大切な日『6月6日に雨ザーザー降ってきて』
そんな歌、どなたが考えたのでしょうかね、確かに昨日は警報も出される大雨で、窓を打つ雨音が夜中まで聞こえていました。
「ひぃー眩しいですー」
翌朝は、夏の高い青空と熱い日差しに焼かれそうな天気です。今日は私の誕生日、何やら皆さまがお祝いしてくださるということで星奏館を出てESへ向かうことにしました。でも、このお天気では溶けてしまいそうです。
今までは畏れ多くて、生まれてきたことを祝われるなんて申し訳なくて当日が来なければいいなんて思っていたこともありましたが、なんだか今年は楽しみで、だから油断をしてしまったのです。
「ううっ」
真ん中あたりで限界を迎えてうずくまる。とりあえず涼しいところに行きたいと、コンビニを目指した矢先。
「マヨイ先輩」
「マヨさん」
「マヨイさん」
ふらつく自分に差し出される日傘と支える手に見上げれば、いつも見守ってくださるメンバーの姿。
「迎えにきたよ、大丈夫かい」
「危なかったですぅ」
一彩さんが手を引いて身体を支えてくれる、
「マヨさんお水だよ」
藍良さんが、近くの自販機で買ってきてくれた冷たいミネラルウォーターを差し出してくれる。
「マヨイさん、行きましょうか」
そうして巽さんが日傘をさしかけてくれる。
申し訳ないやらもったいないやらであわててしまうけれど、これ以上体調を崩してしまうのはよくないので、甘えさせてもらうことにしました。
絵本で読んだお姫様のように守られてESビルに到着したのはパーティー開始までにはゆとりのある時間、
「あの、少し休憩をしてきてもいいでしょうか」
「あ、休憩室までつきそうよ」
結局4人で、休憩室にたどり着き、ベッドに寝かされて、ブランケットをふんわりかけら
れて。
「俺たち準備のお手伝いがあるから行くね」
「ええ、何から何まですみません」
「おひとりで、大丈夫ですかな」
「はいい、何かありましたらご連絡差し上げますので」
そういってホールハンズの画面を見せると、安心してくれたのか会場へ行かれました。
空調のよくきいた涼しい部屋で、カーテンの隙間から差し込む陽光をあびて、こんなに明るいところに出ていても、前ほどきつく感じないところに驚いてしまう。
「変わっているのですねぇ」
ユニットを組んでから今まで、いろんな困難にがむしゃらにぶつかってきた。SSでは厳しいスケジュールに体調が不安定になってしまっていたが、メンバーの支えを頼りに乗り越えた。もちろん自分の能力もフルに使って。
そして今では、テレビやライブのお仕事も安定して、学校やサークルで人間関係も広がって、あの薄暗がりにいたころと比べると本当に変わった。
「マヨさん、マヨさん、時間だよぉー」
目をうっすらと開ければまだ日は高い、時計は15時を指していました。
「ありがとうございます、おかげさまでだいぶすっきりしました」
藍良さんに案内してもらったメイクルームで巽さんに髪を整えてもらって、一彩さんに着替えを手伝ってもらって。最高の私になって。
「ふふっ」
嬉しさで笑みがこみあげてくる。
「マヨさん今の笑顔ラブいよ」
「ああっ、突然笑いだすなんて気持ち悪くてすみません」
「大丈夫ですよ、最高のほほえみでした」
「ひぃ、そんなに見つめられると溶けてしまいますぅ」
「マヨイ先輩、今日も素敵だよ」
褒められすぎて、キャパオーバー。
そうして、開かれた会場の、扉の向こうはいつも交流してくださる皆様。
たくさんのおめでとうが、私が生まれた日を祝福してくれる。
あぁ、本当に生まれてきて、本当に今まで生きてきてよかった。
「今日は私のためにお集まりいただき、たくさんの祝福をいただき、本当にありがとうございます」
宴はまだ始まったばかり。
Happy Birthday Ayase Mayoi.
God bless your life.
