていた。
「俺と手つなぐのやだ?」
「い、やじゃねえ」
こういう時、少ししおらしくすると花道は大体素直になってくれる。大人しくなったことを確認し握っている手に力を込める。
「花道、はしまき食うんだろ?」
「食う!」
食べ物の話になると簡単に元気になる。屋台は逃げないというのに早くと引っ張られるように人をかき分け屋台の列に並ぶ。はしまき、焼きそば、たこ焼き、チョコバナナ、りんご飴。花火が始まるころには財布が随分と寂しいことになっていた。
「花道、お前なちょっとは遠慮しやがれ」
「すまん、屋台ってどれもおいしそうに見えて」
笑いながら謝るものだからきっと悪いとは思ってないのだろう。しかし、全て美味しそうに食べていたのでそれ以上怒ることもないかとデコピンで許してやった。
「それより、花道本当にこっから花火見えんの?」
「おお、ばっちりだ!」
屋台を一通り回ると花道がいい場所があると会場から随分離れた場所まで歩いてきた。辺りに人気が無く正真正銘二人っきりだった。
二十時丁度。バン、と大きな音が鳴ったかと思うと空に大輪の花が咲いた。
「おお、すげえ」
花道に連れられた場所は遮蔽物がなく花火を一望することができた。
「な、いーだろ?」
まるでいたずらが成功した子供のように笑う花道に顔が緩んでしまう。
「そうだな」
ごまかすように赤い頭をガシガシとなでながら花火を鑑賞する。花火なんていつぶりだろうか、綺麗なもんだな、なんて思いながらしばらく見入っているとあっという間に最後の一発が終わってしまった。
時間もいい時間になったしと思い立ち上がろうとすると花道に手を引かれた。いきなりで受け身が取れずそのまま花道の方へ倒れこむとふにっと柔らかいものが唇に押し付けられた。
数秒後、花道の唇が離れそのまま抱き着いてきた。
「リョーちん、来年も一緒に見ような」
「ああ」
理解が追い付かずただ心臓がバクバクとうるさくて最終的には幸せだってことだけ分かった。また、来年も同じ景色を二人で。
五.真夏×背中
ゴールまで一直線に走る男に高すぎるパスを出す。男は思惑通りそのボールをゴールに容赦なく叩き込む。きれいにはまったプレイはいつだって気分を高揚させる。
「よく走った!」
「ナイスパス、リョーちん」
花道も気持は同じようで興奮した気持ちを落ち着かせるように互いの手をパチンと叩く。
「やっぱ俺たちって」
「「天才だな!」」
数日前、最後の夏が幕を開けた。
湘北高校はなんとか今日の試合も勝ち星をあげた。
試合後、疲れも溜まっているだろうと明るい時間に解散したというのに俺と花道は試合の興奮が冷めず二人でバスケットコートまで足を運んでいた。
夢中で練習に励んでいるといつの間にか日も落ちてきていた。
流石に帰るかと二人で片づけをしていると花道の腹の音が鳴った。
「リョーちん、飯行かねえ?」
未だにぐうっと音を立てながら腹をさすっている花道は早く行こうと荷物を持ち上げた。そうだなと返事をしようとしたが
「花道、お前今日うち来いよ」
「え?」
そうだ、どうせ早く終わるのなら花道を家に連れて行こうと思っていた事をすっかり忘れていた。
「もう母ちゃんにお前来るって言ってあるからな」
「勝手に決めんなよ!」
事前に言ってないと花道は絶対に遠慮するから事前に退路を断っておくのが大切だ。
「来るだろ?」
「まあ、行くけどよ」
決めつけたような態度に不服そうな態度をしながらも同意を得ることに成功した。
「お邪魔します」
「花ちゃん!」
カギを開け花道を家に招き入れるとアンナが元気よくリビングから飛び出してきた。
「アンナさん、こんばんは」
「遅かったね、今日の試合どうだった?」
いつの間に懐いたのか知らないがこうやって花道を連れてくるとアンナは楽しそうに話しかけている。花道は最初こそうろたえていたが今ではすっかり慣れてしまったようで楽しそうにアンナの話を聞き、返事をしている。アンナと花道の話を聞きながらリビングへ向かうと母ちゃんが飯を準備していた。
「リョータおかえり、桜木君もいらっしゃい」
「カオルさん、お世話になります。」
おうと軽く返事で済ます俺とは対照的に深々と頭を下げる花道に母ちゃんはいつも同じ反応を示す。
「そんなに気使わなくていいのに」
ホントに、そういっても花道はなにか思うところがあるのか、いつも変わらない挨拶をする。
「ご飯、できてるから荷物おいて手洗っておいで」
それから皆でご飯を食べ、少し話をして風呂に入ってとしていたら時刻は二十三時を回っていた。部屋に戻ると花道が上裸でスースーと規則正しい寝息を立てて眠っていた。試合をした後も練習をしていたので疲れが一気に来たのだろう。そのまま眠ってしまったようだが流石に上裸で座ったままは良くない。身体を揺らすと眉間に皺を寄せてうなっていた。
「リョ、ちん?」
「背中冷やしてんじゃねえよ」
「む、だからもうなんともねえって」
眠そうにあくびをしていたのに発言が気に食わなかったのか、むっと顔をしかめる。花道がケガで退院した後もしつこく部員が背中を心配するものだから花道はいい加減にしろと怒っていたのは少し前の記憶だ。
「なんともなくても身体を冷やすな馬鹿道」
「この天才に向かって馬鹿はないだろ!」
「お?やるか?」
近づいてきた花道の脇にするっと入り込み容赦なくくすぐる。
「くっく、ふ、ははは、やめ、ひきょーっ、だ」
脇は弱いらしくすぐに声を出し笑い始めた。
「服着るか?」
「着るっ、からやめろ」
瞳に生理的な涙をいっぱいにためてそんなことを言うものだからなんだか悪いことをしたような気分になり手を離した。花道はそこらに置いていたバッグを取りごそごそとシャツを探していた。
ふと傷一つない大きな背中に目が行った。これが湘北のゴール下をずっと守っている奴の背中。一年前から一段とたくましくなったこの背中を後何度追いかけることができるだろうか。
ぼーっと近づき誘われるがままにその背に吸い付いた。
「リョーちん、何してんだ!?」
こそっとお母様とアンナちゃんいんだぞと照れているのか怒っているのか耳まで赤くさせていた。
「願掛け、ケガしないようにな」
「そんなことしなくてもこの天才、同じミスは二度とせん!」
「はいはい」
ふんすと気合の入った返事をする花道を置いてそろそろ寝るかと布団を引き直すと後ろから引っ張られた。どうしたというと花道は少し言いづらそうにあー、えっとなんて言って数分。意を決したように向き直った。
「リョーちん、背中だけじゃなくてケガしないためにはどうしたらいいんだ」
もしかして先ほどの口から出まかせの言葉を信じたのか。
「…えっと、口?」
咄嗟に思いつかなくて願望交じりのことを告げると花道は分かりやすく頬を赤らめた。見た目に反して照れ屋な花道からキスなんてしてもらったことはない。これは酷なことを言ってしまったかもしれないと訂正しようとしたがそんな心配はいらなかった。一瞬、花道が近づいてきたかと思うとチュッというリップ音と共に唇に柔らかな感触がした。
「これで大丈夫なんか?」
やはり恥ずかしいのか全身を真っ赤にしている恋人が愛おしい。
「ぜってぇケガしねぇよ」
恋人にこんなに想われてケガなんてしたら男が廃れる。
「リョーちん、もう寝るぞ」
照れ隠しのようにぶっきらぼうに服を着て背を向けた花道の肩を叩く。なんだとこちらを向いたところを狙い、唇を奪う。
「な、あ」
「俺からもおまじない」
元々赤くに染まっていた顔が茹蛸のように真っ赤になってしまって大丈夫かと思いながら手を放す。多分、花道の家だったら大声を上げていただろうが今日は俺んちだしアンナたちもいるし花道はきっとどうすることもできず布団を頭まで被り、閉じこもってしまった。いちいち可愛いらしい反応をするからやめられないというのにこいつは何もわかってないなといつも思う。
「おやすみ」
六.放課後×ラムネ
帰り道、珍しい自販機を見つけたと可愛い後輩はリョーちんとねだるように引っ付いてきた。
「今日は喧嘩しなかったし優しい先輩がおごってやろう」
仕方ないという体を装い、花道の方に近づくと確かに珍しいものが売っていた。
「ラムネ?」
