Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    やきが氏

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    やきが氏

    ☆quiet follow

    ちょっと長すぎる

    正装のエルフモイラとエルランドの正装


    「ギルドマスター、結婚式への招待状が来ています。」
    ウゴールがギルド宛の書簡を確認しながら言った。
    「ギルド宛に??
    珍しいね。
    いつ?
    なんにせよおめでたい事だからお祝いの品を用意しないといけないね。」
    「30日後です。
    贈り物にできるちょうどいい品が入ればいいですが………
    …あぁ…うーん…」
    「どうしたの?」
    「大きな式のようですね。
    商人ギルドや他の街からも客人が来るようで。」
    「ふぅん。すごいね。」
    「ふうん。じゃないですよ。
    きちんとした正装の準備して下さいね」
    「……私たちの正装はギルドの制服でいいよね?」
    「そんなわけありませんよね馬鹿マスター。
    制服って言ってもほぼ私服でしょうが。」
    「ええ〜もう不参加じゃダメかなぁ〜それかウゴールくん1人で行ってきてよぉー」
    「私も可能ならそうしたいくらいですよっ!!
    そう出来れば公衆の面前であんたがモイラ様の杖にぶん殴られる所を見なくて済むんですからね!
    ただそういうわけにいかないことくらいはわかって言ってるんですよね!?」
    「そうだけどさぁ〜正装ってどのくらいの正装なの。
    めんどくさいなぁ〜」
    「この場合なんになるんですかね。
    とりあえず帯剣は認められませんし…。
    知人の結婚式に行くような格好という訳にはいかないでしょうね
    立場的に私はモイラ様と馬鹿マスターに次ぐ正装をする必要がありますのでおふたりがどのような形になるのかを決めていただいてからになりますが。」
    「え〜…よく分からない。
    後でモイラ様に聞いといてよ…」
    「あんたもう少しこういったことに積極的になってくれませんかね?
    ここの誰より結婚式等に出てるでしょうに。」
    「心からお祝いして美味しいもの食べれる席には喜んで出るけど最正装なんてしなきゃいけない式は動きにくい服によそ行きの顔作って神聖な花とか木とか石にばっかり囲まれた立ったり座ったり挨拶したりがほとんどの式なんて途中で寝ないようにするので精一杯だよ。」
    「なんて言い草です。」
    「だってホントのことなんだもん〜…
    あ、その前に、そんな服あったかな。
    あったとしてもどこにしまってあるかわからないかも。」
    「はぁ!?」
    「だって長い間見てないもの。
    ウゴールくん私がちゃんとした格好したところ見たことないよね??」
    「……………刺繍の入った長い外套を羽織ってあまり見た事ない華奢め小手と膝下までの胴衣身につけてるところは見た事ありますが」
    「あれは…なんのときだったっけね。
    正装ではあったけど冒険者ギルドのマスターとしての出席だったからかっこいいやつ着てったんだよね。
    今回求められる正装は違うよね………私が知らない間に時代が進んで正装変わったりしてないかな…普段着とかに」
    「正装っつってんでしょーが!」
    「はぁ、ちなみにウゴール君は普通に正装って言ったらどんな感じになるのかな。
    立襟に…羽織り外套みたいな感じ?」
    「そうですね、あと金属の入っていない靴でないといけないでしょうね…。というかそれくらいしかしたことないです。
    生まれが良いわけでもありませんしね。
    もしくは刺繍入りの立襟にすれば、私の立場的に光り物は付けなくても良いかなと思っています。
    商人ギルドとの兼ね合いもありますし。
    ああ、でもここのところ袖を通していないので、私は家にある礼服、腹回りがキツくなってるかもしれませんね。」
    「そっか、…うーん、モイラ様も行かなきゃいけないんだよね。」
    「ええ、ご指名ですね。
    どこで仕入れるんでしょうねぇこういう情報。別段隠しているわけではないので構いはしませんが、触れ回っているわけでも無いというのに。」
    「………………あぁ…なんだかすごく面倒な正装させられそうで嫌だな…。モイラ様に秘密ってわけにはいかないよねやっぱり。」
    「そんなことが可能だとでも?」
    「…うんまぁふつうにむりだよね。」



    「結婚式。
    書面を見る限りいつも持ってる杖をついて行く訳には行かなさそうな規模だねぇ。
    アタシは色んなものを王都に置いてきてるからなんにも用意がないんだけどねぇ。
    ……ガウンも髪飾りも何も無いねぇ。
    エルランド、あんたはどうなんだい?
    ふち付きの長着や靴はあるのかい?」
    「たぶんありません」
    「では立襟の外套は。」
    「虫に食われたので捨てました」
    「…飾り襟の直着か……透かし柄の襯衣は。」
    「ええ?そんなの袖を通したことありましたかね…そもそも普通のシャツでも行けそうですけど…」
    「何年生きてるんだい!?
    絶対に何度か着てるはずだよ!
    このバカタレ!」
    「痛い!」
    「だいたい礼服を持ってないなんてこと許されるわけが無いだろう!」
    「しかし着る機会などほとんどありませんし管理が面倒で邪魔なばかりで」
    「それにね!基本的に立場ある男であれば奥方を伴って出席するというのにあんたはこんな婆さん連れて出なきゃいけないことに少し危機感覚えな!!」
    「いっ…今そんなこと言われてもっ」
    「はあ、まぁそれはともかく…衣装の用意が難しいねぇ。
    ダンジョンの街だとこういう時に小回りが利かなくて不便する。」
    「……ポカポカ叩くのそろそろやめてくださいよォ」
    「うるさいね。
    叩かれる原因はあんたなんだからそろそろ改善しな。」
    モイラはアイテムボックスに手を入れ、巻き尺を取り出した。
    「……うーん…何を着ていくかねぇ。」
    「なんでもいいですよ。失礼にならなければ」
    「その考えが失礼なんだと自覚しな。」
    「えぇ?」
    「ウゴール。式は30日後だね?」
    「はい。」
    「ギリギリ間に合うだろう。
    クレールから衣装を借りる手配をするよ。
    王都から持ってくるよりも近い。
    ウゴール、あんたの分もね。」
    「えっ私もですか?私は手持ちがありますが。」
    「あんただけ手持ちっていうのも変なもんさ。
    ここのところギルドに資金もあるのだろう?」
    「(馬鹿に給料払ってないので)それはそうですが…」
    「ならいい機会だと思ってお祝いの品も若い新郎新婦が忖度なしに喜びそうな物と、主催者が喜びそうなものを2つ用意した方がいいだろう。
    それから邪魔にならない形にした花もだよ。」
    「わかりました。内容は後で相談させてください。
    礼服の方は、…どのように手配の手順を踏めばよろしいですか?」
    「まずはあんた達ふたりを採寸してあげよう。」
    「恐れ入ります。」
    「ウゴール…腹回りに随分布が必要そうだね。
    まぁ恰幅のいい男は祝いの席には必要だから丁度いいね。」
    「…面目ありません。」
    「あの、モイラ様、私のはなるだけごちゃごちゃしてないのにして欲しいです」
    「そんな訳にはいかないのくらいわかるね?」
    「…ぇぇ…面倒臭い装飾の服になるのですか…?」
    「面倒ってことは無いだろう?
    万年来てるその汚ったないコートを洗いと修繕に出すいい機会じゃないか」
    「きっ、汚くなんかっ」
    「魔獣の解体の時しか脱がない着たきりの服が汚くないと??」
    「でもっ…そもそもわたしエルフですし」
    「そうだねぇ、年中鼻息荒く興奮して発汗してるエルフなんて初めて見るよ。」
    「そんな言い方…まぁだいたい合ってるとは思いますけど」
    「さて2人とも採寸するよ。」



    「もう座っているの飽きました……
    髪もこんなになるだなんて聞いてないですよお!
    しかも木の葉を編み込んだら解くの大変なんですから!」
    「うるさいねぇ!
    黙って座ってられないのかい!!」
    「そりゃモイラ様は女性ですし今私がされてるような難解な編み込みはきっとされてないのでしょうね!」
    「…エルランド…
    借り物の服で周りに髪結の人間がいなければ100回はぶってるよ…」
    「ひっ、も、もうしわけありません…でもぉ…」

    ひと足早く髪結いの終わったモイラが立ち上がり、隣の仕切りの中で髪を結われているエルランドの所へ立った。

    「うん、いいじゃないか。
    いつもそうしていれば多少はマシなのにねぇ。」
    いつもの適当に編んで後ろへ括った姿ではなく、横髪に若い木の葉を美しく巻き込んできちんと左右対称に編まれた、礼装にふさわしい髪型だ。
    髪結の男性は何も言わずに苦笑を浮かべながら編み込みを続ける。
    何百回も油木の櫛を通されて自分でも見た事がないほどに髪がつやつやだ。
    「綺麗な色の髪でしたので、半分は編まずに真っ直ぐ垂らしてあります。」
    説明をされながら仕上がりを鏡で見せられたが、一体どうやって元の姿に戻ったらいいのか分からないくらいの形ににされてしまっている。
    やや不機嫌に髪結を見送ると、モイラから服を手渡される。
    「順番を間違わないように一枚づつ渡してあげるからさっさと袖を通しな。」
    髪を結われる間、いつもとは違い腰骨から足の甲まで繋がった厚手のスラックス、透かし織りがしてある白襟という薄着のままだったことを思い出す。
    最初に渡されたのは立襟が三重になった硬い直着だ。
    スラックス同様、黒地に薄青い糸で刺繍が入れてある。
    編みおろしではなく金具で留める形だったので少しほっとした。
    「すごくしっかりした作りですね。
    しかし襟が低くないですか?
    こういった服は地位が上になるほど襟を高くするものだとばかり思っていました。」
    「監視されてるギルドマスターの地位が高いとでも?」
    「…いや、…だって…」
    「あんたの首を隠すのがもったいないから低くして貰ったんだよ。」
    「首ですか?
    ……えっ…?
    攻撃されたら困る場所なのでむしろ高くして欲しいというか…」
    「今日行くのはダンジョンでも戦場でもないだろうに。
    形のいいあごと真っ直ぐな首を隠すのがもったいないと言っているんだ。
    次はこれ」
    「急な賛辞…恐れ入ります。
    …これは…ええと、」
    「なんだい、巻いたこと無いわけじゃないだろう。」
    「あ、やっぱりそういうやつですね。変な形だからちょっとなんの布なのか分かりませんでした。
    ちなみにいつも思うんですがこれなんのために巻くんです?
    ベルトが服くらい布いっぱいの理由が分かりません。
    無くても腹は冷えたりしませんよね」
    「あんたの腹の調子のために服があるわけじゃないんだよ……宴席では外套を外すことだってあるんだ。
    そんな時腰周りを無防備に晒すのはいいことじゃない。
    要は一、二枚脱いでもかっこ着くために着るのさ。」
    「はぁ、なるほど…」
    へそ上から股下までのテールのついたコルセットベルトをぎゅっと締め、
    「…この細い布は結ぶんですよね…?」
    左側の腰骨の上、低い位置で垂らし結びをする。

