オキシトシンⅠ 兄と妹
怪獣討伐において、作戦会議などはあってないようなものである。
そもそも、怪獣の出現自体が予測できないのだから、長時間のブリーフィングのしようがない。大体の討伐は、時間との勝負でもある。即断即決で隊長がその場その場で柔軟に対応して討伐を繰り返すのが、人間に出来得る最善策であった。
特に、隊長自身が前線で活躍する第一部隊に於いては、隊長の現着の早さに重きを置くため、移動のヘリや軍用車内での簡易なブリーフィングが主で、わざわざ会議室で資料を見ながらの作戦会議などどの小隊長も未経験である。
その日、作戦会議として部隊全員が集められた会議室は、ある種、異様な空気に包まれていた。
それもそうだろう。9号討伐は、前部隊長を殉職させる程の脅威であり、第一部隊こそがその悔恨を晴らすのが当然だという機運があった。その旗印となる、最後の弟子と実子を抱えるのだから我々こそが……という雰囲気が、重々しく、そして強い幹を成すように凝然とそこにあった。
薄暗くされたオペレーションルームには、第一部隊の全員が設けられた椅子に整然と並んでいた。肩が付きそうな過密集にも苦言はなく、9号の情報収集能力に関して、風の噂程度だった信憑性が裏付けされたようで、誰も口は開けなかった。
会議は、定刻から五分遅れで始まった。
大きな画面の真下には、窮屈な隊員とは真逆に、長い手足を悠々と組む鳴海が、珍しく真面目な顔で座っていた。
鳴海が参加している。その事が余計に隊員達の緊張と、亡国の窮地であることに現実感を持たせていた。
副隊長である長谷川ではなく、鳴海が宙に浮いた画面をレーザーポインタで示しながら説明を開始すると、部屋中のすべての目が画面を注視していた。普段なら長谷川による細やかな指示や注釈が各小隊長へ送られ、それを小隊長が自身の小隊へ共有するのだが、今日に限っては、鳴海が事細かに説明を重ねていた。
これは、どの隊員も内心びっくりしているのだが、鳴海はさほど手元の端末へ目を落としてはいない。画面に出る衛星画像による地図や、それに伴う各小隊の配置図。期待される行動目標などをほぼソラで喋っているのだ。
つまり、鳴海の頭には作戦概要がすべて入っているのである。
単発の討伐ではない。大規模な攻撃が予想され、更に第三部隊との連携内容もあるという綿密な計画だというのに、この天才はすべてのイフを想定した内容が頭に入り切っているのである。
恐れ入った。誰もが称賛と羨望と、その天才が自分達の矛の先端だという事に、強い希望を胸にしていた。
各小隊長が名を呼ばれ、行動開始地点の指示と質疑応答を繰り返していく。もちろん怪獣発生地点次第なので流動的ではあるが、ある程度の陣形、フォルティチュードに対応した位置取り、避難誘導対応小隊などは事前に決まっていた。
主力である立花小隊と東雲小隊、そして敵か味方か…怪獣8号である日比野への指示が終わると、鳴海はほんの少し声色を変えた。
「四ノ宮キコル!」
わずかに溌剌とした声は、やや中弛みになっていたオペレーションルームに、新鮮な酸素を取り込む。
どの小隊にも属していない第三部隊からの新人。しかし、小隊長全員を打ち負かして、鳴海の直接指導を受けることになった経緯を全員が知っているからか、その輝かしい才気にどんな指示が下るのか、全員が気もそぞろであった。
国防の危機に、幼さは関係ない。誰よりも、殉職した四ノ宮功の仇を取りたいのは彼女だと、皆が知っていた。
そして誰もが、その境遇に少なからず傷む心を持っていた。
人間として当たり前の感情だろう。父を亡くした幼い少女を、前線に送るのか。防衛隊員としてそんな感情論は口に出してはいけないと自戒セざるを得ない程、彼女の境遇は哀れに映った。