「やっぱり夏と言ったらこれだよな」
こんなものあったのかと二つ買い、いつもの公園へ向かった。この時間になると子供はおらず静かな公園のブランコに座り、瓶のふたを開ける。ポンと大きな音を立てビー玉が沈んでいく。
その瞬間、シュワッと炭酸が漏れ出し手にかかる。慌てて瓶に口をつけると思った以上に冷たく強い炭酸が喉を通り過ぎた。
「ん、飲めねぇ」
隣に目を向けると口をつけていた瓶の出口はビー玉で塞がれ中身がちっとも減っていなかった。
「花道、お前飲むの下手くそだな」
豪快に瓶の口を真下に向けているところが花道らしくてつい笑みがこぼれてしまう。
「ふぬ!馬鹿にするな」
「ほら、瓶傾けすぎ。あと窪みあんだろ?これ下にした方がいいんだってさ」
機嫌を損ねた花道を無視して手本を見せてやると数秒前怒っていたとは思えないほど表情を明るくさせていた。
「おお!やるなリョーちん」
こんなことで褒められてもな、と思いながらも純粋な称賛は心地よかった。余韻に浸っていると花道は俺を真似るように瓶に口付けた。先ほどとは打って変わって液体はどんどんと減っていきごくごくと花道の喉を通っていった。
「リョーちんできた!」
ふうっと息をつき飲み終えた瓶をカラカラと鳴らす花道はキラキラと輝いている。
「流石天才、呑み込みが早いな」
「なはは、そうだろ」
茶化したつもりだったがそのままの意味でとらえたのだろう高笑いする花道を横目に自分の分をあおる。ぼーっとしていると視線を感じ横目で花道を見るとこちらを凝視していた。
「花道、お前自分の分飲んだだろ」
やんないからなと、わざと瓶を隠すようなしぐさをするとむっと顔をしかめる。
「ちげえよ、ただ綺麗だなって」
綺麗?俺のことと自分を指さすと笑われた。
「リョーちんなわけないだろ。それ、ビー玉」
なんだよ、こちらをじっと見ているから勘違いするだろ。
「さっきまでこいつのこと恨めしそうに見てたくせに」
「そりゃ、天才の邪魔をするからいけないんだ。でも、キラキラして綺麗じゃねぇ?」
もう一度あおる。カランと音を立てるそれは確かにキラキラしている。綺麗、だろう。
「そーだな」
同意すると花道はそーだろとなぜか誇らしげにしていた。気にせず飲み進めていると大人しくなった花道は先ほどと同じようにじっとこちらを見ている。そんなに気に入ったのかとそれに目を落としながら最後の一滴まで飲み干す。はあっと息を吐き花道の目を見た。
「花道、これよりさお前の方がよっぽど綺麗だと思うぜ?」
花道は少し間をおいて何を言っているのか理解したのかどんどん顔が赤く染まっていく。
「リョーちん、今の台詞かなりクサいぞ」
確かに、でも事実だから仕方ない。俺にとって桜木花道が何よりも輝いて見えるんだから。
「だな」
二人顔を見合わせ笑いあう。何でもない日がこんなに幸せだなんて思いもしなかった。
七.映画館×仲直り
一目惚れした彼女は既婚者だった。愛の為、彼は姿を晦ました。知らぬ街でただひっそりと彼女の幸せを願っているのだ。
涙をすする音が何処からか聞こえてくる。エンドロールが流れ始め段々と席を立つ者が出てきた。俺も花道もエンドロールは最後まで見る派だったので最後まで薄暗い映画館で最後の時までスクリーンとにらめっこしていた。終演後、席を立つと花道はうーんと顎に手を当て考えるような仕草をしたかと思うと口を開いた。
「最後、微妙だったな」
「え、なんで?」
正直最初のアクションから最後の主人公の生き様まで完璧だと思っていたものだから食い気味で尋ねる。
「だってよあいつ好きだったくせに幸せになって欲しいなんて気のいいこと言ってどっかいっちまうんだぜ?勝手だ」
花道はまるで自分がその行為を受けたかのように憤怒している。
「分かってねーな。好きだからこその苦渋の決断だろうが。
ま、お子ちゃまな花道君には難しかったかもな?」
はぁ、とため息をつくと花道はピクっと眉をひそめた
「ぬ!そんな事ない、あんなのただ逃げてるだけだろ。幸せになって欲しいなんて最もらしいこと言って告白すんのが怖いだけじゃねぇか」
はんっ、と嘲笑うような花道に少しイラっとしたのは主人公に感情移入し過ぎたせいだろうか。
「お前ちゃんと観てたのか?あいつにはもう旦那がいたんだ」
そう、物語の終盤ヒロインに旦那がいる事が告げられたのだ。
「でも離婚したじゃねえか、忘れられねぇって」
そしてあろう事かヒロインは主人公にココロを射抜かれてしまい離婚し主人公の後を追った。
「ンなの結果論だろ」
勿論そんな事主人公が知るはずもない。一生を共にすると決めた相手がいる者に思いを伝えるなんて重荷にしかならない。主人公の決断は決して間違いではなかったのだ。
「んだと」
そっからはただの悪口の言い合い、むしゃくしゃしてそのまま帰宅した。我ながらしょうもない理由で喧嘩したなという自覚はあった。しかも初めてのデート。本当はあの後飯を食ってバスケしてそんで花道の家に行って一日イチャイチャする予定だったんだ。見事に失敗した。
翌日、なんとなくコチラから話しかけることが出来ず離れて練習していた。花道も特に寄ってくることは無かったし、なんなら旦那の妹にしっぽを振っていた。昨日はあんなに怒っていたのに旦那の妹の前だと楽しそうに笑っている。
それはそれは幸せそうで、俺なんか必要ないんじゃないか。そう思うには十分だった。俺といる時の花道は確かに楽しそうにもするが怒ったり泣いたりそんなのばっかだ。自覚すると胸が傷んで仕方なかった。そこからもう部活に身は入らず旦那に怒られるがそれどころじゃなかった。
帰り道、俺と花道は同じ方向だから何も話さずとも同じ道を辿る。何時もは楽しいはずの下校はちっとも楽しくなかった。下を向いて口を開こうとするも上手く声が出ずどんどん別れ道は近づく。どうすることもできない。もんもんと考えていると「リョーちん、危ない!」と花道の声が聞こえた。あ、と思った時には遅かった。足は止まらず目の前の電柱にそのままゴツッと鈍い音を立てぶつかる。
「リョーちん、大丈夫か?」
しゃがんだまま痛みに耐えていると花道もしゃがみこちらに目線を合せてくれた。こんな時まで心配してくれるお前は本当に良い奴だよ。
「花道、やっぱりお前には俺なんて必要ない。戻ろう」
やっと出た、言いたかった事。このまま花道を縛りたくない、俺の前で辛い顔するんじゃなくて旦那の妹の前で幸せそうに笑って欲しい。
「花道?」
返事が無い花道に声をかけると胸ぐらを掴まれた。何も身構えていなかったからそのまま後ろに倒れるが頭とコンクリートがぶつかるのをすんでのところで回避する。
「花道!なにす…なんでリョーちんが決めんだよ。俺には、リョーちんが必要だ!大好きっつたろ!」
ボロボロと大粒の雨が頬を伝った。
「リョーちんはもう俺の事いらない?嫌いになった?」
花道は不安を顔に滲ませながら決して目をそらさなかった。
「違う、好きだ。けど、さ…旦那の妹と話してるの見たら俺じゃダメじゃないかって思っても仕方ねえだろ」
「こんなかっこ悪いとこ見せんのリョーちんだけ。俺がどうなっても一緒に居たいのはリョーちんだけだ」
嘘じゃないと言うように真っ直ぐこちらを見つめる瞳は眩しくて目眩がしそうだ。
「俺も花道だけだ。かっこ悪くても一緒にいたいって思うよ。けどさ…自信なくて俺本当は要らないんじゃないかって悪い方にばっか考えて…」
最後まで言い切る前に花道の手が背中に回ってぎゅうっと痛いくらい力が篭もる。
「リョーちん、俺思ってる事はちゃんと言うから。だから勝手に要らないなんて決めつけんなよ」
本当に馬鹿だ、勝手に決めつけてへこんで傷つけて花道の為と言った言葉は誰の為でも無い。
俺がこれ以上傷つきたくなかっただけ、最もらしい理由をつけて逃げたかっただけだ。
ああ、確かに最低かもな。
「ごめん、もう言わねぇ。」
後日、また仕切り直しと二人で映画館に足を運んだ。
エンドロール後、席を立つ。
「最高だったな!」「最悪だった!」
二人同時に口を開くと正反対の声が響いた。暫し睨み合い沈黙が続く。先に静寂を破ったのはどちらだっただろうか。堪えきれず声を出し笑う。
