目隠し拘束の遊び「どこのギルドもこんなふうに職員交流してるものなのか?」
渡されたジョッキをありがたく傾けながらラーシュは目の前の若い解体職員に話しかけた。
同じようにエールを傾ける彼は「あ、ギルマスの首輪の人ッスね。まじでお疲れ様ですw」と言い、ラーシュに向き直った。
見渡しても現役冒険者はラーシュしかいない。
そもそもギルドの職員の中にも、冒険者上がりはそんなに多くない。
やや、しりの座りが悪い。
「ほかの街のギルドもそれなりに酒の席あるとは思うスけど……今日は見ての通り男ばっかしのバカ飲みなんでなんとも。
よそがこんなバカ飲みしてるかどうかはわかんないスね。
でもこういう雑な飲みの日しかギルマスと副ギルマスが来ないんですよ。」
「へぇ。」
「ギルドの受付とかでも良いんで女の子いた方が楽しっすけどねぇ。」
「違いねぇ。」
「ただ、女の子がいたらできないバカ騒ぎもあるんで今日はそっちのバカ騒ぎッスね。」
いひひと笑って彼が指す方を見ると、ツマミの燻製やエールのジョッキを片手に持ちながら何やら紐を数えている男たちが居る。
腕ほどの長さの紐が束になっていて、その先に小さな札が付いている。
「なんだありゃ?くじ引きか?」
「罰ゲーム用のくじスね。」
「何の罰ゲームだ???」
「何の……というか……罰ゲームをするためのくじなんで。」
「そりゃまた悪ノリの極地だな。」
「罰ゲームの内容はむつかしく無いっスけど結構ダメージでかいやつなんで出来れば当たりたくないですねwww」
口の端についた泡を拭いながらそう笑う彼を見てラーシュは少し考える。
「ダメージがでかい?本気のデコピンでもするのか?」
「それはガチのダメージなんで困りますよw
目隠しして、食わされた料理を当てるだけなんスけどね。
1回目で当てられなかったら2回目からは2種類とか3種類混ぜて食わせるんスよ。」
子供のイタズラのような罰ゲームだ…
「それは……当てるまでやるのか?」
「いやいや3回目あたりからまじで何食わされてるかわかんないもの口に突っ込まれるんで、最大5回までで交代ですね。」
「キツい遊びだ。」
「魚の目玉とか野菜の皮とかじゃなきゃだいたい当てられますけどねw
基本的にこの部屋の中にある食い物しか使わないんで見当付きやすいですし」
そう聞いて、宴会に使われている玄関ホールのテーブルを見渡す。
酒がメインではあるが、
焼いた肉、蒸し野菜、塩、砂糖、干物、乾燥果物、濃い味付けのパン、煮付けた根菜類、腸詰、炒った木の実類、酢漬けの魚卵、薄焼きにしたビスケット
甘党が何人か居るのか果実が沈められたはちみつまである。
それなりの種類が並んでいる。
何気なく並んではいるが酢漬けの魚卵は贅沢品だがな…?
ここのツマミと酒は誰が用意したんだ?
「この部屋にあるものか……例えばそれは2回目からは焼いた肉に砂糖と塩をぶっかけて口に突っ込まれる可能性もあるってことか?」
「ありますね。
体に悪いんで塩の山盛りとかは禁止してますけど
砂糖山盛りはやられたことがあったなー。
……炙った魚に砂糖山盛りでしたよ。」
「なんというか、出来れば遠慮したい罰ゲームだな。」
「人がやられてんの見る分にはこの上ないほど面白いんスけどねぇ」
「おーいマルセル!
くじ引き始まるぞ!」
「あ、一回目はやめとく!
カレーリナの人と喋ってるんで!」
事務方らしい痩せた男が遠くからかけてきた声に目の前の若い職人が片手を上げて返事をする。
マルセルという名前なのか。
そう言えば名乗ってなかったなと思い「名乗りが遅れて申し訳ない、オレは」
「ラーシュさんっすよね?
