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    kinakoron_prsk

    @kinakoron_prsk

    可哀想な推しが好き

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    未来捏造🎈🌟
    モブ視点
    コインランドリーで出会った不思議な彼のお話

    コインランドリー おんぼろアパートに住む大学生には洗濯機を買う金なんてなく、行きつけのコインランドリーに今日も足を踏み入れる。ゴウン、ゴウン、と機械の音だけが鳴る深夜1時の薄暗い小ぢんまりとしたコインランドリー。その片隅でつまらなそうに本に目を落とす1人の男を観察することが、いつしか日課になっていた。
     俺と、例の男と2人きり。深夜に近いこの時間に店内にいる人間はそれだけだ。適当に洗濯物を突っ込んで時間までスマホをいじってヒマを潰しつつ、男の観察をする。たったそれだけ。特に何か発見があるわけでもなければ面白いことがある訳でもないのに何故かその習慣を辞められずにいる。それは多分、名前どころか声のひとつも聞いたことがないその男に俺は不思議と惹かれているのだろう。
     彼を観察してわかったことはまずひとつ、かなりの読書家だということ。俺はそんなに頻繁にここに来る訳でもないが、それでも見かける度に彼の手の中の本は姿を変えていた。そしてふたつ、同居人の存在。なんとなく見ていれば生活サイクルもわかってくるもので、彼の持参している洗濯物は明らかに男の1人暮らしの量ではない。何より、あまりにも系統の違う服がまぜこぜで入っているのが何よりの証拠だろう。まぁ単純に面倒くさがりで何日分もの洗濯物を溜め込んでいる可能性もあるが、俺が来る度出くわしていることを考えればその線は薄いと考えられる。そして最後、みっつめ。めちゃくちゃ顔がいいということだ。これは正直観察なんてしなくともわかる事なのだが如何せん顔がいい。いや、本当に。本を読んでいるせいで常に伏し目がちな切れ長な目だとか、薄くて形の良い唇だとか、すっと通った綺麗な鼻筋だとか…とにかくイケメンなのだ。男の俺でも見惚れるほどだ、世間一般的の女子達が黙っていないだろう。もしかしたらやたら多い洗濯物の中には彼女のものが混ざっていたりするのだろうか。そんな、まさか、いやありえないとは言いきれないがもしそんな事実があるとするならばショックを受ける。あれ、俺もしかしてあの人のこと好きなのか…?いやいや、ただ興味があるだけでそんなはずはないな。うん。
     なんて、誰に聞かせるでもない分析を1人脳内で繰り広げるのが最近のマイブームだった。

    ❁︎❁︎❁︎

     今日も今日とていつものコインランドリーに足を運ぶ。大学の友人にはもういっそ多少無理をしてでも洗濯機を買った方が安上がりなんじゃないかと言われたが余計なお世話だ。うるさい、俺はここの店に通うのが楽しなんだよ。
     楽しみ…もとい片隅の彼を今日も視界の端に捕える。相変わらず手の中の冊子とにらめっこ中らしい。眉を寄せている所を見る限り今日は推理小説でも読んでいるんだろうか。
     なんにせよ俺が干渉するようなことは無い。俺はいつも通り山になった洗濯物を機械に突っ込むだけだ。と、思っていた。

    「あれっ!?」

     ない、ない、ない。持ってきたはずの財布がない。思わず声を出してしまったが許して欲しい。人間、想定外のことが起これば自然と声の1つくらい出てしまうものなのだから。
     財布以外に現金を持ち歩く習慣なんてない俺はお札は疎か、小銭すら持ち合わせていない。このまま家まで財布を取りに帰っても構わないのだが、生憎もう洗濯物は機械の中だ。別に男の着替えを盗むような人間も滅多にいやしないから置いて戻ってもいいが、家に帰ってまたここまで来るのがめんどくさい。仕方ない、今日は諦めて洗わずに帰るか、と蓋に手をかけたところで後ろから声がかかった。

    「何か困っていたようだけど大丈夫かい?」
    「えっ、」
    「きょろきょろしていただろう?もしかして何か無くし物かな」

     例の男だった。思っていたよりも背が高かったらしい。若干見下ろされる形で話しかけられた俺は突然の出来事に固まってしまった。

    「おや、驚かせてしまったかな」
    「あ、と、いえっ、大丈夫です」
    「お詫びと言ってはなんだけど、困り事なら話くらいは聞くよ」
    「そっちも大丈夫です。財布忘れただけなんで」

     恥ずかしい。初めて話す人に財布を忘れたことを話す羽目になるなんて。いや、声を出してしまった俺が悪いのだがまさかずっと一方的に観察してきた彼との初コンタクトがこんな形になるなんて思いやしないだろう。本当に恥ずかしい。せっかく話す機会ができたならもう少しマシなきっかけは選べなかったのか…。
     そんな俺をよそに、何を思ったのか彼はチャリンと小銭を投入し始めた。その洗濯機の中には俺のタオルやら服やら下着やらが詰め込まれている。