「何処がだよ?」
「リョーちんこそ」
八.残暑×流れ星
未だ夏の暑さが残る今日この頃、彼はどうしているだろうか。早る気持ちを抑えきれずつい早足になってしまう。目的に着くと一つ深呼吸をし、扉に手をかける。
「よお、調子はどうよ」
扉を後ろ手に閉めるとこちらに気づいたようで首をこちらに向けた。
「リョーちん、ばっちりだ!」
傍の丸椅子に腰かけると花道はゆっくりと起き上がりながら手をぶんぶん振って元気だと
アピールしていた。
「あれ、ミッチーは?」
不思議そうにキョロキョロするが生憎、三井さんが現れることはない。
「三井さんな流川にワンオンワンって迫られてたんでな、置いてきた」
「むっ、キツネめ」
ベットに預けていた身体をいきなり動かしたものだから背中に痛みが走ったのだろう。
「何してんだ馬鹿、急に起きようとすんじゃねえ」
慌てて背中に手を添え元に戻るように促す。
「ぬう、すまん」
いつも自信満々の花道が急にしおらしくなるとなんだかこちらが悪いことをした気分になるから少し苦手だった。
「謝んなよ、悪くねーから。それに、いいじゃねえか。たまには二人っきりでも」
気まずさをごまかすように含んだ言い方をすると分かりやすく頬が朱色に染まっていく。
「ふぬっ、嬉しーけど」
視線をあちこちにやりながらも正直に胸の内を明かす花道に宮城はいともたやすく胸をうたれた。
「俺もラッキーと思ってさ」
照れくさかったが冗談ほのめかして事実を口にすると花道がジトっとこちらを見ていた。
「故意・・・!?」
「ちげーって次は来るっつてたよ」
ケタケタと笑う花道は何も変わらなくて、明日にはもう一緒に帰れるのではないかと錯覚してしまう。
「そーか、まあミッチーもこの天才と会えないなんてとんだ災難だったな」
「まあ、俺が独り占めできるからいいんだけどね」
「リョーちん…さっきから恥ずかしいことをよく言えるな」
ぷしゅー、と湯気が出そうなほど顔を真っ赤にする花道に意識されているのは一目瞭然だった。
「事実だから仕方ねえな」
学校も部活もあるし他の部員もいる手前あまり足を運べていなかったから久しぶりの恋人の可愛い姿が見れて宮城は非常に満足げだったがキャパオーバーしてしまい言葉にならない声を上げる花道は知る由もなかった。可愛いなと堪能していた宮城だったが視界の端にキラッと光りがちらつき我に返った。
「花道、見ろよ」
未だ、頭を抱える花道の肩をトントンと叩き、窓を指さすと花道もそちらを見やる。
「おお、すげえ」
急いできたから全然気が付かなかった。空には満開の星が、時折光って消えてゆく。多量の星が流れていた。
「流星群って初めて見たかもな」
感心しているとぐいぐいと服の端を引っ張られた。なんだと花道の方を見るとその瞳はキラキラと輝いていた。
「リョーちん!お願い事!」
そう言って目をつむると手を合わせ何か念じていた。その顔は真剣そのもので思わず笑みがこぼれそうになる。宮城も気を取り直し、きらりと光るそれに願う。
「リョーちんお願い事できたか?」
数秒後、目を開くとニコニコと笑みを浮かべ喜びを全身で訴えていた。娯楽の少ない病院内では貴重な体験だったのだろう。
「ああ、とびっきりのをな」
「俺もだ」
あんなに真剣にお願い事をしていたのだ。星に願ったところでどうなるわけでもないと思うがもし叶うなら花道の願いを叶えて欲しい。そう思うくらいには宮城は花道にぞっこんだった。
「早くリョーちんとバスケできますようにってな!」
前触れもなく突然発せられた言葉の意味を瞬時に理解できなかった。
少し間をおいて願い事のことかと理解すると嬉しさと胸を引き締める何かが押し寄せてきて、たまらず花道の背に腕を回す。
「いつになっても待ってから、何日でも何か月でも何年でも待ってやる。だから、ちゃんと身体を治せよ」
ケガなんて自分との闘いだ。ファンタジーなんかじゃねえから勝手に治ったりしない。
きっとまだ暫らくはバスケをできない日が続くはずだ。
「何年って、リョーちん卒業しちまう」
冗談ほのめかして笑っているがどこかで不安でたまらないのだろう。まだ二週間、されど二週間このままバスケができなくなるのではと思うのは必然だろう。花道の想いを全部理解してやることはできない。
「卒業してもずっと待ってる。お前が来るまで」
けど、ちゃんと待ってるから、だから無理はしないで欲しい。泣きたいときは泣いてほしい、辛いときは辛いと口にしてほしい。言えない言葉を補うようにぎゅっと大きな身体を抱きしめる。
「なんか、プロポーズみたいだな」
見上げるとどこかふっきれたように笑う花道と目が合う。
「みたいじゃねえけどな」
その顔があんまりにも綺麗でつい見とれてしまった。
「花道、それはお前が退院したらちゃんと言うから…せいぜい心の準備しとけよ」
逃げるように病室を後にした宮城の心臓はバクバクだった。
二人の間にはまだ距離はあるけれど、これから埋めていけばいい。弱音も本音も全部でなくていい、少し二人で分け合えるようになればいい。きっとまだ時間はあるから。星が降る夜に願う。彼らに沢山の幸が訪れますように。
九.退院日×扇風機
退院日が決まった、そう聞いたときは心臓が飛び出すかと思うくらいに跳ねた。それから数日後の今日、花道が退院する。
「リョーちん!」
「花道、退院おめでとう」
先生に挨拶をして病院から出てくる花道を前にすれば、いよいよだと胸が高鳴る。二人並んで病院の敷地を後にする。
「荷物、貸せよ」
「このくらい持てる」
大丈夫だと言う花道の手から左手から荷物をひったくる。
「俺が持ちたいだけだから」
「ありがと」
少し強引に奪えば道は諦めたように礼を言う。
「おう」
空いた手にするりと手を伸ばすとビクッと離れていってしまう。こんなところで何してるんだと言うような視線を感じたが気にすることなくその手を追い、握りしめると何か言いたげに百面相する花道がいた。もう暗くなってきているし気にしない事にしたのか控えめに握り返してくれる。
「こうやって帰るの何時ぶりだろうな」
「三ヶ月くれー?」
何時もと違う道だが時間的には何時もと変わらない。帰り道が同じだったから当たり前のように二人で帰っていた頃と重ねればなんだか色々変わってしまっている気がする。
「花道、また背伸びたか?」
隣に立てば数か月前よりなんだか視線が少し高くなった気がする。
「流石リョーちん、わかる男だな!一センチ伸びた」
ふっと自信ありげに告げるそれは何時もと変わらなくて安心する。何時もより長い距離を歩いたというのに話していればあっという間で気が付くと家の前まで来ていた。カギを開ければ招かれるままに足を踏み入れる。家にあがり、リビングに入れば出しっぱなしの扇風機がまだ夏は終わっていないというように堂々と鎮座していた。今日まで誰も入っていなかったのだろうか、放置されたそれに空いた時間を嫌でも分からせられる。
とりあえず荷物を置くかと隅の方に行くとサー、という音と共に冷たい風が吹く。
振り返れば花道が回り続ける扇風機の前でぼうっとしていた。
「なにしてんだ!?」
「すまん手が滑った」
声を上げると花道は我に返ったようでボタンを押し扇風機を止める。
埃をかぶっていたのか風が回ったことで舞ってしまい咳き込みそうになる。
「さっむ、花道、大丈夫か」
いくら体温が高いと言っても寒い中扇風機の風を直で浴びればさすがに寒いだろう。声をかけるが花道はぴくりとも動かないし返事もない。不審に思い、顔を覗き込めば、ぽつっと落ちた水滴に手が濡れる。
「花道、どうした?」
静かに涙を流す花道はどこか痛々しくてぎゅっと抱きしめ、宥める様にぽんぽんと背を叩けば花道は耐えるように拳を握り締める。
「リョーちん、リョーちん」
しゃがれた声でうわ言の様に俺の名を呼ぶ花道は弱々しかった。
「どうした、ゆっくりでいいから言ってみ」
「俺、のこと、捨てねえで」
しゃっくりを上げながら告げたその言葉に息が詰まったような気がした。
「なんでそんなこと思うの?」
間を開けながらも冷静に問うと花道は肩に顔をうずめてしまう。
「だって俺、俺、皆頑張ってんのに何か月もバスケできてなくて」