副ギルマスがよく呼んでるんで知ってますよ。それに何回か前の時はギルマス追っかけて2階の廊下から飛び降りて走って行きましたよね?」
「……そんなこともあったなそういえば。
身軽なエルフを追うのにまともな走り方してちゃ確実に巻かれるからな。」
ひょいひょいと窓枠を伝って隣の部屋まで逃げたエルランドを思い出してややため息混じりにそう話す。
「ラーシュさんて、でかい体で軽装なんで結構このギルドの中だと目立つんスよね。」
言われて自分の装備を思い返す。
確かに、ダンジョンに潜る冒険者たちの中に立てば自分は軽装だなと頷かざるを得ない。
「確かにそうか。
しかもここでギルドマスターの見張りする時はナイフ以外の装備全部外してるしな。
それを抜きにしてもダンジョンに潜る奴らに比べたら確かに軽装だ。」
「軽装な上に腰の太ベルトとナイフが明らかに使い込まれたやつなんで余計に目立つッス」
なるほど確かに。
そういう目立ち方をしていたか……。と、想像していなかった目立ち方をやや反省しつつくじ引きの方を眺めていると、酔っぱらいのざわめきと笑いが起こっている。
エルランドとウゴールもワイワイとバカ笑いをあげている集団の中でくじ紐選びをしているようだった。
「副ギルマスも参加してるのか。意外だ。」
ウゴールが片手に握った木の実をポリポリやりながら思いのほかにこやかにくじ紐を選んでいるのは意外な姿に思える。
「いやいや、副ギルマス結構エグいもん食わせてきますよ。」
「エグいもんったって、ここにあるやつならそこまで無いだろ。」
「いやぁ〜……煮物の中の辛子根だけ集めて食わせてましたからね。」
「それは……はははっ確かにエグイなw
口が爆発するほど辛いだろあれ。
しかしそうか…。
そういう方法もあるか。」
「え?」
「あの酢漬けの中のハーブだけを拾って食わせてもいいってことだよな?」
「おええ絶対生臭い!ダメージデカすぎ!」
「舌がもげるほど辛い辛子根よりはマシじゃねぇか?
……あ、いや、ダメか。不味いが正体は1発で当てられちまうな。」
「あ、そうか…それもそッスね。
副ギルマスが辛子根食わせてたのもギルマスだったんであれば罰ゲームと言うより厳罰そのものでしたし。」
「うーん。1回目を当てさせねえのが1番の難関ぽいな。」
「そうなんスよォ。
口に入って分からないものなんてあんまりありませんよね。
普段茹でてあるものが焼いてあったりしたらちょっと迷うかもですけどね。」
「……ん?この部屋の中にあるものってことは例えば」
ラーシュが胸ポケットを探ろうとした時にドワッという笑いが起こった。
「あ〜1番手ギルマスが引いちゃったっぽいですね。
あの人基本的に食に詳しいんで1発で当てちゃうんですよね。
今のとこ2回目まで行ったことないスね。」
「……オレが選ぶのに参加してもいいものだろうか……??」
エルランドは小さい酒の器をテーブルに置き、「仕方ないですねぇ(^ω^)今回も1発で当てますよ!!」と笑いながら目隠しをしている。
その姿を眺めながら一旦止めていた手で胸ポケットを探る。
「お、選ぶのに参加するんスか?」
「この部屋の中にある物ならなんでもいいんだよな?」
「ええまぁ。」
「よっしゃ、なら1回目の難関を突破して2回目から5回目まで食ったことなさそうな状態もん口に突っ込んでやろう。
食に自信エルフに敗北感味合わせてやるぜ。」
「wwwちょwww」
ラーシュはマルセルの隣から立ち上がり、ギルマスの口に何を放り込むかをテーブルの周りでガヤガヤと相談している所へ割って入った。
無言で胸ポケットの中から薄い保存缶を取り出す。
朝の身支度の時に癖で入れてきてしまった軟果糖が入っている。
軟果糖は、潰した果物とはちみつを煮詰めて薄く伸ばしたもので、気温の高い時などに小さくちぎって舐めながら歩くために持っている。
「これも、この部屋にある食い物に変わりは無いが、違反だろうか…??」
「これは?」
ウゴールが木の実をポリポリ噛みながら聞き返す。
「ドランで売ってるのを見たことがないんであまり一般的でないかもしれませんが、
長旅の時に口がかわかねぇように舐めたりするやつです。」
取り出して1枚渡すと、ウゴールをはじめ職員らが珍しそうに細切れにして口に入れている。
美味いな!?不思議な食感だな?などと小声で囁きあっている。
「なるほど、これはこの辺りでは珍しい。
まとまった食料などが必要なダンジョン等ではあまり持ち込まないタイプの携帯食ですな。
……あの馬鹿は知っていそうな気もしますが……予想外の食べ物には違いないですね。
採用!!これで行きましょう。」
ウゴールのGoサインが出たのでラーシュはいつの間にか横に立ってエールをごくごくやっていたマルセルに軟果糖を1枚渡した。
「自分が突っ込んで良いんスか?」
素直に受け取りながらそう聞き返すマルセルに頷きを返す。
「オレがやると何かしらの推察でバレる可能性があるだろ?」
「そっか確かに。
んじゃ僭越ながら自分がやらせて頂きます!
