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    あびじごく

    献上品と下書き用

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    あびじごく

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    鳴保withきこるん。
    124話、兄と妹に焼かれた記念。

    君と生きてく未来が見えたら指紋認証の玄関キーを開けて一本踏み入れれば、人感センサーのシーリングライトがカチリと音を立てて玄関と廊下を照らす。オレンジの光に照らされた長くもない廊下を静かに歩き、突き当たりのリビングに掛けてある時計を見れば、もう朝の四時に近い。鳴海は溜め息をついた。
    しっとり湿った上着は、夜半から降り出した冷たい雨を室内にまで持ち込んでいた。車移動で濡れる暇などなかったはずだが、車を降りて建物内へ向かうほんの数十秒で雨を吸い込んだらしい。
    この程度ならどうせ乾くだろうと、ダイニングの椅子に適当に掛ける。出掛けに脱ぎ散らかしたままのジャージはソファにそのままの形で残っていた。湿り気のあるデニムと履き替え、Tシャツは今着ているものをそのままで寝室へ向かった。
    足先は廊下の冷たさが移り、なんだか早足になってしまう。スリッパを履けば良いだけのことなのだが、いかんせん馴染みがなくていつも玄関脇にしまわれたままだ。
    寝室のドアを静かに開く。人一人分が入り込める隙間だけ開き、するりと身を滑り込ませ、ノブを下げたまま静かに光を遮った。
    身体を繋いだ後、熟睡を極めているであろう恋人への気遣いは、最大限出来ているはずだと、鳴海は『気遣いが足りん!』と怒られた日を思い出していた。
    部屋の大部分を占める大きなベッドは、鳴海の居場所を奪う様に真ん中が膨らんでいる。右にも左にも鳴海の寝場所はなかった。
    ベッドの端に腰掛けて、掛け布団から生えた丸い頭を見つめていると、シーリングライトが時間経過で消える乾いた音が寝室にまで聞こえてきた。
    ベッドの中身を見つめ、鳴海は静かに声を掛けた。
    「ほしなァ、起きてんだろ」
    鳴海が確信を持って髪を撫でると、それまで安穏と眠りに就いていた顔がいたずらっぽくなり、静かに瞼が開いた。
    「バレましたか」
    喉は久し振りに動かしたのだろう。声は掠れながら、それでも人を小馬鹿にするような楽しげなもので、朝の四時には似つかわしくはなかった。
    鳴海が四つん這いになり、保科をグイグイ押しやると、仕方ないと言わんばかりに保科は壁際へ体を寄せた。空いた隙間に落ち着いた鳴海は、よれた毛布と掛け布団を整えながら潜り込んだ。
    「つめた……髪ちょっと湿ってますやん。まだ降ってました? あなた、ほんと傘さすの嫌いやね」
    「そうだな、まだ降ってる」
    「じゃあ今日はお家デートやねぇ」
    「なんだそれ」
    「知らん。隊の若い奴がそう言っとった」
    素肌の保科が、鳴海の身体に足と腕を絡ませてくる。そのじゃれつきが愛しくて、保科の頭の下に腕を差し込んで、頭を掻き抱くように離すまいと密着した。
    「さみしんぼですか? てか、寝た振りして送り出しましたけど、どこ行ってたんです?」
    鼻で笑う保科の声に、安穏としたものが含まれていて、帰るべき場所に帰ってきた安心を得る。
    そして、自分がこっそり出ていったつもりがハナから気付かれていて、鳴海は先ほどの出来事を話さざるをえない状況に追い詰められた。
    保科の顔を見るのはどこか気恥ずかしくて、壁のシミを見つめる。
    「雨、ザアザア降ってて……」
    「せやなぁ。昨日の夜からずっとやもんな」
    「ボクにはお前がいるけど、四ノ宮は大丈夫かなって思ったら……心配になった」
    鳴海の呟きに、保科は言葉を返さなかった。先を促すように鳴海の背に手が回って、Tシャツ越しにとんとんとんとあやされる。
    幼い頃、いや、十代の中頃まで、雨の夜はどうにも寝付けなかった。雨音が耳について、その淀みなさが言いようのない慕情を連れてくる。強烈な寂しさに、布団から1ミリたりとも出ない格好で体を丸めていたことを鳴海は思い出す。何へ対する慕情なのか、何を欲していたのかは思い出せない。けれど、あの強烈な寂しさは未だに覚えている。朝が来たとて救われない感情は、時間薬しか無く、傷が癒える頃にはまた雨の日が訪れるのを繰り返していた。
    「功さんがいなくなっても、ボクにはお前がいるだろ? アイツには、こんな夜に誰がいるんだろうって思ったら居ても立ってもいられなくなって。四ノ宮の様子……見に行こうって……」
    「うん」
    ボクの話に、保科は優しい声で顔をあげ、そのまま流れるように今度はボクの頭を抱える体勢を取った。保科の胸に押し付けられた耳が、焼けるような熱で急速に温められていくのが心地良い。
    「優しいお兄ちゃんやなあ。四ノ宮、大丈夫やった?」
    「……」
    「え、なに……なんかあったん?」
    鳴海が閉口するには理由があった。
    たった二十分ほど前の事を鳴海は思い返す。
    新人育成などしない有明には、新人用の隊舎などないので、第三部隊からきた四ノ宮や、他の新人たちも基地にほど近い単身者用の官舎に身を寄せている。鳴海も第一部隊編成直後に住んでいたことがある、六畳一間のシンプルなものだ。
    前に聞いていた部屋番号の呼び鈴を鳴らせば、鳴海の記憶よりも大きな音が建物全体に響き渡り、鳴らした本人である鳴海すら体をびくりと震わせた。
    そして続いたのは、薄いドアの向こうから「誰よ、こんな時間に!」となじる声。ドアが開くなり、四ノ宮はまるでお化けでも見たような顔で「し、師匠!? 今三時ですよ!? 近所迷惑です!お金なら消費者金融行って下さい!!」と怒鳴られたのである。