    「なっ、何してるんですか、」
    「君が手持ちがないのなら僕が払った方が早いかと思ってね」
    「そんな、申し訳ないです。話したこともないほとんど初対面の方に立て替えてもらう訳には…」
    「いいよ、ここは僕の奢り。君、いつも僕のこと見ていただろう?ここは常連同士のよしみと行こうじゃないか」

     家までお金を取りに戻るのも手間だしね、と困ったように笑った彼は回り始めた洗濯機を確認して俺を店の隅の椅子に誘った。せっかくだから少し話をしないか、と言うことらしい。

    ❁︎❁︎❁︎

    「そっか、じゃあ君は大学生なんだね」
    「はい。と言ってもまだ1年なんですけど」
    「なれない1人暮らしは大変だろう?そんな中でちきんと家事をしているのは偉いね」
    「誰もやってくれる人がいませんからね。家事が得意な彼女でもいてくれたらいいんですけど…」
    「他人に任せっきりにならない人生も素敵だと思うよ」

     彼は神代さんと言うらしい。機械音だけが聞こえる薄暗い店内でぽつりぽつりと当たり障りない会話を交わしている中で教えてくれた。と言ってもそれ以外はほとんど俺の話ばかり神代さんのことについてわかったことはせいぜい名前と大人だということだけだった。
     助けてもらっていておこがましいが他人の生態が気になるのも人の性。少しくらいは突っ込んだ質問をしても許されるだろうと話をもちかけた。

    「そういえば神代さんはどうしてここに通ってるんですか?失礼な話、俺みたいに洗濯機買う金がないとかにも見えないんですけど…」
    「うん?ああ、僕はね家事が大の苦手なんだ」
    「家事が、苦手」
    「だから出来ることなら全て機械に丸投げしようと思ってね。ほら、洗濯って干すのが1番面倒だろう」
    「はぁ」

     干すのが嫌なだけなら乾燥機付きの洗濯機くらい昨今いくらでも売っているんじゃないだろうか。いや、絶対あるだろ。頭が良さそうに見えたけど案外バカなのかこの人!?となんとまあ失礼なことも考えたりもしたがどうもそうは思えない。なんとなく、だけど神代さんがこの店に通う理由は他にもあるような気がする。

    「まぁ、家の乾燥機付き洗濯機を使えば済む話だろうって司くんには怒られてしまうんだけどね」
    「俺もそう思いますけど」
    「だけどそれだけじゃつまらないだろう?それに僕はここで本を読む時間が案外好きなんだ」

     ただの金持ちの道楽という訳でもないらしい。やはりそれなりの理由があるようだ。読書家だとは思ったがきっとここでの時間は彼の趣味の1つなんだろう。最低限の音しか存在しない物静かな空間で本を読む神代さんはとても絵になっていた。

    「…おや、どうやら終わったようだね」

     もう少し話を聞きたいと思った矢先だった。非情にも洗濯機が鳴り響き、終わりを告げる電子音がうるさく主張する。ああ、待ってくれ、まだあともう少し…。

    「それじゃあまたね、気をつけて」

     願いも虚しく神代さんはいなくなってしまった。ひらひらと手を振って去っていってしまった背中を見つめながら俺は、彼に恵んでもらった金銭で動いている洗濯機を見つめているしかなかった。

    ❁︎❁︎❁︎

     あの日から3日後、やっぱり奢られっぱなしは申し訳なくて神代さんに立て替えてもらった金を返すためにコインランドリーへ行く用意をしていた時のことだった。友人からあるネット記事のリンクが送られてきた。ちらりと見えた見出しは芸能人の結婚発表、そんなのを送ってきてどうするつもりなんだか…。既読をつけないのも変だしな、とそのリンクを開いた時だった。

    「……は?」

     『俳優、天馬司結婚を発表!相手はあの天才演出家の神代類!?』とデカデカと書かれた見出しと写真。その写真に映る人物はあまりにも見覚えがあった。

    「神代さん…?」

     件の友人は天馬司の大ファンだったらしく、結婚報告を嘆いている旨のメッセージが飛んできたが俺としてはそれどころでは無い。深夜のひっそりとした楽しみだったあの人がまさか世間的にこんなに有名な人だとは思いもしなかったし、そんな有名人がこんな近所に住んでいるのもにわかに信じ難かった。
     だいたい天馬司と言えば今この国で知らない人はいないんじゃないか?と思ってしまうくらいの国民的大スターだ。そんな人と結婚だなんて…。ん?そういえばあの時神代さんは『司くん』と言っていなかったか?あの時はルームシェアか何かかと思って流してしまったけどもしかしてあれって天馬司のことだったのか!?
     考えても仕方の無いことばかりぐるぐると思考をめぐらせながらスマホの画面を上に上にスワイプしていく。記者の書いた当たり障りのない言葉の間に挟まる写真はどれも幸せそうな2人が写っていた。そんな中のうちの1つ、2人の手元がアップにされた写真の左手薬指には揃いの控えめな指輪がキラリと輝いている。それを見てしまったらなんだか神代さんを観察していたあの日々が無性に申し訳なくなって、俺は準備していた荷物をそっと床に置いた。

    「…洗濯機、買お」

     それから俺は1度もあのコインランドリーに足を運んでいない。あの日彼に奢ってもらった洗濯代は今でも俺の中では忘れられないままでいる。
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