「はい!」
今まで繰り返し場を震わせたどの小隊長よりも、甲高く、細い声。この声が、死に巻き取られる様は聞きたくはない。例えイヤホン越しであっても。自分が経てきたような青春を送っていて欲しいと思うのは、人間としてのやむを得ない性だろう。
「お前は、基地待機だ」
鳴海の、あまりにあっけなく抑揚のない声に、言葉を詰まらせたのは四ノ宮だった。
返事もなければ、回転の早い頭から繰り出される反論さえない。
四ノ宮への指示に、小隊長たちも、もちろん響めきはしないが、どこか安堵のような空気が流れていた。
仲間の絶命の報告を好き好んで聞きたい人間はいない。防衛隊員は、ヒロイズムに才能が合致した人間が多い。世のため人のためを標榜してこの場所にいる。そうでなければ、あんな化け物に立ち向かうなどできはしない。
更に第一部隊の隊員は、高い自意識とプライドを持っている。いくら親の仇とはいえ、まだ十代。歴戦の隊員を差し置いて花を散らすような歳じゃないと上に判断して欲しいと思うのは、大人のエゴだろうか。
とにかく、主力小隊とは別働の後方部隊に組み込まれるのだろうと誰もが予想した。
しかし、それは鳴海の声ですぐに覆された。
「お前は怪獣発生後、最激戦が予想される最前線に送り出す」
「……っはい!」
瞬間、ぎゅうぎゅう詰めのオペレーションルームの時が止まった。
街が砂塵に帰すが如き静寂。
まるで、鳴海と四ノ宮だけが奥行きのない無限に対峙するような錯覚を誰もが覚えた。
「いいか四ノ宮」
鳴海の声が、あまりに滔々と流れる。
「お前が先陣切って死にに行け」
それは、この場の誰一人として掛けられなかった言葉だった。
それを、鳴海は四ノ宮にだけ渡す。その特別は、彼ら以外にはどうしても憐れに映り、部屋中が固唾を飲んで四ノ宮の反応を見守る。
四ノ宮は深く深い呼吸を数度繰り返す。
四ノ宮だけが、その言葉を正しく待ち望んでいた。
四ノ宮キコルが望む生き方を肯定する、それは、覚悟の深い愛だ。己の父が自分に掛け続けた、生きる意味に等しいそれと同じだと四ノ宮は全身が目覚めるのを感じた。
傍目にも分かる興奮。それが四ノ宮の中で強い意思と交わり、空気を震わせる。
「了!」
その大きな目が、功罪の在処さえ超えて、恍惚を湛えて光で満ちる。何が四ノ宮の幸せなのか、鳴海だけは正しく解ってくれている。四ノ宮は、頬も唇さえも紅潮するのを感じていた。
鳴海はそれに満足したように、この日初めて薄く笑みを溢した。
Ⅱ 『妹のきーちゃん』
「げんくん、いつおにいちゃんになるの?」
パン屋のパートのレジ打ちは、目尻の皺を更に深くさせてカウンターから手を伸ばした。その紙袋には、食パンの耳の束と、国民的アンパンを模したチョコレートパンが入っている。なぜ中身があんこではないのか。その事に、店側も客側も誰も疑問を抱かないのだから不思議な事である。
「あのね」
鼻から上だけをカウンターから覗かせた少年は、はにかんでにっこりと笑った。この辺りでは有名な少年で、先はアイドルだ俳優だと、年老いた店主の多い商店街に咲いた一輪の花のような少年だった。
商店街近くの賃貸アパートに家族で暮らしており、その部屋番号まで商店街に行き渡るほど、明るく快活で、程よく幼さを残す少年と、同じく明るく人当たりの良い母親は人気者であった。特に、母親は札幌の出身だと言い、誰もが怪獣2号の災害を察知しては口を噤んだが、母親は生来のものなのか、後天的なものなのか、上手い具合に笑い飛ばし、明るい未来を見せるような口調でその場を華やがせてくれたので、どの商売人もありがたく思ったものだった。
