クラールくんとエデがだべってるだけ サイザーくんもちょっといる――親愛なる魔法使い エデナ・エイヴリング
上質な便箋を手に、その書き出しを何度も目で辿る。……わたし宛だ!ついに!紛れもなく!便箋を持つ手にも思わず力が入る。皺がより、慌てて深呼吸をしてはそっと封筒に戻し、奥歯をきゅっと噛んで――文字通り噛み締めるような想いで封筒を見る。ついに――。
「隣、失礼してもいいかな」
背中に降り掛かってきた声にはたと顔を向ければ、印象的な緑の瞳が自分を見下ろしていた。
「クラールくん、これから朝食?はやいんだね」
まだ大広間の人はまばらで、各寮のテーブルに数人程度。おそらくクィディッチの選手たちが、朝練前に腹ごしらえに来ているのだろう。
「いつもはそうでもないんだが、今日ばかりは用事をすませてきたところでね」
「一緒だわ」
実のところエデは寝汚いので、普段はこの時間に起きていることなど誓ってない。今日はこれから用事があるから、特別だ。気合いで起きたのだ。親近感を覚えながら、どうぞ座って、と席をすすめようとして、はっと口を噤んだ。だいぶ前の話になるけれど、珍しく饒舌に、厳しく言われたことが脳裏に浮かぶ。
それに、「まだお友達になれない」とお断りした身で、席をすすめていいのかしら。調子がよすぎるかも。
突然もごもごと言い淀むエデを前に、クラールは片眉を上げ、うっすらとした笑みを口元に敷く。ゆったりとした動作でテーブルに片手をついて、ぎっときしむテーブルに体重を預け体をかがめたかと思いきや、内緒話をするように小声で囁いてみせた。
「まだお友達じゃなくても、おはなしをする分には構わないだろ?」
「それは……たしかに?」
「サイザーもそこまで喧しくない筈だぜ」
友人であるサイザーからは、なぜだかクラールと2人きりになってはいけない――と言われている。混み合う時間ほどでないにしろ、大広間に人がいないわけでない。だから大丈夫かしらと思う前で、クラールの長い脚がするりと椅子をまたぐ。人半分くらいを開けて、クラールが隣に着席した。
特に言葉もなく、隣人はテーブルに並べられた料理を眺めている。横顔を覗き見れば、随分と精悍で男前だ。サイザーとともに顔を合わせた時こそいくらか細身に見えたものの、エデの友人達に比べれば、背も高いし、凄くがっしりとしている。
自然と、クラールが寮対抗クィディッチに出場した時の黄色い歓声と太い声のブーイングが思い出された。あの様からして、女の子には大層モテモテに違いない。
「あまり見られると照れるね」
「あ、ごめんね」
「いいや、もっと見てくれてても構わないくらいだ」
ふっと吐息で笑みをこぼしたクラールは、流れるような所作でベーコンを皿に取り、いくつかのカットフルーツ、そしてサービングスプーンで掬ったスクランブルエッグをとろりと添えた。ブレッドはとらない派なのだなと考えながらそれを見守る。
そうして朝食の準備を整えたクラールはナイフとフォークを呼び寄せ普通に食事を始め、やはりサイザーの心配するようなことはないのかもと息をつく。そもそも何を心配しているのかよくわからない、というのはありつつ。クラールの言葉に甘えるように何の気なしに眺めていれば、思わず目が吸い込まれるものがあった。白磁のような手で優雅に踊るそれ。
「綺麗だねぇ」
ぽろりと口から溢れた言葉に、クラールのナイフを操る手がぴくりと揺れる。ちろりと緑の瞳がエデを捉えて――ゆるりと笑みをはらんだ。
「おっと……、俺は君のタイプ――そうだな、心を射止めるに値するかな」
「……、えっ?!」
大きな声をあげ、椅子のうえでがたりと仰け反るエデに、クラールはくっくと笑う。前回から言い回しが耽美というか、ちょっと意図がよく分からない独特な物言いをするな、と思っていたが、これはさすがに直球すぎて椅子から転げ落ちるかと思った。
「な。何の話?!」
「今俺を見て綺麗だって言ったじゃないか」
「あっ?! あの、ナイフとフォーク……!ナイフとフォークの!使い方のこと!」
その言葉に、クラールを訝しむのもお門違いな、要するに自分が先に妙な言い方をしたことに気がついて、大慌てて両手でベーコンを切るジェスチャーを見せる。目の前でわちゃわちゃとみじろぎするエデに、クラールはははあと得心したように声を漏らし、肩をすくめる。