ギルドマスター!この食べ物なーんだ!?」
マルセルはゴトンッとジョッキを置き、
目隠しして「美味しいものを入れてくださいよー?」と上機嫌にしているエルランドの口へと軟果糖を丸めて押し付けた。
「むぐ。
ん?
なんだこれ…」
口に押し当てられた軟果糖をガジッと噛んでゆっくりと口の中でもぐもぐしながら眉を寄せる。
「こんなの今日ありましたっけ?
果物……だとは思うんですが………はちみつの味?いや、ちょっとだけ塩味も……
……種がないから…果肉……いや、でも…え?なんだこれ…
天日の匂いがするので果物を……干したものだとは思うんですけど食感に繊維が無い。
飴に近い気もするんですが、砂糖の味でもなくて……とりあえず、美味しいのでオカワリください。」
「勝負事にオカワリはありませんよ馬鹿マスター。」
目隠しをしたまま腕組みをしておかわりを要求したエルランドに応えたのは木の実から干し肉につまみを変えたウゴールだ。
「さあさあ、答えをどうぞ?
それとも降参しますか?」
「まさか!
降参して2回戦行くくらいなら確証無くても答えるよ!
うーん……今日置いてあった乾燥果実の中には見当たらなかった気もするけど……
種を外して乾燥させた大型の荒梨の過熟果?」
「不正解!!」
「ウワー!!やっぱり!違うのはわかってたんですけど!!!
他にどうしても思いつかなかった!!!
オカワリはあるんですか!?」
悔しそうに拳で膝を叩きながらオカワリ要求を口にするあたりドランのギルドマスターだ。
「初めてっスよね?ギルマスが1回目で当てられなかったのって。」
エルランドは3秒ほど沈黙したあと、マルセルの問いに「確かに」と頷く。
「食には自信があったんですけどねぇ。
……とはいえ2回戦以降多少調味料足されても、今日用意してあるつまみ類だったらどれが来ても当てられるとは思いますよ!
半分は私の選んだものですしね!
そもそも今しがた飲み込んだものはなんだったのです??」
「いやー。今日はいつもとは違いますよ。
なんせラーシュさんがさっきから張りきってますんで。」
「え?どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味っス。
魔改造した食い物、あと4回ギルマスの口に突っ込むつもりでまぁまぁヤバい見た目のもん作ってます。」
「はぁ!?
え?ウゴール君よりやばいもの作ってる??」
「一応ルールは言ってあるんで、山盛りの塩は使ってないスね。」
「……ラーシュさん!?不味くしてても口の中に入ったものの正体が分かったらそこで罰ゲームは終了ですからね??」
大きな体を丸め、ナイフとフォークとを使って皿の上で工事をしていたラーシュは顔を上げて周りの職員と目を見合せた。
「承知してます。
全部2種類づつしか混ぜていません。
…そういえば調味料も足してないぜ。」
「そうですか……
うーん。今日の種類だと……魚卵とはちみつが合わせてでもない限り味としては大丈夫そうですね。」
「魚卵とはちみつ合わせたりはしねぇ。
どっちも高級品だ。」
「素晴らしい心がけです。
しかし、では次で当てられる可能性も高そうです。」
口元だけでむふっと笑い、エルランドはほぼ次で目隠しを取れることを確信しているようだった。
「馬鹿マスター。
これは結構な難問を用意されていると思いますよ。」
「そう?」
「ええ。なにやら見た事のない形に魔改造されているので初めて食べるものかもしれませんね。」
「え?そんなに変な形にしてるの。」
「うーむ…。
ちょっと失礼。」
ウゴールは受付カウンターの裏からロープを取りだし、椅子に座っているエルランドの腕と胴体を椅子の背に括った。
「ウゴール君なんで、なんで縛り付けるの!?」
「こぼして手のひらで触ってしまったらそれで正体がしれてしまうかもしれないのでしばしご辛抱をぶふふっ」
「君笑ってるじゃない!!
