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    hiro16jbsssm

    @hiro16jbsssm

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    PPP後で思いやりクイズ後、しし君単騎戦前の解釈で、先生に激励されるししくんのお話。ほんのり付き合ってるししさめ。

    今日の花を摘め、明日結ぶ実を喰らえ 小学二年生の時、学校で理科の教育の一環として飼育されていたメダカが増え過ぎたということで、クラスの全員に数匹づつが譲渡された。
     淡水魚の生態、メダカの飼い方、アクリウム初心者教本、などという書籍を図書室で借りて読み、水槽やエアポンプ、餌や薬を小遣いで買いそろえて万全に住処の支度を整え、四年の間健やかに生きたメダカは、何の病気の兆候もなくある日突然に一匹が水面へと浮かんで息絶えており、二匹目もほどなくしてその後を追った。
     涙は零れなかった。本に書いてある年月よりも存外に長く生きた魚の亡骸を庭に埋めた後で、綺麗に洗い終えた小さな硝子の箱に新たに何かを住まわせる気にはならず、空っぽになった水槽は、家族で水族館に行った際に兄が弟とお揃いでこれが欲しいとねだって買って貰ったカクレクマノミのキーホルダーを付けた家の鍵を置く定位置となった。

     メダカの飼育を始めた同年に、犬を飼いたいと言い出したのは兄だった。
     ちゃんと自分で世話をするから、毎日散歩に行くし、などといった子供にありがちなおねだりの常套句をきちんと誠実に守り続けた兄を手助けすべく、一緒に犬の面倒を見始めた私を見て、気乗りしてなさそうだったのにやっぱり礼二も犬が好きなんだなと笑った兄に、好きではないがいきものを飼うのならば責任を持って最大限に良い環境を与えるべきだと返答すると、不可思議そうに首を捻った後に、お前は優しいよなと頭を撫でられた。
     中高の一貫校に入学した後、素行の宜しくない類の友人たちの相談や仲裁に奔走し帰りが遅くなることが増えた兄の代わりに、夕方の散歩には私が率先して行くようになっていた。時には明け方に帰ってくることもあった兄は、朝の散歩だけは欠かさず自分で請け負っていた。
     医大に入学した頃から、一日の大半の時間を床に臥せたままになった犬を、日中には母が、夕刻には私と父が、夜には兄がよく世話をしていたが、手術による短い期間の延命を望まなかったが故に晩年のそれは治療ではなく言葉通り身の回りの世話に過ぎず、無力感に苛まれ口数の減る私とは裏腹に、他の家族は痩せ細った老犬の介護にかまける時間に顔を揃える度に、子犬の頃の失敗や悪戯についての思い出話をする機会が増えていた。
     それから一年が経たぬ内に、老犬は短い闘病生活を終えて静かに旅立った。十年という大型犬の平均寿命を超えることは出来なかった。
     涙は零れなかった。兄は目が開かなくなるほど大泣きしていたし、父と母もさめざめと泣いていた。
     この命の炎が安らかに燃え尽きるまでに出来得る限りの手は尽くしたという言い訳染みた諦念と、家族同然の善き命を失った強い喪失感がそこに在り、もうこの先にいきものを飼うのは二度と御免被ると思った。

     大学で臨床実習が始まる五回生に進学した年、兄の結婚披露宴の末席に訪れた新婦から、ウエディングブーケを渡されそうになった。
     あなたの友人に渡した方が喜ぶのではないか、という至極無難な断り文句を言いきる前に、半分こしてオレの分は礼二にやるって決めたんだ、幸せのお裾分けを受け取ってくれよと補足に来た新郎に思わず無遠慮に顔を顰めて見せると、人生の半分近くを共に過ごしてきた家族を看取った時ですらも涙の一粒も零さなかった弟の渋面に、全てを理解したような穏やかな面持ちで、ああそうか、枯れたら悲しいもんな、と勝手な解釈を寄越され、しかしそれに対する反論の言葉は何一つ思い浮かばぬままに仮説を否定する要素も無いという意味で小さく頷いた。
     お前は優しいよな、といつか聞いたのと同じ言葉を投げ掛けられると共に、新郎新婦に両側から肩を抱かれ、中央で仏頂面をしている私の前に双方がブーケを掲げ持つ記念写真を兄の友人が撮影し、後日にその写真とデータを貰い受ける事となった。
     銀塩写真は保存性に優れ数十年は色褪せる心配もなく、歴史的な文献の保存性としては遥かに紙に劣り石板には及びもつかぬと言われる電子データですらもその保存媒体の材質は百年か二百年かと言われる寿命が有り複製も容易で、その保存期限よりは私の余命の方が大幅に短いので何も懸念はないだろう。