2021
「INVITATION For MAYOI♣
本日 午前11時
旧館思い出の場所でお待ちしています。
あなたの仲間たちより♠♢♡」
それは、朝食を摂ろうと部屋のドアを開けたところに置いてありました。
「不思議ですねぇ、眠る前には何もなかったと思うのですが、ドアの前に誰かが来たら気配がわかるはずなのですが、何にも感じませんでしたしねぇ。」
仲間なんて、そんな人の輪の中に入れる日が来るとは夢にも思っていませんでした。まして私がこの世に生を受けた日を共に過ごしてくれる方ができるなんて。
「なんだか夢みたいですねぇ」
「どんな夢を見たんですが。」
「ヒィッ、友也さんどうしてここに。」
「いや、ここは俺の部屋でもあるわけだし、そこふさがれてると外に出られないというか。」
「あぁ、すみませぇん、私ごとき矮小な生き物が友也さんの行き先をふさいでしまうなど、今すぐこの世から消えてしまいたい。」
「いや、そんなに大げさなことじゃないからさ、何かいいことがあったのかな。」
「えぇ、ドアの外にこれがありまして。」
そう言って、パープルの箔で縁取られた便箋を見せる。
「へぇ、よかったじゃん、んじゃ今日初めてのお祝いは彼らのためにとっておこうね。」
「あ、ありがとうございますぅ。」
初めてのお祝いを彼らからもらうためには、それまで誰かに会うわけにはいきませんねぇ、時間まで潜んでおきましょう。
「友也さん、私、出かけてきますね。」
「あれ、朝ご飯は。」
「非常食があるので大丈夫です。」
「そうなんですね、よくわからないけど、行ってらっしゃい。」
そうして、だれも知らない壁の向こう、まだ人の中は疲れてしまうからと用意した休養場所。
「たのしみですねぇ。」
あぁっ、じっとしていても顔がにやけてしまいます。平常心、、、だったことは今までないですねぇ、とりあえずあと5時間あるので、ジオラマでも作って待ちましょう。
いつか、こんなステージでライブをしたい、そんな気持ち悪い妄想を具現化するためのジオラマ。まだできたばかりの設計図を基に部品を作り出していく。
「ふふっ、それぞれの好きなものを盛り込んで、でもユニットとしてのまとまりも作りたいです、私なんてのが本当に烏滸がましいですね。」
そうして作業に夢中になっており、
ドンドン
ヒィッ、なんですかたまたまですかぁ。
「ちょっとぉ、本当にこの向こうにマヨさんがいるのぉ。」
「うむ、先輩の気配がするから絶対いるよ。」
「マヨイさん、お時間ですので出てきてはくれませんかな。」
え、お時間、ひぃぃぃもう11時すぎていますぅ。
「すみませぇぇん。」
「あ、本当にいた、ひろ君すごすぎる。」
「ラブいかな。」
「ええ、とっても。」
なんだか、目の前で面白いことが起きていますね。
「すみません、楽しみすぎて早く来てしまったのですが、趣味に夢中になっていてこんな時間に。」
「マヨイさんの趣味とはなんですかな。」
「ええ、模型をちょっと。」
「見たいみたい、ね、ひろ君。」
「僕も見てみたいよマヨイ先輩。」
「ふふっ、皆さんにならいいかもしれませんね、どうぞこちらへ。」
ちょっと緊張しますが、この方たちになら見せても嫌いにはならないでしょう。あぁ、いつから私はこんなに人を信じられるようになったのでしょうか、きっと皆さんのおかげですねぇ。
「うわぁ、ステージだ、超ラブーい。」
「これは、どなたのですか。」
「はい、私たちの理想のステージを作ってみたのですが、どうでしょうか。」
「マヨイ先輩すごいよ、僕もこのステージで歌ってみたいよ。」
「俺も俺も。きっと楽しいだろうなー。」
「いつか、実現したいですな。」
「あ、まって今日の目的ってそれじゃないよね、プレゼントを俺たちがもらってるみたいでなんかさかさまだよ。」
「え、プレゼントですか、これが、気持ち悪くないんですか。」
「私たちのことをとてもよく考えていらして、ユニットの方向性もしっかり見えていて、マヨイさんがこんなにALKALOIDのことを大切に思ってくれているなんて、何よりのプレゼントです。」
「そういわれると照れてしましますね。」
本当は恥ずかしすぎて消えてしまいたい、でも今はその時ではない。
「じゃ、行こうか。」
「ええ、これはまだ未完成なので、出来上がったらまた見に来てくださいね。」
「うむ、楽しみにしているよ。」
そうして、巽さんと藍良さんに手を引かれ一彩さんに先導されて約束の場所へ。きれいに飾り付けられた部屋にはきれいにラッピングされた箱とごちそう。
「夕方からは事務所の誕生日パーティーがあるから、シンプルだけどここで俺たちだけのお祝いをしたいなって。」