何!?何を食べさせられるの!?
ラーシュさん!あんまりにも不味いものはやめてくださいよ!?
さすがにこの席で嘔吐はちょっと嫌なので。」
「不味くは……無いよな?」
エルランドの不安そうな質問に、ラーシュは手元のぐっちゃぐちゃのものを見下ろす。
「はっきりいって案外美味そうですよ。」
「辛子根口いっぱいに比べたら食欲がわく食い物だと思います。」
「パッと見ゴミぽいけど材料わかってると普通に美味い組み合わせな気がするなぁ!」
「次オレもやってみっかな。」
「置いてあっても手に取らない見た目ではあるけど不味くはないと思う。」
職員たちが口々に言う、不安にさせるような楽しみにさせるようなコメントを聞きながらエルランドは「…なら、泥付きとかでなければ別にいいか…」と大人しくなった。
そしてパカッと口を開ける。
「受けてたちましょう!」
「ぬちょっとしてるから気をつけて食ってくれ。」
「ぬちょっと??あぐ……ん?……んん??」
手元のぐちゃぐちゃを取り分け匙で山盛りにすくい、開けられた口へと突っ込む。
突っ込まれたエルランドは匙が抜かれたあとモグモグと無言で咀嚼しながら首を傾げる。
「美味しい……ですけど…、これは何種類混ざってますか?」
「2種類を念入りに混ぜました。」
「んー……。
……ひとつはたぶん、机の中央に置かれていた煮物の中の、……小蕪。
……もうひとつが……なんだろう……なにか香ばしいんですけど。」
ラーシュが皿の中でぐちゃぐちゃに混ぜたのははちみつの隣に置かれていたビスケットだ。
スプーンの裏で粉々にしたビスケットに小蕪を落としてぐちゃぐちゃに潰した。
赤ん坊に食わせるやつだぜ
と言おうかと思ったが、どんな発言から当てられるか分からないので胸にしまった。
「噛みごたえは無いし...……ぁ、パン!
味付けパンがあったと思うのでそれと小蕪を混ぜたものですか?」
「不正解!!」
エルランドが2敗したとあって、
ツマミを片手に酒だけを楽しんでいた面々も罰ゲームの方へと注目し始める。
「う……嘘でしょ…2敗。
一体なんだったんです今の。
ちょっとだけ粘り気があってびっちゃびちゃで香ばしい…
しかもゆるゆるだからすぐに飲み込んじゃって味わう時間が少ない…とりあえずオカワリ…」
「オカワリは無いぜ。
その代わり次のがもう出来てる。」
「早すぎやしませんか。」
「一気に4種類作ったからな。」
「どうして私が最後まで当てられない前提なんですか!?」
「食い物関係で負け続けるのは食道楽の多いエルフ的にはどうなんだろうかなと思ってな。
美味い飯で有名なSランク冒険者が居を構える街の住人として、ドランのギルドマスターに不味いものを食わせることなく全敗の記録を刻んでみたい。」
「ぐぬぬぬぬ若造に弄ばれるようで面白くありませんね…!
次!!次は当ててみせますよ!」
椅子に縛られたまま足だけバタバタさせ、
再びパカッと口を開けた。
「次も細切れだから零さねぇように気をつけて食ってくれ。」
「むぐ、んん!むぐ、……」
山盛りに口に入れられたものをもぐもぐもぐもぐと噛み、首を傾げる。
「焼いた肉!
厚切りの塩漬け肉、を、細切れに………なんか、なんか他のも入ってるけどなんですこれ?
かた……くはないか…歯にくっつきます。
肉の種類はおそらく鳥ですかね?
そして肉とは別に入ってるこの……うぅ歯にくっつく…なんだこれ…固い…と見せかけて固くない粒…。
…肉の味が染みててほんとに分からない。
食感としてはこう…爪際の皮を噛んだ時位の固さなんですけどまさか爪際の皮は食べ物としてカウントしていませんよね??」
「誰の爪の皮だよ!?
そんな気色悪いことしねぇ!」
「そうですよね。
……うぐぐ…悔しい…本当に分からない…」
「俺としては次に用意しているやつが1番出来がいいというか自信作なんで、今回降参して次のやつ食って欲しいんだが、どうだろうか。」
「慈悲かけた感じになってます!?!?