    あらかた正装は完成だ。
    なかなかに見栄えのする仕上がりだ。
    「ちなみにこれ、食べこぼしちゃったら弁償てすか。」
    「あんたはいくつになったら食事中に口を閉じてられるんだい。
    飲食禁止にされたいのかい?」
    「……私自身にこぼしている自覚はないのですが……場合によってはその方が無難かも…」
    「色の着いた酒でもこぼさなきゃシミ抜き程度で済むさ。というか、こぼさないようにしな。」
    「そりゃ………酒も出ますよね…」
    最後に壁際に掛けてあった四つの垂れに分かれた変形外套を肩からかけ、腕の稼働を確かめてため息を着く。
    腰周りに窮屈さを感じながら振り返る。
    そこでようやくエルランドはモイラのいつもと違う姿に気がつき、ストン、と片膝を着いた。
    「薄青の枝垂れ花が良くお似合いです。
    本日わたくしにお手を預けていただいてもよろしいでしょうか。」
    礼装のため一時的に杖を持っていないモイラの、左手の前に拳を作り曲げた肘を低く差し出す。
    「ああ、よろしく頼もう。」
    差し出された前腕に生花で飾られた細い手を置き、モイラは少しだけ腰を落として礼をした。
    それを確認し、エルランドはスっと立ち上がる。
    「どうですっ!なかなかいい男だったと思うんですけどっ」
    「もうあんたは口を開くんじゃないよ。」
    「会場では言いませんから評価くださいよォ、変なことしでかしたらまた軟禁期間伸びるんですよね??」
    「せめて今日一日は口を閉じていい男のフリしてな。」
    「わかりました…」
    口を突き出して拗ね顔のまま、エルランドは左の手にだけ柔らかい布製の飾り小手をはめる。
    「ウゴールは支度が終わったのかねぇ」
    「ウゴール君もそろそろかと思います。
    我々と違って本当にいつもと違う衣服になるので下着から何から変えてるようでしたよ。
    それから、そろそろ頼んでいた花も届くと思います。」
    「街の有力者の式には積極的に出ておかないとね。
    有る所から資金は貰うべきなんだよ。」
    「…結婚式に祝いを送ったからと言ってギルド運営への寄付や援助の申し出が来るとは思えませんが…」
    「そうでも無いさ。
    人は綺麗なものや興味深いものに深入りしてどうにか情報を得たいと思うもんだ。」
    「はぁ?綺麗なもの……あのスミマセン今回頼んだ花は縁起括りで選びましたので華やかなものは少なくて、繁栄と豊穣と安寧を象徴する青葉や果実を入れちゃったんですけど。
    あ、贈り物は、モイラ様の案で王都で流行っている形を取り入れたものにしていますけど…」
    「それでいいに決まってるじゃないか。
    婚礼はそういうもんだよ。
    華美なだけで出かけたらいい笑いものになるだけだ。」
    「そうですよね。
    …いや、綺麗なものって言うから…」
    「ん?ああ、
    私の言った綺麗なものは今回お前だよエルランド。」
    「はぁ?」
    「手間ひまかけて飾り立てたエルフの男に見惚れない人間の方が珍しいさ。」
    「いやそれは種族としての奢りのような気もしますが………ぁ〜…………苦手なヤツかぁ…」
    「確かにあんたはあしらいが下手そうだ。」
    「下手というか……そうですね、下手です多分どうしたらいいもんなんですかね。」
    「控えめににこっと笑って挨拶だけしとけばいい。
    先の約束を求められたら今は不自由の身故とか何とか言って全部断り入れるようにな。
    たとえ対価にドラゴンをチラつかされてもだよ」
    「うう…。難しい…」
    「あとすまないんだけどね、もう少し腕を下げて貰えないかい。
    杖の位置が高すぎて歩きにくい。」
    「失礼しました。」



    「大変お待たせしました。
    花も届いて居ましたのでついでに持ってきました。」
    ウゴールが大きな花桶を抱えて小走りでやってきた。
    そしてピタッと立ち止まりしげしげと2人を見る。

    丁度ギルドの玄関ホールへの出口で鉢合わせる形だった。
    「うわー大きな花桶だね!依頼した時こんな大きさって言ったっけなぁ!?
    えっもしかして私間違った!?」
    「エルランド!顔!」
    ウゴールの抱えた大きな花桶の花とたくさんの果実のなった青い枝、
    エルランドの素っ頓狂な大声と、
    モイラの怒号で、
    ギルドのホールは一瞬シン、と静まった。
    顔!と言われたのでエルランドは大きく開けていた口を閉じ、眉からも力を抜いて表情を隠した。

    シンとしていたホールが徐々にざわつき始める。
    (ぇ…ギルマス…?ギルマスかな?
    ぇ…何だあれ、すげえ着飾ってるな)
    (今日緑色じゃないな……)
    (ふわー…エルフやべえなぁこの間肉食いこぼしてた人とは思えんわ)
    (モイラ様に耳引っ張られて喚いてた人と同一人物か??)
    (あれで元Sランクとか神様不平等かよ)
    (モイラ様の迫力すげぇ…ていうか…人外の神秘感パネェな。)
    (副ギルマスのあの立襟良いなぁ。鎧みたいにごつくて。どこで仕立てられるんだ?)
    (腹が出てんのが逆にしっくりくるな。)
    (てか、ギルマスうつくしーな。ハハッ……
    本人で間違いないよな?)
    (なんでいつも泣いたり喚いたり飛んだり跳ねたりしてんの…?あれでいいじゃん。黙ってりゃいいじゃん…?)


    「…あ、モイラ様、段差がありますのでどうぞ。」
    モイラが杖を持っていないことに気がつき、ウゴールがハッとして近寄る。
    花桶を持ち直し、エルランドに左手を預けるモイラに手を差し出すとエルランドがそれを制する。
    「ダメだよウゴール君。
    ご婦人が素手の時は。」

    そう笑い、飾り小手をはめた手でモイラの空いている右手を取り自分に寄りかからせてホールへの数段を降りる。
    一瞬ギルド受付からどよめきが上がる。
    「なるほど。配慮が足りず失礼いたしました。」
    「とはいえいつもは素手でぶたれまくってるからこういう時だけね!
    久しぶりすぎてちょっと冷や汗出ちゃった!」
    「エルランド。」
    「ひっ、失礼致しましたァ、でもウゴールくんにも言っておかないと」
    「顔!」
    「んぐぅ…」
    「馬鹿マスター…本当に残念な性質ですねぇ、一瞬お二人を見て目を奪われましたがあんたのせいで簡単に目が覚めましたよ。」
    スン( ˙-˙)という顔になり、ウゴールはいつものようにため息をついた。
    「ウゴールの方も寸法丁度よかったようだね。
    婚礼に出るにふさわしい妻帯者の装いだ。
    よく似合っているよ。」
    「ありがとうございます。
    着馴れぬ布地でしかも普段着ない形ですのでいささか緊張していますよ。
    しかし寸法は恐ろしくピッタリでした。
    手配のお心遣い感謝致します。
    そして後手に回ってしまいましたが、モイラ様、とても良くお似合いです。生花をそのように飾る装い初めて目にしました。」
    「そうかい。ありがとう。」
    「ささっ!あとはお祝いの品物を持って馬車に乗れば出かけられますね!
    化粧籠に入れてもらっていますので」
    「エルランド。」
    「…あの、はい…?え、今は別になんにも…してませんよね??」
    「元気すぎる。もう少し抑えな。」
    「…気をつけます。」
    エルランドはモイラの手をウゴールの腕に預け、受付窓口の裏に置いていた贈り物の化粧籠を二つ取った。
    美しい若木を編んだ柔らかい籠に入れられた包みが二つ。
    婚礼用の刺繍が施された布で飾られている。
    「モイラ様、このような場合、アイテムボックスに押し込んで行くのは失礼に当たりますか?」
    「直前まではそれでいい。
    馬車から降りる時には手で持っていた方がいいだろうね。」
    「じゃ、これで。」
    おもむろにギュッとアイテムボックスに贈り物のカゴを押し込むと、エルランドは受付に向き直り
    「それでは私たちは式に行ってきますので留守の間よろしくお願いしますね。
    ウゴール君からの指示も出ていると思いますが、何か問題が起きた時は保留にしておいてください。」
    にこっと笑ってそう言った。
    「エルランド、笑いすぎる。やり直しだよ。
    口を閉じな。」
    「……もぅ…」
    モイラの指示に従って口を閉じ、眉を平坦に戻し、口角だけをあげて笑い直す。
    「ぎ、ギルドマスター、素敵ですぅ…いつもそうならどんなに良いか…」
    「え、あ、そ、」
    そうでしょう!?といつも通り言いかけて、後ろのモイラの視線に気づき、
    どんな顔を作るか迷った挙句、少しだけ首を傾げて眉を下げた。
    「そんな顔もできるんですね!?!?」
    「えっ、」

    ほぅ、とため息をついてひとりがうっとりとそう言うと、次々に女性職員が集まってくる。
    「モイラ様もっ…縦折の入った飾り帯、」
    「それからその薄い生地のガウンの形もとってもステキ、今までそんな形の袖見たことないです!」
    「ギルドマスター、どうしていつもは廊下の壁に寄りかかって壁を擦りながら歩いていたりそこら辺で座り込んだりしてるんです?今日みたいだと本当に素敵なのに」
    「書類の端っこにドラゴン描くのもやめてください!誰も興味無いですから!」
    「職員を引き摺って倉庫に行かずに今日みたいに紳士的にエスコートしてくださいよ!」
    「急に飛び跳ねたりはらわた漁って血まみれの手のまま走ったりしないでくださいよ」
    「今日の髪型はとっても素敵!
    髪もサラサラで!なんでいつもちょっとアホ毛が飛び出した髪型なんですか?」
    「モイラ様!髪に花を飾ることはあっても枝ごと織り込むのは初めて見ました!
    とても綺麗です!色も瞳の色に合っていてとっても素敵に見えます!」
    「髪型も柔らかい髪にピッタリの上品な形でとてもお似合いです!」
    髪の話題が出たあたりでエルランドがソワソワし始めたのでウゴールは仕方なく割って入った。
    「そのあたりで。」
    ピシャリと手のひらを立てて職員らを黙らせる。
    「聞きたいこともあるだろうが、式が終わって帰ってきてからにしなさい。
    モイラ様を疲れさせないように。」
    「すまないね。」
    モイラはウゴールにひとこと礼を言い、彼の腕からエルランドへと持ち替え、いつもはあまり話しかけられない女性職員へ向き直った。
    「時間が取れるなら、ガウンの縫い方も髪の編み方も教えてあげようかね。
    もう古い形の服や髪型だからね。あんた方にはかえって新鮮なんだろうさ。」
    「本当ですか??」
    「そうさねぇ、次に不死鳥がドランに来たら、3日ばかし休みを貰って教えてあげようかね。
    構わないかい?ウゴール」
    「はい、もしそのような場を設けていただけるのであれば聞きたい者は多いと思います。」


    「ギルドマスターの中身が副ギルドマスターなら完璧だよなぁ…」


    「案外私に地味な不満があるのはわかりました。」
    「今頃ですか」
    「それからやはり女性は、同じく女性の素敵な装いに目がないこともわかりましたねぇ。」
    「若い娘たちは着飾るのが好きなもんさ。
    アタシだってあんたの首輪役するよりもキャッキャ言って囀ってる若者に縫い物や編み物教える方がずっと楽しいだろうよ。」
    「意外ですね。そういったことよりも魔道具の解析や魔法陣の解読の方がお好きかと。」
    「そっちはもう人生の基軸だよ。
    好きか嫌いかじゃ無いからね。
    それより、出てくる時にぼそっと聞こえた言葉聞いてたかい?」
    「……私の見た目でウゴール君の性質なら完璧というやつですか?」
    「聞こえてたようだね。はははっ」
    「あれは傷つきますねぇ」
    「何言ってんだい、自分がどれだけ優秀な副官に恵まれたか喜ぶところだろう」

    すごい空間だ…と、ウゴールは心を無にした状態でじっと馬車に揺られている。
    正装はその人物の持つ容姿を限界まで引き出すのだなぁと呑気に感心すらしている。
    モイラの枯れ枝のような腕と手の甲に美しく飾られた薄青色の花がとても美しい。
    真っ白な肌の色と年齢による皺も相まって神秘的にすら見える。
    髪も、髪自体を褒めることがタブーだとエルランドに教えて貰っていたので直接的には褒めなかったが、銀に近い薄灰色のやわらかそうな髪に枝ごと編み込まれた花がとても、モイラの厳しい雰囲気に合っている。
    細く痩せた肩から足首まで直線的に落ちるガウンも、年齢を美しく見せるためのものだ。

