ピグマリオンの瞳 帝国の辺境、古い教会の地下墳墓(カタコンベ)にそれはいる。
「これは驚きました。まるで剥製のようですね」
虚ろな目をした髑髏がぎっしりと見つめるドームの中央に安置された棺には、美しいドールが一体。
白磁のなめらかな肌、形よく結ばれたくちびる、紫の髪は豊かに艶やかに編まれてさがっている。
「この記録によると宗という人形師が、ここができた時に納めて、その後弟子たちが代々メンテナンスをしてきたらしいのですが」
それもいつしか絶え果てて、神父として着任したばかりの巽が、記録を元に降り立つまで永い眠りについていた。
「綺麗な方ですね、どなたかを模したものでしょうか」
触れたいと願う手を阻むガラスの蓋。開けると砂に成り果てそうな儚さがある。
「まぶたの裏にある瞳は、どんな色をして何を写すのでしょうか」
さわりとふたを撫でて、その日はそこを去った。
何もない日々が過ぎたある時、歌が聞こえると噂が立った。高い空に、透き通るテノールが、ときに優しく、ときに悲しく響く。
いつしかその歌声が「天使の声」と話題になり、一大巡礼地となり発展した。
「また、会いにきました。ここもだいぶ変わってしまいましたよマヨイさん」
真っ暗な闇の中で時を止めた、そんなドールにこいをした。
光さすことのない瞳、自分を映す瞬間に思いを馳せて。
「眠ってしまっていましたね、疲れているのかもしれません」
棺のたもとで目を覚まし、ザワリと揺れる空気に驚く。
「マヨイ、さん、ですか」
それは碧の瞳に巽を映し、手を差し伸べ、歌っていた、巽が初めて覚えたフレーズを、
「Amazing grace how sweet ー」
声を揃えて奏でるハーモニー。3日3晚響き渡り、その後若い神父を見た者はいなかった。
「んあ、これは驚いたわ、2人おるんやもん」
「1人増えても変わらないのだよ、さあ、この稀有な声を持つ者達を天上へ」
「僕たちも手伝うよ」
「うん、2人ともかっこよくてらぶーい、早くヴァルハラで聴きたいね」
それは白き翼を得て羽ばたく、至高の芸術が集う都へ。