「花道、絶対なんて無責任なこと言えねえけどさ俺は大丈夫って思ってる」
何時も勝気な花道が見せる弱音。きっとこれは誰にも言えなくてずっと溜め続けてたんだ。そう思うと胸がぎゅっと締め付けられる。
「でも、昨日リョーちんが持ってきてくれたボール持って病院抜け出したんだけどよ、ドリブルすらろくにできなくて」
退院前日になにやってんだ、その言葉は一旦飲み込んだ。
「忘れても、全然ダメでも一からちゃんと教えてやる。だから安心しろよ」
お前は大丈夫だと念を押すようにもう一度告げる。
「俺はまだリョーちんとって必要な存在か?」
そう告げる花道は例えるなら捨てられた子犬。何を間違えればそうなるのだ、この数か月どれだけの喪失感に襲われたか花道は分かってない。
お前のいない部活はどこか活気がなくて、一人の帰り道はお前が居たらっていつも思ってた。
「花道、俺は花道がバスケができなくなっても俺にはお前が必要だ」
未だにスンとすすり泣く音が聞こえる。しかし、握りしめられていた拳は解かれ、ぎゅっと服が伸びるほど強く握られる。
どれだけそうしていただろうか、落ち着いたのか段々と肩から離れ、向き合った花道の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。数秒、互いに何も発さず、沈黙が流れる。
「おかえり、花道」
「ただいま、リョーちん」
でっかい身体を預けられれば尻餅をついてしまう。
一からでいい。今日からもう一度バスケを想いを伝えよう、そう心に強く誓った。
十.居残り練習×歌
「てんさーい、バスケットマーン!花道」
すっかり耳に馴染んでしまった歌を聞きながら最後の一発を放つ。
きれいな弧を描き、ポスッとリングの中に消えてゆく。心の中で小さくガッツポーズをし、声の主の方を見る。
「花道、それ好きな」
フンフンと未だに口ずさんでいた花道がニマッと笑う。
「まあ事実だからな」
「シロートが何言ってやがる」
ぐしゃぐしゃと崩れかけたリーゼント頭をかき混ぜてやると悲痛な叫びが体育館に響く。
「あー!セットが」
「すまん」
もう崩れかけていたとはいえ、セットの大変さは理解しているので流石にやりすぎたと謝る。反省の意味も込めてモップがけを引き受ければ流石にボールを片付けていた花道の方が早く終わり更衣室へ消えてしまった。 急いで終わらせ更衣室に入ると花道が待ってくれていた。が、その姿には何処か違和感があった。
「あれ、下ろしてきたのか?」
先程ぐちゃぐちゃにしてしまった頭は水を被ったのか完全に下ろされていた。
梳かしたのかサラサラな髪が靡いていた。
「ぐちゃぐちゃだったんだからしょうがねえだろ」
むっと怒りを含んだそれに宥めるように背を叩く。
「悪い、気をつける…それより、お前下ろしてんのイカスじゃん」
確かにリーゼントは中々かっこいいとは思うが下ろした姿はかっこいいというより綺麗で、さながら美少年だった。
「でも弱そうじゃねえか?」
リーゼントが強すぎるんだよと言う言葉はしまう。
「黙ってりゃ女受けもいいと思うけどな」
「そーかね?」
素直な感想を述べれば嬉しそうに笑う。分かりやすい奴め、先程まで怒っていたとは思えないほど声を上ずらせている。
「ああ、旦那の妹も…」
好きそうだと言いかけて止めた。
「やっぱり花道はそのままがいいよ」
髪型が変わったくらいで好きって言う奴なんかに渡したくない、なんて気持ちを伝える勇気もない奴が何言ってんだって心の中で嘲笑してしまう。
「まあ天才桜木花道はなんでも似合っちまって困るって話だな!」
花道は少しの間不思議そうにこちらを見つめ理解したようにニコーっと今日一番の笑顔を見せてくれた。
これが俺一人のものであればいいのに。 一人暗い感情に浸っているとフンフンと鼻を鳴らす音が聞こえる。
「てんさーい、バスケットマーン」
「お前、レパートリーそれだけかよ」
いつものそれについ笑ってしまう。 こっちが色々考えているのを分かってやっているのだろうか。考えるのも馬鹿らしくなってくる。
「リョーちんも好きだろ?」
歌の事を言っているのだろう、何処か勝気な目で射抜かれると全て見透かされているのではないかと思ってしまう。
「好きだよ」
歌も髪も大きな身体、真っ直ぐなとこ、馬鹿なところも全部全部大好きだ。
十一.ファーストキスは突然に
その日は寝坊するし面倒な教師に目をつけられたり踏んだり蹴ったりで酷くイラついていた。
「リョーちんのあほ!」
だからいつもの様にわがままを言う花道にイライラして仕方なかった。
「この、いい加減にしやがれ」
怒りに身を任せとんがった唇に噛み付いた。
「んん、!!?」
そのまま唇を重ねていると花道は状況を理解したのかどんどん頬が赤くなっていく。呼吸ができずに苦しくなったのか薄く開いた口に舌をねじ込むと逃げるように後ずさるので後頭部に手を回し口内を舐め回すとビクビクと身体を揺らす。時折、悩ましげな声を上げるので段々と楽しくなり思う存分貪った。離れるとどちらのものかも分からないものが二人の間に伝った。
「おーおー、やっとおとなしくなったな」
顎をすくいこちらを向かせると朧げな瞳が徐々に覚醒していく。
「…っにすんだ!」
思いっきり手を叩かれ、少しはましになったと思ったイライラがぶり返す。
「何って、うるせえから塞いでやっただけだろ?」
「あ?」
花道もイラついているのか眉をひそめている
「口で言ってもわかんねー馬鹿に上下関係叩き込んでやっただけだ」
衝動的にやった事に最もらしい言い訳を添えるが花道は首を傾げる
「意味が分からん」
「これ以上されたくなかったらちっとは大人しくしろっつーことだ」
そんなこんなで数日。
効果は覿面だったらしい。ちょっと近づくだけで顔を染めてたじろいでいた。うぶだね、なんて最初はそのくらいだったが流石に避けられすぎて今もダメダメなフォームを見かねてアドバイスしてやろうと近づくとさっと三井さんの方へ行ってしまった。
「み、ミッチー!これ教えてくれ」
「あー?しゃあねえな、しっかり見とけよ」
花道が教えを乞うと満更でもないのか仕方ないといいながらその顔は嬉しそうだ。
「すげー、ミッチー!」
「このくらい朝飯前だ!」
賞賛をいっぱいに浴び照れ隠しのように花道の背を叩く。
「こうか?」
「ちげえ、腰落とせ」
花道に聞かれれば三井さんは文字通り手取り足取り教えていた。
「誰にでもしっぽ振るんじゃねぇよ」
ついこないだまでその役目は自分であったはずなのに。モヤモヤと気分が晴れずここ数日イライラしっぱなしだった。
「リョータ、あんた桜木花道と何かあったの?」
振り返ると愛おしい人がバインダーをコツコツと叩いていた。
「別にアヤちゃんが気にすることなんか何もないよ!」
「そう?とてもそうには見えなかったけどね」
否定するが女の勘というやつだろうか。鋭い指摘に全て見透かされそうで怖かった。
「ハハハ、そんな事ないよ。それよりアヤちゃん、安西先生が後で職員室に来てって言ってたよ」
この話を終わらせることは出来ないかと考えを巡らせると言い忘れていたことを思い出した。
「早く言いなさいよ…たっく、ちょっと行ってくるから」
誤魔化すように笑いながらその背中を見送る。言えるわけがない、イラついて無理やりキスしたなんて。
「でも、そろそろどーにかしねえとプレーに支障が出てきそう」
宮城の予感は的中した。
数分後、俺の前に立ったそいつは少し体が触れただけでびくついていた。手を出せばいとも簡単にボールが弾かれテンテンと転がっていった
「あ”?」
転がったボールを旦那が拾いそのままダンクを決めた。
「桜木、集中せんか!」
ごつっと鈍い音と共に桜木が沈む。
「ってー、殴ることないだろ!」
「花道」
チラッとこちらを見たかと思うと直ぐにふいっと視線を逸らされる。面白くない、大体先輩のこと堂々と無視してんじゃねぇよ。フツフツと怒りが込み上げてくる。
「てめぇ、何のつもりだ」
こちらを無視して戻ろうとする花道の腕を掴むとビクッと身体を揺らしたものの立ち止まった。
「なんのことだよ」
これだけ露骨に避けておいてシラをきるもりか?
