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    hiro16jbsssm

    @hiro16jbsssm

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    hiro16jbsssm

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    オバキルゲーム中の先生の思考の覚え書きと、その後のSS的な物
    兄への好感度と価値観からして、先生が先にししさん気に入ったよなという話
    ししさめ前提ですが、健全です
    ※原作巻末絵ではゲーム後お泊りした感が有りますが、帰宅したお話です

    騒々しい子狐との出会いについて 今となってはお人好しで世話焼きのマヌケと評するしかない男への第一印象は「騒がしい男だな」という一点だった。
     パーティーと偽って呼び出された賭場に私と同じく真経津の被害者として現れたCCの宛先らしき男は、何某か真経津に対して悪態を吐いている様子や表情からして立派な体格に見合って声も大きく煩そうだ、というのがまず最初に思ったことだからだ。
     となれば、まだ耳が聞こえないのは幸いだったなと考えていた矢先、こちらに向けられた視線と苛立ちの感情に対して短く問い掛けの形で答えると、思わぬ反応を返された。
     竦みそうな恐怖と動揺を隠して不遜な面持ちで受け答え、興が冷めたとばかりに視線を外し再び真経津に絡みながらも、潮が引くかのように失せた憤りの感情と入れ替わりに目線や口元や仕草の端々に滲む昂揚や好奇心を伺い見て、初めておや、と彼に幾許かの関心を持った。
     目の開かない生まれたての小狐の如くに、肉食性として生を受け、それでも弱くまだ稚い生き物のようでいて、野生の獣がそうであるように見るべきものが其処に在ることは本能として実感し、ともすれば本質が見えている、それでいて視るのを恐れている風な、畏れながらに薄眼を開ければ映る筈の何かに期待しているようなちぐはぐな印象は、ただただ興味深いものだった。
     聊か注意力に欠ける所は有れど、一般人にしてはそつが無く隙も無い振る舞いからしてこの男も真経津が以前戦った地下のギャンブラーであろうことは察しが付いたが、賭場にはそぐわない愚直さというか、素直さというか、そのような物を雰囲気として纏う様相のアンバランスさに、この男の外面と内面を今少しよく観察し詳らかにしたいと考えるも、早々に開始してしまったろくでもないゲームに参加する為に一先ずは致仕方なく診断を中止した。

     賭け事と言うにはお粗末過ぎる児戯の間にも重心の狂ったダイスの代わり映えしない出目にいちいち楽しげに反応する男の気配は相当に煩かったが、それを窘めるというよりは軽く往なしたのであろう真経津の言葉にしゅんと気落ちする様などは、マヌケ面の実に残念な賽の仕込みの手管や鼻に付く混じり合った匂いの不快さが笑えてしまう程度には面白く、つい真経津が声を上げる前に諸々と煩い子狐への初めてのお遣いを自ら頼むという気紛れを起こしてしまった。
     出遅れたとばかりに即座に乗じた真経津の口が閉じるのを待ち、不服気な男に対して念を押すように用件を復唱して伝え、不遜で不躾な物言いで鼓舞してやると、それに反発することもなく漸くしっかりと差し出した信頼と思惑を受け取って従った相手の神妙さや素直さに、ここに来て正しく僅かばかりの好感を抱いた。
     小者染みた威勢の良さと負けん気で露悪的に振舞いながらも、断りきれない人の好さを携え、等身大の己を弁える潔い謙虚さを持ち、強者への憧れや畏敬を抱いて、様々の感情が揺れ動く様は、眩しいくらいに目にも煩く、聴覚が失われているのが残念に思えるほど、とはいえそれ故に視覚やその他の僅かな情報だけで水面のようにまばゆく煌めいて視える様々な思考の波紋に、目を奪われた。

     あまりにも拙いイカサマのお披露目に鈍く痛む頭を抱える間に、正しく注文の意図を捉えてお遣いを終えた子狐をらしからず上機嫌で労うと、最低限の仕事だけはしたぞと伝えるように気のなさそうな相槌で小さく動く口元を横目に微笑ましい気分に浸り、鼠にも容赦など無く最後まで追い込む気満々で馬鹿らしい遊戯に本気で興じる馬鹿げた男の思惑に乗って、器械出しされた道具を手に術式を開始する。