    ◇ ◇ ◇

    「つまり、どういうことなんだよ……」
    「あなた、私の話を聞いていなかったのか?」
     次の勝負に向けて悶々と思い悩んでいる中で開催された村雨礼二のウルトラ思いやりクイズのキモくなっちまった回答を、宴もたけなわに解散した後に遅れて反芻することとなったその晩、そういえば自分は沙汰の外だと称された贈り物をこの狂気のお医者様に恋人として贈ったことが有ったな、と思い起こし、迷惑だったかと訊ねた結果、無駄に長い思い出話を聞かされることになった。
     ダイニングテーブルの席に着きオレの隣で姿勢よく背筋を伸ばした村雨が水滴の付き始めたアイスコーヒーのグラスを手に取り、長話で乾いた喉を潤すようにストローを銜える仕草を眺めて、要領を得ない話に投げ掛けた質問に真顔で質問を返してくる素っ頓狂な恋人からの解説を諦め、要点に当たりを付けにいく。
     冗長にも程があるが、ともかく最後の部分が結論ってことで良いんだろうか。
    「あ~……花より花の写真のが良かった、って話で合ってるか?」
    「マヌケ、何をどうしたらそんな解釈になる」
    「他の解釈が見えてこねーから言ってんだよ!花が枯れるのがストレスだってのはわかったよ、今度は食いモンに花も添えるなら鉢植えなら良いか?オレが世話に通えば手間も無いだろ」
    「あなたが?私ではないものの世話を焼くのに時間を割くのか?どうしても植物を授与したいというのなら庭木の方がまだ良い、木の寿命は長く花よりは手が掛からない筈で、日頃の剪定や病害時の治療に関しては専門業者も手配できて始末が良い。私も仕事の傍らに樹木医の資格まで取るのは骨だからな」
     唐突に小悪魔かクソガキかと判じ兼ねるような甘ったれた抗議を織り交ぜて示された代替案に頭が付いていかず、零れる吐息に音が乗っただけの曖昧な相槌を返すと、不服げな男の眉間に不愉快の印が刻まれた。顔はわかりやすいんだが、頭ん中が全然わかんねえんだよこいつは。
     とはいえ、さっきより少しは話が見えてきた。

     いきものは花でも枯れるとストレスで悲しいから、長く生きるものがいい。
     手にしたいきものは大事にすべきだが、その世話は大変なので忌避したい。
     オレには他のいきものよりも、自分の世話を焼くのに時間を割いてほしい。

     ……いや可愛いな。可愛いよな?架空の生き物みたいに言いやがった『花を愛でる存在しない可憐な乙女』より寧ろよっぽどじゃねえのかこれ?
     花畑よろしくなこっちの思考をよそに正に死神といった不穏な表情で睨み据える恋人に、まあ読まれたからこそのこのツラだろうなと諦め半分にひとまず視線だけを逸らして誤魔化す体裁を整えると、小さな溜息を吐いた可憐な死神は、また話の前後の繋がりの怪しい告白を吐露し始めた。
    「大学病院の病棟に生花を持ち込むのは禁止されているが、未だに受け入れている病院もあるせいか見舞客が病室に置いていくこともある。原則禁止と明示している以上、そういった場合は撤去するよう伝えるんだが、綺麗だから嫌だとごねる子供に、それならば花のミイラにすれば良いと言って保護者に近隣の園芸店での加工を提案した結果、泣かれたことがあってな」
    「オメー、そりゃ、言い方!」
    「プリザーブドフラワーよりも幼い子供には生花が変容する過程とその後の状態が正しく伝わると思った」
    「そこは逆に正しく伝えなくていいだろ……っていうか何の話なんだよこれは、益々脈絡がねえよ」
    「以前あなたに貰った薔薇は、ミイラにしてある」
    「……あ?」
    「今の話のように大層な不興を買った例が有るので伏せておいたが、考えてみれば虚勢の為に買い集めた剥製が不要になっても、自分への戒めと検体となった動物への後ろめたさ故に競売で残った物は処分出来ず大事に保管してある男が、私に贈った花をミイラにされた所で気分を害することも無かっただろうな」