「光栄だね」
「ああ、えっと、ごめんなさい、不躾だったね」
「いいや? 顔のことならよく褒められるからね、てっきりそっちだと思ったわけだ。いっそ君の好みだったら良かったんだが」
冗談めかしてフォローする言葉に、思わずくすりと笑いがもれる。思いもよらないチャーミングな返しだ。なんとなく魅力溢れる不思議な雰囲気があると思っていたけど、失言に肩を落とすエデを前に、意外とジョークがお茶目だ。クラールくんカッコいいよね、モテるでしょう。と返せば、謙遜もなくにこりと笑う。
「以前見かけたが、君のテーブルマナーも見事だと思うぜ」
「え、ほんと?」
褒め言葉にぱっと表情が華やぎ――エデをよく知る友人であれば、何かしらを察して逃走の手段を講じたかもしれない。
「嬉しい、あの、うちね、お母さんがすごく気にするんだ、もう、それがうるさいったらないのよ、でも上手にできたらご褒美にパンケーキを焼いてくれてね、お父さんなんかお仕事に夢中ですぐ食べるのを忘れちゃうんだけど、お母さんのパンケーキだけは絶対逃さなくて、ふふ、おかしいでしょ、あ、お父さんはマグルでね、絵を描いてるんだけどね……」
それでそれでとエデが指折り数えて"お友達とお話ししたいエピソード"を消化しては生み出しまた話して消化していくのを、クラールは耳に入っているのか入っていないのか、たまに相槌を打っていたが、徐々に空返事になってきて、どうやってお喋りを塞いでやろうかなと考えているに違いなかった。普段こそうっそりとした表情をしていて大人しそうに見えるエデだが、スイッチが入ると途端にこの有様だ。
「これ美味しいぜ、食べな」
「ん!……おいひい!」
差し出された林檎をしゃくしゃくと噛み締め、そうしてついに静かになったエデに、内心ようやく一息付いたかどうかは分からないが、クラールは指先であるものを指し示した。
「その封筒に随分とおあつい視線を向けていたけど、もしかしてラブレターとか?」
軽快な音をさせながら目を瞬かせていたエデは、口の中のものを飲み込むやいなや、気の抜けた顔で笑って見せた。
「ええ? ラブレター、貰ったことないよ」
「冗談、君からの愛を求めて梟が押し寄せてきたことは?」
「まさかあ、からかわないで」
ひっくり返して封蝋を見せる。ホグワーツの校章だ。きっとクラールも受け取ったことがある筈で、案の定ああと察した顔になる。
「この封筒、すっっごく見せびらかしたいんだけど、実は一番に自慢したい人がいて……」
「ああー、なるほどね。いいぜ、何かは分かるし……大事にとっておきなよ。しかし、この間まではシルバーのひよっこだったのにな」
その言葉に、がんばったよ、と、照れ隠しに頬をかく。決闘ジャンキーだとか揶揄われることもあったが、目標を立てて本気で取り組んでみたのは久しぶりだ。体感としては凄く長い道のりだった。
「マスターなら、サイザーとも組めるだろ? もうやった?」
「え」
「ん?」
「いや! むりむり、絶対むり! 足引っ張るもの!」
「引っ張られるのも好きだろ、あいつ」
「ええ、そうかなぁ……」
相変わらずの乏しい表情で、頼られるのは嬉しい、とか、俺の方が丈夫だから、とか宣うサイザーが容易に思い浮かぶ。ぱたぱたと脳内の想像を振り落とす。
「庇われたりするのもいやだよ、もし、もしもね! せっかくサイザーくんと決闘できるんだったら、ちゃんと隣に並んでみたいなぁ」
ずっと前に彼の決闘を観戦した時のことを思いだす。前を見据え、目まぐるしく変わる戦況を分析する横顔。新雪のような髪から覗いた、熱く輝くきらきらとした瞳がとても印象的で、ひどく心惹かれた。決闘に心奪われた理由の一つでもあるそれを――きっと背中に庇われた状態では、その輝きを少しも見ることができないに違いない。
「サイザーくん、決闘の時目がキラキラしててかっこいいよね、楽しそうで。チームを組みたいっていうよりは……、うーん、あれを横から見れたら嬉しいなとは思うよ」
「あれは……ぎらぎらしてるっていうんだよなぁ、あれがいいのかい? 変わってるね」
肩をすくめるクラールに、どう違うのかしら、対戦相手からだと見え方が違うのかしら、と興味が湧く。はたと思い至って、クラールを見上げれば、ぱちっと目があった。
