○
ひとりで寝る夜なんて、慣れきっていたはずだ。
それなのに、佐久間さんが開いていた参考書に載っていたその和歌が、頭にこびりついて離れない。
「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」
中学生のときに習ったおぼえがある。たしか、百人一首に入っている歌だ。あの頃はすごく機械的に意味を覚えて勉強していた気がする。
歌の意味は分かる。でも、理解できるわけがなかった。
両親はとっくの昔に死んでしまったし、おじいさんも何年か前に亡くなっている。漠然とした不安に襲われることは何度もあった。でもそれ以上に、僕は、ひとりで生きていくことと、「約束」のことで精一杯だったから。
(……こんな気持ちを知らずに済んでいたのに)
しぃちゃんは「忙しい」とは言わない。でも、受話器の向こう側で手帳を繰る音が聞こえるとき、彼女の携帯電話が慌ただしく鳴るとき、空いた時間に授業資料を読んでいるのを見かけたとき、僕は彼女の日常を否応なしに意識することになる。
そんな彼女に、「会いたい」なんて、我が儘を漏らせるはずがない。
(しぃちゃん、いま、どうしてるのかな)
たった三文字で表せてしまうその感情を追い払うように、須賀は固く目を閉じた。