「よていびまで、あと一週間なの!」
「そっかあ!女の子ってママ言ってたもんね。楽しみだね! げんくんは、いいお兄ちゃんになるよ」
レジ打ちの女性が少年の頭を撫でると、顔をグシャリと潰して笑うものだから誰もが愛したくなるのである。
少年は、赤く染まりだした商店街のレンガ道を駆けた。
風のように早い少年は、少年野球のコーチを務める魚屋の主人も、サッカーチームの父母会長のラーメン屋の店主も、果てはその昔世界大会まで行ったという肉屋のお嫁さんも皆口々にそれぞれの競技をするように少年と両親へ口酸っぱいまでに勧誘をしていた。それだけではない。駅前のストリートピアノを遊び半分で弾けば通りがかった音大の教授から「この子、ピアノ習わせた方がいいですよお母さん」と熱烈に声を掛けられ、来年には小学生だし、平仮名くらい練習させるかという軽い気持ちで塾の無料体験に行けば「この理解力は御三家狙えますよ!ちょっと教えただけでもう四則計算理解できてます!」と特待生の勧誘を受ける程だった。
明るく朗らかな両親はどれもいいですねぇと曖昧に受け流しつつ、本人にもそれとなく意向を聞くのだが、どれもこれもやりたいと言われると決め手に欠けてしまい、特に習い事もする事なく今に至っている。特に母親が妊娠してからは中々始めるきっかけもなく、有り余る体力を幼稚園と帰宅後の公園で発揮している日々であった。
「ママ! ただいま!!」
「弦くんおかえり〜! 豆腐買えた? あとパン屋のおばちゃん元気だった?」
「パン屋のおばちゃんこれもくれた! あとね、豆腐屋のおじちゃんがはんぺんも持ってけって」
「わ〜! 弦くん人気者だからいっつもみんなからお土産もらえるね!」
「あれ作ってよ! パン耳ラスク!」
「いいよ〜、手ぇ洗っといで!」
人気者と持ち上げられた口角がにんまりと頬肉を持ち上げたまま、少年は踏み台に登って台所で手を洗った。アルミのシンクに水が跳ねて、服が濡れるのはいつものことである。
「手ぇ洗ったよ! お腹、触っていい?」
同じく台所に立つ母親の大きなお腹は、五歳の少年の目には母親の顔を隠すほどの脅威だ。けれど、その中に血を分けた存在がいると思うと、少年は怖さがどこか消えていくのを感じていた。
花柄のエプロンを大きく膨らませた母親が、少しだけのけぞってずいと腹を前へ押し出す。空いている両手が少年の頭を包むと、その温度に少年はにっこり笑った。幼子特有の肉付きで、二重のラインが消えるほどである。
「はい、どうぞ。きーちゃんにもただいましよっか」
「きーちゃんただいま!」
少年の小さな手が、優しく優しく母親の腹を押す。するとどうだろう。健気にもぽこりと反応が返ってきた。
二人、眉ごと目を見開き声が上がる。
「動いた!」
「ね! 動いたね!!」
「ママも分かるの!?」
「そりゃ分かるよ! ママのお腹だもん!」
嬉々とはしゃぐ声に、また二度、三度と中から応答が返ってくると、少年は「きーちゃん!お兄ちゃんだよ!」とお腹に口を貼り付けるようにして喋りかけた。
「あんまり動かなくて気まぐれだから『きーちゃん』って呼んでるけど、お兄ちゃんの声にはよく反応するねぇ!」
「きーちゃん、ボクがいいお兄ちゃんって分かってるんだよ」
「そうだねぇ。早く会いたいね。というか、母も限界なので早く出てきてほしいよ。もうそろそろ腰と恥骨が限界だよ」
「大丈夫! そしたら、ボクがまた買い物行ってあげるからね! きーちゃん、もうちょっと待っててね」
その顔は、甘えん坊の少年ではなく、すでにお兄ちゃんという生き物になっていた。母親は小さな寂しさと大きな希望を感じ、偉大なるお兄ちゃんの頬を両手で包んだ。腰が痛かろうが恥骨が痛かろうが、しゃがみ、目を合わせて抱きしめてあげたくなったのだ。
