愛称　彼女の名前を忘れた。あまり情を向けるのは為にならないと思ったから、出会ってからそれまでを愛称で通した結果である。
　ハニー、カップケーキ、シュガーマフィン、スイーティー。甘い音には事欠かない女性であったと思う。多分。
　プラチナで出来た輪っかなんかに名前を入れて、それをお互い肌身離さず持っておくという儀式めいた約束ごとを考えたこともあった。しかし、月日というのは残酷なもので、今では彼女の名前が二十四のどれからはじまったかですら酷く曖昧だ。
　彼女の名前を忘れた。だから、俺はその子の写真の一枚だって持ってやいないし、皺一つない一張羅の紳士に腕を絡めて道を歩くあのひとが誰かなんて知ったこっちゃない。