いやいや。
当てずっぽうでも答えを言わずに降参など絶対ごめんですよ。
外れてもいいので言います。
とり肉と、ビスケット。」
エルランドが答えた瞬間、「おお」という声が辺りでどよめいた。
「当たりですか??」
「いや、不正解だ。」
「ええ??では今のどよめきはなんです??」
「いい線いってたんですよ。馬鹿マスター。」
ウゴールが笑いを堪えもしない上機嫌な声で答えた。
ちなみに今食べさせられたものは、
焼いた塩漬鶏肉と
ラーシュの渾身の力で押し潰したパンだ。
そのふたつを細切れにして真剣に混ぜ合わせた見た目が最悪のなにかだ。
「……悔しい…!
次!次こそは!」
パカッと口を開けるエルランドの口にラーシュはフォークを刺した腸詰めを突っ込んだ。
太めの腸詰めは、香辛料と塩気が利いていて非常に美味い肉だった。
買ったら値が張るんだろうなぁと思いながらちまちま細工した自信作だ。
「ちょっとデカい塊なんで噛みちぎって欲しい。」
「ンが。ああ、腸詰め……ん??んえっ!?」
1度噛みちぎろうと歯を立てたあと、エルランドは慌てたように頭を引いてそれを吐き出す。
「なんか、ぐにゃって…太さとか歯触りは腸詰めなのにやたら柔らかい。
え?食べ物ですよね?なんかこう、腸詰めの味をなすり付けたちん○んとかでは無いですよね!?」
「とんでもねぇ言いがかりな上になんてこと言うんだ。」
ラーシュの背中に一瞬冷や汗が伝ったが表情を変えずにそう言えた。
周りがゲラゲラ笑っているあたり、別になにか怪しまれたわけでは無さそうだが…。
勘弁してくれ。
「噛みちぎらねぇなら全部突っ込むが?」
「噛みますよ。
どうして腸詰がこんなにゆるゆるなんです…?
まるで中身抜かれたみたいな。」
言いながらガジリっと、口に突っ込まれた腸詰を噛みちぎる。
「ん!?んえんぐんン?」
この発想はまじでなかったよなー
という誰とも分からないつぶやきが聞こえ、その口々に笑う言葉の隙間で、エルランドが「なんか汁っぽいんですけど!?」というあわて声と「あ、こぼしちゃった」という声を上げる。
間髪入れずにウゴールが「だらしないですよ」と言いながらエルランドのコートの裾でその口を拭ってやる。
口の端に垂れていた野菜の汁と腸詰の脂がコートの裾にベタっと移った。
「……。
もしかしてだけど今私の上着で口拭われた?」
「馬鹿マスター。既に何ヶ所か食べこぼしてますから今更ですよ。
今日はしっかり家で洗濯して、明日の朝は身なりをきちんと整えてから出勤してください。」
「んぐぐぐ…ウゴールくんもしかしていい感じに酔っ払ってきた???
ところで今のやつ、腸詰の中身を抜いてなにか詰めていましたね??
なにか……野菜……野菜だとは思うのですけど、ジュルジュルしてて分かりにくい…強いて言えば野菜スープの1番底に残った溶け残りの野菜みたいなやつ。」
「腸詰をほじくるのに苦労したぜ。」
「中太腸詰は40本しか用意してなかったのにその中の1本をほじくるなんて勿体ない!」
「中身はほじくりながらオレがが食ったんで無駄にはしてない。
で、答えは。」
「ええええ……ええと……うーん……水気が多くて……青臭みがなくて……繊維が少なくて、……いやでも、ザラつきは多少残ってたというか……。
芋……いや、でも芋には垂れるほどの汁気は無いし…ぁ、もしかして、蒸し野菜の中のキャベットを裏ごししたやつですかね!?
前にどこかの街で裏ごしキャベットをたっぷり塗った石窯焼きのパンを食べた記憶があります。
今のは腸詰とキャベット!
どうです?」
「あっぶねぇ……不正解だ。」
「そんなっ!自信あったのに??」
「蒸し野菜の中にキャベットは確かにあったが、裏ごし…?とかはしないだろ酒の席じゃ。」
「……んああああそうだったああああああああぁぁぁ!!