    そしてそもそも、何だこの目の前の馬鹿マスターは。
    今はいつものバカみたいな表情でしゅんとしているが、表情は作ろうと思えば作れるようだ。
    きちんと整えられて青葉を編み込まれた金髪はいっそ神々しいとすら思ってしまうほどだ。
    整った細身の体格と美しい衣装、いかにもエルフらしく編まれた金の髪、そしてそもそも大人しくいい男ぶった時の顔だ。
    口を大きく開かず、目を見開かず、眉をはねあげず口角だけを上げて笑い、短く返事をするだけであんなにも普段の馬鹿と違うものか…。
    「モイラ様は私の腕をとって貰うとして、花と贈り物は私とウゴール君のどちらがどちらを持つべきなんだろう。
    渡す順番とかってどっちが先だったかなぁ…」
    「絵面的にはギルドマスターが花を持った方が映えそうですけどね。」
    「えっそう?」
    「ダメだよ。縁起が悪い。」
    「えっ…」
    「花は縁起を全部入れてあるんだろう?
    伴侶に逃げられた男から受け取ったら台無しだ」
    「うぐぅっ」
    「なんのためにウゴールに妻帯者たる印を大きくつけてると思ってる。
    家庭を守れてる人間からこれから家庭を築く人間に縁起を送っている証拠のためだ。」
    「…ソウデスネ…」
    「そして再度言うが、なんの誘いにも乗るんじゃないよ。
    今日のお前には人が目を奪われる。
    そうするためにその装いなんだからね。
    それを全部ゆるっと突っぱねてから帰るんだよ。
    私はそのための虫除け婆さんでもあるんだから手を離すんじゃないよ!」
    「ハイ…」
    モイラの言う妻帯者の印は左肩にだけ大きく掛けられた飾り布だ。
    右にかけないのは伴侶の腕を邪魔しないため。
    わかりやすい決まり事だ。
    エルランドはモイラと似た模様の直線的な長い何かを両肩から掛けている。
    植物の文様はエルフが身につけるためにあるのかというほどしっくりとくる。
    常時の外套と違い、首元から足先まで留め具のない肩にかけるだけの…あれはなんという衣服なのか…マントとコートの間のような…
    とにかく中の服を隠さない、重たく風になびかない素材の布地を羽織っている。
    非常にきらきらしい。
    「はぁ、この服重たいなぁ…。サラサラしてて肌触りはいいんだけど。」
    「男物の礼服はそんなもんさ。
    さあ、もうすぐ到着のようだから顔だけは引き締めときな。」
    馬車の覗き窓から外を見ると、チラホラと礼装の人々が馬車から降りるのが伺えた。
    「はぁ〜…苦手なことを積極的にやるのって苦痛極まりないですよねぇ…」
    「…今は杖を持ってないからね…粗相が過ぎると帰ってからぶたなきゃいけないかねぇ……?」
    「もぉ〜、頑張りますってば!
    なんかこう、すましとけばいいんですよね!?」
    「そうしな。
    ああ、それと、……手渡された酒は一応、口を湿らせる程度には舐めるんだよ。」
    「…モイラ様、そういえば酒はやられるのですか?」
    祝いの席に酒がないわけが無いことに思い至り、ウゴールはモイラにそう聞く。
    片眉を上げてモイラは首を横に振った。
    「あたしは全くダメだね。口が酒精を受け付けない。」
    「わかりました。ではお手に渡ることがないように致します。」
    「そうしておくれ。
    ま、私は婆さんだからね、断りやすいんだが、あんたがもし無理に飲めと言われたらウゴールに甘えな。」
    隣に座るエルランドを見上げてモイラはそう顎をしゃくった。
    「ウゴールくんに?」
    「私にですか?代わりに杯を開ければよろしいですか?」
    酒は弱くは無いが、回し飲みはどうなんだろう。
    他人からの廻し酒と、飲み残しとどちらの方が行儀悪いんだろうか。
    「なるだけおふたりに酒が手渡されることがないように私が断りますよ。」
    「うん、…そうだね。
    でももし本当に強く勧められたら2~3滴飲むから残りを引き受けてくれたら助かるよ。」
    「馬鹿マスター。全く飲んでるところを見ませんが、下戸なんですか?」
    「いやおそらく多少は飲めるけど…
    もうずっと飲んでないから酔い方忘れちゃってるよ。目を回さなきゃ御の字かなぁ…」
    「今日は絶対それは許されないからね。」
    ゴンッとエルランドの膝に拳を着いてモイラは眉間に深い皺を寄せた。
    「にしても…」
    ウゴールは小窓の外を覗いてつぶやく
    「我々は案外地味めな装いにしてあるんですね…」
    「そうだねぇ。ギルドで袖を通した時はちょっと派手だと思ってたけど、そんなこと無かったね。」
    「クレールに貸し出しを頼んだ時に流行りにそっていないお堅いやつにしてくれと言ったのさ。
    アタシ達は冒険者ギルドだからね。
    指輪も首飾りも髪飾りも不要と言ったんだよ。
    だからアタシ達は髪に草木を入れてもらってるし、ウゴールのは厳つい長立襟にしてもらってる。」
    「なるほど。
    書簡で年齢や種族を聞かれたのはそのためですか。
    髪や目の色まで聞かれて驚きましたよ」
    「ところでモイラ様、この馬車どこまで乗り付けるんです?
    随分と門に近づきますが…」
    ベタっと窓に額をつけてエルランドが進行方向を眺めている。
    「あんたは婆さんに長い距離歩かせる気かい?
    入口前まで行ってもらうに決まってるじゃないか。
    降りる順番だけどね、まずはウゴールが降りな。門の前に馬車つけたら嫌な顔されてるはずだから睨みきかせて降りるんだよ」
    「なるほど、確かにそれは私の仕事ですな。」
    「ウゴールくんにばっかり動かせて悪いなぁ」
    「あんたは死ぬ気でいい男演じてりゃいいんだよ。
    ……わかってると思うけど、粗相は許さないからね。」
    「わかってますってば!
    ニコニコ笑わない、飛び跳ねない、寝ない!
    ですよね。」
    「堂々とそう言うけどねぇ、言っておくが普通のことだからね??」



    磨かれてはいるが飾られていない、変哲のない2頭引きの馬車が邸宅の門の直前で止まった。
    結婚式への参列者には違いないだろうが、大勢が通りに面した馬車止めの円形庭から歩いてきているというのに図々しい人間もいたものだ。
    門番に立つ2人は馬車の方へ注意を向ける。
    停車した馬車の扉が開き、がっしりとした肩の男がひとり降りた。
    黒に薄青色の刺繍が入れられた礼服に
    左肩から刺繍飾りの布を垂らした恰幅のいい男だ。

    どこかで見たことがあるが思い出せない。

    薄くなってきている髪を後ろへ撫で付け、顎まで届く厳つい立襟の長衣と刺繍布で縁どった革の靴が男の堂々とした様を強調している。
    男は馬車の中へ向き直り、扉が閉まらぬように押さえた。。
    連れが居るようだ。
    妻帯者のようだし奥方か、もしくは扉を抑えて下車待ちをするということは男よりも位が上の人間が出てくるのか。

    しかし、首にも指にも髪にも、何も飾りを付けぬいささか地味な装いでの参列だ。
    新郎のためと言うよりは、家に呼ばれた何処ぞの商会か、なにかの付き合いでの参列だろうか。
    そう考えながらも、不躾な場所に停車した事に一言申さねばいけまいと注視していると、先程の男と同じく黒地に薄青の木の葉模様が入った礼服を着、肩から重たい変形外套を垂らしたエルフが、トントン、と軽い足取りで馬車の足踏みを降りてきた。
    片方の手にだけ布製の飾り小手をはめ、金の髪に青葉を編み込んだ恐ろしく美しい姿のエルフだ。
    そこでようやく門番は先程の長立襟の男が誰か思い出した。

    冒険者ギルドの副ギルドマスター、ウゴールだ。

    そして今馬車を降りたエルフは、ギルドマスターのエルランドだ。
    周りの来客たちもしばし立ち止まり、エルフに注目してしまっている。
    色々なところから客を寄せていると聞いてはいたが、まさか冒険者ギルドにまで招待状を送っているとは思いもしない。
    家主の商売とはあまり関係の深くない機関だ。
    跡継ぎの結婚式とはいえ、手広くやりすぎの感はある。
    冒険者ギルドのトップ2人を招待するとは…
    じっと見ていると、エルランドが馬車の方へ向き直り1段だけ段差に足を掛けた。
    変形外套を右手に被せ馬車の方へ差し出す。
    まだ誰かいるのか。
    外套越しに、エルランドの手に細く痩せた手が乗せられ、青みがかった灰色の袖を揺らしながら老女が頼りない足取りで馬車を降りた。
    銀色とも灰色とも言えない柔らかそうな髪に薄青色の木の花をあしらった髪の間から長い耳が覗いている。
    見たことの無いような形のガウン、痩せた細い腕に生花を飾った姿は〈魔法使い〉という子供じみた言い方がぴったりな様相だ。
    エルランドは軽く腰を折り、外套を払った右腕を老女の左手へと差し出した。
    袖に包まれた前腕に老女が手をかけると彼は背すじをのばし、彼の副官になにやら指示を出した。
    ウゴールは頷くと1度馬車の中へ戻り、婚礼の祝布で飾られた籠を二つエルランドに渡し、自身は大きな花桶を抱えて馬車から降りた。

    ようやく馬車が去っていく。

    馬車を見送ると、3人は老女の歩みに合わせてゆっくりと門の方へやってきた。
    「本日ご招待預かりました、ドラン冒険者ギルドの者です。」
    門番の前に立ったウゴールがまゆひとつ動かさずに厳粛な口調でそう告げ、招待状を差し出した。
    そして
    「王都のギルドから現在ドランへ滞在中である、こちらのモイラ様の名宛へもご招待いただいたことを、心より嬉しくお礼致します。
    門の前で馬車を停めさせていただいたことにつきましては、大変無礼な行いであったと存じますが、どうかご容赦いただけますようお願い申し上げます。」
    先手をうたれては、釘を刺すことなど出来ないではないか。
    「ようこそいらっしゃいました。
    主が庭園にてお客様をお待ちです。
    どうぞ足下お気をつけてお通りください。」
    それだけしか言うことが出来なかった。
    ウゴールは目を合わせたまま軽く腰を折り、後ろに立っていたエルランドと、モイラを先に立つよう促した。
    「婆さんで足が悪いものでね。
    他の貴賓を差し置いて申し訳なかったね。」
    通り過ぎる時にモイラが、深い皺の入った美しい目元を上げてそう言った。
    「杖を、お持ち致しましょうか?」
    優しげな視線に何故か心がざわついてしまい、そう尋ねると、隣のエルランドが静かにモイラの手を預かっている右腕を少し引き半歩だけ前に出た。
    「お心遣いありがとうございます。
    本日はわたくしが杖役を預かっておりますので役目を奪わないで頂きたく思います。」
    「あ…」
    目を細め僅かに口角を上げた笑みでそう返されて、何故か赤面しそうになってしまう。
    「無用な口出し、失礼致しました。」
    そう一礼をし、姿勢を正すことしか出来ない。
    「いいえ。」
    エルランドは少しウゴールを振り返り、そしてモイラの方へ視線を傾けたあと前へ向き直りそのまま祝場へと歩みを進めた。
    不思議な雰囲気のエルフだ。
    数える程しか足を向けたことの無い冒険者ギルドの中では、あんな感じだっただろうか?
    ウゴールも、ギルドの奥で見かけた時は、ゆるい胴衣に太った腹を押し込んだおっさんだった気がするのだが…。
    こんなに厳しい顔で正面を見据える男だっただろうか…。