     この男は、私はあなたの隠し事もすべて看破しているし思いやりにも目覚めたので、と言わんばかりに得意げな面持ちで、何を語っているのか。
     皮肉めいた物言いとは裏腹に、想いを込めて贈られたのなら切り花ですらも枯れるのを惜しんでストレスの塊を抱えるとのたまうようなヤツが、それが潰えるのすらも理不尽だとばかりにその姿を遺そうとしたなんて健気としか思えない行動を語っておいて、その無駄に堂々とした太々しい態度は何なんだよ。
     そこには湿っぽい感傷も悲しみも無く、ただ不器用で深い愛情と、ままならぬ摂理への憤りにも似た情動の存在が感じられて、それはオレが生き延びる為に、成り上がる為に原動力としてきた自分への怒りに、ほんの少しだけ似た感情に思えた。

     慈しんで育てられたんだろうボンボンらしい純粋な優しさが有り、数多の死を見たんだろう医者らしい諦念と使命感が有り、全てに抗うように債務者の患者を買っては腹を割いてきたんだろう賭場の死神らしい探求心と激情が有って、こいつはそんな諸々を抱えたままに、恋人から貰った花を大事にしようと持て余し難儀した不都合はオレに伝えることも無く、どうにかそれを手放さないように密かに手を尽くしてくれてた、なんて熱烈な告白に、胸と顔が熱くなる。
     尊敬する奇特で気難しい強者で、愛する誠実で可愛らしい恋人が、これまでの人生で大切にして共に歩み手放してきたいきものよりも、その柔らかな心臓に刺さる棘のように、込めた想いを湛えた儚い器を、いきものとしてそこに在った時の形を残して彼の手元に遺った自分の贈り物の薔薇への嫉妬と誇らしさに、申し訳なさよりも嬉しさが勝って、独特な物言いで複雑な心情を吐露してくれた誠実な男に火照る頬を掻きながらに礼を伝えた。
    「何となくわかったていうか……大事に残しといてくれてありがとな」
    「わかれば良い」
    「まあ、次からは普通に食事か料理とかだけにするわ、ただでさえ仕事のストレスが多い先生に世話掛けさせるのもアレだしよ」
    「愛情の印として寄越されるのなら確かに血肉になるものの方が良いな。それに私は世話は焼くよりも焼かれる方が得意だ」
    「ははっ!得意って」
     胸を張って偉そうに世話されることに自負があると嘯く自信満面なツラに思わず噴き出して笑うオレに畳み掛けて『百%の愛は三百グラムの霜降り肉で概ね伝わる』なんて調子付いた要求を寄越す健啖家に現金なヤツだと憎まれ口を返して、こいつの死生観はどうなってるのか、宣言通り食べる物は良しの方向なら薔薇のシロップ漬けかジャムでも作ってみるか?なんて次の贈り物の予定を考えながら、夜景の見えるレストランでのベタな告白と共に捧げた薔薇の行く末の姿と、さっきの話に出て来た写真の話に水を向けて、テーブルの上に伏せられたスマホの横を指で軽く叩いて催促する。
    「なあ、その薔薇のミイラだけどよ、オレも記念に写真欲しいから今度一緒に撮らせてくれよ。あと兄貴の結婚式の一張羅のオメーも見てぇんだけど、スマホに写真入ってるか?」
    「それは構わんが、兄の式で着たのは真経津にパーティーと偽って呼び出された時と同じ服だぞ」
    「マジで一張羅じゃねえか」
    「学会後の懇親会などは概ねスーツで事足りるとなると、パーティーに参加する予定などそう無いからな」

