渇き 両手には血、両手だけではなく全身血まみれだが、痛みを感じることはない。そして、自分の後ろには大量の人だったモノが積み上げられていた。
息が苦しい、両手が震える。……そこで勢いよく起き上がると漸く夢であることに気付いた。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせたところで微かに自分以外の体温を感じ、漸くカンクロウが隣で眠っていることに気付いた。
(珍しいことがあるものだ)
そう考えてしまうのは、今までカンクロウが隣にいる時は深く眠れていたからだ。いつの間にかそれが当たり前になっている事実に苦笑いを零しながら我愛羅はベッドからカンクロウを起こさないように抜け出した。外を見ると満月が綺麗に輝いていて、今日は月明りで夜道もいつもより安全に歩けそうだと独り言つ。
「我愛羅?」
起こさないように配慮していたが、起こしてしまったらしい。
目を擦りながら名前を呼ぶカンクロウへ起こすつもりはなかったのだと短く謝罪を告げる。それに「知ってる」と笑顔を返したカンクロウは同じようにベッドから降りて近寄ってきた。
「眠れなかったのか?」
「……昔を思い出してな」
そう返事をすると相槌だけが返ってきた。
「折角だから散歩でもするか」
カンクロウの言葉に瞳を瞬かせるも、ニッと笑った兄に逆らう気もなく、手を引かれるがままに外へと抜け出す。
遅い時間だからか、人を見かけず、世界に二人だけ残されたような錯覚をしてしまう。
「カンクロウは、」
あの日のことを後悔しているか、なんて聞けなかった。
名前を呼ばれて立ち止まってこちらの様子を窺っていたカンクロウも、オレが何も発さないとわかれば再度無言で手を引いた。
繋がれている手が温かく感じる分、いつか離された時のことを考えてゾッとする。そして、そう思ってしまった自分にまだ足りないのかと思案する。
「大切なのはこれからじゃん」
「そう、だな」
「我愛羅なら大丈夫だ。……でも、それでも不安になる時はまたこうして月を見に来るか」
月明りに照らされたカンクロウが神秘的に見えるのは、きっと気のせいではないはずだ。
くしゃりと笑うカンクロウを見て感情が凪いだ。
「……そうか、オレはずっと欲していたんだな」
渇いた心を満たしてくれる存在を。見つけたからこそ、こうして暗殺の心配もせずにゆっくり過ごせるのだろうと一人納得するオレと対照的に首を捻るカンクロウへ笑って誤魔化す。それを見て目を見開いたカンクロウはすぐ表情を穏やかなものへと戻して「帰るか」と呟いた。