どんどん、どんどんお兄ちゃんになって、成長して、もしかしたら反抗期の一つや二つ来るのかもしれない。こんなに可愛らしいのにクソババアと呼ばれる日も来るのかもしれない。パパに似て、勉強もしないでゲームばっかりするようになったらどうしよう。顔がいいのは、親の欲目を差し引いても分かるので、いつか彼女を連れてきて……万が一にも彼女ちゃんを妊娠させてしまったらどうやって頭を下げに行ったらいいんだろう。菓子折りっているのだろうか。いやいるだろう。いったいいくら包むべきなのか。
「ねぇママ!苦しいって!」
少年の声で、母親はふっと現実に舞い戻った。「あー苦しかった」。
そう声を荒げる少年に、母親はごめんごめんと笑って、油鍋にトポトポ油を注いた。見えない未来は、こんなに不安なのにこんなに楽しみだ。
程よく煮えた油の中で、パンの耳がじゅうじゅう揚がる音に、少年は鼻歌を口ずさんだ。父親と少年が好んで見ているロボットアニメの主題歌だ。もしかしたら父親に似て、フィギュアだのなんだの買い漁る子に育つかもしれない。そうしたら、ママと一緒にお兄ちゃんのこと叱ってね。母親はくだらない未来への妄想に祈りを込めて腹を擦った。
「ママなんで笑ったの?」
「えー? ナイショ」
それが、出産予定日の一週間前。この街に怪獣が出現する、二日前の事であった。
Ⅲ 『兄のげん君』
人気のない食堂の一角。緒方が好んで座る裏庭に面した席は、午後になると薄暗く、また節電が推奨されているので日中は蛍光灯も点けられず、不人気な席であった。それでも緒方が好んでいるのは、ここからだと、雨樋の栄養で育った地面の生えた藻が美しく見えるからであった。
待機番中は特に訓練はなく、基地内にいれば良いという隊規である。トレーニングルームや仮眠室が人気だが、緒方のルーティーンは、この席で読書に勤しむことであった。
ふと、視界の隅に爪先が映る。隊の揃いの靴だが、サイズは小ぶりだ。
「ヒカリ副隊長、お疲れ様です」
「よせ緒方。お前にやられるとむず痒くて仕方ない」
彼女が、何か恐ろしいものを見たような顔で自分を見てくるので、緒方は肩の力を抜き、いつもの体制にのんびりと戻した。それを見届けた彼女は、ようやく落ち着いたのか、緒方の向かいへ腰を下ろした。
「こないだの討伐後に、体調不良で入院したって聞いたけど」
「ああ、うん……」
「大丈夫なの? 僕だってもう来月には第六に異動だっていうのに」
「うん……」
「妊娠した?」
緒方の問いは、ひとつの淀みも無くその場に落ちた。
それを受けた彼女は、ごくりと喉を鳴らし、一度だけ、深く頷いた。
「へぇ、そりゃあめでたい。何週なの?」
「今……12週……」
口籠る彼女は、目を背けたい事実かのように呟いた。
迷い、悩み、立ち止まった時、彼女が自分に弱音を吐くことを緒方は知っていた。それは、緒方の自尊心に小さなプライドをもたらしたし、逆に、彼女の未来は自分と共にないことへ一抹の淋しさを抱かせる。仄かな初恋は、このまま自分の心に埋めておくべきなのだが、それは澱の様に緒方の心の底にいつまでも存在して、ふとした瞬間、いや、こうして彼女が弱音を吐きに来るや否や浮かび上がっては心をざわつかせるのだ。
「こないだ、出生前診断? とやらを受けさせられて……男の子だって」
「おやおや、四ノ宮家の跡取りじゃないか」
無口で無骨。おまけにガタイも良くて無愛想。識別怪獣兵器を操り、いまに名実ともに最強を冠するであろう男が、今度は父親の称号まで得るとは。緒方は素直に同期の躍進に瞠目した。
