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    21Md7e

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    サイザーくんとエデとリップバームのはなし

    サイザーくんとエデとリップバーム「サイザーくん、唇きれてる」
     
     その言葉にサイザーが目を数度瞬かせて、親指で唇をなぞった。ぴりとした痛みと、指先についた血液にほんの少しだけきゅっと口元を引き結んだあと、ローブの懐から取り出したハンカチで指先を拭いつつ、呟く。
    「もうそんな時期か」
    「最近急に乾燥してきたものね」
     長い睫毛を伏せさせてハンカチを仕舞う動作を見つめながら、図書館の机の上で両手で頬杖をつく。最近は急激に冬が深くなってきて、ホグワーツの城内でも暖炉が煌々と燃えだした。暖かくていいけれど、女の子としては乾燥が見過ごせない。なゆのやミチルが談話室の暖炉の前で丸くなっているのを猫ちゃんだと見守りつつも、ハンドクリームを塗るのに余念がない今日この頃だ。だって、指が割れたら決闘の妨げになるので。
    「そろそろ保湿剤が届く時期なんだが、急に冬になったからな」
    「保湿剤? どんな?」
     ぱっくり割れているというほどでこそないけれど、それにしたって痛そうで、ついつい深掘りしてしまう。空気が乾燥していたり、栄養不足だったり、生活習慣が乱れたり、あとは唇を舐めてしまうと水分が蒸発して良くないらしい、エデは最近それを知って、罠だと思った。とはいえ生活習慣が乱れた彼はとても想像できないし、やっぱり乾燥って敵だなぁと思う。
    「どんな……、これくらいのケースに……、硬めの軟膏のようなものが入っている」
     サイザーが親指と人差し指の先を合わせて、小さな丸を描いてくれる。尤も、サイザーは体はもちろん手も大きいので、結構大きな入れ物にみえる。けれど中身はなんとなく理解ができて、意外と共通点があるのよね、と感慨深く思う。
    「ねえ、魔法界のファーマシーってどんな感じなの? 有名なメーカーとかお店とかがあるの?」
     魔法界はまだまだ知りないことばかりだ。その点、サイザーは生まれ育ちが魔法界で、マグル育ちのひよっこにも親切にしてくれるので、つい甘えて色々と聞いてしまう。
    「魔法薬を売る店なら、J.ピピンの店がそうかもな。ホグズミードにもある、行ってみるといい」
    「ふむふむ、サイザーくんのもそこのなの?」
    「いや、実家で」
    「実家で」
    「熊の油で作る」
    「熊の油で……」
     蜜蝋と混ぜて固めるんだ、あまり持ちが良くないから冬前に作る、といたく真面目に補足するサイザーと、エデは未知の世界に頷くほかない。ひょっとしたら魔法の世界よりもずっと未知かもしれない。
    「でも、サイザーくんもリップバーム使うのね、寮のお友達だと気にしない子も多くて、心配しちゃうよ」
     頬杖をついたまま、ふうと息をつく。そう、この間は見るに見かねて自ら塗りたくったのだ。
     それにしても、エデはサイザーをとってもつよくて逞しい人だと思っているので、唇が切れてしまったのも、リップバームをするのもなんだかちょっと意外だった。なにせサイザー相手では病気や怪我が足を生やして逃げていきそうだから。ホグワーツ生活において、マダム・ポンフリーに彼のお見舞いのお伺いを立てることは一度たりともないだろう、と思わせてくれるくらいなのだ。
    「地元が雪深い場所だから、この時期は薪ストーブを使うし、室内はよく乾燥する」
    「からからになるの?」
    「多少な」
     さすがに、乾燥は逃げていかないらしい。
    「銅ケトルで湯をわかせたり、魔法を使って加湿したりするが……」
     む、とサイザーが少し眉を寄せて、黙ってしまった。唇の側に手を寄せる様子を見ると、傷が開いてしまったらしい。想像するだけで痛い。エデは思わず身震いして、無遠慮に話をさせた申し訳なさに眉を下げた。
    「ごめん、痛いのにお話しさせちゃったね」
    「いや、痛くはない、気にしないでいい」
     再びハンカチを手に取るためか、ローブの中に手を差し入れるのを見て、あっと声を上げる。