「クラールくん、サイザーくんと決闘クラブで当たったことあるの?」
「まあ、そりゃあるさ、俺だってグレートウィザードなんだから」
「強いねぇ……」
そんな会話の中で、ふと気がつくことがある。はっと手を口元に添える。
「意外と正面の方が特等席なのかも…?」
「おっとそうきたか」
意外そうにそう口にして、おもむろに肘をついたクラールが、テーブルに重心を預けるように姿勢を崩す。先ほどまで少し上に見上げる場所にあったはずの、鮮やかで、けれど吸い込むような深みのある緑の瞳が、ぐっと近い位置に降りてきた。肘をついた先の手が、ゆるやかなオールバックの髪を撫でつける。
「よければ今度俺が組もうか」
「クラールくんが? 私と?」
「試合の組み合わせはポイントの高い俺が基準になるし、運が良ければサイザーとも当たるかもしれない。特等席だ」
「いや、でもさすがに」
クラールくんのポイント溶かしちゃうかもだし、いや、間違いなく溶かすし……と呟きながら、流石にそこまでするのは気が引けた。サイザーの言葉を無視することにもなってしまいそうだと目線を落とす。
「……エデ、君ももう覚醒試合に招かれたマスターだろ?」
その言葉にはっと目線を戻した先で、クラールが続ける。そこまできているなら、何も心配することはないさ。不安なら俺が手取り足取り教えてあげよう。それに、グレートウィザードになれば、俺とも晴れてお友達なんだから――。
「成長と勝利を経て仲を深めると思ってさ……」
「誰と誰が仲を深めるんだ?」
頭の上から降ってきた声に、向かい合った二対の緑の瞳が上を向く。
クィディッチのユニフォームに身を包んだ、逞しい長身がそこに立っている。競技性からか、ユニフォームはローブよりも寮のカラーを全面に押し出しているので、いつにもまして青い。目を惹く瞳とローブの鮮やかな青がよく似合っている。
「サイザーくん」
「ああ、出たよ、お父さんが過保護で困っちまうね」
「お父……、友達だ、変な言い方をするんじゃない」
おかしなやり取りにくふくふと笑いがもれる。たしかにサイザーは包容力があるというか、どっしり構えている感じはお父さんらしいかもしれない。もっとも、エデのお父さんとは似ても似つかないけれど。
「エデ」
クラールの方を向いていた青い瞳が自身を捉えて、思わずぎくっとする。言いつけを破ってごめんなさい、と態度で示すように首をすくめ上目に伺えば、
「怒ってない、ここで朝食をとってもいいか?」
「もちろん! どうぞ!」
人1人分のスペースを開けるように奥にズレれる。サイザーが腰掛けたことで、長椅子が小さくぎっと鳴った。サイザーは分厚いので、クラールが少し間を開けて座っていた時よりもずっとぎゅむっとした圧迫感を感じるが、嫌な気はしない。
「エデ、朝食は?」
「さっきクラールくんに林檎を貰ったよ」
「……」
「知らないやつから食べ物を貰うな、とでも言いたげだな、パパ」
「そうするべきだな。ヨーグルトは好きか?」
「好き! ベリーが入ってるともっと好き!」
それならと肯首して、サイザーの手にはずっと小さなボウルにヨーグルトをよそう。まだ少し氷が残った様子のベリーミックスをその中に放り込むと、周りのヨーグルトにじわっとベリー色が染み入った。エデは、この凍ったベリーがヨーグルトでほどよく溶けて、ちょっとしゃりしゃりした状態で食べるのが好きだ。
サイザーからボウルを受け取りお礼を言って、嬉々としてヨーグルトとベリーを混ぜ合わせようとスプーンを手にしたところで、クラールが口を開く。半笑いだ。
「決闘の話をしていただけさ、そう目の敵にされることでもないと思うけどね」
「……そうだ!決闘!」
目の前のベリーヨーグルトにすっかり気が取られて、何を隠そう梟につつかれてまで起床した目的を失念するところだった。ホグワーツで誰かと会おうと思うのなら、朝の食堂が間違いないし簡単だ。ただし、相手が早起きの場合を除いて。
「みて!みてみてっ!なんと!わたしにも覚醒試合の招待状が届いたんだ〜」
懐の封筒を口元まで掲げて、興奮した様子でわたしもついにです、と宣言するエデを前に、サイザーが感慨深げに頷いた。
「すごいな、ついにか」
鼻高々な様子のエデに、サイザーの脳裏に浮かぶのは、はたして、心細いからと宣うコスト管理のされていないひよこクラスなデッキや、呪文が回らずピクシーに吊り下げられる間抜けな姿か、あるいはマスター昇格祝いの手紙に添えた一輪だったりするかもしれない。
