だから、敵わない暖色のライトが照らす脱衣所兼洗濯室は、二坪はゆうにある広々とした造りだ。
縦型の洗濯機と、その上にはガスの乾燥機。
鳴海がこのマンションを買い、家電を一式揃えようとした際、買おうと思ったのはドラム式洗濯機だったが、同棲相手に即答で却下され、今に至る。
鳴海は、ドラム式洗濯機に幸せの象徴を見ていた。
故に、最初は猛反発した。
けれど、こんな些細な事で喧嘩がしたいわけではなく、仕方なく、最新鋭で洗濯メニューがいくつもある縦型洗濯機を買うことで鳴海が折れたのであった。
縦型の洗濯機は、昔いた施設の洗濯室を思い起こさせる。真っ白で、飾り気もハイテクさも感じないそれ。端の方は塗装が剥がれ、オレンジ色の錆が古臭さと共に金の無さを幼い鳴海に突きつけてくる。その惨めさは、言いようのない蔦で鳴海を絡めとるのが得意だった。
深い洗濯槽に、今しがた出た洗濯物を入れる。電源を入れて通常洗濯のメニューを押せば必要な水量が点滅して、それに見合った分の洗剤と柔軟剤を投入する。蓋を閉めれば、あとはもう洗い終わりを待つのみだった。
寝室に戻れば、家事に勤しむ鳴海を待つこともせずゴロリと横たわる同棲相手。文句の一つも出そうになるが、その明け透けな肢体が美しくて、鳴海は怒ることすら忘れてベッド下の引き出しに手をかけた。
「ほら、シーツ敷き直すからどけろ」
「鳴海さんて、そういうとこマメですよね」
「ボクはいつでもマメですがァ? お前が頓着なさすぎなんだろうが」
「ちゃいますよ」
彼は、自由自在の眉で鳴海を笑った。手には部隊からの貸与端末。仕事の虫の鑑だった。
「僕ねぇ、鳴海さんが汚れたシーツ片手にまとめて、この部屋出てく背中見るん、好きなんですよ」
クフフ、と笑うその口の中。砂糖菓子とか、クッキーとか生クリームとか。そういう愛情が詰め込まれているような錯覚を鳴海は覚えた。子供の時分、いくらせがんだとて余程特別な日でないと出ては来なかった類のものだ。
この口を割れば、欲しいものが、出てくる。幼い鳴海までもいとも簡単に癒していく彼は、ごろごろ転がりベッドの端に寄った。空いた片側に清潔なシーツを広げると、今度はこちらへごろごろ転がってくる。そうして逆側もシーツを被せて、一応寝る状態は確保できた。
横に寝そべるも、しっかりとマットの下に挟み込んでいないシーツは、いとも容易く波を立たせる。
仕事以外は本当にズボラな彼の世話を自分がしていると知ったら周りはなんと言うのだろうか。公にするような立場ではないので想像するだけ無駄なのだが、誰か一人にくらいは聞いてみたいものだ。
そんな鳴海の心の裡を知ってか知らずか、彼は端末をヘッドレストの溝に立て掛けて距離を詰めてくる。
「縦型の方が、なんや、汚れ落とす力強いらしいですよ」
「へぇ」
「あの洗濯機で正解やろ?」
「うーん……乾燥機に移すのめんどいが? 結局洗濯機回して一時間くらいは待たないといけないしなあ」
「そしたら……洗濯待ちの間に、ナニかしたらええんちゃいます?」
──ナニか。
彼はそう口を割って、鳴海の後毛を人差し指の背で優しく撫でてはにっこりと笑った。だから敵わない。鳴海が折れるのは、予定調和の未来だった。