     擦過傷の処置よりも簡単な手技を終え、些細な痛みに酩酊し今にも暴れ出さんとする患者の気付けで手首の腱でも切ってやろうかと懐に忍ばせた手の指先がメスに触れる前に、咄嗟にその頭を抑えつけ顔面を痛打させるだけで軽く昏倒させた荒事慣れしている手術助手の手腕に密かに驚くと同時に、これが本当に地下のギャンブラーであるのかという疑念が浮かんだ。
     気違い茶会主催の狂人には遠く及ばずながらに、一端の捕食者然とした立ち居振る舞いからして間違いなく「そう」だと分かりはするものの、マヌケ面どものマヌケ面を増悪させる間にもやり過ぎだと言わんばかりに眉根を寄せていたこの男は、欲の皮の張った糞袋やイカレた脳味噌を詰め込んだ糞袋の蠢くあの地下の有象無象の中に在るのが不自然な程に「まとも」で「健やか」だった。

     このまともで健やかな煩い男に、益々興味が湧いた。

     緊急での手術が続き昼食を取り損ねていたが故に急激に襲ってきた空腹を訴え食事に誘い掛けてみるも、何故か連れ出されたのは要望とは違うチェーンのハンバーガー屋で、投げた不平への応答の様子からして真経津のリクエストの方が通ったのかと不服に思いつつ頼んだ品を頬張れば、なるほど偶にはジャンクな肉の味も存外に悪くはない。
     こんなファストフードもギャンブルの真似事らしき遊びの後には相応しい晩餐かと一人納得して食事を楽しむ間に、何事かを尋ねてくる男に長話は通じていないぞと示すように適当な話を振り返すと、案の定に激昂した学習意欲旺盛な子狐が横合いから伝えられたのであろう私の耳の不調についての種明かしに大騒ぎする姿は、大変に愉快だった。

     大変に、愉快だったのだ。

     形ばかりに憤って見せる男に追加でパンケーキとシェイクの注文を頼み、不躾にも騙し討ちしたおかしな神経の男の誘いに乗って共にその自宅にまで遊びに行っても良いかと思う程には。


    ◇ ◇ ◇


    「いらっしゃーい!適当に座ってて~、今ゲーム用意するね!」
    「メチャクチャ散らかってんじゃねーか!よくこれでホイホイ人を呼んだなオメーは!」
     小ざっぱりとしたマンションの一室は、四人乗りとしては狭すぎるスポーツカーの後部座席に秘密基地みたいだとはしゃいでいた無邪気な男が一人で住むにはかなり広い間取りの落ち着いた瀟洒な部屋で、成人男性が一人で住んでいるとは思えないほどに雑多な玩具やガラクタがそこかしこに溢れ返っていた。
     途中で寄ったコンビニエンスストアで買い出した飲料や菓子類の袋を床に下ろした男が、その中身をローテーブルの端に並べた後、呆れ顔で腕まくりをして家主をよそに部屋を片付け始める。
    「ボードゲームやカードは全部そろってないんだよね、テレビゲームで良い?パズルとかアクションとか色々あるよ」
    「指先を酷使するような物は明日の仕事に差し支えるので遠慮する」
    「えー、それじゃオセロとかUNOとかの足りないの探さなきゃ」
     ラグに転がっていたテレビゲームのコントローラーを拾い上げて掲げ持つ真経津を一瞥し、ソファの座面に適当に積まれたブランケットや雑誌の隙間に腰を落ち着け、細かい操作や連打で競うような遊びは御免被ると伝えると、残念そうに眉尻を下げて辺りを見回し半ば途方に暮れたようにぼやく相手の頭上から、その周りを様々な物を拾い集めながら徘徊していた世話焼きの小言が降ってくる。
    「オイ、片付けてる傍から散らかそうとすんなよ。ゲームしたらどうせ後は寝るだけだろ、適当にまとめといてやるからその間に風呂にでも入ってきたらどうだ?」
    「はーい」
     下宿先にやって来た母親の如くにテキパキと掃除に勤しむ過保護な男の申し出だか忠言だかに、一度二度と目を瞬かせた大きな子供が破顔して短く応答し別室に向かっていくのを見送り、混沌とした部屋が秩序を取り戻していく様を暫し観察する。