「立派だ、とても」
言葉少なに、しかし重みのあるお祝いの言葉に、エデは興奮のあまり赤らむ顔ではにかんだ。
「エデならと思っていたが、感慨深いな。それで、デッキはどうしたんだ?」
「わぁ………その話題は耳が痛いっていうか……」
口には出さないまでも、サイザーのほんのわずかな空気の変化が、みるからに困惑を物語っている。だってだって、ずっと水牢一本で戦ってきたんだもの、勿論いろいろチャレンジしてみたんだよ、でも召喚とか落ち着いてられなくて、とエデが弁明するが、サイザーにじっと見られてだばだばと冷や汗をかく。神経が太い、心臓に毛が生えているなどと散々を言われる、なかなか動じないエデだが、流石に自分の非があるとその限りではない。頑張りを訴えていた目線をそっ……と外し、サイザーの背中越しにクラールに声をかける。
「く、クラールくんはデッキ3つ何登録してるの〜?」
「俺かい?」
サイザーの向こうにいるクラールが、身体を後ろ倒しに顔を覗かせる。少し胸を反らした、その姿勢すら様になる。
「それはもう、秘密さ、残念だが……、サイザーと組みたい子に手の内を明かすわけにはいかないね」
薄ら笑いの発言にぎょっとして、僅かばかり大きな声が出る。
「く、組みたいわけじゃないってば」
「組みたいわけじゃない」
「パパが悲しんでるぜ」
「あっ、違」
「いや……俺が頼りないんだろう、これからも妥協せず強くならないとな」
「わ、わぁ……」
エデの失言を復唱し、ぎゅっと拳を握り決意を固めるサイザーに困惑する。これ以上強くなってどこを目指すのだ。いや、サイザーの中で、強さに天井なんてないのかもしれない。
「あの、サイザーくんは十分強くて、私が足を引っ張りますので……、そう、対等に強くなりたいっていうか!」
「お前の決闘中のおっかない顔が好きで傍で見てたいんだってよ」
「ねええ、もう、変な言い方しないでえ」
クラールくん全部喋る、ひどい、しかも変な言い方する、ときゅうきゅう訴えるエデからの顰蹙をどこ吹く風に、クラールが続ける。
「ならサイザーと組むんじゃなくて、俺と組んだほうが正面からよく見えて特等席だって話をしてたのさ」
「……またお前は、そうやって」
「何、楽しくお話ししてただけだよな?」
「え、うん、そうね、それはそうだね」
別に隠すことではないが大っぴらに話すことでもないような、そんなことを暴露され少し憎たらしくはあるが、楽しくお話をしてくれたのは事実だ。洗練された礼節のある、というのはさきほど少し撤回されたが、むしろ親しみやすく、何より意外と面白い人だな、というのが今の印象だった。ますますサイザーの最初の忠告がしっくりこないが、まあでも間違ったことも言うとは思えないし、と。
「……」
サイザーがほんの僅かに眉間を寄せて一瞬沈黙したかと思えば、おもむろに「いや」と口を開いた。
「正面で……顔が見えるほど近距離で打ち合うデッキじゃないだろう」
思わず、エデがぱちくりと目を瞬かせ、クラールがん?と怪訝そうな声をもらす。
「はっ、たしかに……」
「待てよ、なんだか方向性がおかしいな」
「前線は蟹くんに任せちゃうから、後方にいること多いかも」
「だろう。それなら同じチームの方が距離は近い、俺の顔が見たいというのは良く分からないが……」
「考えてみれば、そもそも近くにいるかどうかも怪しいね、インカーセラスやインフラータスのいい的だしね」
「そうだな、特別な理由がなければ、なるべく距離は取るべきだと思う」
「ネビュラスには入って良い?」
「相手のデッキ構成による」
「バイクには」
「おいおい」
白んだ表情をしてやりとりを眺めていたクラールが、ついに声を上げて割り込んだ。割り込まれたサイザーとエデは、突然のことに驚きましたというような顔をしてクラールに視線を向ける。
「なんだ、クラール。真面目な話をしてるんだが……」
「そういう話じゃあないんじゃないかと、俺は思うんだけどね。なあエデ」
「え? んーん、そういう話だよ」
「そういう話だろう」
