あなたの心を掻き乱すのはフリーナ「は……?」
たまたま道端に置いてあったゴシップ記事を、興味本位で読んでしまったんだ。少しは笑えるようなことが書いてあるだろうと思って。
でも、でもそんなの載ってなかった!その代わりに、とんでもないことが載ってるじゃないか…
フリーナ「ヌヴィレットが…パパ!?」
いや、これはあくまで出鱈目」
ゴシップ、噂に過ぎない。この内容が本当かどうかなんて、そんなのわからない。
でも、でもだよ?もし本当だとしたら、彼に子供がいるってことだよね?そうしたら当然…妻もいるってことでしょ?
フリーナ「はは、そんなわけない…そんなわけ…」
よくわからない感情が胸の中でぐるぐると渦巻いている。今にも壊れてしまいそうなくらい、苦しい。
フリーナ「なんで…」
胸の中は騒がしいのに、頭の中に浮かんでくるのは、今まで僕が見てきた彼の姿ばかり。僕に向けられた視線、僕にかけた言葉。全部が、頭の中ではっきりと思い出せる。
ああ、そっか…多分この気持ちは、そして僕は…
フリーナ「僕は、ヌヴィレットのことが…好きなんだ…」
どうしようもなく苦しくて、悲しい…こんな気持ちに気づかなければよかった…
って!ちょっ…ちょっと…こんなに落ち込むなんて、僕らしくないじゃないか!
一回落ち着こう、まだ可能性はある。この記事は嘘かもしれない…本当かもしれないけど…
フリーナ「本人に聞かないと、わからないじゃないか…!」
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そんなこんなでフリーナはヌヴィレットの自室にやってきたのである。彼は目の前のデスクで仕事をしていた。
ヌヴィレット「……何のようだ」
ヌヴィレットは半分呆れたようにフリーナに訪ねた。明日の審判の内容を確認していたところに、フリーナが突然尋ねてきたのだ。内容によっては面白くないと文句を言うというのに、邪魔しにくるとは。どこまでも自分勝手な神だと、ヌヴィレットは思った。
フリーナ「聞きたいことがあって…」
フリーナはそう言ったが、一向に話を始めようとしない。ヌヴィレットの方をちらちらと見ながら、1人で頭を抱えたり、唸ったりしている。
ヌヴィレット「用がないなら帰ってもらおうか。」
フリーナ「ある!あるから来たんだよ!」
ヌヴィレット「じゃあ早く話してくれ。」
フリーナ「えっと…」
先ほどからこのやり取りの繰り返しである。会話が進展する様子が全く伺えない。いつまでもこんなことに時間を割いていられないヌヴィレットは、資料を机の上にまとめると椅子から立ち上がった。そしてフリーナの方へ向かう。
ヌヴィレット「私も忙しいんだ。いつまでも貴方に構っていられない。」
フリーナ「うっ…」
目の前に来られては、視線を逸らすこともできない。
フリーナは一度深呼吸をすると、意を決して話し始めた。
フリーナ「君、この記事読んだかい…」
ヌヴィレット「ゴシップか…?そんなもの読んでも何にもならないだろう」
フリーナ「読んでないの…?」
ヌヴィレット「なんだ、貴方のことが都合悪く書いてあるのか?」
フリーナ「そうじゃなくて…君のことが書かれてるんだよ」
ヌヴィレット「何?」
ヌヴィレットは思った。確かに最近しつこい記者がいたなと。何も答えていないというのに、記事を完成させたらしい。
彼ヌヴィレット「何が書いてあったんだ。」
フリーナ「………」
ヌヴィレット「どうせ出鱈目だろう。だが、それを信じる奴がいるのも事実だ。変な誤解を招かれると困る。だから教えてくれ。」
フリーナ「……君が、パパだって。」
ヌヴィレット「……?」
何馬鹿なことを言っているんだという目で、ヌヴィレットがフリーナを見つめる。
ヌヴィレット「冗談はよせ。本当の内容を教えろ。まさか、揶揄うたにきたんじゃないだろうな…」
その言葉を聞いたフリーナの中で何かがプツンと切れる音がした。こいつ、僕の気も知らないで…!と、もうどうにでもなれと思ったフリーナは、全てをヌヴィレットに話始めた。
フリーナ「冗談じゃないよ!ほら、これを読んで!君がパパだってさ!いつ結婚なんてしてたんだよ!今頃、街では子持ち審判官とか言われてるんだよきっと!」
ヌヴィレットは顔に突きつけられた記事を手に取ると、表情を変えずに黙々と読み始めた。そして読み終わると、再びフリーナの方を見て言った。
ヌヴィレット「だから何だというんだ?」
フリーナ「えっ」
予想していなかった返事に、フリーナは戸惑う。
ヌヴィレット「貴方が気にすることでもないだろう。」
フリーナ「気にするよ!」
ヌヴィレット「何故だ。」
フリーナ「何故って…」
ヌヴィレット「仮に私が結婚していて子供もいたとしよう。貴方に何の関係がある?」
フリーナ「そ、それは…」
フリーナは焦った。このままだと、自分の気持ちを洗いざらい喋ることになってしまう。
そして、彼に真実を告げられたら、最悪の場合、この気持ちは…