     手近な箱を見繕って抱え、黙々と床に散らばる玩具を回収して歩く男があらかたの物をまとめ終えソファの周囲へと戻り、ブランケットを畳む手元からその横顔に視線を移すと、先ほど脳裏に浮かんだ疑問を直接本人へと投げ掛けてみた。
    「あなたは、ギャンブラーなのか?」
    「何だよいきなり、ナメてんのか?らしくねーってか……って、聞こえねぇんだったなそういや、大体伝わってる感じはするけどよ」
     こちらの質問に不機嫌そうな顔で振り向き応じるも、不意に眉間の皺を解いた男が畳んだブランケットと雑誌をソファの角にまとめて私の隣に腰を下ろすと、ポケットから携帯を取り出して机に置き、メモのアプリを起動させて先ほど言わんとしたらしきことを文字で伝えてくる。
    『耳はダメでも視力は普通に大丈夫なんだよな?眼鏡してっけど。そっちもそうだろうが、オレもこれでもギャンブラーだっての、ナメんな。真経津には負けたけどよ。ていうか文章で文句って言いづれえな何か』
    「そういう所だ、凡そギャンブラーらしくない」
    「あ?」
     画面に落としていた視線を上げ、その疑問を呈したことについての理由を述べると、不思議そうに首を傾げて返す無自覚な男に端的に診察の結果を告知する。
    「親切だ」
    「……だっはっは!そりゃ勝手気儘の真経津なんかと比べたら、誰だってな!……っと」
     私の適切な診断に一瞬きょとんと呆けた顔をした男が可笑しそうに呵々と笑った後で、そんな相槌まで律儀に文字で認めようとするのを画面の上にそっと掲げた手で制して次の質問を投げる。
    「そういえばあなた、名前は」
    「ああ、そういや自己紹介もしてなかったな。オメーは、ムラサメ、だっけ?真経津がそう呼んでた」
    「そうだ。村雨礼二、という」
     分かりやすく口を動かしてこちらを指差しながらに問い掛ける相手に、画面に漢字で姓名を表示させて読み方を告げて応え、改行でカーソルを下段へと移動させてから指を離して交代に名前を打ち込むように言外に促し、ついでに予測した候補を並べてみる。
    「あの男があなたを呼んでいた時の口元を見た限りは、石上とか西上、辺りか?」
    「器用だなオメー……あと微妙に惜しいけど本当に全然聞こえてねーのか?オレは、獅子神敬一だ。シシガミ、ケイイチな」
     机に置いたままの携帯の画面に横合いから左手で文字を打ったことに対してか、当たりを付けた苗字に対してか、妙に感心したように呟いた後、漢字の名前に片仮名で読みまで追記した物を指先で示し、その指を口元に移して再びこちらに真っ直ぐに視線を向けて発音する親切な男に続いて、教わった名前を復唱する。
    「シシガミ、ケイイチ」 
    『今更だけど、聞こえねーのによくイントネーションおかしくならねえな?突発性で聞こえづらくなる病気でもちょっと違和感出る場合も有るって、知り合いに聞いたけど』
    「私はそう長く患っている訳ではないからな」
    『読み取った名前が近かったのって、読唇術とかいうやつか?サイコロ投げる練習以外にそれもやった方が何か役に立ちそうか?』
    「技術と言えるほどの読話の心得は私も無い、口の動きがはっきりしている相手なら少しは分からんでもないという程度だ。習得した所で使うのに必要とする集中力や修練に見合う成果は見込めんしな、聴覚が封じられる勝負というのも限られる……まあ有るには有るが、そういうものはそうならないように立ち回るべきだ、本来は」
     些細なことにもいちいち驚いて事細かに訊ねてくる熱心な患者の筆談に丁寧に口頭で答えてやっていたものの、それに紐付いて不意に頭に過った不本意な敗北の記憶と共にほんの僅かばかり剣呑に揺れた心持ちが意図せず声音に乗ってしまったのか、意外そうな面持ちでこちらを見遣る子狐をじろと一瞥すると、咎める視線に肩を竦めて自然に受け流す仕草に苛立ちとも感心とも知れない妙に複雑な気分に苛まれる。
     どうもこの獅子神という男と話していると、調子を狂わされていけない。
    「……賽やカードは扱いに慣れているに越したことはないからな、必要と思うなら好きなだけ練習すれば良い。両手で五個か十個づつほど振って狙った目が出せるようになれば上出来だ」
    「はああハードル高くねえかぜってー無理!」
     八つ当たりめいていると自覚は有る些細な失態の誤魔化しと腹癒せで質問の続きに少しばかりふざけた回答を投げた私の戯言に、分かり易く動揺して叫び真剣に思い悩み始めた相手の表情に溜飲を下げ、煽るように口端を引き上げ冗談だと首を傾げて示してやる。
     はっとして文句を言わんと端末に伸びた大きな手を再び画面に翳す手で先んじて遮ると、やっぱり聞こえてなくてもわかってんじゃねーか、何でもよぉ!と活舌良く動く口元から伝わる嘆きの声と共に私の手の下から乱雑に携帯を回収しポケットに捻じ込み直すご立腹の騒々しい子狐に、自然と皮肉に歪めた口元が綻んだ。