――なんだこいつら、と、クラールの目の奥が語っている。――別にそうじゃない話をさせたいわけじゃないし、事実、堅物の名を体で現すサイザーとでは面白い話を期待できるとは思っていなかったが。忠告しておいたはずの、少しばかり気にかけている弱々しく力を入れれば折れそうな、そんな生き物が自身と親しげで、ちょっとでも面食らう顔が見えれば愉快だったのに、期待外れである。やはり食指の動かない――関心のわかない男、朴念仁である故致し方ないが、だんだんと面倒臭さが勝ってきた。
「……俺は、ダミーデッキを入れてもいいと思うね」
「え?」
「覚醒試合での呪文登録の話だよ。得意な呪文が少ないものだから、3つ用意できなくて困ってるんだろ?」
「ああ、うん、水牢と蟹くんくらいしか頼れないかなぁ……。あとはインセンディオとか補助呪文……あ、ポートキーとかね、そういう感じで蟹くんが主力だから、新しいデッキ組めるほどの戦術の幅はないの」
エデがぽろぽろと手の内を晒すのを、なんとも言えない顔でサイザーが見ている。クラールは気怠げに手を揺らしながら、片眉を上げてほくそ笑んだ。
「正直に全部を使えるデッキにする必要はないさ、対戦相手からの禁止制度があるとはいえ、2つは問題なく使えるんだから。得意デッキ2つとダミーデッキ1つ登録しておけば、どれが禁止されるにせよ、1つは手元に残るだろ?」
我天啓を得たり、ぽかんとした顔でいたかと思えば、内容を理解した途端そんな表情を見せるエデに、クラールはくっと笑って、「お父さんは教えてくれなかったかな」と返す。
「クラール」
諌めるような声色に、クラールが肩をすくめる。
「そう怖い顔をするなよ」
クラールの評するサイザーの怖い顔、とはどんなものだろう。向こうを見ていてよく見えない、と、そっと覗き込もうとして動いたあたりで、それを察知したのかどうか、今度はサイザーがエデの方を向いてきた。慌てて居住まいを正す。
「……、クラールの言う方法では、ダミーデッキに強力なデッキを配置する方法をよく取る。禁止デッキにされやすい……相手に嫌がられやすいデッキを設定することで、禁止デッキを誘導し、それ以外を残す手法だな」
ふむふむとエデが頷く。
「……だが、そう思われているという事は、周囲からしてみればそれだけ脅威的なデッキだということだ。むしろ使わない手はない、と、俺は思う。多くの理想としては本命1、嫌がられるデッキ2つをバランスよく使えると良いな」
その理路整然とした助言に、やっぱりそうだよね、とこれからの課題に肩を落とすエデと対照的に、クラールは薄く笑った耽美な表情を崩すことなく、口を開く。
「サイザー、それは今の彼女にとって良いアドバイスか? 今まで得意としなかった呪文を習得するのにも時間がかかれば、戦略も大いに変わる。水牢に自信があるっていうんだから、存分に使わせてやるのがいい」
「珍しい物言いだな、クラール。わざわざ彼女の選択肢を狭める必要はない」
「理想だけ語られてもな。苦手だと言っているんだから、強要するべきじゃないと思うね」
「そういった考えだったのは初耳だ。俺には、あえて耳触りのいい助言を選んでいるように感じるな」
サイザーとクラールの決闘論――というか指導論か、が飛び交うのについて、前のめりについていこうとした矢先、2人の間にぴりっとした空気が流れ始めた。喧嘩になったらどうしよう、少なくともサイザーは無闇に杖を抜くタイプではないとはいえ、自分の未熟さのせいで、万が一にも人の交友関係を悪化させるのは気が引ける。……ジョークで場を宥めるべきだろうか。クラールのように。意を決して、サイザーの背とその向こうのクラールに投げかけようとして――
「お……おっけー、パパ、ママ、落ち着いて」
直後2人がぴっと硬直するのが目に見えて、面白かったかしら、と、勝手に希望を見出すエデ。再び言葉の応酬になる前にと続けて口を開く。
「決闘って奥が深いね、とっても。2人の話聞くのも勉強になる。嫌がられそうなデッキ組んでみるよ、暫くはダミーデッキ?同然になっちゃうけど、得意になればいいもんね。当分は戦績微妙かもしれないけど……、自分なりに頑張ってみたいかな」
召喚はまだ苦手だけど、まずは呪文からならがんばれるかも。エクスペリアームズとか、アクシオとか、いつも決闘で痛い思いさせられてるから、興味はあったの。私以外にも嫌がってる人多いんじゃないかしら。どうかな?……あの、どうだろ?
