岸辺露伴は───── 圧迫祭り。
それは、愛しい相手のすべてを受け入れ喜びを感じるらしい、ある漫画家とその妻が行った行為。
露伴はそのような行為があることを初めて知ったとき『とんでもない変態夫婦がいるもんだ。』
そう思っていた。
以前までは──
仕事部屋には収まりきれなかった資料をしまっておく為の資料部屋。本だけではなく、自分で撮った写真やスケッチも飾ってあったり、昆虫も、いる。資料部屋ですら溢れてしまいそうな資料の数々だが、どこにどんな資料があるのかは持ち主だからこそよく分かっている。そして、今、露伴が欲しい資料は一番上の棚。
「いちいち台を持ってくるのは面倒だ、今度はしごを買おう。スライド出来るものがいい」
そう言いながら部屋の隅にある台を取りに行こうとしたのだが。
「せんせー、これかァ?言ってくれりゃあ取ってやるぜぇ?」
前に出した足に力が入れてぴたりと歩を止める。
「自分のほうが背が高いと自慢したいのか?!取るんじゃあないぞ、僕が自分で──」
「めんどくせぇなァ~……」
ため息混じりに言われて腹が立つ。それだけでも腹立たしいというのに、億泰の手が両脇の下に差し込まれた。そして、屈辱を味わったのだった。
「億泰、お前なァ……」
そういうことじゃあないんだよ!
「んっだよォ、早く取れよぉ~」
差し込まれた手は脇を掴んで露伴ごと、上へと持ち上がっていた。
これじゃあ恋人同士というより、オトナと子ども、いや、母と赤子だ。
「やめろォ!僕を惨めな気持ちにさせるんじゃあない!」
と、暴れたところ、いくら華奢とはいえ大人の男に暴れられてはさすがの億泰も支えきれず、バランスを崩し倒れ込んでしまった。しかも、億泰の下敷きになってしまった露伴は「ぐへぇっ」となんとも情けない悲鳴を上げる。
「おまえ……寄りにもよって、なんで僕を下敷きにするんだァ!」
「ご、ごめーん!」
けれど、なかなか鍛えられた億泰の肉厚な体は思いのほか柔らかく、からだ全体に伸し掛るこの重みが、なんだか、悪くないと思った。
また、キッチンで冷蔵庫を漁っていた時だった。
「チクショー、食材ばっかりで今スグに食えるものがない。……おっ、いちごの牛乳プリンがある……」
それは億泰のプリンであるが、露伴にとってそんなことはどうだっていい。脳を何時間も働かせていると、普通の運動の何倍も腹は減る。そして糖分を欲する。自分家の冷蔵庫の中に入っているものなのならば、プリンは自分のものでもある。
奥から見つけ出したプリンに笑みがこぼれた。一緒に添えてあったプラスチックのスプーンを袋から取りだし、いざ実食。
「ああぁっ!?それ俺ンだぜェ!」
「フン、さっさと食べないのが悪いんだよ。ちなみに賞味期限は明日だが、キミはこういうのは買ったらすぐに食っちまうのかと思っていたが、意外だな」
「ちっげーよ!毎日一個ずつ食ってたの!それは今日の分なんだよ、返せアホ漫画家ァ!」
「ば、ばかッ!飛び掛ってくるな……っ!」
避けようにも大の男ふたりが暴れていいほど広いキッチンではないし、手にはプリン。落とすわけにもいかず、ダイブしてくる億泰をまともに受け止めてしまった。
「お、おもい……っ!よ、よけろっこ、の……デブ泰!」
「あーん?だァれがデブだよォ、えェ?筋肉だっつーの。き、ん、に、く !センセーもよォ、もうちーっと鍛えたらァ?」
よけろ、デブ、と言ったところでそういう繊細さ一切ない男には全く効果はない。それどころか手足を浮かせて更に体重を掛けてくる始末。
(バカ村アホ泰め、……だが、なんだろう……。この、包まれるような安心感。この重さも、息が詰まりそうなくらいなのに、感じる、愛しさ……これが、これが……)
──圧迫祭り
「センセー?」
露伴の反応がなく、やってしまったかと不安に思った億泰が顔を覗き込んできた。
(これは、すごい。コイツの肉の厚みも柔らかさも知っている。それなのに、手足、胸筋や腹筋、肉、キンタマまで、全ての重さが愛おしい……!)
「おい、露伴っ!聞いてんのかよォ!」
「なあ、億泰。今日は上に乗ってくれよ」
「はぁ?今こうして乗ってるじゃあねえかよ」
「バーカ。今じゃあない。今夜の話さ」
「今夜ァ?」
疑問符を浮かべる億泰の腰に手を這わせ、盛り上がる双丘を撫でたあと、中心のラインに沿って指で摩った。
「ああ、僕のをここに挿入れながら──
お前が好き勝手に動いてくれよ。
僕の上で馬鹿みたいに踊ってさ。
自分の好きなところを、好きに突いたらいい。
お前の重みですごく深く僕を包んでくれるに違いない。
僕もお前もまだ知らない、すごくイイところに当たるかもな。
なあ、いいだろ億泰?」
ねっとりとした声で聞かせられ、布越しに撫でられる後孔。
億泰の顔がぼぼっと燃えるように赤く染まっていく。
「先生は……?動かないのか……?」
「ああ、僕は────」
岸辺露伴は動かない
了
〇おまけ〇
とある日、商店街を抜けた先で学校帰りの億泰 仗助コンビを見掛けた。すると、何かを察したかのように億泰が露伴のほうへと振り返る。
「おーっす!せんせー!取材中?」
周りに人がいようが構わず、露伴に駆け寄ってはずしりと重い体で寄り掛かってきた。
仗助のことを放って駆け寄って来てくれたことに悪い気はしない。むしろ優越すら感じるが、筋肉質な億泰の体は露伴には負担でしかない。しかし、男のプライドがある。どうにかよろめきそうになる足を踏ん張ってみせた。
踏ん張って見せたが、次第に重くなっていく億泰の重みに耐えきれず、棒のような足がふらりとよろめいた。
「重いんだよ、アホの億泰っ!自分の体重考えろよ!」
よろめいたのを誤魔化すかのように声を上げる。
口先では拒絶を見せるが、もちろん嫌ではない為押し返したりはしなかった。しかし、そういう時だけは従い離れていってしまう億泰。
「わりぃわりぃ、先生見るとついなァ~」
満面の笑みを見せては、そんなに自分に会えて嬉しいのか。そんな億泰が可愛いくて仕方がない。なんて思い表情筋が緩みかけたところに水を差す人物がひとり。
「そんなに重いっすかねぇ?まあ、漫画家なんて体鍛えねえから無理もねぇか~」
彼氏の癖によォ~、と時代遅れの髪型のクソッタレが馬鹿にしたような顔で露伴を揶揄う。あまりの言い草に言い返そうと口を開くが、億泰が仗助の背中に飛び乗り「じゃあ、相棒の仗助くんは俺ンこと軽々と持ち上げちゃう~?」「だーはっはっは!さすがにそれは重てえよ馬鹿!」なんてじゃれつき始めてしまい、嫉妬に狂ったその日の夜は有無を言わさず無茶苦茶に億泰を抱いた。
終わりなさい