    「わあ、獅子神さんありがとー、すごいキレイになったね!」
    「おう、オメー人を呼ぶときは今度はもうちょっと片付けとけよ」
    「こんなボードゲームも有ったんだっけ、ねえ最初はこれで遊ぼうよ」
    「待て待て、あんな曲芸だかイカサマだか見せられた後でこんなのやらせるかよ、八面だって十二面だって好きな目出せんだろオメーらは」
     部屋着姿でホカホカと湯気を上げながら上機嫌で戻ってきた風呂上がりの暢気な男の声に、揶揄われたと憤慨した気配をあっという間に鎮めて説教をする側に回る調子のいい男の切り替えの速さに、賭場での立ち回りに要する能力とは別種の、豪胆な雰囲気を装う言動とは真逆の慎重さや配慮を伺い見て、更にその腹の内を探りたいと食指が動くものの、先ほどからギャンブルのコツや心得くらいしか聞いてこない行儀の良い相手に無遠慮に踏み込むのが躊躇われてしまう。
     倒すべき対戦相手でも、債務者の糞袋でも、病んだ患者でもない、同僚や家族とも違う、まともで健康で、内に潜み燻る微かな宿疾の正体を上手に隠して化かそうとする煩くもマシなマヌケの子狐との触れ合い方にほんの少しだけ戸惑い、思索の海に沈む。
     こちらの思考などお構いなく、諫言への返事を保留して早くゲームをしようと浮かれる子供と、ダイス使う物は無しだと負けん気を見せる子狐に急かされるままに、仕事や勝負事においては対象を意識の俎上に載せる前に勝手に働き出す診断の為の視力を強引に閉ざして一つ息をつくと、戯れの諍いに続く遊戯に勤しもうと勝負の席に着いた。


