翌朝、ライオネルが少し遅れて厨房へ行くと、空気が少し変わった。
ライオネルはそれに構わず、いつも通り席に着くと静かに食事をした。
ニコレッは事前に聞いていたのだろう。ライオネルの顔の傷については何も言わなかった。
ライオネルは逆にそれが辛い。壊れ物を扱うように皆に見守られている、それがひしひしと感じられる。
自分の居場所がなくなっていくのをライオネルは感じた。
もうここを出て行くべきかもしれない。
しかし、誰も自分のことを知らない国へ行ったとして、またいずれ化けの皮が剥がれ、皆に軽蔑の目を向けられることになるだろう。
それならばいっそのこと、素の自分をさらけ出して堕ちていくほうがよいのかもしれない。
スープに匙をつけたままぼーっとしていたライオネルは、エレナが自分を呼んでいるのにしばらく気づかなかった。何度目かに「ライオネルさん」と呼ばれ、はっとしてエレナを見る。
「すみません。エレナ……何か」
エレナは少し心配そうにライオネルを見た。
「傷の具合はどう。よく眠れたの。もし辛いようなら今日は休んだほうがいいと思うわ」
ライオネルは慌てて笑顔を取り繕った。
「大丈夫です。すみません。少し、考え事をしていて……。エレナが手当てをしてくれたおかげで治りは早いと思います。仕事に支障はありません」
「それならいいけれど……」
ライオネルは素早く食事を終えると、食器を手に持ち立ち上がった。
「ごちそうさま、ヒュー。おいしかったよ」
「おぅ……」
皆の視線を背に感じながらライオネルは食器を洗って片付けると、厨房を出ていった。
突き当たりの角を曲がろうとした時、後ろから呼び止められた。
ライオネルが足を止めてふりむくと、ニコレッタが服の前を両手で握りしめて立っていた。
ライオネルはニコレッタのそばまで戻ると、片膝をついて目線を合わせ優しく尋ねた。
「ニコレッタ、どうしたの」
「あの……ライオネル、あのね」
ニコレッタは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「一昨日のこと、ごめんなさい。たくさんひどいことを言って」
ライオネルはちょっと目を見張った。それから少し微笑んで
「ニコレッタは何もひどい事は言っていないよ。気にしないで。そう言わせたのは私なのだから、悪いのは私だ」
「ライオネルは悪くないもん!」
ニコレッタはポロポロと涙をこぼした。
ライオネルは胸が痛んだ。こんなに小さくていつもにこにこと明るい子が、自分のような人間のために心を痛めている。
「泣かないでニコレッタ。君は悪くないんだよ」
ハンカチで涙を拭いてやる。そして優しく抱きしめた。
「君はとても優しい子だね。ありがとう。私は大丈夫だよ」
「ライオネル……」
「さぁ、食事の途中じゃないのかい。早く戻って食べておいで」
ライオネルは体を離すと、ニコレッタの頭を優しく撫でた。
ニコレッタはうなずいて鼻をすすった。そして真面目な顔をして「好きよ。ライオネル」と言うと、踵を返し厨房へ走っていった。
(未完)