    『 …どう考えても杖要らないじゃない〜
    今の無視して良かったんですかね…返事して正解でしたか?』
    エルランドは口をあまり開けないまま、小声でモイラにたずねた。
    普通に尋ねたらぶたれる可能性があるため、
    おそらくここにいる誰もが知ることの無い古い言葉だ。
    『 まぁ、あのくらいで丁度いい。上手い返しだったじゃないか。』
    前を向いて歩きながらモイラは少しだけ笑った。
    「しかし立派な家だね。
    とんでもなく広い会場だ。
    歩くのに骨が折れる。
    それに、なんとまぁ滝のような花飾りじゃないか。…鮮やかないい香りだ。」
    会場の庭園に飾られた驚く量の花々を見てモイラは嬉しそうにそう呟いた。
    辺り一面飾られている様々な花は別世界に足を踏み入れたような心地にさせる。
    風が無くとも、足を進める度に優しい香りをくぐりぬけながら歩くことになる。
    婚礼の会場にふさわしい飾り付けにモイラの眉間から険が取れる。
    「のぁぁ」
    不意にエルランドが変な声を出したのでウゴールがひとつ咳払いをした。
    そして無理やり話しかける。
    「ギルドマスター、見事な花ですね。」
    「っ…っ………うん。
    素晴らしいね。」
    どうにか涼しい表情だけは崩さずに居られたようだが、返答に変な間ができてしまう。
    恐る恐る目をやるとモイラの眉間に取れたはずの険しさが戻っている。
    よく良く考えれば、こんなおめでたい場所でするべき会話が、この3人だと全くない。
    説教か怒号か泣き言か…仕事意外だとそれ以外の話題があまりないのだ。
    婚礼の場にふさわしい明るく喜びに満ちていてなおかつこの3人で話して違和感のない話題が…なにか…
    ………
    「わたくし事ですが、初めての子供が生まれた時に、喜びのあまり、まだ起きられない妻に抱えきれないほど買った花と同じ物が飾られています。」
    あの花弁の多い黄色の花です。と、
    ほぼ無表情でウゴールはエルランドの後ろ姿に話しかけた。
    花の飾られた雛壇を眺めていたエルランドが、それは素敵な思い出の花だね。羨ましいよ。
    と同じく無表情に近い顔で少し振り向いた。
    「…あの雛壇の端に私が好きな花が飾られていたから思わず声が出てしまったよ。」
    「好きな花ですか?」
    言い訳ですか?と返しそうになり、慌ててそう返す。
    「そう。一番端を飾っている小さな矢車がぎっしり集まった花だよ。」
    「…あぁ、ギルドマスターの机の上にもあの花はよく飾ってらっしゃいますね。」
    ヨシヨシ、スムーズな会話だ。
    会場の飾りの話ならなんの意味も無くて適当に続けられる。
    この調子なら…と思ったところでハッとした。
    エルランドが机の上にあの花を飾っていた理由を思い出したからだ。
    花弁が全て開ききったら部屋に吊るして乾燥させて、すり潰して他のたくさんの材料と混ぜて貴重な臓器や素材を腐らせないために漬ける保存液の、希釈溶液を煮出すための材料だからだ。
    「そう。
    見つけたらつい買ってしまうほど好きな花なんだよ。安くはないんだけど、売ってあれば手元に置きたくて。
    あんなに沢山、見事すぎてため息が出てしまうね?」
    ハイハイハイハイ、比較的高価な花が無尽蔵に飾ってあるからあわよくば欲しいんですね。
    ダメですからね!
    「…とても豪華な結婚式ですね。」
    「うん、本当に。」
    目の前のエルフは、少しだけ眉尻を下げて息をついた。
    モイラの歩調に合わせてゆっくりと歩く3人を何組かの人々が追い越していくが
    追い越しざまにチラチラと、あるいはあからさまにエルランドとモイラを見ていく。
    そのくらいは目立つ容姿のふたりなのだ。
    おそらくそんな視線には気づきもしないエルランドは、チラチラと花飾りの方を見ているし、エルランドの様子におそらく苛立っているモイラは彼の腕に置いた手にやや力を込めている気もするし…
    まだ贈り物すら渡せていないのに、先が思いやられる。
    既に帰りたい。
    時々2人はウゴールには分からない言葉で話しているが、一体どんなやり取りをしているのだろうか。
    入口から一番奥にある一際美しく飾られた大きな席に本日の主役である新郎新婦と、本日の主催者である家主夫妻の姿がある。
    もう1組いる夫妻はおそらく新婦側の両親だろう。
    ニコニコと心から嬉しそうな顔で来客の祝辞に応えている。
    富豪同士の家の結婚だ。
    主催である新郎側の家は、関税機関の現理事。
    ダンジョン以外特産品のない商業都市に入ってくる、色々な品々の関税監査をする機関のトップだ。
    新婦側は本当に本当のただの富豪。
    貴族では無いがドランが機能し始めて以来この地を街としてつくりあげてきた富豪だ。

    近づくにつれ、新郎新婦の姿がはっきりと見え、若いふたりが嬉しそうに笑いあっているのが確認できる。
    少なくとも、営利目的の為だけに行われる婚姻というわけでもなさそうで他人事ながらほっとする。
    馬鹿マスターがどんな祝辞を述べるのか多少心配ではあるが、さすがに大丈夫だろう…。



    「本日美しい日にご招待頂き喜び御礼申し上げます
    この度の御結婚 誠におめでとうございます 
    お二人がいつまでも幸多く温かいご家庭を築かれますよう心よりお祈り申し上げます」

    うっすらと優しげな笑みを浮かべたまま、エルランドは両家両親の間に立つ新郎新婦の顔をじっと見つめてそう述べ、右手に預かったモイラの手を気にしながら腰を折り挨拶のお辞儀をした。
    隣に立つモイラも、半歩後ろに従うウゴールもそれにならう。

    いやもう絶対頭の中雛壇端の花のことでいっぱいだろ!!
    笑って誤魔化してるだけだろ!!

    と言いながら肩を揺さぶりたいのをぐっとこらえる。

    エルランドは次に新郎両親に向き直り少し真面目な顔をし、まず一礼した。

    「ご令息様のご結婚おめでとうございます 
    お二人の門出を心より祝福し 
    ご両家のご隆盛をお祈り申し上げます
    それからこの度 数々の不祥事を起こしておりますわたくしの元へ このような晴れやかな席へのご招待くださいましたこと深く御礼申し上げます。
    冒険者ギルドより 厳選しました品を送らせて頂きます」

    一瞬家主の顔がぴくりとしたが、一礼を返されるだけにとどまった。
    ウゴールの背中に冷や汗が伝う。

    何余計なこと言っとるんですか!?!?
    杖があったら叩かれてますからね!

    ウゴールの冷や汗も知らずエルランドは最後に新婦側両親へと向き直り再度一礼をする。

    「お嬢様のご結婚おめでとうございます 
    大切に育まれたお嬢様が晴れの日を迎えられお喜びのことと思われます 
    若いお二人が幸せなご家庭を築かれることを心よりお祈り申し上げます」

    噛みもせずにさらっとお祝いを言い終えたエルランドがウゴールに目配せをしたので、ウゴールは両手で抱えていた花桶を控えている従者へと渡した。
    新郎新婦の周りは送られた品々で大変な賑わいだ。
    続きエルランドが祝いのかごを「片手にて失礼致します」と手渡す。
    受け取った従者が思わぬ重量によろめき贈り物を取り落としそうになった。
    婚姻祝いの品に泥が付いてはことなので従者は必死で抱え直しなんとか事なきを得た様子だった。
    冒険者ギルドに居ると忘れてしまう。
    自分たちの職業が、性別の分なく比較的剛腕な者しか居ないということを。
    「…申し訳ありません。
    重たかったようですね。」
    少し気まずそうにしてエルランドがつぶやく。

    「ふふっ」
    新婦母親が思わずといった様子で口元を抑えて笑った。
    「笑ってしまって失礼致しました。
    大きな荷物を事も無げにお持ちでしたので、布か綿かと思っておりましたのに、優しいお姿に似合わず力が強くていらっしゃるのね。」

    ウゴールは背筋がむず痒くなる。
    そういうアレじゃないんだ。目の前のこの馬鹿マスターは、そういうアレじゃ、ない。
    なんだかよく分からないが、目の前のコレはまやかしですよ!!ビョンビョン跳ねるこどものおもちゃみたいな生き物ですよ!と叫びたい気分だ。

    「……恐れ入ります。
    本日、晴れの席への出席ですのでこの様な出で立ちでの参上ですが、わたくしも元冒険者ですので乱暴で粗野な性質かと思います。」

    本当にこんなとこで何言ってんだこいつと思ったが、見ればエルランドはにっこりと眉を下げて軟弱そうに笑っていたので、相手を混乱させるにはちょうどいいかなど言う気もした。

    「まぁ。
    ふふふっ。」

    どんな感情の笑いか分からないが、新婦母は楽しそうに笑った。
    その笑いが納まったのを見計らい、モイラが三組の夫婦を順に見、胸に片手を置いて礼をした。
    「片手を杖に着いたままで失礼致します。
    王都冒険者ギルドよりドラン冒険者ギルドへ使わされておりますモイラと申します。」
    モイラが祝辞を述べようと顔を上げると、新婦が逸ったように半歩前へと出た。
    「あの、失礼ながらお尋ね致しますっ」
    まだ若く、幼げな様子も残した美しい顔立ちの女性だ。

    来客の祝辞の終わりを待てないほどには若い。
    「…なんでございましょう?」
    モイラが微笑んでそう返すと、若い新婦は頬に指先を当ててわななくようにたずねる。
    「お召しのガウン、もしや、クレールのものではありませんか?」
    「まぁ、よくお分かりになられましたね。その通りです。
    本日の喜ばしい日のために皆で用意致しました。」
    「やっぱり!!
    わたくしたちの婚礼の装いもクレールの御店にお願いしたのです!
    今日という日が嬉しくてついついたくさんの見本をねだってしまいましたの。
    その中に、今お召のものと似た形のものがあり素敵だなと思っていたものですから……」
    「それは……誠にありがとうございます。
    わたくしが選びました今日のガウンは、百年以上前の意匠にての仕立てです。
    少しでもお目を楽しませることが出来たのであれば幸いです。」
    「百年!?
    おじい様もまだお生まれでない頃から続く意匠だったのですね。
    ますます、わたくしも一度袖を通して置けばよかったわ。」

    なんと素直で悪意のない新婦なのだろう。
    ウゴールはいっそ感心してしまう。
    自分にもたらされる富にも環境にも一切不安も躊躇いもない正しい意味で箱入りのお嬢様なのだろう。
    目の前にいるエルフ二人のうち、エルランドではなくまずはモイラのガウンに目が行くあたりまるで少女のような新婦だ。

    「若い奥方様はこれから先きっとたくさんのお祝いごとに招かれる事でしょう。
    このような形のガウンの前に、もっと愛らしい形や華やかな形のものを沢山召された方がみなを喜ばせられることと思います。
    これから幸せを築き、お母上方よりももっともっとお年を召された頃に袖を通されも遅くはないかと存じます。
    本日お召しのたくさんのヴェノムシルクを使った真っ白なガウン、とてもお似合いでいらっしゃいますよ。
    若々しい幸せを会場皆に知らせてくださるとても素敵な花嫁姿で、それを目にするだけでも嬉しい気持ちにさせていただいています。」
    「ありがとうございます!
    たくさんの人達に来ていただいて、わたくしも今日とてもとても嬉しい気持ちでいっぱいです!」

    曇りのない花嫁の笑顔を前にしても、モイラの横に立つエルランドは優しげな表情を浮かべたまま、ある意味ピクリとも動かない。
    完全にほかのことを考えていてモイラと新婦のやり取りも半分も聞いていなさそうだ。

    結局新婦とのやり取りの後、手短に祝辞を述べてようやく会場の端の方へと来ることが出来た。
    飲み物が給仕されるテーブルと
    ひな壇の下にはソファに近いベンチがたくさん置かれていて、参列客の連れか新郎新婦の親族か、子供たちがじゃれあって遊んでいる。
    どうやら子供たち用に用意されたお菓子の皿や簡単な遊具なども置いてあるようだ。
    親の挨拶に同行しないくらいの年の子供たちが
    「モイラ様、椅子に掛けられませんか?」
    「…そうさせてもらおうかねぇ、ふぅ…」
    ため息混じりでそう答える。
    短くかられた芝生の庭園とはいえ、立ちっぱなしは相当な負担のはずだ。
    エルランドが変形外套を肩から外し、ベンチに敷いてモイラを促す。
    ウゴールは本当に不思議に思う。
    行儀作法や婦人への礼節、公の場での振る舞いができるなら普段からもっとやってくれまいか?
    後ろに手を組んで2人の傍らに立ち、ため息をかみ殺す。
    「可愛らしい子供のような新婦さんでしたねぇ」
    「ほんとにね。
    大事にそっと育てられた悪意を知らないお嬢さんだったね。」