    ◇ ◇ ◇


    「ホントにオメーらはカードも全部裏から見えてるみてーだし、ルーレットまで自在に止めるしよ……」
    「マヌケめ、どう考えてもダイスを振るより子供騙しのルーレットの方が簡単だっただろう」
    「まあまあ、獅子神さんも最後の方はちょっとできるようになってたし、こっちでもう一回やろうか?」
     賽を使う物は不利だと忌避した獅子神がマヌケにも選んだのは人生ゲームで、盤面に据え付けられた玩具のルーレットなどは造りの粗さ故に出る誤差を調整しても賽を振るより余程扱いが容易な物だったと本人も早々に気付いた時には、楽しげに笑う真経津にもう降りるのは無しだと宣言されてしまった。
     賭場の鼠を食い物にした猛禽が揃って平穏な日々を進む合間に都合の良いイベントで大きく稼ぐ人生を盤上で歩む傍らで、間違いなくこの中では一番穏当に普通の人間らしい男が税金対策に失敗し車を爆発させ火星に移住したりする波乱万丈の人生を送るのを主に真経津が大いにはしゃぎながらゲームを終え、リベンジだと挑まれたカードゲームに三度目のもう一回!を聞いた頃にはリビングの時計の針は零時を回る時間を指していて、最初のゲーム選択について尚も恨みがましくぼやく獅子神と再戦を促す真経津を横目に、思いの外に早く時間が過ぎたなと名残惜しい気持ちでテーブルの上のペットボトルに手を伸ばした。
    「そろそろ失礼する」
    「え~、二人とも泊まってけばいいのに」
    「そうだ、テメー勝ち逃げとかふざけんな」
    「敵に眠気が来た頃にどうにか勝ってやろうなどというマヌケな体力勝負に付き合うつもりはない、明日は仕事が早番なのでな」
    「だ、誰もそんなこと言ってねえし!……って、今からタクシー呼んでたらもっと遅くなるぞ、オレも帰るからついでだし乗ってけ、そんな遠くはないんだろ」
    「……では、頼もう」
     ポケットから取り出した車のキーを見せる獅子神の提案に小さく首を傾げ、先ほどまでのゲームや会話の中で凡その輪郭を検めたその人柄からして何の裏が有る筈もないと分かる厚意を素直に受け取ると、面白い遊び相手を道連れに引き上げることになったこちらに駄々を捏ねるような視線を寄越した子供の不満げな顔が、長い睫毛を伏せ妖艶に双眸を細める微笑みに変わるのと共にぴりと震えた空気に眉根を寄せる。
     診ている患者から視られていると感じるのはハーフライフのゲームではまま有ることだったが、この一見無害そうな瘋癲の優男からは、その視線が昏い深淵の水面に映る己の物であると錯覚させられ、それを自覚すると同時に背を這う毒虫の如くに走る怖気に、一段下のランクの物であった筈のゲームの最中には終盤まで気付くこともできなかった。
    「今日は楽しかったね。 ねえ、めっけものって感じでしょ?」
     値踏みの気配に分かり易く示してやった不快感を宥めるように、諍うつもりは無いと応えて人好きのする柔らかな笑顔へと表情を移ろわせた真経津から、私がもう一人のゲストである愉快で人の好い騒音男をそれなりに気に入ったのを当然のように察して「この友人はわしが育てた」とばかりに得意げに伝えられた一言に微かにざわつく胸中の不可思議な違和感を捨て置き、事実だけに短く同意して礼に代え、改めて今日の日の初めに投げた忠告を重ねて伝える。
    「確かに。パーティーではなかったが悪くない夜だった。次に用が有るときには正しい内容を伝えてBCCを使え」
    「ああ、オレもまあ、悪くなかったな。次はぜってー負けねーからなオメーら!」
    「そうだ、もうグループ作っちゃった方が早いよね、一度に連絡できるし」
    「おう、しょうがねえな!」
     菓子や飲料の入っていたレジ袋に綺麗にごみを分別しまとめて家主に手渡した件の目付物が会話に参加し、次の機会をと逸る意気込みを聞き、自分も意図せず似たようなことを言った気がすると思い返す間に、すかさず次の遊びの連絡手段を取り付けた真経津の提案に素直でない物言いで喜々として応諾する獅子神の様子を見遣り、反論の機も逃してしまったかと小さく溜息を吐くと、友人同士の新たな繋がりを提起した当人に目配せで示された「この憎めない人柄もある種の才能だよね」という含蓄に軽く瞼を伏せて同調し、こちらも携帯を取り出してアプリでの連絡先の交換に応じた。