「男がキスの一つくらいでいつまで気にしてやがる!」
怒りの余り、声量を抑えきれず言い終わる頃には体育館はしんっと静まり返った。
「宮城…お前、それ」
沈黙を破ったのは小暮だった。宮城がはっと我に返った時には遅かった。
花道はワナワナと身を震わせながらこちらを見ていた。その顔は怒りからか羞恥からか顔を真っ赤にして瞳は今にも零れ落ちそうなほどいっぱいに張り詰めていた。
「リョーちんなんか、大っ嫌いだ。もう話しかけてくんな」
声を荒らげることなく静かに淡々とそう言うやいなや何処かに走り去ってしまった。
「あいつ手ださなかったな、喧嘩したら絶対勝てるのにさ。…それで満足か先輩?」
三井が珍しくマトモなことを言う。返す言葉も見当たらずただズキズキと痛む胸をポッカリと空いてしまった穴をどうしようもない想いを持て余していた。
「宮城、さすがに黙認できんぞ。解決するまで戻ってくるな」
その一声を聞きノロノロと体育館を後にする。アヤちゃんが今この場にいなかったのが不幸中の幸いとでもいうのだろうか。
無我夢中で走っていたらもう何が何だか分からなくなった。
「はぁ、はぁ」
「桜木花道?」
息を整えるためにコンクリートに身を預けそのままずるずると座り込むと馴染みのある声が聞こえた。顔を上げると聞こえた声は間違いでないことを思い知る。
「あ、やこさん?」
アヤコさんは俺の顔を見ると驚いたようにぎょっとした顔をして抱えていたダンボールを置いた。
「あんた、どうしたのよ!」
正面に座り込みハンカチで色んなものでぐちゃぐちゃになった顔を拭ってくれた
「な、なんもないです。ハンカチ、汚れますから」
慌てて身を引き服で顔を拭う。きっと酷い顔だっただろう。
「リョータとなにかあった?」
彼女が漏らした言葉に驚きを隠せなかった。
「なんで、分かったんすか!?」
「なんでって、あんた達分かりやすすぎよ。
…で、何があったの?言えば多少は楽になれると思うけど」
アヤコさんは俺が拭いきれなかったものを拭き苦笑いを浮かべた。あまりの優しさにまた溢れそうになるものを必死で抑える。でもその優しさに甘える訳にはいかない。アヤコさんには
「絶対、言えねえ」
普段、リョーちんのアプローチをものともしないアヤコさんだがもしアヤコさんがリョーちんのことを好きだったら、そう思うと言えるわけなかった。
「そ、じゃあ当ててあげる。リョータに殴られた、怒られた、ハルコちゃんのことでからかわれた…んー、あとはそうねえ」
ポンポンと飛んでもないことを言ってのけるから可笑しくてつい笑ってしまう。
「アヤコさん、それ当たるまで言っていくんすか」
「やっと笑ったわね、あんたはほんとにそーいう顔がお似合いよ」
「え」
つんつんと綺麗な指が頬にささる。
「私はあんたの笑った顔好きよ」
そう言って笑うアヤコさんは綺麗だった。
「アヤコさん、からかわないでください」
アヤコさんの手はそのまま頭に乗せられ撫でられる。
「照れるな照れるな、ホントに可愛いやつね」
恥ずかしい、逃げ出したかったが女性相手にどうすることも出来ない。後ろはコンクリート、逃げ場もなかった。アタフタしているとぬっと腕が伸びてきた。そのまま腕を取られ立たされた。
いきなりの事に状況を理解出来ずよろけてしまう。誰だと顔を確認しようとすると胸ぐらをつかまれ、気づいた時には右頬に鈍い痛みが走っていた。
「てめぇ、部活さぼってアヤちゃんと何してやがる」
ああ殴られたのか、リョーちんか。何処か他人事のように状況を理解していく。次いでこの状況はどうしたらいいんだ?
考えても答えが見つからずぼーっとしているとリョーちんの手が離れた。気が済んだのだろうか。離れた手を追うとアヤコさんがいた。
「リョータ!」
バチンと音がしたかと思うとリョーちんの左頬には真っ赤なモミジが浮かんだ。
「アヤちゃん?」
「あんた、恥ずかしくないの!?何があったか知らないけど泣かして殴って…本当に最低。今のリョータ凄くかっこ悪いよ」
オーバーキルだ。何処か身に覚えのある光景にゴクッと息を呑んだ。
「ほら、もう行くよ」
アヤコさんはリョーちんに背を向け俺の手を取った。導かれるまま足を動かすがグンっと後ろから力が加わる。振り返るとリョーちんが俺の服を掴んでいた。
「なに?」
俺が何か言う前にアヤコさんがジトッとリョーちんを睨んだ。
「ごめん、待ってアヤちゃん。違うんだ…お願いだから、花道を連れてかないで」
まるで幼い迷い子のようにリョーちんは泣いていた。
「あんたね…「アヤコさん、先行ってて下さい」
大丈夫ですからと言うとアヤコさんはため息をつき、分かったと握られていた腕を離した。アヤコさんの背中を見送り、改めてリョーちんと向き合う。
「リョーちん、大丈夫か?」
普段なんでもない様な顔をしているリョーちんが泣くものだからそれだけアヤコさんの言葉がささったのだろう。想い人にあそこまで言われたら暫くは立ち直れないと思う。
「ごめん、ごめん花道」
リョーちんは顔を隠すように抱きついてきた。
「お前に無視されるのキツい。三井さんと仲良くしてんのもアヤちゃんと仲良くしてるのも
モヤモヤしてイライラしてた。キライって言われて息が詰まりそうだった」
シャツが濡れて、ぎゅっと回した手に力が入った。
「俺も悪かった。リョーちんの顔見れなくて、なんて声かけていいか分からなくなった」
思いの丈を打ち明けたリョーちんに応えるように抱き返すとリョーちんはやっと顔を上げた。
「俺の事嫌いになったか?」
こちらの顔色を伺うリョーちんにいつもの自信に満ち溢れたような余裕は一ミリも感じられない。
「んなわけないだろ。俺、リョーちんのこと好きだぜ?」
そう笑うとリョーちんは一言そうかと言ってまた引っ付いてきた。暫くそのまま抱き合っていた。これは色々と勘違いされるのではと内心ヒヤヒヤしていたが幸いにも人は通らず数分でリョーちんは離れていった。そうしてもう一度謝られ、気にすんなと言えばもういつも通り。二人で体育館に戻ったが閉まっていたので更衣室まで足を運ぶ。もう部活は終わってしまったようだ。更衣室に入るとゴリ、メガネくん、ミッチーが待っていた。
「桜木、それどうした」
ミッチーが頬を指さす。
「ああ、えっと、リョーちんに」
そういえば殴られたなと触ると流石に痛かった。
「宮城?ちょっとこっちにこようか?」
リョーちんはゴリとメガネくんに連れていかれそうになる。
「待って、メガネ君」
「花道?お前が負い目を感じることは一つもないんだよ」
ぽんと肩に手を置かれ何時ものと同じく優しく諭す様に言われたが引き下がる訳にもいかない。
「いや、あの。アヤコさんが俺の代わりにぶってくれたからさ、あんまし怒ってやんないでくれねー、かな?」
好きな人にぶたれるのはそれなりに心にダメージが入ることを知っているからこその発言だった。
「そうだな、でもこれは俺らのけじめだから。ごめんな」
その日はミッチーが送ると言いリョーちんの行く末を知ることは出来なかった。
翌日、暫らく花道と二人きりになることは禁止されたしアヤコからはしばらく冷たい目で見られる事になるリョータがいたとか。
後日、水戸洋平の耳にも入り軍団曰く見せちゃいけない顔をしていたらしい。
今日もリョータは花道との帰宅は許されず、ここ数日、花道と帰るのは三井だった。
「気づかなくてごめんな」
元に戻ったようで戻らない日常。もっと早く気づいていれば何か変わっただろうか。
否、変わらなかっただろう。桜木はいつも通りに振る舞うが時折宮城を前にしてビクついたような反応を示すようになった。