    『 ……頼んだらあの花くれませんかね』
    『 そんなこと口に出したらたとえこの会場内だろうとぶつからね。』
    『 やっぱりダメですかね…』
    『 結婚宣言が終わり次第引き上げるから、余計なことせずに、余計なこと言わずに大人しくしてな。』

    「わかりました……」
    モイラは芝生の庭園で遊ぶ子供たちを眺めている。
    エルランドも同じ方向を見ているが、多分その後ろの花を見ている。
    本当になんでこう……

    ウゴールは手を顔に当てる。ため息を漏らしたくなるほどだ。
    しかし、彼は我慢して両手を後ろに組んだままじっと立っている。

    ふと、モイラが何かに気がついたように子供たちの方から視線を外した。
    なんだろうかと視線を追うと、6歳か7歳くらいだろうか、
    幼いがきちんとした式典用のドレスを着た女の子がモイラの前に歩きでてペコリとお辞儀をした。
    背もたれに預けていた肩を起こし、モイラはそちらへと向いた。
    「…こんにちは。
    おくつろぎのところもうしわけありません。
    お話をさせていただいてもよろしいでしょうか。」
    緊張した面持ちで女の子はたどたどしくそう挨拶をした。
    「まぁ、なんと。
    きちんとした挨拶ができるんだねぇ。
    相手がこんなお婆さんでよろしければぜひ。」
    モイラが眉間のこわばりをとって笑うと、パッと女の子が笑った。
    「あの、わたし、結婚式に出席するのは初めてです。」
    「そうかい。
    とっても可愛くしつらえてもらっているね。」
    「あの、はい、でも……」
    「うん?」
    「……」
    そこで困ったように眉を下げ、女の子はちらっと、ウゴールとエルランドを交互に見た。
    そしてモイラを見る。
    「そうかい。じゃあ、婆さんの隣にお座り。
    耳元で話してくれるかい?」
    モイラがそう言うと女の子は安心したように笑い、モイラの隣、エルランドとは反対側に座ってモイラの耳にこっそりと小声で囁いた。
    何事かしばらく聞いたあと、モイラは少しだけ会場を見回して「なるほどね」と言った。
    「うん。お願いを聞いてあげようかね。」
    「ほんとう!?」
    「ああ。
    でもその前に、お前さんのお父上やお母上にお伺いを立てといで。
    こんなに可愛くしてもらってるんだ。
    よその婆さんにいじられたら面白くないかもしれないだろう?」
    「わかりました!」
    ぴょんと立ち上がり、女の子は会場の方へ駆けて行った。
    「何事ですか?」
    ウゴールがそうたずねると、モイラは笑って首を振った。
    「会場に来たら、自分よりも年上のお姉さん方がみーんな綺麗な髪飾りをつけてたんだとさ。
    そりゃそうだ。
    あの子より年上の女の子は見る限りみんな10歳以上だもの。
    もう着飾り方を習う歳だ。」
    「まぁ、そうですね。
    それでお願いとは?」
    「髪飾りが無いから、花を貰ってきたら髪に飾ってくれないかとお願いされたんだよ。」
    「なるほど、そういう事でしたか。
    しかし今の子も可愛らしく髪を編み込まれていたと思いましたが、やはりそれとは別なものですか。」
    「…うーん…まぁ、そうなんだろうね。
    毛先をふわふわさせてあったから、じゅうぶん華やかな装いだと思うが、小さい子は目に見える飾りが欲しいんだろう。」
    「私やギルドマスターの方を見て困った顔をしていましたが、怖がらせてしまってたんでしょうか。
    少し離れておいた方がいいですか?」
    「いやあれは、
    …おそらく家族以外の男性の前で装飾品の話をするのはいけないと教えられてるんだろう。
    だからあんた方の耳に聞こえたらはしたないかもしれないと躊躇ったんだろうね。」
    「そうなんですね。」
    「裕福なところはそうなんだよ。
    男に聞かせると強請ってると思われちまうのさ。」
    「はぁ、なるほど…それは思いつきもしませんでした。」
    「エルランド。」
    なんの脈絡もなくモイラがその名を呼んだのでハッとしてウゴールはそちらに目をやった。
    そこには「そんな手が…!?その手を使えば花を手に入れられるのでは!?」という目をしたエルランドが居る。
    「ギルドマスター。いけません。」
    「…何も言っていないよ。」
    「…エルランド。
    お前の視線は気をつけないと、子供よりもわかりやすいんだ。
    もう何考えててもいいから半分閉じてな。」
    暴論だが確実だ。
    「なるほどそれは効率的です。
    しかし寝てると思われませんかね。」
    「そこまで閉じるんじゃないよ。
    少しだけ閉じて焦点ぼかしてな。」


    女の子が持ってきた赤と黄色の小花を、モイラが器用に編み込みの目に沿って飾っていく。
    何人かの子供たちが群がっており、ここが宴席でなければ魔法使いのおばあさんと子供たちというとても幻想的な光景だ。
    「これこれ、最後にちゃんと仕上がりを見せてあげるから頭を真っ直ぐして前を向いておいで。」
    チラチラと自分の頭を気にして振り返ろうとする女の子の顎をそっと正面向けさせてモイラは優しくそうたしなめる。
    「…エルフのおばあちゃま、鏡も無いのにどうやって見せてくれるの?」
    「特別な方法があるのさ。」
    耳の後ろと襟足近くの編み込みに綺麗に花を整えてモイラは最後に少しだけ編み込みの留めを緩くした。
    「花が入ったぶん、少しきつかったろう?
    どうだい?引き連れたり痛かったりはしないかね?」
    「うん!大丈夫!」
    「じゃあ、仕上がりを見せてあげよう。
    立ってごらん。」
    ベンチから降り、目の前に立った女の子の顔の前でモイラは手のひらを空中に滑らせる。
    ゆらっと宙が揺らぎ、女の子の上半身程の薄い水の膜が現れた。
    「お水???」
    急に現れた水の膜に思わず指先で触れようとした途端、揺らいでいた水の膜がキラッと静止し、パッと女の子の顔を映し出した。
    「さぁ、どうだい?可愛く飾れてるだろう?」
    何に驚いていいやら一瞬分からなそうにしていた女の子が、ようやく自分の姿を確認して歓声を上げる。
    「素敵!」
    「本当は王冠みたいにしてあげたかったけど、今日この場所で花の王冠を掲げていいのは花嫁さんだけだからね。」
    「エルフのおばあちゃま!
    どうもありがとう!!」
    女の子はドレスの両端を摘んでちょこんとお辞儀をした。
    そしてモイラの前でクルンとかかとで回って見せた?
    「うん。上等な仕上がりだね。
    お母上に見せておいで。」
    「はい!」
    女の子がかけ出すと、周りに群がっていた小さな子達も何故か同じ方向へと駆け出した。
    水鏡を消してモイラはひとつため息をついた。
    見ていると、
    遠くに走っていった女の子は母親の腰に飛びついてニコニコと髪の飾りを見せている。
    会場に着いてからずっと自分にだけ髪飾りが着いていないことを気にしていたのだろう。
    薄目を開けているエルランドを挟み、モイラとウゴールは微笑ましさに目を細めた。


    「こんにちは!」
    不意に元気な声がウゴールの真横から響く。
    驚いてそちらを見ると、10歳か、もう少し下か、礼装なのに袖をたくしあげた男の子がウゴールに一礼して通り過ぎ、座っているモイラに飲み物を差し出した。
    華奢なガラスに入った綺麗な色の果実水だ。
    「素手でのお渡しでブシツケではありますが、
    こちらをどうぞ!」

    袖まくりをした腕には草の上で遊んだような擦り傷がある。
    しかしずいぶん上等な布地の礼服を着ているし、とても元気な声だが年齢の割には礼儀作法に則って言葉を選んでいる。
    いい所のやんちゃ坊ちゃんだろうか。

    「どうもありがとう。
    ウゴールに話があるのかい?
    これはアタシがいただいてもいいのかね?」
    「はい!ぜひ!」
    モイラがガラスの器を受け取るのを確認して、男の子はぺこ、と頭を下げ、ウゴールの方にブン!と顔を向けた。
    「冒険者ギルドからお越しとききました!
    ギルドマスターのエルランド氏はどちらにいらっしゃいますか!!」
    エルランドの目の前で、ウゴールに勢いよくそう尋ねる。

    これは大変だ。

    笑いを堪えるのに非常に体力を要する状況だ。
    ウゴールは歯を食いしばったまま、ちら、とエルランドの方へ手のひらを向けた。
    返答すると吹き出してしまいそうだったので無言を貫かせて貰った。
    エルランドが半分閉じていた目を開け、少し首を傾げた
    「私がエルランドですが。
    君は?」
    「えっ」
    「え?」
    「………えっ!?」
    「ん?」
    心底驚いた顔で男の子は目をまん丸に見開いた。
    そして急にしどろもどろになる。
    「あの、あの、あのえっと……
    えっとあの………元Sランクの…剣士だと、
    ききました。」
    「うん。そうですよ。
    よく知っていますね。」
    にこっと笑い、エルランドは頷いた。
    「えっ」
    「えっ?」
    「本当に?」
    「…なにが?」
    「本当にあなたがエルランド氏ですか?」
    「そうですけど。」
    「………」
    男の子はまじまじとエルランドを見て、そしてウゴールを見上げた。
    「ん"ん"………っ。
    そちらに座ってらっしゃるのが、ドラン冒険者ギルドのギルドマスターであるエルランド氏ですよ。」
    なんとか笑いそうな頬を収めてウゴールは男の子にそう言った。
    ちらっとモイラの方を見ると、ガラスに口をつけたまま反対方向を向いて拳を握りしめている。
    モイラの、険しいひたいも崩壊寸前らしい。

    「……僕の父さんよりも腕が細いのに…?」
    率直で気遣いのない疑問に奥歯が割れそうなほど歯を食いしばった。
    そして唇を突き出して疑問を顔に浮かべている男の子に、少し真面目な声でこたえる。
    「うちのギルドマスターはとても強いんですよ?」
    「……」
    まだ半信半疑のような男の子にエルランドが問いかける。
    「どんな男を想像していましたか?」
    「あの、ゴーレムみたいな…大きなかたを想像していました。
    僕の胴体くらいの太い腕の、大男だといいなって…。」
    「それは期待に応えられずに残念です。
    でも私とても強いんですよ。」
    「……本当に?」
    「強そうに見えませんか?」
    「…あんまり…」
    こらえきれずにモイラが隣で吹き出した。
    「笑ってごめんよ、坊や。
    でもそうだよねぇ、とても剛腕の剣士には見えないものね。
    でも間違いなくここに座ってるエルフは元Sランクの冒険者パーティで剣士をしてた男だよ。」
    「なら…」
    モイラからそう言われ、
    ぎゅっと拳を握って男の子は期待を込めた目でエルランドを見上げる。
    「質問があります!
    僕は大人になったら父の仕事を継ぎますので冒険者にはなれない立場ではありますが、とても憧れています!
    どうやったらSランクの冒険者になれますか!?」
    「……どうやったら……かぁ…」
    エルランドは真剣な顔をして少し考え、しばし沈黙したあとこう答えた。
    「そうですね、…どのような冒険者業をするかで、それぞれに色々な困難はあるでしょうが、Sランクになるまで死ななければなれますよ。」
    ウゴールは一瞬、なんという答えを口にするんだと思ったが、よく考えたら間違いではないような気もして口を出すのを止めた。
    「えぇ〜そういうんじゃなくて、何をしたらなれますか!?」
    「何を、の部分は、本人が何をしたいかによるので私には助言が難しいですね。」
    「あの、例えばすっごく強くなるとか、すっごく強い魔道具とか武器を買うとか、そういうのはなにかないですか!」
    「どちらも、確実に死ににくくなるので是非ともそうした方がいいです。
    冒険者はどこかでひっそり死んでも誰も探してくれませんから、死なずにギルドに戻って来ることが大切です。
    死んではいけません。
    それ以上に大切で重要なことは無いです。」
    ……子供にする話としてはいささか抽象的で残酷すぎる気もする。
    子供と話し慣れないまま三百年たったエルフなので仕方ないのかもしれないが…
    「じゃあ、あなたは死ななかったからSランクになれたってことですか?」
    「そうですね。
    ただ、私はSランクまで行きましたが、本当に欲しくて探し出したかったものは、結局手に入れることが出来ませんでした。
    ですから冒険者を辞めたあともこうしてギルドで働いていますよ。
    いつか私ではない誰かが私が探したかったものを探してくれることを期待しています。」
    少し残念そうな顔をしてそう言うと、男の子は不満げな顔で両手を腰に置いた。
    「……思ってたSランクとちょっと違う…!!」
    「困りましたねぇ。」
    「もっと強そうにして欲しい!!」
    「そんなこと言われても……
    でもほんとに、多分私ここに居る副ギルドマスターよりも腕力強いですよ?」
    「そんな!?
    だって、その………じゃあちょっと一緒に来てください!」
    男の子はエルランドの手をキュッと両手で掴んで立ち上がらせた。
    「え?どこまで?」
    「いいからこっちに来てください!
    強いとこ見せてください!」
    「???」
    エルランドは中腰で引っ張られながらモイラを振り返った