     浮かれた心持ちが顔にも鼻歌にも余さず出ている男の様子に、やはり何故これが賭場などに出入りしているのかとの疑問を抱きつつ玄関先で見送る真経津に別れを告げて来客用の駐車場に向かう。
     スポーツカーに乗り込みエンジンを掛ける獅子神の隣に座りシートベルトを装着する私の指先から耳へ、目元へと忙しなく泳ぎ寄越される視線を追い掛けるように見詰め返して、ぎくりと振り向いた男の物言いたげな眼差しを正面から見据えて問い掛けた。
    「不躾に人を眺めていないで、何か聞きたい事があるのならば言え」
    「あーいや、えっと、……その耳よ、ダメにしたのは真経津とのゲームでなのか?オメーもアイツに負けたんなら、どんな賭けの内容だったのかってちょっと気になっちまって。言いたくないなら別に良いんだけどよ、同じとこで戦ってんだから、敵として会うかもしれねーしな」
     逡巡した後にゆっくりと口を動かしながら勉強熱心な男に告げられた質問は予想通りの物で、しかしその聞き方は歯切れが悪く、断りの口実となる逃げ道まで用意して予防線を張っている。
     聴覚を潰した勝負の話になりかけた際の私の自省からのささやかな不機嫌さに配慮しているのか、語尾に近付くにつれ小さくなる唇の動きと再び彷徨い出す視線から、どうも平時の威勢の良さとは裏腹の、本人はそれを忌み嫌っているようにも思える臆病さや怯えのような物すら感じるが、その一見スマートな気遣いや分別から滲出する、粗野で自信家な貌の裏側に在る、親切で善良な心持ちの、更に奥に潜む彼の歪みの縁へと触れた指先を、どうしようもなく湧き出した好奇心を、大人の機嫌を伺うような眼差しで答えを待つ子供の視線に阻まれ、そっと引き上げる。
    「……サウンド・オブ・サイレンスというゲームだ。ハーフライフ相当のゲームらしいと聞いたが、4リンクでやっていたのだから概要程度なら秘匿もされないだろう。全部を説明するのも面倒だ、今度知っている行員にでも聞いてみろ」
    「へえ、担当とかは居ないけど、よく会う行員は居るから聞いてみるか」
    「そうしたら今度会った時にでも、勝負の内容も教えてやろう。それまでの間、あなたならどうしたら勝てるか考えてみれば良い」
    「え!いいのか」
    「引き換えに、その手の傷を負った時の話についてでも聞かせて貰おうか」
     社交辞令の如くに提示した、とはいえ半ば以上に来たることが予見され、自分でも意外なほどに心密かに期待し待ち詫びている次の機会の約束に、無遠慮にその内側を暴きたく思ってしまったことへの陰ながらの贖罪と送迎へのささやかな礼を込めて、マヌケな試合での自分の失態を伝えることで、マヌケな戦い方をするギャンブラーも居るものだと注意喚起を含めて教示してやろうとの提案を口にすると、思った以上に喜びを露わにして浮かれた様子の獅子神に釣られるように胸が躍る心地に頬が緩む。
     私に診られていることにも気付かず、今日知り合ったばかりの男の時間を気遣って送り届ける事すらさしたる恩とも貸しとも思ってなさそうなお人好しが遠慮しないように、賭場に居る時から目の端には映っていた傷跡が端末に伸ばした手の甲を間近で見たことでそう遠くない時期の物だとの確信を得て、この男の性質からして察せられる答えを直接当人から聞くのを便宜上の対価として提示する。
    「いいけどよ、こっちの話はマジでダセぇし、オメーが聞いても何の参考にもならねーぞ多分」
    「まったく参考にはならんが、ただの興味本位だ」
    「聞く前に言い切るなよ!」
    「ふふ」