「リョーちん怒らせちまってさち、ちゅーは好きな人とするもんなんに口ン中に舌入ってきて俺、なんか怖くて、でもんなこと言えねーし」
あいつ結構えぐいことしてんな。きっと誰にも言えずに一人で悩んでいたのだろう。
「すまん、ホントに。それでも安西先生との約束守ったんだよな」
やり返さなかったお前は偉いと励ますように背を叩く。
「俺、初めてだったんだ」
大きい身体を小さくして泣きそうになる花道のピュアさにカーッと庇護欲が湧き上がる
「気にすんなっつっても気になるだろうが、それはキスじゃねえ!犬にかまれたと思え、大丈夫だ。お前の初めてはまだ奪われてねえ!」
初めてが無理やりしかも男とだなんて不憫すぎる。
「でも、だめだ。いまだにリョーちん見てると時々思い出しちまう」
ポッと頬を染めるそれはまるで恋する乙女だ。
「・・・・・・はぁ」
最悪だ、可愛い後輩はダメな男に引っかかっちまったよ。
「俺、まだちゃんと目見て話せなくて…どうしたらいいミッチー?」
まるでといったのは嘘だ。間違いなく桜木は宮城リョータに恋をしている。
「今の言葉全部あいつに言えばいいんじゃねえか」
色々ありすぎてキャパオーバー状態の三井はもう知ったことかと現実逃避を始めた。
しかし、花道がそんなこと知る由もなく三井のアドバイスを真に受ける。
「ミッチー、俺頑張る」
後輩の恋が成就するのも時間の問題かもしれない、遠くを見つめる三井はまあ幸せならいいかととうとう考えるのをやめてしまった。
十二.セカンドキスは慎重に
宮城はいつにも増して神妙な顔つきで体育館を駆けていた。理由は沢山ある。一番どでかい問題はちらちらと視界の端を通り過ぎる後輩の事だ。ひときわ目立つ赤髪の男の名は桜木花道。
俺はこの男に手を出してしまった。その行為には愛なんて可愛らしいものは無く、ただ怒りのままに唇を奪った。今思えばファーストキスだったなんて思っていると唇の感触がフラッシュバックする。
「柔らかかったな」
その行為が到底許される行為でなかったことは重々承知だがあの日から花道のことが気になって仕方なかった。物思いにとテンテンとボールが転がってきて我に返る。
「リョーちん、すまん。取ってくれ」
パス!と手を挙げる花道は爽やかな笑顔を浮かべていてその姿にドキッと胸が高鳴る。転がってきたボールを取りパスを出してやれば随分と綺麗になったフォームでシュートを決める。まだまだ荒削りでルールも分かっていない素人だがそのフォームには花道の努力が垣間見えた。
「そろそろ帰ろうぜ」
声をかければおう!と元気な返事が返ってきた。屈託なく笑うその顔が愛らしいと思った。本当は気になっているなんてごまかすことはもうできないほど、桜木花道に恋をしていた。
二人、帰り支度をすまして校門をくぐって隣を歩いてたわいのない話で盛り上がる。
「花道、ちょっと待って」
学ランのホコリを払うようにポンッと触れると花道はビクッと大袈裟に揺れ三歩先まで離れて行ってしまった。
「あ、悪い。ホコリついてたから」
「スマン、ありがとう」
いくら普通のやり取りをしても視線をあっちこっちにさ迷わせる花道に取り返しがつかないことをしてしまったと改めて思い知らされる。これでもまだマシになった方だ。
あの事件の後、花道は許してくれはしたが怯えていたのだろう。
数日、一度も視線が交わることはなかった。
暫くは二人でいる事さえ許されなかったが少し前から一緒に帰ることを許された。いつものように帰宅しているようでやっぱりもういつものようにはいかないのだと思う。
「リョーちん、その本当に」
「謝るな、俺が悪かったから」
今の俺に思いを告げる権利は何処にも無い。自業自得、本当は花道と関わるのも良くないかもしれないが大丈夫だと言う花道に甘えている。
「リョーちん、違う」
近づいてきた花道に服の裾を引っ張られる。陰になって見にくいがじっと花道の顔はリンゴのように真っ赤になっていてこんな状態でもあの日のことをフラッシュバックさせてしまう。
「俺、リョーちんのこと見てると思い出しちまって顔、ちゃんと見れなくて本当に触られるのだって嫌とかじゃなくて…変に意識しちまってびっくりしちまうだけだし」
だから、だからと言葉を詰まらせる花道の言葉を反復させる。それって都合のいいように取ってしまっても構わないものだろうか。
「それって、つまりは…え、都合の良いように受け取っていいわけ?」
纏まらない言葉をかき集めやっと声に出すと花道がコクっと小さく頷いた。
「お前俺の事好きなの?」
「そーだよ!リョーちんの事好きだ…だから俺とお付き合いしてくれませんか」
恐る恐る口にすると勢いよく告白された。都合のいい夢でも見ているのだろうか。
目の前で花道が腰を九十度に曲げ右手を差し出している。
「俺も花道が好き」
断る理由もなくその手を取るとじんわりと花道の体温が伝わってきた。
「リョーちん、本当か!?」
「本当、俺こう見えても花道のこと大好きだから」
これまた勢いよく聞いてくる花道に先ほどまでぐじぐじ考えていたとは思えないほど余裕たっぷりな声色で答える。
「こう見えてもってなんだ?」
「花道、悪いんだけど俺の顔殴ってくれる?」
首をかしげる花道にニコッと笑うと遂に顔をしかめてどこか悪いのかと心配される。
「いいから、お願い」
「知らねえからな」
ふーっと息を吐いた花道から容赦ない鉄拳が飛んできてガツンと右頬に鈍い衝撃が走った。
「痛ってぇ!」
「だから知らねぇつっただろ!」
容赦なく放たれた拳に耐えきれずよろけ叫ぶと言わんこっちゃないと花道がキレる。
「でも、夢じゃねぇな」
「そんな事確認する為にやったのか」
頷くと花道は呆れたように笑う。
「そりゃ、あんな事しでかした後に花道が都合のいい事しか言わねえから」
「リョーちん、ばっかだな」
ふっと笑う顔は柔らかくて暖かさを感じた。
「いーよ、馬鹿でも」
お前と居られるならな。笑っている花道の顔に触れる。今度は逃げられることもなくじっと見つめ返された。至近距離で見つめあうことに若干の恥ずかしさを感じながらも幸せだった。そのまま距離を詰めようとすると顔の間に花道の手が差し出された。
「待て、リョーちん」
「なんだよ」
今、最高にいいシチュエーションだっただろうが。
「お付き合いってのはまず手を繋ぐことからだからな。いきなりキスするなんて不純だ」
花道の発言に目が点になる。少しして思い出す。そういえばこいつとんでもなくウブだったと。
「はぁ?もう一回してんだから二回も三回も変わんねぇよ」
「馬鹿者!あれはノーカンだ!とにかく、暫くはしないからな」
お付き合いを始めて数分。公道でするには少し恥ずかしい喧嘩を始めた二人。長いようで短い攻防戦が幕を開けた。勝敗は決まっているが早いか遅いかそれは宮城リョータの技量次第だ。
十三.本音
ミンミンとセミの鳴き声が煩くこだます今日、全国の挑戦が始まった。熱気の籠った体育館では両者一歩も引かぬ点の取り合いが行われていた。
「一本、いくぞ!」
すっかりキャプテンが板についた宮城の掛け声で攻撃が始まる。技術はほぼ互角、勝っても負けてもおかしくない試合だ。ガードをするりと躱しボールを花道に、いや流川に回し前へとボールを運んでいく。
弾むボールの音、バッシュの擦れる音声援が鮮明に聞こえる。フェイントにまんまと引っ掛かりそのまま綺麗にシュートを決める。その瞬間流川の応援軍団からの黄色い声援がわっと上がりさらに会場に熱気がこもってゆく。
「流石だな」
「うす」
守備のため下がりながら安田が流川に激励を贈ると軽く頭を下げる。だがいつまでも喜んではいられない。今ので同点、ここで決められては意味がない。