    鳴海の言葉が途切れたせいか、保科は鳴海を腕の中に閉じ込めたままわなわなと震える。
    「はっ! ま、まさかとは思うけど不純異性交遊ちゃうよな!? え、この場合、責任取るん僕、か?いや違うよな? 新人育成担当やけど、もう第三におらんわけやし、僕やないよな!? てか相手誰ェ!? カフカやったらマジで金玉潰すだけけど、第一の若い奴やったら、マジで鳴海さん責任取って下さいね!」
    「いや、同期の女子しかいなかったけど……同期の女子と……お菓子品評会してた。なんでも、立川のコンビニとはラインナップが違うとかで……」
    鳴海が遂にこぼしてしまった真実に、保科は暫し呆け、腕の力を弱めてケタケタ声を上げて笑った。
    保科の胸が激しく揺れて、鳴海はその揺れに恥ずかしさというか、居た堪れなさというか、とにかくなにか悔しい気持ちが溢れて、子供のようにしがみつく。
    「泣いてるんじゃないかって……思って……心配……あぁっ、クソッ!!」
    「アッハッハッハ!! お兄ちゃんは心配性やなあ」
    「しかも、『みんなでコイバナするから帰ってください!』って、追い出された。朝の三時過ぎに……そんなことしてないで寝ろよ……クソッ!」
    湧き上がる苛立ちは、もちろん安堵の裏返しではあるのだが、いくら近所とはいえ往復何十分もかけた上に追い返された身としては、恋人にくらい苛立ちを受け止めて欲しかった。
    鳴海の扱いを熟知している保科は、目尻の涙を拭いながら盛大に笑い飛ばす。その保科の声が刺々しい気持ちを溶かしてくれると、鳴海はようやく気が休まるのを自覚した。
    はぁ、とようやく息を整えた保科が、「あー、笑った笑った」とひとりごちながら鳴海の頭を転がし体勢を変えた。鳴海の頭をゆっくり枕に乗せ、その両脇に掌を置く。鳴海の上で四つん這いになった保科は、下着のひとつも纏っておらず、肢体が露わになっていた。鳴海は訳がわからず、呆けた顔で保科を見上げることしかできない。
    「もうお兄ちゃんは終わりでええやろ? なんやさっき、物凄い熱烈な告白してくれたから、興が乗ったわ」
    保科の言葉に、鳴海はふと自分の発言を思い返す。
    とにかく四ノ宮への文句を話したい気分のまま勢い任せに言葉を繰り広げた自覚はあり、その中で確かに、己の中での保科の立ち位置を、ご丁寧に伝えていた事を思い出した。
    「別に……本当のことだろ」
    照れるほうがなんとなく恥ずかしい気がして、鳴海が至極真面目な顔で肯定すると、保科は心底嬉しそうに眉尻を下げた。
    「でもアカンよ。昨日の夜、四ノ宮のこと心配しながら僕の事抱いとったんやろ? 今度はちゃんと、アタマん中、僕でいっぱいにしながら抱いて下さいよ」
    そうして降り注ぐ口付けに、鳴海は気をよくして応じた。こんな雨なら、いくらでも降り注いでくれて構わない。そんなことを思えるようになるなら、大人になるのも悪くないなと、散らばる髪に手を差し込んだ。