     クラッチを操作し、私の診断通りの印象を裏切る事なく静かに車を発進させた男の安全な運転に身を任せて、ゆったりとしたシートに背を預ける。
    「ちなみにこの耳の有様は察している通り、その負け試合のペナルティだ」
    「……そっか」
     あなたのそれもそうだろう、という意を含めながらにさらりと問い掛けへの答えを一つ示してやると、私の負けを知っても調子付くでもなく、マヌケなゲームの最中にグラサイにはしゃいでいた時のように侮るでもなく、仄めかされた宿題と回答のお預けに息を飲んで目を輝かせた後に、改めてはっきりと告げられた私の敗北の事実に安堵したように少し緊張の緩んだ表情や息遣いを見て忠言を投げてやる。
    「このバケモノがあいつに負けたのならば自分もまあしょうがないか、などと思っているようではこの先痛い目を見るぞ」
    「耳聞こえねーのにどこで聞いてんだよ、人の心の声までよぉおっかねーヤツだなオメーは!……だから今日も勉強しようと思ったし、実際参考になったわこの野郎!」
    「ふふふ…理解しているなら結構、何よりだ」
     医者からの耳の痛い諫言に鬱陶しいと眉を顰める患者も少なくないが、獅子神から滲み出す苛立ちの気配は当人自身の不甲斐無さへと向かっているようで、乱暴な口ぶりとは裏腹に伝わってくる謝意に、また意図せず笑みが零れてしまう。
     横顔に向けられた私の視線に応えるように、はっきり、ゆっくりと言葉を紡ぎ、信号を待って顔ごと少しこちらに向けて話すその唇から零れる憎まれ口を、その声の振動を、正しい音色としてきちんと聴いてみたいと思う。
     当然のように差し出される幾つもの親切と楽しげに弾む会話や冗談を全て正しく受け取って、もっと正しく答えられるように。
     長く共に暮らす家族の気質や習性は似てくるものだというが、今日という日のごくわずかな時間の中でも過分に見せられたこの男のお節介や世話焼きという性質は、人から人へとこうまで伝わり易いものだっただろうか。
     時に厳しくも優しく、おおらかで愛情深い両親や兄に囲まれて育ち、それを心地好く素晴らしいものだと理解しながらに、人としてあるべき理想の心の動きすらも手に馴染む手術器具のようには上手く扱うことの出来なかった私は、そう優しくはない人間の筈だというのに。
     つい今し方にも、まともで健やかな男の内腑に視えた小さな病巣の気配に、患者として診察を請われた訳でも、債務者に贖いとして差し出された訳でもないそれに、不安と焦燥に駆られ、探求心に急き立てられるままにメスを入れたいと願ってしまった己の情動が心疾しく密かに消沈していると、そんな感傷をかき消すほどに明るく揶揄の色を含めてこちらを伺う獅子神の表情を見て、思わず訝しげに目を細める。
    「でもよ、オメーこそこうして話してみると、あんまりギャンブラーらしくねえよな」
    「何?」
    「親切じゃねーか!」
     私が今正に自覚し反芻した己の本質について反論するように、自らが捧げた心遣いが鏡写しに反射して返って来ただけのそれを私から受け取ったと腕に抱いて嬉しげに笑い、気恥ずかしい誉め言葉を言い返してやったとばかりに得意げに胸を反らす子狐の様子がどうにも可笑しく、喜ばしく、何故か悔しくもあって、してやったりな顔の男へ何食わぬ顔で当然だと答えてやる。
    「それはそうだろう、私は医者だからな」
    「は?……そういやメス、え、漫画の……あの闇医者以外にメス持ち歩いてる本物の医者とか居んの?」
    「私も外科医ではあるが免許は持っている。ここから暫く道なりに行って二つめの信号を左だ」
    「いやホントに本物かよ!しかも外科医って……そりゃサイコロの二十個や三十個、軽く好きな目が出せるだろうよ……」
     ハンドルを操作する手はしっかりと私の道案内に従いながらもブツブツとおかしなことをぼやく獅子神に、先ほどの軽口をエスカレートさせて真に受けるな、外科医を何だと思っているんだマヌケ、と文句を投げようと思うも、横目に盗み見てくる何故か恨みがましいような視線に宿るのは負けん気の強い気骨から滲む焦燥、そして目の奥に有るのは卑下でも諂うでもない素直な仕事の技術自体への敬意ばかりで、むず痒いような心地で言葉を飲み込む。
     本当にこの男ときたら、どうにも反応しづらくて敵わない。
    「オメーはそんなご立派な仕事とか家とか、そうやって初対面の相手にあっさり教えて良いのかよ、オレが悪い奴だったらどうすんだ?」
    「自分が悪人だと名乗る悪人はそう居ないし、賭場に出入りしている後ろ暗い身の上は同じだろう、そもそも隠している訳でもないしな。ああ、そこの信号を曲がったらすぐ次の角を右だ」
     人の好い男の心配に、そんな善良な悪人が居るかと揶揄しながら、とはいえなにしろあなたも同類だろうと同じ泣き所を持つ身として懸念は無いと伝えて誘導を続けるも、不服気な顔をしている相手に己の言動を顧みてから他人の心配をしろと重ねて伝えてやる。
    「あなたはとんだお人好しだな。そもそも悪い奴がこんな得体の知れない初対面の男をわざわざ自宅と逆方向の家にまで自家用車で送ってやったりするものか」
    「何で分かんだよ、うちが逆方向ってオレ言ったか?……あと得体が知れねぇ自覚はあったのか」
    「今、私の悪口言ったか?」
    「だから何で分かんだよテメーは!そこ口動かさねーで言ったのに!そういうとこだよ!」
    「第一、賭場で負けた相手にあんな雑なメールで誘われてホイホイと遊びに来るマヌケが悪人だったとして、何を警戒する必要が有る」
    「……はは!自己紹介じゃねえか!」
     自虐めいた皮肉を込めた賞賛でトドメを刺してやれば、気紛れに足を運んだ私も同じくだろうと屈託なく笑う顔に、ああこれが楽しいという感覚だったかと思い起こす。
     私という人間の人生の途上には有る筈の無い、平穏な、と言うにはどこか剣呑な狂気の狭間には有れど、確かに堅実な日常を紡いでいるように見える男と語らう何事もない時間への喜びとその騒々しさの重みを感じて、これは得難くも手を伸ばさずにはいられない、その機を手離すには惜しい素晴らしいものだと思ってしまった。