     初対面で出くわした時のこいつの異質で物騒な雰囲気を殊更に引き立てていたあの場にそぐわない正装も、晴れやかな場所で着てるのを見れば可愛らしく見えちまうかも、いややっぱり決まって見えるかな、と見る目と一緒に育った気がする欲目を自覚して思いを馳せていた少しの間に、村雨がテーブルから拾い上げたスマートフォンを少し操作してこちらに手渡してきたのを慌てて受け取ると、写真アプリの家族と記されたフォルダの画像一覧が表示されていた。
     以前に軽く話を聞いた事はある、姪なのであろう少女とその隣に屈んで同じフレームに納まりピースを掲げる村雨の自撮りっぽい画像に続き、有名な某遊園地で浮かれた付け耳の位置を直す不機嫌そうな様子、甥らしき幼い子供を抱いてじっとその顔を見ている横顔、直近の物から過去の物へとスライドさせ繰っていった写真は漸くリクエストした式場で兄夫婦に挟まれて仏頂面な正装のお医者様の写真になり、次いで本人が撮ったのであろう兄や甥姪の写真が出てきて、思いがけずに見ることの出来た、思いの外に多かった村雨の過去の写真の数々に頬が緩む。
     全容を確認すべく一度サムネイル画面へと戻って上の方にスクロールすると、恐らく兄にでも不意打ちで撮られたんだろう遠慮のない不機嫌そうな村雨の顔のいくつかの画像の更に前の方に、古い携帯かカメラで撮ったものか、少しサイズ比率の異なる幼少期の写真まで現れ、興味深いアルバムをじっくり堪能しようとした傍から、手中の端末をオレの物とするりと交換されてしまい、思わず抗議の声を上げた。
    「あっ、コラ待てよ、まだ全部見てねえ…」
    「その写真の花木だが」
     オレが文句を言い終える前に遮って顎をしゃくる村雨の仕草に従い、手元に戻って来たオレの端末の画面を確認すると、立ち上げられたブラウザには造園業者のサイトの商品紹介ページが表示されていた。夏に小さな白い花を咲かせ、冬には赤い実が付くという、小ぶりな植物の写真が載っている。
     これがどうした、と尋ねようと顔を上げたのに合わせて疑問を声にする前に回答を寄越された。
    「そこの造園業者に植栽を依頼した。一週間後にうちに来るので、後払いであなたが代金を支払うように」
    「はあちょ…何でだよ、いやいいけど、プレゼントは花よりメシだよなって話をしただろさっき」
    「うちの庭の一角を貸与するだけで、これはあなたのものだ。あなたが世話をしろ」
    「センセーはオレに自分以外のモンの世話焼かれたくねーみてえなことも言ってたよなあ」
    「庭木は始末が良いとも言っただろう、細かい手入れや剪定については業者に頼めばいい」
    「普通にオレがやるけどよ、オレがオレの花をオメーのとこで育てるって、どういう趣向なんだ?」
     これの面倒を見ろと勝手に買い付けられた木に、意外にも薔薇の花ことばなんてもんを知っていたこの博識な先生が込めた深い意味でもあるのかと思ってみたり、それを呪物と言ってのけながら突拍子もない発想でおかしな贈り先を想定した変人なお医者様の思考から導かれる啓示を考えようと頭を捻っちゃみたが、やっぱりわからねえ。
     
     モヤモヤと考えがまとまらないまま携帯を持って席を立ち、空になったグラス二つを片手で回収してシンクに運ぶ。お代わりの飲み物はどうするかとの確認に不要の返事を貰って洗い物を終え、昼間の祝勝会を兼ねたおかしなクイズ大会を終えて帰った友人たちを見送ってから過去の贈り物についての感想を問う為に一人引き留めた恋人への口実に約束した夕食の支度に取り掛かった。
     村雨の気に入りのステーキ肉を冷蔵庫から取り出して常温に戻しながら、下拵えの必要な付け合わせの準備を始める。献立が決まっちまえばたいして考えずとも勝手に忙しく動く手に支度を任せて、引き続き突拍子もない恋人からの意図の見えない贈り物らしい何かについて考えてみる。
     休むに似たりって言うアレじゃねえかなこれ、なんて自虐的な考えを押しのけて、天板の隅に置いたスマホをスクロールして何かヒントでも無いもんかとその木の商品説明ページを最初から確認すると、件の木の説明の上の方に載っていた見慣れた植物の姿に、勝負の前に験でも担いでくれたのかと結論付けて小さく笑い、自分の為に選ばれた控えめな植物の生態を評価しつつ見知った同種の木について感想を述べた。
    「はは、十両って言うんだなこれ。日陰や寒さ暑さにも強くて丈夫ってのは気に入ったけど、縁起物ならセンリョウやマンリョウのがもっと景気が良かったんじゃねえの」
    「好事家の増加と改良品の価値高騰で投機されて一時は販売禁止されたほどの代物だぞ、額面はそれらに敵わずとも、中々捨てたものでもない」
     そう言われて、花や木にさして詳しくないオレでも見覚えのある千両よりも華奢な低木の十両の写真を改めてよく見てみると、風変わりな斑入りの葉も、俯きがちな楚々とした白い花も、その割に艶やかで真っ赤な実を立派に結んでいる姿も確かに悪くない。つーかこっちの方が好きかもしんねえ。
    「実がサクランボみたいだよなこれ、食えんのかな」
    「毒は無く生薬にはなるそうだが、残念ながら食用ではないな。残念ながら」
    「だっはっは!今からでも果物の木に替えるか?」
     軽口を叩きながら更にその傍にある説明を読み進めていくと、品種や植生や育て方に続いて語られている蘊蓄に村雨の言った通りの歴史の表記を認めて感心し、次いで移した視線の先に記された花言葉に目を瞠る。