    『 酒は飲むんじゃないよ。
    余計なことも喋るんじゃない。
    誰にも怪我させないこと。
    服を汚さないように。
    結婚宣言が始まるまでに帰ってきな。』
    『 いや、それ以前に子供の相手とか面倒なんですけど。振り払ったらダメですかね。』

    なんだかんだ引っ張られるままにエルランドは人が沢山集まる場所に消えていった。
    「……前情報がない子供の思い込みは残酷ですね。……パッと見強そうに見えないのは分かりますけれど。」
    「ま、あんなもんさ。
    強い強い屈強な体の男を予想してたんだろうね。見た目だけなら冒険者ギルドの入口付近にうじゃうじゃいるんだけどねぇ…」
    「肉体的な強さだけでランクが上がるわけではありませんからね。
    というか…ギルドマスター、子供の相手が下手ですね。」
    「………ま、エルランド自身が少々子供じみてるからちょうどいいかもしれないよ。
    …服を汚さずに帰ってくればいいんだけどねぇ…。」




    そもそも婚礼の席で強さなど見せようがないのだ。
    祝いの席に剣など以ての外であるし、殴り合う訳にも行かない。
    そもそも結婚式という大切な絆を結ぶ席ではたとえ腕相撲であっても、優劣を決める勝負事などご法度なのだ。
    他に見せるとしたら力試しくらいだが、宴席にはそのような遊び道具など…
    無いのだが…

    遠目で見ていたウゴールには会話など何も聞こえなかったが、男の子に呼ばれて男が1人振り返った。
    距離感から言って父親だろう。
    ウゴールは、冒険者を引退してから迫り出し始めた我が腹を随分太いと思っているが、彼の父親はさらに上背もあり恰幅もいい大男だった。
    なるほど先程彼が言った剣士の象は自分の父親をベースに考えられたものだったのか。
    エルランドの太もも程の腕と小型の盾程もある手のひら。
    身なりからおそらく商業を生業としているのだろうということが伺えた。
    先程男の子が言っていた父の仕事というのはそういう事か。

    確かに、まるで逆だ。

    何も知らない人間が見たら彼の父親とエルランドの職業は逆だと思うだろう。
    エルランドはぺこりと腰をおり先に挨拶をしたようだった。
    そして何事か話している。
    挨拶を返し、ひと言ふた言エルランドと言葉をやり取りした父親が急に天を仰いで額を押え、男の子の頭に軽く拳を落とした。
    まぁ、そうなるような気はしていた。
    ウゴールがその立場でもそうする。

    彼の父親がこの婚礼の主催者とどのような関係なのかは分からないが、少なくとも我々冒険者ギルドよりは近しい関係性のはずだ。
    そして子供を連れての出席ができるような間柄なのだろう。
    自分の息子が宴席で急に知らない大人の手を引いて強いとこ見せてもらうと言ってはしゃいでいたらウゴールでもゲンコツを落とすと思う。

    げんこつを食らった男の子は頭を押えながらもなにか喚いてさらにゲンコツを食らっている。
    父親にぶたれた頭を撫でようとしたエルランドの手を払い除けてはまた父親からゲンコツを食らう。
    結婚式の会場に招かれていながら可哀想な事だ。
    しっかりとした子供用の礼服を着させてもらっておきながら腕まくりをして好き勝手に遊び回るようなやんちゃぶりなので、珍しいことでもないのだろう。
    男の子が叱られているので、同年代だろうと思われる他の子供たちがからかうために近寄って来ている。
    涙こそ見せていなさそうだがエルランドと自分の父親を指さして何事か喚いているようだ。
    子供たちの笑い声とはしゃぐ声が不明瞭ながらベンチまで届く。
    「子供は元気な方がいいけど、あの子はまたきかん坊だねぇ。」
    モイラが飲み物をかたむけながら笑った。
    数人の男の子に囲まれてエルランドはしばらく思案し、男の子の父親の方に向いて何事か提案した。
    父親は自身を指さして驚いたような顔をしている。
    そして直後に、近くのテーブルに着いていた男たちからどわっという笑いとはやし立てがおこった。
    …。なんだろう。止めに行くべきことが始まるんだろうか?
    ウゴールが少し身構えると、モイラがその腕をポンポンと叩いた。
    「大丈夫。
    不穏な野次じゃない。
    音も鳴らしてくれるようだから紳士の遊びと思って良さそうだ。」
    「音??
    というか、モイラ様、あんなに遠くの声が聞こえるのですか?
    私は全く聞こえませんが…」
    「魔道具を付けてる。
    なんにも着けてなかったらこんな婆さんなんか後ろに立ってるあんたの声だって全部は拾えやしないよ。」
    言ってモイラはウゴールの方へ耳の後ろに取り付けた細長い飾りを見せた。
    「魔道具だったんですね。
    気が付きませんでした。」
    「もっと簡単に作れる道具なら世の中の老人が全員使えるんだがねぇ。
    ……ほら、遊びが始まるようだよ。」
    モイラの指さす方を見ると、
    プァ!とラッパが吹き鳴らされた。
    拍手と野次を受けながら
    エルランドがテールベルトと三重襟を脱いで近くの椅子に置いた。
    そして胸に垂らしていた髪を背中側に掻きやる。
    「服を汚すなとは言ったけど、脱げとは言ってないんだがね…」
    「面倒くさそうにしてますね。嘘でも少し楽しそうにしてればいいのに。」
    「ふふ。
    面倒くさそうとわかるのは冒険者ギルドの人間くらいだよ。」
    「そうですか?
    ではあそこにいる方々は何と思っているのでしょう。」
    「さぁねぇ、それはそれぞれだろうけど…」
    エルランドが襯衣の袖をめくりながら父親の前に行き、少し申し訳なさそうに何事か告げている。
    了承の頷きの後彼は手に持っていた飲み物をテーブルに置き、上着だけを脱いで放った。
    それを確認するとエルランドはスっと身を屈めて父親の背中に片腕を回し、もう片方の腕で彼の膝裏を叩いて事も無げにその巨体を横抱きに持ち上げた。

    一瞬シンと場が静まった。

    「うううわっ」
    その空間に、持ち上げられた当人の慌てた声だけが響いた。
    そりゃそうだろう。あんな風に抱き上げられるなんて、体の大きな男ならほんの子供の頃に父親か母親にされたきりのはずだ。
    エルランドはニコッと笑い、男の子の方を振り返った。
    どっと野次と歓声が沸き、子供たちの笑い声が響いた。
    エルランドは、腕に抱えられて変な形で縮こまっていた巨漢に、何事か告げた。
    うろたえた顔のまま、頷くと胸の前でわななかせていた腕をエルランドの肩に回した。
    それを合図にしてあろうことかエルランドは彼を抱えたままくるん、くるん、と2回ほどターンする。
    相当な重量が足元にかかっているはずなのにものともしない。
    「…いやほんとに怪力ですよね…スキルがあるんでしょうけど。
    あんな巨体抱えたら私なら膝と足首に来ますけどね。」
    「あの馬鹿借り物の靴だってこと忘れちゃいまいねぇ。
    いつもみたいに鉄板仕込んだ靴底じゃないんだから変な動きしたら壊れるかもしれないのに」
    「それを思うと、我々がいつも身につけている衣服は割と特殊ですね。」
    「旅が日常だった人間はそうなっちまうねぇ」
    抱えられていた父親が、エルランドの肩をポンポンと叩き、なにか興奮した様子で言っている。
    対するエルランドも、おそらく声を出して笑って頷き、ストっと彼を下ろした。
    なんだろうかと眺めていると、父親はまじまじとエルランドの腕を見ている。
    まあ、不思議ではあると思う。
    頑丈に鍛えられているとはいえ、スラリと長いあの腕のどこにそんな非常識な力があるのか困惑したことだろう。
    不意に父親はエルランドの両脇に手を入れ、ひょいと持ち上げた。
    思ったよりも軽かったらしくさらに困惑した顔になっている。
    困惑した顔のまま、エルランドを空中で揺すってみたりしている。
    それほど思いがけず軽かったのだ。
    足をぶらぶらさせてエルランドはケラケラ笑っている。
    「口を開けて笑うなと言ったのに」
    モイラは不満げに呟いたが、おそらく、あの場にいる男連中はそうは思っていないだろうとウゴールは思う。

    スンとすました美形の、そつのない男がモテるのはわかるし、相対する人物が男だろうが女だろうが、エルランドの纏う気安さは澄ましていようとも相手を緊張させない。
    おそらくこんな席だからと遠慮して遠巻きに見ている女性たちからは、会場に着いた時のエルランドの方がきらきらしく見えていただろう。
    だが………

    ウゴール自身、冒険者をしていた頃に時々ドランのギルドで見かけるエルフのギルドマスターは洗練された姿だなと思っていたのだ。
    ただ、ギルドの奥にちらっと見かけることのある真顔のエルフよりも、馴れ馴れしくにっこりと笑いかけられた時の方がうんとドキッとしたものだ。
    …そう、本人の中身を何も知らない時、今よりも20年ほど若い時、確かにドキッとしたことがある。
    おそらくこちらの名前も知らない馬鹿マスターに、なんの話だったかも覚えていないが正面からにっこり笑って話された時に心臓がはねたのだけは覚えている。
    だから、おそらく、……分からないが、おそらくあそこにいる男連中の何人かはいま少しドキッとしたのではないかなと思うのだが。
    とん、と芝生に降ろされた後、エルランドは両手で拳を作って男の子に笑って見せた。
    途端に男の子たちが我も我もとエルランドの腕に飛びつく。
    大勢の子供たちに飛びかかられたら引き倒されそうな風情の細身のエルフは
    やや迷惑そうにしながらではあるがよろめくこともせずに代わるがわる子供たちを高く抱き上げる。
    子供たちと言っても、やたら小さい子供たちという訳では無いのでなかなか大変そうには見える。
    肩車をせがまれて頭にしがみつかれたりしているため、多少髪が乱れたような気もする。
    わらわらと子供たちと紛れていると、
    既にほろ酔いになっているらしい男連中のうちの何名かが自分も抱き上げてくれと笑いながら挙手をしている。
    微かに、重たくないわけではないんですよ!といつもの調子で笑いながら喋っているのが聞こえた。
    仕事の関係ない場所での男ばかりの集まりには、多少の雑さが必要な気もする。
    礼服を放り出した美麗なエルフはちょうどいい雑さに降りたのだろう。
    勿論ここは婚礼の場だ。
    あまり羽目を外すようなら止めに行かなければならないし、長引くようなら礼服を着るように言いに行かねばならないとは思っている。