しかし、フリーナは話し始めた時から覚悟はしていた。この感情を、彼に伝えることになるかもしれないと。こうなったら自分の気持ちにケリをつけよう、そう思った彼女はポツポツと語り始めた。
フリーナ「関係、あるんだ…」
ヌヴィレット「だからそれは何故だ。」
フリーナ「簡単な理由だよ…」
ヌヴィレット「簡単な…?」
フリーナ「僕は、君のことが、好き、だから…」
それを聞いたヌヴィレットは明らかに動揺していた。彼が手にしていた例のゴシップ記事が、彼の手から滑り落ちた。
フリーナ「君のことが好きなんだ…」
ヌヴィレット「……今度こそ揶揄ってるんじゃないだろうな」
フリーナ「嘘じゃないよ…これが、嫉妬っていうのかな。この記事を読んだ時に、想像してしまったんだ。君が、愛する家族と仲睦まじく生活している様子を。君の隣にいるのは僕の知らない誰かで、君は、僕が見たこともないような優しい表情を、家族に向けるんだ。」
ヌヴィレット「……」
フリーナ「そう思ったら、胸の辺りがすごく、痛くて…苦しくて…ねぇ、これが人を好きになるってことじゃないのかい…?結婚している君ならわかるよね、教えてほしいんだ…」
今にも泣きそうな顔でフリーナはヌヴィレットの方を見つめる。
しばらくの間、2人は一言も発さなかった。
そして、その間の後に、沈黙を破ったのはヌヴィレットだった。
彼はため息を一つつくと、フリーナの頭にぽんと手を置いて、優しく撫で始めた。
フリーナ「はぁ…!?な、慰めてるつもり…?」
フリーナは顔を真っ赤にしながらも、抵抗するようなことはしなかった。目には涙が滲んでいる。
ヌヴィレット「…私はそもそも恋愛などしたことがない。だから結婚もしていない。」
フリーナ「……ほんと?」
ヌヴィレット「あぁ、本当だ。嘘だと思うか?」
フリーナ「君、僕を子供のように扱うだろう…」
ヌヴィレット「貴方がどう思おうが勝手だが、こんなことに嘘をついても何も得はしないだろう?」
フリーナ「…うん」
話している間、ヌヴィレットはフリーナの頭を撫で続けた。普段は感じることのできない、少し特別な、そんな彼の優しさがそこにあった。
ヌヴィレット「誤解は解けたか。」
フリーナ「……うん、ありがとう…」
ヌヴィレット「それならいい。」
フリーナ「……でも、1つだけ。」
ヌヴィレット「なんだ、まだ他にも記事が?」
フリーナ「ううん、違う。その…君は僕のこと、どう思ってるんだい…?」
フリーナの頭の上にある手が止まる。ヌヴィレットは目線を彼女からそらした。それもまた、明らかな動揺を示していた。
フリーナ「…君、何でさっきから動揺してるんだい…僕が君を好きだって言った時も、雑誌を落としてたじゃないか…」
ヌヴィレット「……」
フリーナ「なんか言ったらどうなの?僕だって言ったんだよ?」
ヌヴィレット「……」
ヌヴィレットはフリーナの頭から手を離すと、少し躊躇いがちに話した。
ヌヴィレット「…嬉しいと、思ってしまったんだ。」
フリーナ「何が…?」
訳がわからないというように、フリーナは首を傾げる。
ヌヴィレット「貴方が、嫉妬したというのが。」
ヌヴィレットがそう言うと、再び沈黙が流れた。
2度目の沈黙を破ったのは、今度はフリーナの方だった。
先ほどよりももっと顔が赤くなっているのは、気のせいだろうか。
フリーナ「はぁっ!?そ、それって、どういう…」
ヌヴィレット「…言わないとわからないか?」
フリーナ「……君の口から聞かせて欲しい。」
ヌヴィレット「……はぁ。」
こいつには敵わない、という風にまた一つため息をつくと、ヌヴィレットは真っ直ぐフリーナの方を見て言った。
ヌヴィレット「私も、貴方のことが好きだ。これでわかったか?」
フリーナはそれを聞くと、涙を拭って、それから笑顔で返事をした。
フリーナ「……うん!わかったよ。君の気持ち、伝わったよ。おかしいな、嬉しいはずなのに、すごく恥ずかしい…」
ヌヴィレット「……」
ヌヴィレットは何も言わなかったが、その顔は微笑んでいた。
フリーナ「……ねぇ、ヌヴィレット。」
ヌヴィレット「どうした、まだ何か不安か?」
フリーナ「違うよ、えっと…その…これから僕たち付き合うんでしょ…?」
ヌヴィレット「…流れだとそうなるな。」
フリーナ「だよね!だから…その…」
フリーナはヌヴィレットの服をきゅっと掴むと、少し躊躇いがちにヌヴィレットの方を見ながら、囁くような声で言った。
フリーナ「恋人らしいこと、いっぱいしようね。」
普段の態度とは打って変わった、まるで別人のような、可愛らしいただの少女の姿がそこにはあった。
ヌヴィレットはしばらく動けなかった。聡明な彼の頭を持ってしても、この状況はすぐには飲み込めないらしい。
フリーナ「じゃ、じゃあまたね!明日の審判も期待してるよ、ヌヴィレット!」
そう言うと、逃げるようにフリーナは部屋を出て行った。
1人残されたヌヴィレットは、服に残ったシワを見つめると、一際大きなため息をつき、頭を抱えた。
ヌヴィレット「……何故貴方はいつも私の調子を狂わせるんだ…」
その言葉はもちろん、フリーナの耳には届いていない。