一生懸命お話ししつつ、2人が一向に無言であったので、気にして首を傾げていると、サイザーが小さな咳払いの後振り返る。目線を上げれば見慣れた表情に見下ろされている。食堂の窓から差し込む朝の陽光が、サイザーの新雪のような髪を温かみある色に輝かせていて、目を惹いた。
「……、何度覚醒試合から落ちてもいい。幾つもの勝敗を経験し、知識と技術を得れば、より多くの戦略を練られるようになる。そうすれば一歩一歩、少しずつでも確実に成長していく。
もし大きな壁を感じても、いつか必ずそれを打ち破ることができるのが、決闘の醍醐味だと――エデにならそれが出来ると思っている」
そう真摯に語る青い瞳は力強く、そしてその奥に穏やかをたたえている。
「そんなお墨付きまで貰っちゃったなら、それはもう、頑張らないとね。今度はグレートウィザードのプレートを持ってくるよ」
赤らんだ頬をむふむふと綻ばせながらそう意気込むエデに、サイザーは相変わらずの表情だったが、普段こそまるで氷雪の下を流れる川のようだったり、静かに輝いている月のようだなあだとか思うけれど、こういう時の瞳はいつものそれとはちょっと違う。ほっとするような温かい瞳だ。エデは決闘をしている時のサイザーが好きだが、こういうサイザーも好きであった。
「そのときはクラールくんも見てくれる?」
「あー、勿論、いつでも声をかけてくれていいぜ」
「俺と一緒にいる時にだ」
「過保護も程々にしろよ、サイザー」
「パパ……」
「パパはやめてくれ、エデ…」
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散文
S3のころ? 書き上がる前にグレウィザになってしまって没してしまったやつ。供養。……としてたやつを書き上げてしまった……
真面目ボケと天然ボケにひっかき回されるクラールくんが見たかったりしたんだけどカッコいいサイザーくんに乗っ取られてしまった。本望。
習い事を議論する親に似てたなっていうエデにうまくもない(むしろ趣味が悪い)ジョークを言われた時、目をそんなに合わせないでいたはずのサイザー君とクラール君が顔を合わせて信じられないものを聞いた顔をしてほしい。でもクラールくんが先にサイザーくんをパパって呼んだんだからね。(?)
クラールくん多分ご家族とそんな仲良くなさそうなので、文中でサイザーくんを父親のようと揶揄う・過保護と称することにどんな思惑があるかなぁとずっと考えてたけど結論つかなかった。皮肉? でもサイザーくんをパパか?と揶揄うのが見たくて欲望が勝っちゃった。
実はクラールくんのことかなり好きでたしかド本命とは駆け落ち思考タイプだったり(ってツイート拝見した気がするけど全然思い出せん)とかめちゃ好な人なんだ。悪性で無法っぽいことするのに本命には……な男、良すぎです。それはそれとしてやることはやりそう。↑では懐柔?の一環で傾きやすそうな優しい助言ばっかしてるし、エデがわりとパッションノリなのを察して茶化したりしてる気がする。これは計算。
サイザーくんとクラールくん、ついピリッとさせたがる。対照的な2人、癖です。2人並べるとサイザーくんのほうが頑固で譲らない側なの好きだし、親に挨拶したいサイザーくんと(たしか)親に挨拶させたくないクラールくん、良。
エデ「嫌がられそうなデッキ組んでみるよ」←蟹水牢は十分嫌なデッキ
多分このあとクィディッチの練習にくっついてくエデと、朝帰りのため(?!)寝に帰るクラールくん。
草案ではクラールくんがシェリちゃんにサークル探索に呼び出されたりシェリちゃんがクラールくんの朝ごはんを魔法でサンドイッチみたいに包んでくれたり、エデがシェリちゃん美人!きれ〜!好き!ってめちゃくちゃ語るこの小説で一番長いパートとかそういうやつがあったけど、クラールくんが面白くなりすぎてしまって潔く切ることとす。
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