Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    コクメイ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 16

    コクメイ

    ☆quiet follow

    ロトさんのArcaeaパロ 特殊性癖かよ

    ひとつなぎの緞帳のようにちぎれた――大聖堂の――瓦礫。まるで秩序なきフィドルの構造のように散逸する光芒のなか、絨毯爆撃に砕かれた墓標のようにつづく、大きな。床面のひび割れ、その奥にみえるのは、残骸めいた庭園……神殿の背骨にかきだかれて呑まれた、半壊の水晶洞。
    虚空に斜めに差しだした硝子たち。そして透明な地衣類がつくりだす奇怪なる水晶宮らは、まるでその巨大な翼に彼をかばおうとしているかのように見えることだろう。翼のむこうにみえるのは闇ではなく光、ただ白一色であるらしい。


    だがしかしその翼はあまりに薄く脆く見える。脊椎のような構造物たちとともに、崩れ落ちてしまうことは明白と思えた。
    うごきと生気に満ちた触手たちを水晶に貼りつかせたまま、遠くきこえるのは叫び。彼は力を萎えた体の残滓をむなしく中空に藻掻かせ、脆弱な地殻に足をかけるようにして一歩。
    透明な素材のヴェクサシオン、その階段を踏むささやかな音。崩れおちた水晶片の山を歩く度のかすかな音。彼が世界に投げかけた痛恨をいや増す、隔壁のように壁のように周囲からはやくも溢れ出る、とろけた提琴の糸。そのゆび。
    神殿をとりまく水面が波立ち、彼の足場もまた危うく。踊りだしてゆく人体群、煙から伸ばす手、研ぎすましたばかりの大鋏の光る手首……
    男?女?それとも青年たちか?地階をおおう緑の群れ――何度か首を掠める影は、触手かあるいは手か。水晶宮へとむけられた彼のまなざしは焦点を失い、そして神殿をのぞむ斜面へ、ゆっくりと膝からくずおれてゆく、その。


    ――軛とは、いたく悲しげに翅を震わせる幻想とはまるで違う生き物で。


    幻覚が見える。
    彼の指先が見えない暗がりの奥を指差す。見えぬ――遥か遠くに霧が棲むばかり。甘く。やわらかく、耳をすり抜けて抜けだす大気のおしべと、めしべの痺れるような微かな音から遠く忍びでるように。母の幻覚が彼へと滴っている……花托か、いや雪片?
    それにひかりの透ける音。水晶宮の幻像の中で呼吸するようにふるえだした透明な翅が、ゆっくりと力なく伸び、環をひろげ。そして閉じかけ、離れた手を安心させるかのよう。


    微かに仰臥している彼の五指。これほど厳粛で荘厳な処刑があっただろうか?
    指の環がほどけるにつれて。
    彼の体は透明になる。しかしまだ命の気配はある。彼の体をとりまいて、翅から湧く水晶の粉が環を織りなしていく。屍布のように彼を包み、あるいは繭めいて、彼の体を世界より隔絶しゆく……その神殿の白熱は、光で織りあげられた透明な棺にうつっている。
    地衣の群生に隠された銃弾、その仕組みさえも晒そうと翅がかろやかに空に踊る。どこかさわがしい、なにかはげしい音楽も遠くきこえる……
    その環が彼の首にかかりかけた時。
    彼は首を曲げ、その環のむこう側を見る――いや見るまいが、見ることを選ぶだろう――そして見た。


    彼がかつて知っていた、今は見いだすすべもないものごとと。やっとで出遭う時がきたのだ。この白熱する神殿によって。


    啊、と描かれる声。彼――ロトの声帯の震えは、ぎこちのないもの。Arcaea――Arcaeaと呼ぶべき、それ。吁、噫、ネオテニーの殻が、原始の音楽を変異して。おおきく光る翅がしなやかに翻った。
    〝それ〟の背にたしかに星がまたたくのを彼が見た時。
    合奏群が切り飛ばされた。瞬間、ひとときもとまっていなかった音の断片が、スローモーションのように揺りかえってくる。翅とともに降りてくる巨大な糸胞が、神殿をかすめてすぎていく。


    揺りかえした音部記号の端、汚らしいコーラスの古びた部分の歪んだ音色。
    切っ先を伸ばし貫こうとする針にも見えた何か。前方上空より、見えない水へと。光の放流と泡粒が生まれながら、捻れあって重い環の様相をつくりだしていく。地衣の柱に叩きつけられる音とともに遥か天界へ暴発してゆく彼等。
    それは確かに、かつてロトもみたことのある光――ひとつのおわりが今きた、というのか――輝き。すべてのものを、静寂のようにまったきところへと織りだす無言の歌。


    そしておちていくものたちとは引き換えに、取り残される。炎を上げ、幾十もの創傷を負う世界で、小さなきざはしに囚われて。
    ……その棺たちの大地では、もう何もきこえないだろう。ただ翅の音の洪水だけが脈打ち、そして白熱した神殿だけが燃えさかっている。