    華やかで優しい音楽を聴きながら、若いふたりの結婚宣言を聞いている。

    飲み物が置かれた低めの大きなテーブルと、
    一人掛けの椅子、
    モイラの椅子は配慮でソファになっている。

    ウゴールは隣の椅子に座っているエルランドの膝を見る。
    その膝には結婚宣言の始まりの挨拶のすぐあとから2人男の子が取り付いている。
    1人は芝生に膝を付き、エルランドの膝に顎と腕を乗せていて、もう1人は片膝に尻を乗せて、まるで親にするように、エルランドの胴にベッタリと背中をくっつけて座っている。
    2人でコソコソと小さな声でエルランドになにか話しかけては楽しそうに声を殺して笑っていて、膝の上に座っている方の子に関しては、手に握りしめて持ってきている小さなおやつを時々エルランドの口にねじ込んでいる。
    当のエルランドは、自分に話しかけてくる子供に向かって人差し指を口に当てて静かにするよう促したり、口にねじ込まれるものを咀嚼したりと忙しい。
    ただ口にねじ込まれる何かは案外好きな味らしく機嫌が悪い訳では無い。

    膝にくっついているのは先程父親からゲンコツを三回貰っていたやんちゃ坊主で、膝に乗っているのはもう何歳か歳の低い男の子のようだ。
    二人とも礼服の尻や膝に芝生を転がってついた草切れをつけている。
    少し離れた席から、彼らの父親が申し訳なさそうな、ハラハラしたような顔でこちらを伺っている。
    ウゴールはそれに目配せで返事する。

    子供相手に、多少は優しくしているが、エルランドの子供への対応もあまり甲斐甲斐しいとは言えない扱いなのでこちらもハラハラせざるを得ない。
    「あれね、母さん。」
    小さな囁きが隣から聞こえた。
    見ると膝の上の男の子が花嫁の後ろに立つ介添え役の女性を指してそう言っていた。
    なるほど、この子は花嫁の身内の子供か。
    「じゃあ、母さんに行儀のいいところを見せないといけないですね。口を閉じて前を見て。」
    「母さんがいたらいつも母さんの横に座ってないといけないんだよ。
    だから今日はそうしない日なの。」
    「いや、君、絶対母さんから見えてますからね。」
    「見てるかなぁ…」
    しめやかな言葉と音楽の中、男の子が小さく母親の方に手を振った。
    母親は先程から我が子が他人の、しかも客の男の膝の上に座っていことに気がついているようだった。
    しかもその男は見たこともないエルフで、自分の夫はその副官らしき人間に目配せで申し訳なさそうにしているし、我が子はなんだかよく分からないものを男の口にねじ込んで食べさせているし、ましてや長く垂らした髪を両手でくちゃくちゃにもんだり付け髭の真似事をして友人と笑っているしで本来ならば怒声と共に耳を引っ張って連れ帰したいところだろう。

    花嫁の介添え役ではそれも叶わないのだが。

    「ねえ、エルランド氏は結婚はしないのですか?」
    膝に顎を乗せている男の子が自分もエルランドの髪先を引っ張ってそう聞いた。
    その質問にまたしぃっと指を口に立てたしなめたあと、エルランドは「していましたよ、昔。」と答えた。
    そして「私の妻だった方はもう私の隣には居ませんがね。」と笑った。
    ウゴールの目から…というより、ウゴールくらいの付き合いの人間からしたら、それは特段なんでもないエルランドの喋り方で、「書類仕事は眠くなる」という言葉と同じ程度の重さだとわかったが、幼い男の子の耳にはそうではなかったようだった。
    「あの、ごめんなさい変な事聞いて。」
    少し申し訳なさそうにエルランドの服の膝の部分をクシャッと掴んで俯いている。

    いやいや、何を勘違いしたんだろううちのギルドマスターはドラゴン好きが込みすぎて奥方に捨てられただけですけど?

    「変なことではないですよ。
    事実ですからね。」
    そう言ってエルランドはよっこいしょ、と芝生座っていた男の子を抱き上げて空いていた片膝に乗せた。
    「さぁ、もうすぐ拍手をしなければいけない時間ですよ。
    地面に座ったままではなくてちゃんと新郎新婦の方を向いていてください。」
    見渡すと、各人の目の前に乾杯用の大ぶりの杯が配られていく最中のようだ。
    子供には子供用の飲み物がきちんと配られるようでそちらはフワッと湯気がたっている。
    エルランドとモイラにも子供たちと同じものが配られた。
    事前にウゴールがそう頼んでおいたのだ。
    それを見て二人の男の子は不思議そうにしている。
    「エルランド氏はぼくたちと同じなのですか?大人はみんな今日のお祝い用に仕込まれた酒だって父さんが喜んでたのに。」
    「エルフのおばあちゃまも同じやつだ。」

    ところで男の子がずっとエルランドのことを「エルランド氏」と呼んでいるのがとにかく面白い。
    どういうつもりなのだろうか。

    「私酒は苦手なのでこちらの方がいいです。
    暖かい果実糖の飲み物は珍しいですね。
    香りも優しくて今の季節にピッタリだ。」
    「これも今日のために春先からずっと用意してあったものだから、このお祝いの席でしか飲めないものです!
    僕の父さんの商会が用意してる得製品で、
    僕もお酒よりこっちの方が美味しいと思います!」
    「それは貴重な飲み物ですね。
    でも君はまだお酒は飲めないでしょうに。」
    「夕食がお肉の時に母さんが果実水で割ったものを僕にも出してくれるので飲んでます!」
    「それは失礼、立派な食卓です。
    しかしなんにせよ私は酒という飲み物よりも、果実水や甘い焦がしミルク、柑橘を散らした冷たくて酸っぱい砂糖水の方が好きなもので。
    そうでなければお茶がいいです。」
    エルランドがそう言うと、
    手に余る大きな器を両手で抱えて、一瞬男の子は黙り、目を見張って口を一文字に結んだかと思うと歯を見せて笑った。
    「僕もそっちの方が好き。」
    「僕も!」
    「あの、大人でもお酒好きじゃないって言っていいのですか?」
    「手渡されたら決して嫌いとは言いませんよ。
    ただ、選べるなら断然甘い飲み物の方がすきというだけです。」
    さあ、そろそろ飲み物を掲げないといけませんよ。
    エルランドは両膝に乗せた男の子二人を促し、自分もたっぷりと注がれ、花弁を散らされた湯気のたつ器を片手に持った。
    祝杯の合図待ちで会場がややざわめき出す。
    静かで無くなったためか、歳の低い方の男の子がエルランドを振り返る。
    「あのね、今日花嫁してる姉様が、ここに来てる子供用に的当てを用意してくれてるんだよ。
    ギルドマスターは弓矢得意?」
    「そんなに得意ではありませんが、止まっている的になら当たると思いますよ」
    「ほんと?
    じゃあ僕と一緒に射て!
    的中させたら景品もあるよ!」
    「景品ですか。」
    「そう!木でできた剣とか耳につける羽飾りとかさっき見たらたくさんあった!」
    「何か欲しいものがあるのですか?」
    「ドラゴンの絵が彫られてる首飾り!」
    「ほう!なかなか趣味がいいですね!」
    「じゃあ一緒に弓引いてくれる?」
    「いいですよ。
    ドラゴンを射抜くなどなかなか夢のある催しだ。」
    ふふっと笑ってエルランドがそう言うと、商会の息子が振り向きながら首を傾げる。
    「エルランド氏はドラゴンが好きなのですか?」
    「もちろん!大好きですよ。
    この世で一番好きです。
    あ、ほら、杯を掲げる用意をしてください。
    合図があったら新郎新婦から見えるようにしっかり掲げて下さいね。」
    高らかにラッパが鳴らされ、新郎がなみなみと注がれたガラスの杯を高く持ち上げる。
    歓声とともに来場者達が一斉に杯を掲げた。

    「ぁっ、わっ…」

    子供の小さなあわて声が隣から聞こえたので、ウゴールは杯に口をつけながら目をやった。

    「おっ……とと、」

    高く掲げすぎた大きな器をエルランドの肩口に取り落とす男の子と、
    暖かい飲み物が男の子の頭に降りかかるのを咄嗟に庇って半身でそれを被るエルランド。
    真横で飲み物を被る所を見てしまい驚いて自分も器を取り落とし、エルランドの腹を追い打ちでびしょ濡れにする男の子。

    要は子供2人に暖かい砂糖入りの飲み物をかけられてべっしょりベタベタになったギルドマスターと、同じくらいべしょべしょになってしまった子供2人。

    絵面は悲惨なものだった。
    ごっ、ゴロゴロ、と、芝生の上を落とした器が転がる。

    歓声とラッパの音でかき消されてはいたが、花嫁の後ろで小さい方の男の子の母親が「何してるの!」
    と叫び、近くの席の参列者がどよめく。
    ウゴールの隣でモイラが不穏な気配を出し、彼ら二人の父親が自分たちの席を立って足早にやってくるのが見える。

    「あ…ごめ…」
    「ごめんなさい!」
    胸に垂らしていた長い髪の下半分は飲み物で濡れ、モイラが手配して本日彼を飾っていた美しい礼服は砂糖入りの飲み物で大きくシミを作っている。
    シミを作っているというか、そもそもびしょ濡れだ。
    2人の髪と首元を確認し、エルランドはほっと息をついた。
    「頭と顔にはかかっていないみたいですね。
    幸いです。」
    膝に座ったまま蒼白になる男の子2人にそう言い、エルランドは自分の手にあった器を口元につけ、ゴクッとひと口中身を流し込んだ。
    ひと口味わったあと、ぺろっと唇を舐め片眉をあげる。
    「うん、確かに。この日のために用意されただけあって非常に美味しいですね!
    君が言った通り春の香りがします。」
    ウゴールはため息を噛み殺し、自分の手の中の酒を口もつけずにテーブルに置き、立ち上がった。
    「ギルドマスター。坊やたちも、火傷等はありませんね?」

    そう声をかけると、男の子二人はぎくっとした顔でウゴールを見上げた。
    確かにエルランドに比べたら怖い顔かもしれないけれども…

    「熱い飲み物ではなかったから怪我はないよ。
    適温でした。
    それより、砂糖でベタベタだ。

    君たちはせっかくのお祝いの杯がダメになっちゃったからもったいなかったですねぇ。
    回し飲みで良ければこちらをどうぞ。」
    色々な意味で(遠くから自分たちの父親が血相を変えてやってきているし)縮こまる二人に、エルランドは先程自分が口をつけた杯を差し出した。
    「あの、服をびしょ濡れにしちゃってごめんなさい…」
    「僕も…あの、すみません、髪も汚してしまいました。」
    「冒険者は衣服や髪の汚れなど気にしません。
    そんなこと気にしていたら目の前の素晴らしいものに手を伸ばせないかもしれませんしね。」
    エルランドは子供二人を抱きあげようとしたウゴールを片手で止め、自分で膝から抱き下ろした。
    「ウゴール君まで汚れる必要はないよ。
    ………とはいえ、私は着替えないといけないけどね。
    この子達も。
    さぁ、お祝いの席てのおめでたいものは口にしておいた方がいいですよ。
    私との回し飲みで行儀は良くないですが。」
    そう言って再度、子供たちに杯を差し出す。
    エルランドがどうやら怒っていないと解り、差し出された杯を受け取ってかわるがわるこくっと飲んだ。
    「美味しい」
    「はい、とても良い品物ですね。
    君の父上が用意したせっかくのお祝いの杯をダメにしてしまったのは残念ですけど、味は覚えておかないといけません。
    そしてぜひ一般流通に乗せた売り物にしたらいいです。
    非常に気に入りました。」

