無題(燐ひめ) ここを好きに使っていい、お付きは気に入った奴を引き抜いていい。
そう言って天城は出て行った。
「好きに使っていい」
あの場所に自身を売ってから、自由にできるものはなかった。だから突然手にしたそれは、手に余る。
彼が住む城の、いわゆる大奥に越してきてから季節が一つ進もうとしていた。
「めるめるー今夜もよろしくな」
いつものように呼び出されてやることといえば、宴席や個人的な場での舞や歌。もちろんそれは大切にしてきた自分の一部で、認めてもらえることは嬉しいことではあるけれど。
「それだけでいいのでしょうか」
横たわる要にそっと話しかける。
街にいる頃主治医であった巽が出入りしやすいこと、城の喧騒から離れていることから選ばれた外れに位置する離れ。池の上を吹き渡る、涼しい風が2人の髪をなぜていた。
「最近弟(要)君はどうよ」
「おかげ様で目を覚ましている時間も、少しずつ伸びてきました」
夜の私室にて歌舞を披露した後、酌をしながらの戯れ。
確かに落ち着いた環境で療養してきたことで要はだいぶ良くなって、普通の生活へも少しずつ移れるかもしれないという希望が見えてきた。
「お前はどうしたい、これから」
考えたことはなかった、だって命じられた場所が居場所で、命じられたことがやるべきことだったから。
「ここにいてはいけないのですか」
いさせてはもらえないのですか。
「んー、お前がここにきて1年くらい経つだろ、もう十分尽くしてもらったし、弟君の具合もいいならそろそろ自分のこと考えてもいいんじゃね」
盃に映る月ごと飲み干してその日は終わった。
自由がぶら下がっている、昔あれだけ望んだものがすぐそこにある。
「おやおやHiMERU氏、天城氏に愛想を尽かされましたか」
「そんなわけではないと思うのですが、この間ー」
昼に許可を得て、昔の居場所に戻る、旦那様や女将さんをはじめとした皆は笑顔で出迎えてくれたが、日和さんとジュンさんはいなかった。
「あのおふたりは年季が明けたので旅に出ました。元々芸事を学ぶためにいただけでしたし」
自由な方々ですから
「自由、とは何なんでしょうか。俺はどうすればいいのでしょう」
「俺に言われても困ります、あなたはどうしたいのですか」
ずっと考えていたけれど答えは出なかった、だからここへきたのに。
「ちょりーっす、HiMERU君お久しぶりっす、カステラ作ったんでどうっすか、今流行ってるんっす」