三クオーター目残り一分。相手チームのスローイン。
自称ナンバーワンガード、宮城リョータ。そう簡単には行かせないと相手の進路を拒む。
しかし、ボールは斜め後ろから来ていた選手の元へ、すかさず安田がフォローに入るが早かった。あっという間にゴール下、射程範囲、ボールは守備に入っていた流川の指をかすめ軌道がずれた。
「リバウンド!」
ボールはリングにあたり宙に浮いた。すかさずボールに食らいつく後、数ミリ。
「ふぬー!」
桜木の手が先にボールまで届きそのまま懐まで持ち去っていった。そのボールを先に走っていた宮城まで・・・届くことはなかった。地に足を突き振り向いた花道は力が入り切っておらず誰もいない方向へ飛んで行く。安田がそのボールを拾い宮城につなげる。今度はフリーの宮城が誰も追いつけぬ早さでゴール下までボールを運びそのままシュートを決めた。
再び相手のフリースロー、ボールが回った瞬間三クオータ目終了のブザーが鳴り響いた。選手はベンチへと足を進める。ずっと動き続けた体に水分がしみわたる。一息ついてずっと下を向いてい息を整えているそいつを小突く。
「次ふらついたら出すからな」
「ふぬ、余裕だ。この天才をなめるなよ」
余裕と息をまく花道だがやはり顔色が良くない。今日一日、違和感を感じていたが後半こいつの不調は目に見えて分かる程だ。本当は休ませてやりたいけど今はそれが叶わない。こいつがいなくてはいけない。安西先生も同じ様に思っていたのか花道にまだやれますかと声をかけていた。もちろんだと元気な返事が聞こえる。一抹の不安を覚えながらも四クオーター目が開始された。
泣いても笑ってもこの十分で勝負が決まる。
四クオーター目一発目ジャンプボールは桜木が触れはじかれたボールは流川の手に渡った。
振り返り、ゴールまで走る流川の後ろから手が伸びた。一歩反応が遅れボールがあっという間に相手の手に、そのまま得点を許し再び同点に。一進一退の攻防が繰り広げられどんどん時間が過ぎてゆく。残り四十秒、ゴール付近で流川から桜木にボールが渡った。桜木はフリーだったがゴール下までまだ距離があった。観客は次々と変わる試合展開に次は次はと思考を繰り広げる。しかし、観客の誰も桜木の行動は読めなかっただろう。ボールを受けた桜木は立ち止まりそのまま腕を上げた。放ったボールは綺麗な弧を描きそのままリングを通り抜けた。
三ポイント、まだ一年もたっていないというのにその成長はすさまじかった。試合で一度も見せたことのなかったそれを一発で決めて見せた。花道は嬉しそうに観客席に手を振っている。
「花道、よくやった!」
そんな花道を鼓舞するよう背を叩いた。
「とーぜん」
得意げに笑いながら後方へ移動する。相手のスローイン。
「あと一点!」
現在六十二対六十三。
今の三点で湘北はぎりぎり一点、優勢になった。残り二十秒、相手も決死の覚悟で向かってくる。相手にもはや迷いなどなかった。あっという間にゴール付近まで攻め入られる。
シュートが来る、流川はタイミングを測っていた。ぐっ、と足に力を込めゴールを凝視している。
「ディーフェンス!ディーフェンス!」
ベンチから決死の声が聞こえる。
相手の足が地から離れようという時、今だというように飛んだ流川だったがボールが来ることはなかった。ボールは上ではなく左にスタンバイしていた男に渡った。すかさずシュートを放つ。
その瞬間ぬっと大きな影が男の前に立ちふさがった。もう放ってしまったボールは戻らない。そのままはたかれボールは落ちていき、終了のブザーが鳴り響いた。
「おおおおおおお!」
観客席がわっと今日一番の声を上げた。宮城は観客が沸いた原因の元へかけた。
「やったな、この天才が!」
ばしっと背中を叩くと何の返事もない。何事かと顔を見ると眼がうつろで焦点が合っていない。休憩中汗をぬぐったとはいえあれだけ動いていたというのに汗の一つもかいていなかった。
「花道、おい、花道!」
おかしい、何度か声をかけるとやっとこちらを向いた。
「リョー、ちん?」
ぎりぎりこちらに反応を示す花道に意識はあると安心した時、ぐらっと巨体が崩れ落ちてきた。
「おい!」
ずしりと大きな体が宮城の方へ倒れこむ。試合の疲れと自分より身長も高ければ体重も重い花道を支えきれず倒れそうになるがぐっと脚に力を籠め床への衝突は何とか避けることができた。
「あれ、力はいんねー」
他にもぶつぶつと小さくつぶやいていたが聞き取れない。何より倒れてきた身体は自分より熱いというのに汗を一つもかいていない。
周囲が異変に気が付きざわざわと騒ぎ始める。
「アヤちゃん、こいつダメだ!」
必死に訴えかけるとアヤコは花道の顔をぺちぺちと叩いた
「桜木花道、意識はある!?」
「まだ、終わってねー、だろ」
「もう終わったわよ!ちょっとあんたたちも手伝って」
「「はい!」」
ベンチで待機していた石井、桑田らに運ばれ端に連れられた。
桜木除くスタメンメンバーで整列、挨拶を済ませすぐに花道の元まで駆け寄った。
「アヤちゃん、花道は?」
「熱射病ね、こんなに暑い中あれだけ動いたのに汗の一つもかいてないなんておかしいもの」
戻ってきた時にはもう花道の意識はなかった。
「監督、タクシーをお願いします。桜木花道を病院に連れていきます」
アヤコと付き添いで応援に来ていた水戸に連れられ花道はそのまま病院に連れられた。
結局花道がその日のうちに目を覚ますことはなかった。
翌日の十七時頃、宮城は花道が眠っている病院まで足を運んだ。息はしているから大丈夫だと医師は言っていたけれども本当にもう目が覚めないんじゃないかって馬鹿なことばかりを考えてしまってどうにもならなかった。最初は何人も行くと言って聞かなかったが皆で行っても迷惑だからとキャプテンという特権を乱用し、その権利を勝ち取った。
朝から来ていた水戸と入れ替わりベット横の椅子に座り花道が目を覚ますのを待った。
たまたま空いていた部屋は誰も入室しておらず、しんと静まった室内はカチコチと進む時計の音しか聞こえない。
一時間ほど経ったろうか、花道の手首をつかんだ。ぎゅっと目当ての場所を指で押すとトクトクと動いていた。大丈夫だ、生きている。
「リョー、ち?」
ずっと眠っていたから声がうまく出なかったのだろう。顔を上げると確かに花道が起きている。聞き間違いなんかではなかった。
「よお、馬鹿野郎」
起きて嬉しいはずなのに心中穏やかではなかった。
「お前、なんでなんも言わねーのさ」
おかしいことに気づいていた自分を棚に上げて何を言っているんだと思うがきつかったろうに大丈夫だとごまかして最後の最後まで平気な振りをされたのがどうしても我慢ならなかった。
花道は何も言わずただこちらを見ているだけだ。まだ起きたばかりの病人に言うことじゃないのは重々承知だ。でも、今感情を抑えられるほど俺は大人じゃない。
「お前がそんなんだったら俺は一生……っお前に待ってるなんて言えなくなるだろ!?」
情けないほどに声が震えてしまう。告げる予定のなかった言葉がどんどん溢れてくる。
「ごめん、リョーちん…でも俺バスケがしたくて」
「バスケができなくなってからじゃ遅いってまだわかんねー?」
花道の控えめな声に喰らいつくようにバサッと心無いことを言ってしまう。ダメだと頭では分かっているはずなのに止められない。
「分かってても、どうしても勝ちたかったんだ。やらねーで後悔するのだけは絶対に、嫌だ」
いつになく真剣に花道はそう言う。こいつが負けず嫌いだってことくらい知ってた。俺だって負けたくねーよ、でも
「それで死んだらどうすんの?ホントにばかじゃねーの」
熱射病って死ぬこともあるってお前、知ってた?