「なあ、本当にめでたいのか? こないだも隊に迷惑をかけたし……私の助けを待っている遠方の地域もある……なのに、医者と、四ノ宮の家からは……休みを……勧められていて……」
「まあ妥当な判断だろうね。上だって、これだけ尽力してる四ノ宮家の待望の跡取り息子になにかあっては
…って理解してくれるんじゃない?」
彼女が言いたいことはそうではないことを、緒方は正しく理解している。けれど、あえてとぼけた様子で肯定する。どんな網でも取りこぼしてしまいそうなほど不規則に舞う心の澱。その意趣返しにも近い感情だった。
ふと緒方が顔を上げる。彼女はぼろりと涙をこぼした。それがテーブルを濡らしてようやく緒方は己の嫌な一面を恥じたのだった。
「すまん……なんか最近、いつも……こんなで」
「ホルモンがそうさせてるんだ、仕方ないだろう」
「そう……なのか?」
「そうだよ。アレ見てみるといいよ、ボーンズの主人公が妊娠する回。君みたいな言語化が苦手な人間には刺さるよ」
「帰ったらすぐ配信サービス加入する……」
前腕で豪快に涙をぬぐった彼女を、緒方は愛しく見つめた。
ただ、愛しかった。理由はない。その明るさが、緒方が好むほどほどの日陰を強く照らす。それが、彼女ならば嫌ではない。これを、愛と呼ばずにはいられない。
愛が向かずとも、全幅の信頼がある。それでいいじゃないか。
少なくとも、諦めるだけの材料なら、彼女の夫が一から十まで持っている。
「君も今に胎児ネームとか付けて、愛しそうにお腹を擦るんだよ。僕は男だから頑張ってとしか言えないけれど、今の君の姿に救われる女性隊員はいっぱいいるよ」
「そうだろうか」
「道を作るというのは、そういう事だろう。少なくとも、君の手には森を拓く為の斧も腕力もあると僕は思うよ」
緒方の言葉は、木こりの喉を駆け巡る水のように彼女に染み込んだ。
彼女が潤い、満ちていく。緒方はこの瞬間が、いっとう好きだった。
彼女が、自分の言葉で、前を見据える。その強い瞳が緒方を捉え笑う。その元気な唇から覗く白い歯が、眩しかった。
「そっか! 胎児ネームなんて考えたこともなかったな」
「じゃあ博識な僕が考えようかね。どうせ君らのことだ、絶対に碌な胎児ネームにならない。可哀想な名前で呼ばれるのも同期として忍びないからね」
「えっ……『封印されしエクゾディア』にしようと思ったんだが……だめか?」
「駄目だねぇ。勝ち確のエクゾディアデッキを肚で錬成するのはどうかと思うよ」
「そうかぁ……あっ!『ブルーアイズ』」
「元気に育つように『げん君』だね」
うんそれがいい!と緒方が自身の発言を後押しして、腕を組む。うんうんと何度も頷くと、彼女はその緒方の様子に、呆れながらも笑みを浮かべた。
緒方は知っている。彼女が、緒方に甘いことを。
「げん君かぁ……げん……げんくん……」
名が付けば、愛着も湧くかもしれない。少なくとも、今の彼女の頬には血色が戻ってきていた。
「ちゃんと四ノ宮にも呼ばせるんだよ」
「功が『げんく〜ん! パパだよ〜!!』ってやるかな?」
「やるよ。四ノ宮はやる。僕には分かる。ああいう男ほど子煩悩なんだ。産まれたら、やれ柔道やらせよう剣道やらせよう……で、やったらやったで『この子天才だ!』って煩くなるよ」
「えー!未来視? 1号のコンタクト付けてみる? もしかしたら適正あるかもよ?」
「やだよ。目ぇ見えなくなったら本が読めないじゃないか」
足元の、小さな窓からわずかな光のみを享受する席には、苔の代わりに会話の花が咲く。見えない未来が楽しいのは、いつの時代も変わらないのだろうと緒方は微笑んだ。
それは、四ノ宮ヒカリが討伐で大怪我を負う二週間前。14週でこの世を去る男児への、手向け花代わりの名前であった。