百戦錬磨の一途な子狐に手心を加えられた件について 獅子神が私にある頃から持たせるようになった手弁当とスープに『食事時に急患が来ないように』などという呪いを掛けたお陰で、恋人からの貴重なまじないが無事に為されるべく日夜気を張り詰めて急患を避け食事時間の確保に勤しむ、という本末転倒な行動をしながらのひと月以上に及ぶ神経をすり減らす勤務の為、無駄に疲弊した私の不調を気遣われ、私の好意からの奮闘に浮かれた獅子神に労いと称して自宅へと連れ込まれたあの日。
双方が機を見誤ったが故に互いのエナメル質が接触する鈍い音を立て不格好な形となった初めての口付けは、その後はすぐに自然に交わし触れ合えるようになっていて、事前に書籍や動画で学習していた成果は遺憾なく発揮され、恋人同士のファーストコンタクトとしては失態も落ち度もなく、一緒に何の問題もなく充実した楽しい夜を過ごせる、などと嘯いた子狐の可愛らしい二つ目のまじないをこのまま叶えてやるのもやぶさかではない、と意気揚々と彼のねぐらに乗り込んだ結果、果たして何事もないままに充実した楽しい夜は明けた。
3770