「馬鹿でもいい、俺はやりたいことやって死ねるんなら本望だ」
先に死ぬだの死なないなどいったのは自分なのにいつ死んでも構わないと言う花道に頭に血が上ってしまい、いつの間にか胸ぐらをつかんでひっぱたいていた。
「死ぬなんて簡単に言ってんなよ!どんだけ心配したと思ってんだ。残された側のこと考えらんねーのかお前は」
病室なのも構わず大声で叫んでいた。もう本当にどうしたのか、いつも割と理性的に接してきたはずなのに今日はてんでダメだった。
「お前が目覚まさねーから皆、ずっとずっと心配してたんだぞ、今日の練習なんてグダグダだ!試合前なのにどーしてくれんの…なあ、何とか言えよ!」
あろうことか病人の胸ぐらをつかんでぶん殴って、そんで大声でまくし立てて何やってんだ。練習がグダグダだったのは俺が集中できていないせいで花道のせいじゃない。こんなことを言いに来たはずじゃなかった。ただ一言心配したって言いたかっただけだ。荒い息を整えていると花道の手が頭に伸びてきてそのまま引っ張られた。重力に従いそのまま花道の胸に沈んだ。
「ごめんなさい、ごめん、リョーちん」
見上げると花道はいつの間にか泣いてしまっていた。泣きながら必死に悪かったとぼやく。罪悪感と共に血が登りきっていた頭が段々と冷めていくのを感じた。
「ごめん、花道、気づけなくてごめんな、嫌なこと言ってごめん」
花道が目覚めるまでの数時間ずっとイライラしていた。それは花道に対してではなく不調に気づけなかった己に対してだった。もしあの時止めていればなんてありもしない考えがぐるぐると頭の中を駆け巡った。最終的に目が覚めた花道にあたってたんじゃ世話ない。
「別に、いーけど。本当のことだし。」
そう言いながら頭に回った腕に力がこもった。
「拗ねてんの?」
「いや、むしろ嬉しいかもしんねー」
「なんで?」
意外な返答に質問を重ねると花道の右手が俺の目元をなぞった。
「なんでって貴重だろ、リョーちんの泣き顔なんて」
「!?!?いつの間に」
ばっと己の顔に手をやるとべちゃべちゃだった。
「…割と最初から。リョーちんが泣くなんて思わなかったからびっくりした」
急激に顔に熱が溜まるのを感じた。どれだけ醜態を晒していたんだ…もうここまで見られたら開き直るしかない。
「そんだけ余裕がなかったんだよ」
「やっぱり天才がいないとだめなのかね?」
いつものように調子に乗り始めた花道にばしばしと背中を叩かれる。
「だな、天才がいないと練習に集中できねーぽんこつキャプテンが誕生する」
「なんだそれ、俺も見てー」
ごまかす気力もなかったので取り繕わず事実を告げると興味深そうに相槌を打つ。
「お前は一生見れねーよ…てかホントにみんな心配してたんだからな」
「ふははは、そうか、やはりこの天才がいないとだめだな」
念を押すようにもう一度俺だけじゃないと言うと嬉しそうに笑った。
「はいはい、そうね」
「でもリョーちん、目が覚めたばかりの病人を殴るのはさすがにどうかと思う」
適当に相槌を打つとぐうの音も出ないほどの正論を言われてしまった。
「それは、ホントにすみませんでした」
「まあ、別に痛くねーけどさ」
カラカラと元気に笑う花道に不覚にも目を奪われてしまった。
数分後、様子を見に来た看護師に見て起きたなら呼びなさいと叱られた。結局、熱は少しあるが他は問題ないとの事でそのまま帰宅する運びとなった。その日はそのまま桜木家にお邪魔し練習に行こうとする花道を意地でも外に出さないよう見張っていた。
翌朝、寝苦しさを感じ目が覚めると別々の布団で寝ていたはずの花道の頭が真下にあった。抱き枕よろしく身体にまとわりつかれ身動きが取れない。悔しい事に自分ではどうしようもできないので仕方なく声をかける。
「花道、起きろ。花道!」
「んぅ、リョーちん?…おはよう」
「おはよう、ちょっと痛いから離してくんねーかな」
まだ寝ぼけているのか唸りながら頭を動かして状況を確認すると状況を理解したのか素早く身体を起こした。花道の顔はみるみる赤く染まっていく。
「リョーちん、これはその別に深い意味はなくてだな…リョーちんの匂いが心地よくて…いやリョーちんの抱き心地が良くてだな少ししたら離れるつもりで」
この蒸し暑い季節に何を言っているんだ。ただ寝相が悪くて引っ付いたくらいにしか思っていなかったというのに何を恥ずかしい事をべらべらと言っているんだ。耳まで真っ赤に染めている花道に釣られて赤くなってしまい朝から何とも言えない空気が漂ってしまった。そんな空気を壊したのは腹の音。ぐぅーっと存外大きな音が鳴り二人してゲラゲラ笑った。冷蔵庫を覗いたが見事に何も無くコンビニで朝飯を買い、腹を満たしながら登校する。
途中、水戸に遭遇した。
「花道、もう大丈夫なのか?」
「おうよ、見ての通りどーもねぇよ!…でも、わりかったな。洋平ずっといてくれたんだろ?」
ジェスチャーで元気だとアピールする花道だったが退院前、看護師に水戸の事を聞きずっと気にしていたのだろう。申し訳なさそうに顔を顰めた。
「何言ってんだ、らしくねーな。俺がやりたくてやっただけだよ。」
あくまでも自分がやりたくてやった事と豪語する水戸に瞳を潤ませ花道はよーへー!とそのまま抱きついた。その距離感にモヤモヤしつつも友好関係にどうこう言える関係でもなかったので大人しく見守っていると水戸がこちらを見た。
「ねぇ、宮城さん。昨日って俺が帰ってからずっと花道の傍にいてくれたんすよね?」
花道に向けていた穏やかな視線ではなく明らかに敵意のある冷たい視線に焦る。
「花道のこれ、なんスか」
これと水戸が花道の右頬を労わるように撫でる。そこは僅かに赤くなり腫れていた。
「…オレガヤリマシタ」
言い訳なんてできる訳もなく事実を告げると水戸の視線が更に冷たくなった気がした。
「花道体調崩してましたよね。病人に手出したんすか?」
ぐうの音も出ない正論に返す言葉がない。
「ごもっともです、すみませんでした」
その後、花道が止めるまで登校中の生徒の視線を浴びながら説教されている宮城リョータがいた。
尚、放課後同じようにバスケ部で詰められる事となりリョータは言い返すことも出来ず一日中謝りまくっていたとか。花道曰く、そこまで言わんでも…とのことだ。
数日後、リョーちんと花道が呼ぶ声がする。声のする方を見れば一直線に走り抜ける姿が映る。
「花道!」
迷いなく放ったボールは大きな弧を描き高く舞う。気にすることなく飛びついた花道はリングに叩き込む。
「信じてたぜ」
息を整えアリーウプを決めて見せた花道の背を叩く。
「リョーちん、まだ終わらせねーからな」
ギラギラと輝く目にドクンと心臓が跳ねる。
「バーカ、簡単に終わるつもりなんて毛頭もねえよ」
ニッと笑い手を合わせる。まだ俺たちの夏は始まったばかりだ。
「勝つぞ、天才」
「言われるまでもねえな。」
ボールがコートをかける。
一本、もう一本終わらない夏を
後悔なんか一つも残さないように
十八の夏が一生思い出せるものであるように
大好きなその背を忘れる事の無いように追いかけていたい。