    ***


    弾丸にゆがめられながらもかろうじて世界を覆っていたヴェールが、しずかな脱力の混沌に転じてゆく。
    最後のときを秘めたまますべてのヴェールは一瞬はためき、落ちるべき階段を思い出しでもしたようにゆっくりと瓦解し――未だ踊る透明な水晶の破片たちのまっしろなきらめきの中をゆっくりと満たし、流れ去ろうとする。
    壁面の残骸がかき回されて内圧が引きつれる。瀑布さながらの硝子の残滓がその連鎖とともに噴きだし始める。吹き上がるそのために底面さえも押し上げられたのか、不安定な甲板はますますの底無しになり、わずかな部屋の中ほどに立ち尽くすロトの身体はみるみる下に沈む――割れてゆく硝子の大きな高笑いをたたえつつ、宙へと流れ漂うにまかせられる。
    傾斜して光の注ぐ石の廊を落ち、再び水のなかに、体中から沈んでしまうように浸かっていく彼の総身。その妄想めいた一瞬に重なる形で、舞台の上の現こそが真とかみ合う。


    夢見る目で語り始めた女の徴候。いまここで抉りだされるかのようにあらわれるもの――それをロトは見た、確かに見ることが出来た。そして彼女の声が再び響きはじめるのを、ロトの魂の底は知っていた。
    この、すでに失われた星たちの、しかしいまだ生まれぬ百万の太陽の眩きを。覆うかのように天からやってくる虚無の影。それでいてかつて思い描くほか術もなかった無限なる白。それは長大な羊皮紙のようにいちめんの縞をはいていく、苦く耐え難い甘みと色によく似た暗黒が太陽の紅に衝突しながら。


    今となっては姿を変えたすべての未見の地層の灰色。暗闇の中で運命の調を囁き続ける途方もなく空虚な夜景のもの悲しさ。
    喰らわれようとしている古代生物たちの血肉の色彩……無限の歳月の彼方へ思いやる目でそれをみつめはじめる女の体。限りない賛歌を彼女が歌いはじめれば、もう。足下の砕けた硝子の煙すらも、軽やかに。ひそやかな愛情と信仰に結像して、彼の体を弄ぶように霞んだ。


    震える指先を、まなざしの辺りにあげてみたところでどうにもならない。城壁の上より秩序者を仰ぎみて立ったときのよう。絶対者に触れるがごとく伸ばされる腕。その、魂が震えあがりながら、なお愛さずにはいられない、この……光。そして彼の目に映る彼女の手――そのてのひらは、いまや白熱した神殿の白さに透けている。
    かあさん、と唇は描いた――ロトは彼女を知っていた。しかし識らなかった。
    生々しい鏡像の恋人めいて結ばれる、虚構。決して可能ではなかったはずの彼=SS-012という自己の総体が存在を決めてゆく。
    恐慌にふるえながら見る――すっと動く白くやわらかで繊かな五本の指。彼女と似た太さとくぼみで動くすべらかな両手。幾たびの宇宙を経てゆきついたところの骨組みめいた巨大な琺瑯に降り落ちてゆく身体。ゆっくりと、あせりのなかで。仰向けのままで、もがいてみた、その腕。


    幾度となく彼を手ひどく擲つものに似たそれを、彼は必死に伸ばす。この枷をひきちぎりたいと半ば願って。
    琺瑯に磔にしたバテシバの鏡像が、彼に同時に微笑みかけた。
    喉が鳴る音が聞こえる。咳き込むように最後の音の涙を置いて。その波にまぎれるように、彼はそっと手を動かしていく。
    ……しかし彼の指が触れるよりも早く、鏡はふるい落とされ、まっしろな光のなかに砕け散った。砕けた鏡面の破片が飛沫となって、彼女の像とともに神殿から噴きあがってゆく。
    ロトもまた、その奔騰のただなかへ投げだされたように揺られる。絶叫が、内側から魂そのものを軋ませながらほとばしり出た。
    それは彼女に向けたものか、それともほかならぬ自分へなのか――その深いもの悲しさのなかへ、自分がなにを思ったのか、誰の姿を思い描いたのかということすら、まもなく消えてゆくのを悟った。
    白い波が去りおえるよりも早く。自身の存在だけが宙に空白の中に。もはや進路を決め直す糸口はなく、最初の亀裂に辿り着く前に軌道そのものが無用のものへ変わってしまうだろう。
    それでもロトはなお。行き先から目をそらすことだけは、その意思を手放すことだけはしないよう。持ちこたえようとする――涙がほろほろとこぼれては、自我の境界をゆがめだしはじめた新たな選択要素に変わる。


    記憶を取り出せ、と思った。彼女を選ぶか、選ばないかを。
    しかし。
    幻は重々しさを残して消えていきながら、やわらかな灰色が彼をつかんで。急転した。気まぐれに強弱を変えてみせては――無慈悲な支配人のように。
    それは声なき観客席からの嘲笑であったか。
    空費せよと宣言する白いテーブルクロス。彼の手を引き波を掻き分け、砕かれていくがゆえに逃れ得ぬ死への道へ手を引こうとする誰か。
    あるいは、そうなるべく廻り来た、ほかの歯車の奏でる忌まわしい音楽の精であったのか?
    引きちぎられていく己ら。頭上にいよいよ恐ろしく重くのしかかる、虚無の冒涜的な重量――のびてゆく死に抵抗するかのような脊髄と、肩甲骨の動きによってかえって反抗することができていたはずの墜落。宙に吊られるようにして翻弄されながら。そのあまりの憂鬱さと絶望的な話の筋はひどく……似ているようにみえてならなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator