昼下がりのご馳走様【弓茨】「お忙しそうですね」
「ひぇっ」
空中庭園の木陰でメールチェックをしていたら、響きは穏やかだけど迫力のある声の主、
「これはこれは教官殿、わざわざ気配を隠して声をかけるとは意地の悪、いえ失礼、お茶目な方ですね」
ただでさえ、昼食を食べそびれてゼリーをくわえながら必死に頭を動かしていたというのに。
「うっ」
なんだか胃の辺りがムカムカする、このままでは先ほどねじ込んでいたものが戻って来てしまう。
「ほらほら無理をなさらないでくださいまし」
背中をさすりながらさりげなくタブレットを取り上げられた。
「俺、まだやることが、あっっるのですが」
どうにか吐き出すのを抑え込みながら睨みつけるが、相手はどこ吹く風。
「こちらにおいでなさい」
さっさと俺の荷物と俺を抱えて歩き出す。
「この後ミーティングがっ」
大丈夫でございます、定例会ならあんず様が代行してくださるそうなので。
ずんずん進む背中を追いかけて、たどり着いたのは共有キッチン。
「おかけくださいまし」
テーブルについて、目の前に広がるのは滋養のあるメニュー。
「次のサークルで薬膳を披露したいと思うのですが、クセのあるものなので味見をお願いしたくてお連れしました」
「毒味、の間違いではないですか」
げんなりしながらもさじを手に取り目の前の中華粥に口をつける。米の柔らかさと、具材の優しい香りが身体に染みていくようで、空調で冷え切って、庭園で上がりきっておかしくなった自律神経が治るような感覚になる。
「味は悪くないですね、もう少し香りを抑えていただけると食べやすいです」
疲れた過敏な嗅覚は、匂いに慣れるまで時間がかかった。
「承知しました」
「こちらの杏仁豆腐は、甘さが程よくてその」
「その、どういたしましたか」
「好きです」
気まずい沈黙が落ちた、
「もう一度おっしゃってくださいまし」
少し食い気味に迫る顔は麗しく、
「好きですと言ったんです、もういいでしょう」
「ええ、ありがとうございました」
立ち去る背中を見送った。
「先程より背筋が伸びておりますね」
ご無理をなさるときはまた、助けて差し上げますよ。