その日はみなどことなく気分が上がらなかった。
数日、雨が降るでもなく重い雲が空を覆っているせいかもしれない。
一日の仕事終わりに、いつものようにライオネル、ヒュー、ニコレッタが厨房で休憩していた。
他愛のない話をしていたはずなのに、ライオネルのひと言でその場の空気がおかしくなった。
「私はヒューみたいになんでもこなせないから…」
伏目で言うライオネルにそれまで笑顔だったニコレッタが眉を寄せた。
ヒューも面白くなさそうな顔をして「ライオネル、お前さぁ…」と言ったところへニコレッタが被せてきた。
「ライオネルはさ、いつもそういうこと言うよね?ヒューだったり、他の誰かと比べる必要ってあるのかなぁ!」
ニコレッタらしくない口調にライオネルは目を上げ、ヒューも口をつぐんだ。
「短所とか長所とか得意不得意って人それぞれだよ。みんなが同じことできるとかないよ!」
「………」
ライオネルはト胸を突かれた。
「ライオネルにしかできないことだって沢山あるんだよ?そうやって自分を否定してさ…どうして欲しいの?」
「……私は…」
ライオネルは気圧されたように唾を飲み込んだ。
「あたしはライオネルが好きだし、すごいと思ってるのに、それを否定するのはあたしたちを否定することになるんだよ!?」
「ニコレッタ、それくらいにしとけ」
ヒューが興奮するニコレッタの肩に手を置いた。
ニコレッタが「だって!」と言うのを手振りで押さえてから、ヒューはライオネルの方を向いた。
「まぁ……ニコレッタの言う通り、人によってできるできないがあるのは当たり前だよな。俺だってお前がやってることの大半はできねぇよ。だからそれを無視して俺を引き合いに出して自分を卑下されてもよ、あんまりいい気分にはならないよな」
「…………」
ライオネルは途中から青ざめて俯いている。
自分の言動が二人をこんなに不快にさせていると今ようやく気づき、顔がこわばる。
「お前の悪い癖だよライオネル。もっと自信を持てよ」
ライオネルはヒューを見てニコレッタを見ると、唾をごくりと飲み込んで「……すまない」とかすれた声で言った。
二人とも、いや、もしかしたら全員が自分の後ろ向きな言動に嫌気がさしているのかもしれない。
あまりの青ざめ方にニコレッタもハッとしてライオネルの方へ腕を伸ばした。
ライオネルはびくりとしてニ、三歩後ろによろめいた。
ニコレッタもヒューもライオネルを見た。
ライオネルは目を泳がせながら
「すまなかった…。無意識とはいえ、私の態度がみんなを不快にさせていたのなら…申し訳ない…」
「ライオネル、あたしも言いすぎちゃった。ごめんね。そんなに…」怯えているように見えた。
「まぁ、すぐには直せないかもしれねぇけど、も少し自分のこと好きになってみたらいいんじゃねえの?」
ヒューも口調を少し和らげて言った。
ライオネルはそれでもぎゅっと目を閉じてしばらく動かなかった。
次に目を開けると、伏目ではあったが目が赤くなっているのにヒューもニコレッタも気づいた。
「ライオネル……」
ニコレッタが心配そうに名を呼んだが、ライオネルは顔を背け、力無くドアの方へ行った。
「すまないが…今日はもう休ませてもらうよ。本当に、申し訳ない…。これからは気をつけるから……許して欲しい」
それだけ言うとライオネルは出ていった。
ヒューとニコレッタは顔を見合わせた。
「きつい言い方しちゃった…。ライオネル、傷ついてた。あたし……」
ニコレッタが俯くのをヒューは肩を抱き寄せて慰めるように優しく撫でた。
ライオネルの反応はちょっと普通じゃない気がヒューはした。
(続く)