「料理は椎名先輩と僕たちでつくったんだよ。」
「じゃあいくよ。」
ぱぁん
ヒィッ、なんですかぁ。
「ちょっとぉタッツン先輩、それフライングだよお、びっくりしたぁ。」
「おや、すみません、では仕切りなおして。」
「「「お誕生日おめでとう」」」
「ありがとうございますぅ。」
去年は祝われて泣いてしまったけれど、今年は笑顔で受けられる、大切に思われることに慣れてきたことを自覚してしまいます。失くすことは怖いことですけど、だからと言って距離を置いてしまうのは寂しいですから、楽しんでしまいましょう。
「プレゼントはみんなでえらんだんだよ。」
「早く開けてほしいよ。」
「えぇ、ありがとうございます。」
丁寧に開いた包みの中には、トランプのマークをあしらったシルバーリング、
「ちなみにサイズはひろ君がさりげなくはかってくれてたからあってるはずだよ。」
「そして、実は俺たちの分もあったりします。」
そしてかざされた3人の指にはそれぞれ自分のスートが上になるように作られたリングがはまっている。
「なじみの店で作ってもらったんだ、気に入ってもらえたかな。」
「ええ、とっても、そしてぴったりです。」
「じゃぁ今度のライブはみんなでこれをつけようね。」
「ぜひ、そうしましょう。」
たった一年で人の心ってこんなに変わるものなんですねぇ、とまどうことは色々ありますが本当に幸せです。
「ありがとうの気持ちがいくらあっても足りないくらいです。」
「それはこっちのセリフだよ。」
「そうだね。」
「そうですな。」
2020
ふっと異様な雰囲気に意識が浮上した。
枕もとのスマホを見れば、今は日付の変わり目。
(変ですねー、何か変です。)
暗闇に心を研ぎ澄ませて原因を探ると。一つの可能性が出る。
(誰も、いないのかな。)
同室の3人の寝息が聞こえない、気配が感じられない。
ユニットに所属するまでは、ずっと真っ暗闇に一人だった、それが当たり前だと思っていたし、そこから出たいとは、あまり、そんなに、思わなかった。
でも、ALKALOIDに出会って、人の中で生きることの安心を知ってしまったから、この状況はつらいものに変容してしまっている。
心の底から噴き出す不安に鼓動が走る、こんなにうるさいと感じられるのは初めての経験だった。
カチャッ
胸を押さえて、飛び起きたと同時に人影がひとり、、
「あの、大丈夫ですか。」
「巽さん、皆さんどちらへ行かれたのですか。」
一人ではないことの安堵で、涙が出てきた。
「ああ、すみません不安にさせてしまいましたね。」
優しく抱きしめられて、ふわりと頭を撫でられ、そのまま手を引かれる。
「行きましょう。外はまだ冷えますのでこれを。」
練習着のパーカーをはおって、まるで神にでも導かれるように、背中に羽が生えたように軽く進んだ。指先に触れる人の温かさがこんなに嬉しいものだったと、一年前の自分は想像できただろうか。
「ふふっ。」
どこに向かうのか、何が起きるのか全く分からないけど、きっと楽しいことが待っていると確信できる今が、くすぐったくて、笑みがこぼれる。
「あなたの期待を裏切ることはしませんよ。」
天の啓示が下りる。
「着きましたよ。」
そこは真っ暗な中庭。
ぱあんっ。
クラッカーがはじける音と光で急に開けた視界にとまどい、波が引くと、十六夜の月の下、ピクニックセットがしつらえられていた。
「「「「お誕生日おめでとう。」」」
ブドウのケーキに香りのよいお茶。
状況が読めずに呆然としていると、
「どうしても、午前0時にお祝いしたくて、びっくりさせちゃったね。」
「お昼には他のユニットの人たちとのパーティだから、その前に3人でお祝いしようと思って、もしかして怒らせてしまったかな。」
そんなことはない、あふれてくるのは暖かい涙だ。
「マヨさんのおかげで、落ちこぼれな僕もアイドルとして踊れるようになったよ、舞台からの景色はもう諦めていた夢だったけど、現実にしてくれて今、幸せだよ。」
「マヨイ先輩、何にも知らない僕に、アイドルの手ほどきをしてくれて感謝している。兄さんが追いかけたアイドルとはなにかを、少しでも知ることができて本当によかった。」
「マヨイさんが私の足を気にしながら細かく指導してくれたおかげで、もう上がることはないと思っていたステージに戻ることができた。ありがとう。」
メンバーの感謝の言葉は何よりのプレゼント。
「うっ、みなさん、ありがとうございますぅ。私も皆さんのおかげで、人といることの安らぎを知りました。これからもっ、ぜひっ、よろしくお願いしますっぅ。」
Happy Birthday AYASE MAYOI.