じゃあ腸詰めの中身はなんだったんですかぁ!」
「答え合わせは最後がいいんじゃないか?」
腸詰の中身は煮汁でゆるくした煮芋だった。
あら塩をふってある腸詰を、割らないように懸命に串とフォークで中空にし、煮物から引き上げた芋を潰し、煮汁で薄めて中に詰めたのだ。
作りながら案外美味そうだなとは思った。
見た目は汚かったが。
「次が最後だな。」
「この私がまさか最終戦まで持ち込まれてしまうとは……」
縛り付けられているまま悔しそうに「最後はどんなものを食べさせられるんです?」とエルランドは口元をへの字にした。
「いや、正直ネタ切れなんで普通に肉です。」
あらん限りの指の力でギッチギチに串に巻き付けた薄切り肉(ずっしり)を持ち上げてエルランドの口に突っ込む。
「ふがっ...ふんが?…なん……かたい、んぐ、ん!?甘……いや、しょっぱ………いや甘い!?やたら甘い!!」
あまりにガチゴチに固めた肉だったので噛みちぎろうとするとボロボロと崩れてその崩れた肉の間から肉の脂に馴染みきれなかった砂糖がこぼれる。
そこらじゅうに砂糖粒と肉の脂を付けまくった口で「焼いた肉と砂糖!肉は今回一番奮発されているオークの肉!」と答えを叫んでもう一度肉に噛み付く。
「予想外の砂糖の量でしたが、オークの脂身と相性いいですね。
欲を言えば焼き野菜も一緒にまとめて貰いたいです。
あと、少しガチガチすぎるのでもう少し優しめに固めてもらえれば尚いいですね」
「正解だ。
............ん?はっ!?
これ、オークの肉かっ
もったいねえええええ!砂糖かけちまった!」
正直滅多に手元に来ないオークの肉。
砂糖を巻き込みながらギッチギチに串に巻き付けるという暴挙に出てしまったことに、ラーシュは罪悪感を禁じ得ない。
「いやー、まさかほんとにギルマスに5回食わせるとは思ってなかったッス。」
エルランドの目隠しを解きながらマルセルがそう笑った。
目の下が赤くなっているので、少し酔っぱらったのだろう。
「マルセル君。
手首のロープも早く解いて。」
「了解っス。
しかし組み合わせ次第で分からないものなんスね。」
「悔しいけどあそこまで形状変えられたら難しいかも。
ところでマルセル君が持ってきた最初の果物はなんだったんです?」
自由になった両手を少しプラプラさせたあと、ラーシュの手から砂糖肉を受け取ってガジガジと噛みちぎり咀嚼する。
「アレはオレがたまたま持ってた軟果糖だ。」
マルセルがチラッとラーシュの方を見たのでラーシュは胸ポケットから軟果糖を取り出してエルランドにみせた。
「えっ、ということは私は最初からテーブルの上にあったやつじゃないもので出鼻をくじかれてしまったということじゃないですか!
ずるい!」
「ルールは破ってねぇぜ。
この部屋の中にある食い物だ。
それに副ギルドマスターにも確認して許可を得て使用したんで問題ないはずです。」
「ぐぬぬぬぬぬぬ
この間までその缶の中身は乾燥果実と炒った木の実だったはずですよ!」
「気温が上がってきたんで暑さ対策として多少塩気の入っているものに変えました。」
「そんな手で私の連勝記録が塗り替えられるなんて!」
「うぐぐぐぐ......もぐもぐ......
ところで腸詰めの中身を抜いて野菜を詰めたやつ。
美味しかったんで現物が見たいんですけど。
それと私の飲み物どこに置きましたっけ。
口の中が脂と砂糖でいっぱいで喉が渇いてます。
乾燥してない生の果物もありましたっけ?
さっぱりしたものも食べたいですねぇ。
あ、でも先に塩漬けの鶏肉を味パンに挟んだやつが食べたいです。
ウゴール君が用意してくれてたビスケットとはちみつも。
飲み物のオカワリは次は暖かいお茶がいいです。」
「オレは給仕じゃねぇ。」
肉盛の皿から自分用に薄切り肉を取りつつ、ラーシュはそう答える。
「いやぁ、目を開いてご飯を食べるのは美味しいなぁ。」
「......。」
にこにこと笑いながら串に巻いた砂糖肉を食べ切り、小さな器の中の少量の酒をあおって飲みほしたエルランドの前に、沸いたヤカン茶と陶器の器をゴトっと置く。
ラーシュはその隣に椅子を持ってきて座り、ため息をつきながら腸詰の中身をフォークと串でほじくりはじめた。