    ■ ■ ■



    遮光カーテンの裾から、強烈な朝日が侵入してこようとする気配で保科は目を覚ました。
    自分から煽ったのは重々承知だが、まさか三回戦まで付き合わされるとは思わず、腰には重苦しい疲労が張り付いていた。
    隣の鳴海は、保科に背を向け丸くなって寝ている。
    寝ている時、保科は背中側に何かあるのが嫌なタイプだが、鳴海は背中側に何かないと寝られないタイプである。こんな所まで上手く噛み合うのかと思うと、恥ずかしさで歯痒くなってしまう。
    「あなた、ほんま変わりましたねぇ」
    それは、保科の鳴海に対する素直な感想だった。
    四ノ宮功が殉職するまで、鳴海が他人を心配するところなんて考えられなかった。天上天下唯我独尊を地で行く生き様は、誰も彼も惹きつける強い光でもあった。
    最強の亡失。
    これがどれだけ鳴海の心に暗い影を落としたのかは計り知れない。その悔しさの捌け口に手酷く抱かれた日もあった。
    「僕や、アカンかってんなあ」
    鳴海を、ひどく健康的に前へ向かせたのは、四ノ宮キコルだ。その幼さ、純粋さ。流す涙の美しさと健気さ。近い内に鳴海に並ぶであろう才能は、鳴海を正しく兄に変化させた。
    四ノ宮を鍛える鳴海は、楽しそうであった。
    四ノ宮功が殉職してからは、特に楽しげだった。
    四ノ宮功の死が、鳴海にもたらしたものは、鳴海自身の死のイメージだったのかもしれない。いつか誰かを置いていってしまうのかもしれない自分に気づいたのだろうか。
    少なくとも、親というものは、自分より数十歳年上の、同じ人間であることを思い知ったのだろう。
    「四ノ宮はさぁ、このまま防衛隊で生きてくだろう。アイツが、ここで生きてく為の力をつけてやりたいんだよなぁ。力があれば、少なくとも誰か彼かは付いてくるだろう?」
    有明の演習室で、鳴海は保科にこう漏らした。
    嫉妬を感じる程若くはなかったので、保科はとにかく、鳴海が大人になったという感慨深い気持ちになった。
    弟子を見つめるその瞳がやけに慈愛に満ちていて、保科まで幸せな思いに浸ったのだ。

    その幸せな気持ちを思い出すと、途端に人間らしく腹が減っていたことに気づき、保科はそっとベッドを抜け出した。
    ケトルでお湯を沸かしながら、インスタントのドリップコーヒーをマグにセットする。オーブンに食パンを投げ入れ、セットする。そうしてから、エアコンを点けたり、カーテンを開けたりと動き回った。ダイニングの椅子とソファの背凭れに乱雑にかけられた上着とデニムはなんとなく湿っていて、もう面倒なので一気に洗濯機へ放り込んだ。
    保科がこんなことをするのは、鳴海の為である。
    誰かのために何かしてあげたい気持ちは、一人じゃないことの証左だ。
    誰かのために何かしてあげている時間は、どこか幸せで軽やかだ。
    大人になればなるほど、人は何かしらの諦めを受け入れていく。
    「『ボクにはお前がいるだろ』ねぇ」
    コーヒーは熱く、空気と混ぜながら少しずつ口に含む。鳴海の言葉を反芻した保科は静かに微笑んだ。
    いつか実力が示せなくなる未来がきても、隣にいるだろ? に言い換えても差し支えないだろう言葉は、保科も初めて聞く鳴海の心の裡だった。
    「楽に死ねんで、これ……」
    保科は、すっかり雨が上がった窓の外へ目を向けながら口元を押さえる。口の中の火傷を押さえる為だと言い訳するその口角は、保科が恥ずかしくなるくらい挙上していた。
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