     明日の幸福――。
     
     有名なあの正月飾りの方に掲げられた『富』や『財産』なんて謳い文句より、それはとてもささやかな願いのようで多くの人間が求め、オレが掴むためにチケットを掻き集めてきた、まだ全然足りねえ、もっともっとと希う強さとは別に、既に手が届いてるのかもしれない、取り逃してはいけない、すぐ目の前に在る、とても大切な――

    「一週間後だ、忘れるなよ」
    「……おう」
    「それからさっきの写真の続きは、また今度見せてやろう」
    「わかった」
     植樹の日を念押しする声に弾かれたように顔を上げると、真っ赤な二つの瞳が真っ直ぐにこちらを見つめていた。
     全てを見透かした風な死神の眼差しに息を飲んで、どうにか返事を返したら、駄目押しとばかりに焦らすように半端に与えられ途中で取り上げられた飴を鼻先に吊るす現金な鼓舞まで与えられちまって、不甲斐なくて気恥ずかしいような、だけど喜ばしくて胸が躍るような心地で、うるさいほどに早鳴る自分の鼓動の音が鼓膜を擽った。
     驚くほどに頭が切れて、不器用なほどに優しい恋人から捧げられた過分な愛情と切り火代わりの殺し文句に、しっかりと背筋を伸ばす。
     一言短く答えて頷いただけの返事に満足したように穏やかな微笑みを浮かべた思いやり溢れる男は、ちらと調理台の肉に視線を移し、そろそろ頃合いだぞ、と一転してふざけた調子で催促の言葉を投げてきた。

     預言めいた不吉な含みのある示唆でも、道標を仄めかすような意味深な激励でもなく、あなたがここに帰ってくることをただ知っているのだとばかりに寄越された小さな約束を胸に抱いて、荒野へと向かう覚悟を決めた。

     明日の幸福を、手に入れる為に。
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    ☺☺☺👏👏👏💖💖💖💖☺☺☺☺☺💞💞💞💞💞
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    hiro16jbsssm

    DONE付き合いたてのまだ健全なししさめ
    見たいようにしか見られない先生の小話
    子狐のスープにかかるのろい、或いはまじないについて「カップ麺に湯を入れると急患が来る」
    「そのジンクスってマジだったんだ」

     腐れ縁となったギャンブラー連中を何かと遊びに誘いたがる最年少の男にシフト表を要求され、配信者の企画の予定と共に許可も無くグループで共有されたのが数ヶ月前。
     それに合わせるように、どうせ自分も真経津の家に行くのだからついでに、今日はアルコールを用意しているから飲まない自分が運転を、などと何かと理由を付けて送迎を申し出るようになったマシなマヌケからごく最近に告白を受け応えて以来、特に集まりの無い日まで勤務後も欠かさず迎えに来るようになった男の車に乗って帰宅するルーチンにもすっかり慣れてしまった。
     要するに獅子神の自家用車の中は私の自宅と近しく、ともすればそれ以上に快適に感じるようになったが故に、病院の地下駐車場でその助手席へ腰を落ち着ければ必要以上に気を抜いてしまうようになっていた訳で、つまりは乗り込んだ時点で連勤で溜まりに溜まった眠気に襲われてしまい、助手席のドアを閉めてから運転席に座した男にほんの数秒、凭れ掛かるように身を預けることになった。
    10092