    「ご苦労」
    「オメーのそれ、ホント偉そうだからな」
    「冗談だ、助かった。……ではまた」
    「ああ、次に会うまでちゃんと気合い入れて生きてろよ!じゃーまたな」
    「あなたこそ、道中気を付けろ」
     自動点灯のポーチライトだけが燈る無機質な家の玄関前で停められた車から降り、バーで伝えた時よりもふざけた調子で労いの言葉を掛け、パワーウインドウを下げて少し身を乗り出した男の打てば響くような反応に合いの手を返し、短く別れの言葉を告げると、真経津の不吉な言葉に掛けたように返された激励に口端を引き上げて、同じ心配りと共に帰り道を案ずる言葉を返す。
     行ってらっしゃい、気を付けて、と実家を出るまで毎日のように母親に贈られた見送りの言葉をふと思い出して、それが家族以外の相手に対して自然と心からの願いとして自分の口から零れた事に、内心少しばかり驚く。
     不敵な笑みと共に軽く手を上げて応えて車を発進させた獅子神が灯すテールランプが住宅街の道の奥を外れて消えて行くまで眺め続けて、別れ際に見せた笑いながらもどこか名残惜しそうな友人達の顔を思い起こし、ひょっとすると自分も同じような顔をしていたのではないかとの懸念を抱えながらに、いつになく明るく浮き立つ気持ちで送り届けられた暗い家の扉を開けたのだった。
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    Replies from the creator

    hiro16jbsssm

    DONE付き合いたてのまだ健全なししさめ
    見たいようにしか見られない先生の小話
    子狐のスープにかかるのろい、或いはまじないについて「カップ麺に湯を入れると急患が来る」
    「そのジンクスってマジだったんだ」

     腐れ縁となったギャンブラー連中を何かと遊びに誘いたがる最年少の男にシフト表を要求され、配信者の企画の予定と共に許可も無くグループで共有されたのが数ヶ月前。
     それに合わせるように、どうせ自分も真経津の家に行くのだからついでに、今日はアルコールを用意しているから飲まない自分が運転を、などと何かと理由を付けて送迎を申し出るようになったマシなマヌケからごく最近に告白を受け応えて以来、特に集まりの無い日まで勤務後も欠かさず迎えに来るようになった男の車に乗って帰宅するルーチンにもすっかり慣れてしまった。
     要するに獅子神の自家用車の中は私の自宅と近しく、ともすればそれ以上に快適に感じるようになったが故に、病院の地下駐車場でその助手席へ腰を落ち着ければ必要以上に気を抜いてしまうようになっていた訳で、つまりは乗り込んだ時点で連勤で溜まりに溜まった眠気に襲われてしまい、助手席のドアを閉めてから運転席に座した男にほんの数秒、凭れ掛かるように身を預けることになった。
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