    「いいのがあるよ!」
     声を上げるエデにはたと視線を向けるサイザーを前に、ローブの内ポケットから取り出した小さな丸型のなにかを掲げる。桃色の容器、ジュエル風に飾り付けられた蓋。宝物入れのようなパッケージがかわいらしい。
    「これね〜、お気に入りのリップバームなの、あげる! 魔法薬みたいにすぐには治らないけど、一応薬用だし、ひとまずはこれ以上割れないですむかも」
     きらきらファンシーに輝く容器を前に、サイザーはなんだか微妙な顔をしている。その顔にはなんとなく見覚えと心当たりがある。何か言いたい顔だ。
    「ごめん、嫌? 可愛すぎ? 中はちゃんとしてるよ、魔法薬とか熊のバームが届くまでのつなぎにしてもらえばいいかなって」
     今度はサイザーの唇が僅かにきゅとして、眉根が寄った。サイザーはそこまで表情が豊かではないが、これは見るからに物申したい顔だ。
    「そうではなくて」
    「でも匂いがちょっと甘いかも…ほんのり桃の香り」
    「いや……」
     ゆっくりした動作で腕を組み、少し顔を伏せたサイザーは、明らかに使用に難色を示している。その反応を前にして、流石にエデも押し売りするつもりはない。
    「効用が心配? いいの、ごめんね、無理にとは……」
     再びローブの中にしまわれそうになったところで、サイザーがとうとう眉間を抑える。
    「そういったものを……、男女で共用するのはよくないだろう」
     小さくつぶやかれた声に、サイザーが渋っている理由を漸く理解して、エデは思わずぽかんと口を開いた。ちらりとエデの顔を覗いたサイザーの瞳が、分かってないな、というものに変わる。
    「唇に塗るもの」
    「……し、新品! 未使用! ちゃんとスパチュラ付きで衛生的! 返さなくていいよ!」
     大慌てて蓋をひねる。ぱきっと新品らしい音が鳴って、ほらほらと見せつけた蓋の裏側には小さなスパチュラが引っ掛かっている。「さすがにそこまで変ことしないよ〜」とあせあせ弁解し、どんな風に思われてるのだろう、と笑ってしまう。ちょうど今朝なゆのに塗りたくって切らしたところだったので、新しいのを開けようと思って持ち歩いていて……、いや、共用してるな…と脳裏によぎりつつ、新品を渡そうと思っていたのは本当だからと内心で言い訳をする。
     エデがあまりに慌てふためいているのを哀れに思ったのか、サイザーがそれならとリップバームを受け取った。スパチュラでこそいだそれを指にとり、そっと唇に乗せる。グローブをしていることの多い手なので、なんだか新鮮だ。親指で塗り広げられ、唇がしっとりとオイルに包まれる。
    「いい感じだ」
    「良かった〜」
     呪文の詠唱しにくかったら嫌だものね、そうにこにこ笑いかけると、サイザーがつやつやの唇がわずかに緩んだような気がして、なんだかエデも嬉しい心地に包まれてしまった。
    「そう、でね、これこの間の決闘の記録なんだけど。アドバイス、ください!」
    「ああ、見せてもらおう」





    ***
     
     ハッフルパフ寮のすぐそば、ホグワーツを支える偉大な厨房の片隅。焼きたてのパンに大きな口でかぶりつこうとして、ピリッと痛みが走る。思わず、あう、と声が漏れる。
    「唇割れちゃったぁ…」
    「む、大丈夫か」
     頭巾を外しながらふわふわの髪を開放していたエイミーが、眉を下げながら下唇をつきだすエデを目に留める。
    「エピスキーをしてやろう」
     えぴすきー。
    「エピスキー?!」
    「そうだ、それくらいの傷にちょうどいいぞ。ほら、治してやるからパンを食え」
     エイミーが杖をちょいと振ってエピスキーを唱えると、唇がほんのり温かくなる。あっという間に唇の傷が治って、あのときサイザーはハンカチではなく杖を取り出そうとしていたのだと唖然としているうちに、目の前にトングでパンが積まれた。ふわふわでやわらかくてあったかいパン。目の前にはふわふわの髪とおっきな青い瞳のパンの妖精さん。
    「治ったな、よし、食え、新作だ」
    「エイミーちゃん……好き……」
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