寄り合い、温め合い、重なり合う──「なんか今日……」
くっ付けている机の左側から聞こえたフロイドの声。部屋で一緒に宿題をしていたはずだが、ちらりと目線をやると、机の上にはクッキーと思しきものが真ん中に。サクサクと音がするとは思っていたが「片手間におやつ」どころかおやつしかつまんでいなかったらしい。
「何か気になることでも?」
ちょうどキリのいい所まで進められたので、休憩がてら話しかける。
フロイドは体を回転させて足をこちらに向け、「気のせいかもしんねーけど」と前置き。
「今日この部屋、つーか寮全体? 妙に涼しいよなって」
「そうですか?」
首を傾げて見せたが、言われてみれば確かに涼しい気がする。となれば──。僕は机の隅に置いていたスマホを右手で滑り寄せ、マジカメを開く。「何見てんの?」とすぐそこまで近寄って来たフロイドが僕の肩にぐるりと腕を回して覗き込んだので、見えやすいようにスマホを少し寄せてやった。
「マジカメ?」
「ええ。それの、オクタヴィネル寮寮生のアカウントをまとめたリストです。このリストでは裏アカウントは見られませんがね。寮生が何をしているのか、何か問題が起こっていないか。このリストで容易に可視化出来るので」
説明しながらリストをスクロールしていると、大体昼頃からの投稿で指が止まる。確かにフロイドの言うように、フロイドよりも深刻なように「今日の寮寒い」「休みだから寝てたのに寒くて起きた」「寒くて服着替えたよ……」などといった投稿が目立つ。今の時刻は19時を過ぎたところ。
「寒い、と感じている寮生が多いですね。ですが、原因については何も」
「ふーん。アズールならなんか知ってっかな」
「聞きに行きましょうか。継続的なら、いつ終わるのかなどを副寮長の僕に尋ねてくる人がいるかもしれませんし」
「副寮長って大変だね。オレなら絶対そんなヤツ相手しねーわ」
「ふふ。貴方はいつもそうですね」
マジカメを閉じてスマホの電源ボタンを押しながら流れでズボンのポケットに滑らせる。それを合図にするように、フロイドは僕から離れ、僕はフロイドにぶつからないように立ち上がる。
◆◆◆
「涼しい気がする」の原因を知っているか、アズールの部屋まで訪ねに言った僕達の目の前には、呆れ顔の部屋主。
「今気付いたんですか」
気付いたから聞きに来たのだと、隣同士並んだフロイドとへらり笑みを作る。「アズール察しワル」とフロイドは言葉にまでしてしまう。
「涼しい分には過ごしやすいので」
「これだけ気温が変われば普通気付くし、寒さに強い僕だってこれは『涼しい』と呼びません」
「えー。そんなに低い?」
「5℃ですよ、5℃。冬の外気温度並です」
言われてやっと「それはさすがに気付かなかった方が悪いな」と客観視できた。
「して、理由は?」
下手なことを言って怒らせる前に聞いてしまおうと話を催促した。アズールは小さくため息を吐き、「この学園の仕組みは把握していますか」とこちらに何かを促す。横目でフロイドを確認すると、フロイドも僕に視線を送ったようで目が合った。
「学園とそこに属する寮の空調は妖精によって管理されています──」
アズールの話を要約すると、『空調管理をしている妖精達に少々"問題"が起こり、あと2日はこの気温が続く』と。寮生には通達済だが、僕とフロイドは寒さに強いからまあいいだろうと連絡を怠ったのだそう。"問題"とは何なのかフロイドが尋ねたが、それはアズールも、アズールが事情を確認しに行った学園長にもわからないらしい。ただ、数日で戻るのは確かだと、それだけ。
「──ということです。わかったら部屋に戻りなさい」
そうして閉じられたドアの風が、僕とフロイドの前髪を揺らす。
◆◆◆
部屋に戻り──。
宿題に取りかかる気持ちがすっかり抜けてしまったフロイドは、残っていたクッキーを頬張りながら机に突っ伏す。僕は宿題を進めて残りわずかまで仕上げた。
「オレは涼しくていいけど、温度戻しちゃうんだねぇ」
「ええ。さすがにこのままでは支障が出ますから」
カリ、と万年筆の先が紙を引っかき、その手が止まる。
「……フロイド?」
机に突っ伏していたはずのフロイドが大股数歩ですぐそばまで近寄り、何をしたいのか、僕ごと椅子を引っ張り机との間に空間を作った。その空間にすっぽり埋まる。もうすぐ宿題が終わるというのに、フロイドの肩と首元で上手く前が見えなくなり、万年筆まで取り上げられて両腕をベルトのようにフロイドの胴に回される。おまけに、ストッパーのような右手で両手をまとめられる。
「どうしたんですか、フロイド」
無理やり避けてもいいが、理由によっては許してやろうと少しだけ猶予を与えてやった。
「ん〜?」
聞かれないわけがない質問に、ふわりとした声が返された。「ですから」と理由を尋ね直すと、フロイドはやはりふわりとした声で「別に〜」と。
「ただ」
「ただ?」
「寒ぃからあったまろうかな〜、って」
「貴方、さっきまで『涼しくていい』と言っていたでしょう」
「いーじゃん。ジェイド、あっためて〜」
背をこちらに倒したフロイドが太ももからズレたのを感じ、咄嗟に腕の力が強まる。落としてもいい。いいのだが……。
「……少しだけですよ」
「あはっ。やったぁ〜」
「呑気ですね……」
ため息混じりの声で返事しつつフロイドの体勢を整えさせる。一層近付いたフロイドの背中と胴がぴたりと引っ付き、首元に顔が埋まる。コロンを付けていないフロイドからは、それでもなぜか落ち着く匂いがした。「くすぐってぇ」とフロイドが笑う。
「たまにはこうして温まるのも、なかなかいいものですね」
僕の両手をまとめていた右手が、同じ調子のリズムを刻む。少しゆったりとしたフロイドのとは違う……耳元で聞こえる僕の心拍と同じ間隔。
「あったかいねぇ」
──どちらともなく体を預けていると、気付けば手の調子がフロイドの心拍と重なっていた。