今は、まだ 眩しい光の海の真ん中に天城は立っている。聞こえる声は歓声ではなく怒声。嫌われる行動を、他者を傷つける行動をとって今、その責任を一身に負って、この舞台を永遠に降りようとしている。
「俺はアイドルになりたかった、大勢のファンに愛されるアイドルに」
その後人づてに聞いた言葉は、間違いなく彼の本心だろう。
そうして、長い付き合いの相棒と故郷に帰ろうとしたところを、正義の味方に救われて、大勢の民衆が望むアイドルに羽化を遂げつつある。
「HiMERU―ちょっといいか、ここの振りだけど」
次のライブに向けて、レッスンと打ち合わせを重ねていた。最初の方は今まで重ねてきた所業のせいでなかなか仕事をもらうことができずに、椎名の職場で腐っていたりしていたけれど、その間も天城はCrazy:Bとして再起を図るべく奔走していたのだ。
「天城、ここの出だしをもうワンテンポ早めててみてはどうでしょう、俺はこちらから接近しますので」
ワンツースリーフォー、トレーナーが手拍子でとるリズムに乗って今の部分を振り返って、
「お、すごくいいじゃん」
とか言う笑顔は俺のソロ時代よりよっぽど輝いている。
そうして迎えた本番は小さいとはいえない箱を埋め尽くす大盛況。
「楽しかったっすね」
「そうやなー。またこうやってスポットライトの下に立てるなんて不思議な感じやな」
「俺っちとメルメルがいるんだから当然っしょ」
「HiMERUはいつも完璧なのです」
スタッフも交えた打ち上げを終えて、ホテルの部屋に引っ込んだ。
「やっぱりこれだけの規模をこなすと達成感が違いますね」
「そうだなぁ、やっとここまで来たって感じだなぁ、俺っち涙が止まんねぇや」
そうアンコールを迎えたときから天城はずっと泣いていた。
「鬼の目にも涙っすねー」
と失言を吐いた椎名に対していつものように暴力はなく、小さく漏れた「うるせぇよ」に、一緒に涙するファンもいたくらいだから、彼も相当愛されているのだろう。
「先にシャワーを浴びてきたらいかがですか、今にも寝そうですよ、あなた」
「んー、面倒くさい」
「調子に乗って飲みすぎなのです、ほら立って」
さっさと服を脱がせてシャワールームに放り込んで洗ってやる。
「メルメルもうちょい右―」
「何をふざけているのですか、もう終わりますよ」
「背中も洗ってー」
「甘えないでください」
「ぶはっ、けほけほっ」
仕上げに水圧最強でシャワーを浴びせてやった。こんなお世話をいつも続けている副所長には頭が下がりますが、俺にはまねできません。
「ほら早くどいてください、俺も濡れてしまったのでこのままシャワーを浴びてしまいたいのです」
「俺っちが洗ってやるよ」
「余計なお世話なのです」
「メルメルつれねぇの」
するっとなでられた首筋に、ざわっと鳥肌が立つ。
「出て行ってくださいってば」
タオルと一緒に追い出して、鍵を締めてやった。
興奮に当てられてほてった身体に、冷たい水が心地いい。ついでにこの気持ちも流れて行ってしまえばいい。
天城、あなたは俺のこんな気持ちを受け入れてくれますか、親愛や友愛を超えて表現される愛情を。
さっぱりしてからベッドルームに戻ると、もう眠っていた。近づいて布団をかけなおし、頬に触れ。
「おやすみなさい、愛しています」
決して届くことはない、届けてはいけない、今はまだ。