    大金かかった礼服をダメにされたというのに小言よりも杯の中身に対する賛辞ですか。
    「しかし着替えなど、ありませんよね。」
    「アイテムボックスに一応あるんだよ。
    ……ちゃんとしたやつじゃない普段着だけど。」
    「そうですか。」
    「さあ、君たちの父上が来たらまずは宴席ではしゃぎすぎたことを一緒に謝りましょうか。
    そして主催の方に着替えをする部屋をお借りしなければいけませんね。」
    「……父さんに、すっごく怒られるかも……」
    「僕はまたゲンコツだ……強めのゲンコツだ…」
    「ではこうしましょう。」
    エルランドは片手に1人づつ子供を抱き上げた。
    「私にくっついていたらいいですよ。
    さすがにぶたれはしないでしょう。
    特に君」
    そう少し笑いながら歳が低い方の子をじっと見る。
    「掲杯が終わったからだと思いますが、君の母さんがこっちへ走ってきてますからね。」
    「……耳を引っ張られて怒られる……」
    男の子はエルランドの肩に顔を押し付けて胸元の服をぎゅうと握りしめた。
    ウゴールはじっとエルランドに目を向ける。
    「なに?」
    「私はモイラ様をお一人にするわけにはいきませんのでご一緒出来ませんが……」
    「ああ、うん、よろしく頼んだよ。
    そう長居もしない予定だし、さっさと着替えるよ。」
    「くれぐれも……お気をつけくださいね。」



    冒険者ギルドもそうだが、商人ギルドの性質も街の産業によって幾分づつか違う




    疲労困憊
    その一言に尽きる。
    ウゴールは帰りの馬車の中で眉間に指を当ててため息を噛み殺した。
    行きとは違う服を着て少し髪も乱れ、やや酒臭いエルランドがウゴールに寄りかかるように船をこいでいる。
    いつもなら仕事中ですよ!と揺さぶってやるところだが今日は仕方ないような気がしている。
    そして行きはモイラの隣に座っていたエルランドがなぜウゴールの隣で船を漕いでいるかと言うと、
    「……」
    正面の椅子でモイラが横になっているからだ。
    揺れで転がり落ちてしまわないように子供用の手すりまで立てて目を閉じている。
    …………これも仕方がない。
    ちょっと無理をしすぎていた。
    目の前で横になっちまって悪いね…と口では言いながらも馬車が走り始めた途端目を閉じてしまったので本当に限界だったのだろう。
    それは本当に自分の配慮が足りなかった結果でもあるので反省すべきところもあるのだ。
    「……」
    あるのだがそれはともかく…
    「……」
    目を閉じるモイラの周りが、矢車型の小花で覆い尽くされていて、
    ……こんな言い方をしてはなんだか、モイラの顔色もあまり良くないことも手伝って、召されたのかと思うような見た目になっているのだ。
    もちろん、葬儀に使うような花では無いのだが……

    あの後、エルランドが子供たちを抱えたまま去った後…………我が子の所業に平身低頭の父親2人、怒り顔の母親2人に連れられて去った後……モイラの元に色んな花を抱えた子供たちが押し寄せたのだ。
    中には男の子も居たし、なんなら数名の母親もやり方を見に一緒に来ていた。
    断る訳にも行かず次々と子供たちの髪を飾りつけることとなり、婚礼の席だからと気を張って笑ってはいたが。
    馬車に乗るなりエルランドを押しのけてパタンと横になってしまった。
    そしてエルランドも……
    アイテムボックスに持ってきていた服ではなく、どうやら用意してもらったらしいきちんとした服を身につけて戻ってきた。

    酒気帯びで。

    少々ふらついているようだったので早めの撤収を試みたのだが、モイラは職人のように子供たちを飾り付けているし、エルランドは子供たちに言われるがままに的当てに行ってしまうし、あまつさえ、酒のせいで赤らんだ目元のまま弓の引き方をニコニコと教えているし、
    それからはもう、止められなかった………………

    エルフという人種は……

    腕組みをしてウゴールは考える。
    これまで冒険者としてしか関わったことの無い人種であったけれど、もしやとても魅力的と感じてしまう人々なんだろうか……?
    例えばダンジョンのドロップ品で言えば希少な宝箱だとか、深部にしか出ないレア素材だとか。
    身近なエルフがエルランドしかいないのでそう思ったことはあまり無かったのだが、今日の出来事がもし婚礼の席でなかったら…………。
    もしくはこんなに裕福な人々しか来ない式ではなく、もっと街中のガヤガヤした結婚式(独身者の出会いも兼ねた式)であったら、もっとあからさまに彼は人に囲まれていただろうと思う。
    今日彼にくっついていたのは小さな男の子だが、それは良家の息女がみだりに父親や兄弟以外の男に近づかぬよう教育されているからだろう。

    エルランドが酒で少し細めた目を雛壇に向けてぽつりとこぼした
    「矢を当てたらあの花下さいますか?」
    という言葉に、矢を射ずともすぐに矢車の花が手渡されたくらいだ。
    欲しかった花を手渡されにっこにこでウゴールの元に帰ってきたあとも次々と色々な人物から同じ花が手渡された。

    主に子供や酔っ払いからではあったが。

    彼がもっと若く、もっとキラキラした性格だったらどんなことになっていたのだろうと想像すると恐ろしい。

    「んが……ぁ……寝てた……」
    馬車の揺れでエルランドが目を開ける。
    手のひらでまぶたを抑えて擦りながらため息をつく。
    「眼球が熱いんだけど……酒を飲んだ後ってこんな感じだっけねぇ……不快だよ……」
    「ギルドまでもうしばらくかかりますよ。
    寝ておられては?」
    「……うん、そうしようかな。」
    ウゴールとは逆側、背もたれと壁にダラっともたれてエルランドは再度目を閉じた。
    「……私が着ていた服、どうなったの?」
    「坊やたちの両親がどうにかしてくれるそうですよ。
    良い品物なので可能な限り染み抜きするそうですが、無理そうなら弁償するそうです。」
    「そう、……はー…………ちょっとほっとしたよ。
    もう子供の相手は嫌だなぁ。」
    「傍から見ていたら楽しそうでしたよ。」
    「……そりゃぁ小さい生き物は動物だろうが人間だろうがみんな可愛いよ。
    でもさ、
    ……次の行動が予測できないんだよねぇ……」
    「お言葉ですが、あなたの次の行動も予想が難しいんですがね。」
    「………」
    「今日の坊やはきかん坊でしたが、立場ある男性に話しかける時には連れの女性に飲み物を渡して会話の了承を得ることも心得ていましたし、失敗してしまった時に正面から謝罪していましたしなかなか出来た子だったとも思います。
    私は今日のあんたがご婦人の扱いや礼儀作法を守れることに感心していましたが、
    まだ10年生きたか生きてないかの坊やでもできることなんですねぇ。
    それにそもそも」
    「……うん、ちょっと声は聞こえてるんだけど内容理解できなくなってきたから寝るね……」
    「…………そういうとこですよ馬鹿マスター」
    スピ……と眉間に皺を寄せたまま寝始めたエルフを虚しく睨み、ため息を吐き、
    ウゴールは眠るエルフ二人にならって自分も目を閉じて腕組みをした。



    ギルドの前に馬車がつき、昼前に出かけた3人が帰ってきたことが伺えたが、なかなか降りて来る気配がない。
    また中でエルランドが2人から説教を食らっているのかと受付の中からヒソヒソしていると、キィ、と静かに扉が開き、エルランドを肩に担いだウゴールが降りてきた。
    荷物のように腹を持たれてぐったりとしている。
    長い髪がわさわさ揺れているが、本人はピクリとも動かない。
    「ふ、副ギルドマスター一体どういう……」
    「ああ、ちょうど良かった。ただいま戻りましたよ。
    女性二人ほど、馬車に乗っているモイラ様に付き添って家まで行って来て欲しい。
    だいぶお疲れなので着替えや髪解きなんかを手伝って欲しいんだが誰が行ける?」
    「え、ええ、と、はい、では力が強めなほうがよろしいですね、すぐに向かいます。
    ……えと、ギルドマスターは……」
    「ああこれは酒気帯びです。
    起きなかったので仕方なく担いできたまで。
    上の部屋の椅子にでも寝せておきます。
    そのうち起きるでしょう。
    後で水だけ持ってきてください。少し多めで。」
    「わかりました。」
    「もう時期夕方になりますが、私は着替えてから少しだけ業務に入ります。」
    いつも通り指示を出し、靴をならしながら奥に引っ込むウゴールの背中を見つめ、午前中見たギルドマスターは幻だったか……と、みなが肩を落とした。


    「頭が重い……」
    目を覚まして起き上がり、エルランドはそうつぶやいた。
    そしてキョロキョロと辺りを見回し、水差しを見つけるとノロノロと器に水を注ぎ口に含んだ。
    ぬるい水が舌を潤し、随分と喉が渇いていたことを思い知る。
    窓を見ると夕空だった。
    なんで寝てたんだったかと首をかしげてもういっぱい水を注ぐ。
    こくっと水を喉に流しこみながら自分を見下ろすと、見たことの無い服を着ている。
    「ええと……」
    眉を寄せ、空いている手を頭に置くと、かさり、と何かが指に触れた。
    「ん?」
    髪に引っかかっているらしい何かを引っ張ると、プチッと音がしてちぎれる感触があった。
    「なに……」
    手のひらを開くと、それは少ししおれた木の葉だった。
    一瞬で思い出す。
    結婚式に出席してなんやかんやあって酒を口にして………その後があまり思い出せない。
    「……ギルドか……。ウゴールくんは……」
    部屋は自分以外いなかった。
    業務用机の上には揃えられた書類があり、3分の1ほどが終わっている。
    羽根ペンやインクも片付けられており、業務途中ではないのがうかがえた。
    「……どうしよう……これ……怒鳴られるやつかな……そもそもモイラ様は……?」
    額に手をやり考えてみたが、どうにも頭が重くて答えは出ない。
    とりあえず、頭部に手をやる度に指に触って邪魔なこの葉っぱをどうにか除去したい。
    編み込みをグイグイ引っ張ってみたが簡単には解けないようだ。
    「……仕方ないか……」
    エルランドはもう一度水を飲み、部屋を出た。
    ギルドは夜間窓口付近以外は仕事じまいの時間だ。
    足早に解体倉庫の方へと向かう。
    まだ全員は帰宅していない時間だろう。
    「あれ、ギルドマスター今起きたんですか?」
    倉庫の扉を開けると解体台を清掃している若い職人が笑いながらそう言った。
    「私が寝てたことみんな知ってるんですね。
    ウゴールくんが見当たらないのですがどこにいるか分かりますか?」
    「副ギルドマスターですか?こっちには来てないッスけど……」
    「そうですか、いえ、それは別にいいです。
    ええと、ちょっと頼みたいことがあるのですが、もう清掃は終わりますか?」
    「あらかた終わってます。
    なんでしょう。」
    「私の髪を解体してもらってもいいですかね……ちょっと自分じゃもうどうにも。
    鏡を見れば解けるんですけど、飲酒のせいで頭が重くて。」
    エルランドはため息混じりでそう言った。
    「ぇ、ああ、まぁ、俺出来るかな……その髪どうなってるんスか。」
    「五箇所ほど紐止めしてあるので探して解いて下さい。
    頭蓋の中から傷つけないように脳みそ取り出すよりは簡単だと思うのでできるでしょう、多少引きちぎっても構いませんよ。」
    「いや、……頭蓋の中身と頭髪とあまり関係ない気もしますけど、とりあえずまだ頭部の詳細な解体任されたことないんでちょっと待っててください。」
    若い彼は倉庫の奥で刃物を片付けている中年の2人の所へ走っていき、連れてくる。
    エルランドは重たい頭を解体台に預けてぐったり床に膝を着いた。
    「ギルドマスター、そんなとこに座らないでくださいよ!
    掃除したばっかでまだちょっと床ぬれてますから!」
    「……なんでもいいんで早く髪解いて下さい。」
    「なんです?元気ないですね。髪をほどけばいいんですか?」
    「お願いします。
    速やかに髪からその葉っぱを除去していつもの姿に戻りたいです。」
    「受付のお嬢ちゃんたちに頼んじゃダメなんですかね。
    喜んでやりそうですけどねえ。」
    「‍いくら調子が悪くても女性に頼むのは流石にダメです。」
    「……そっスか。
    んじゃまぁ俺らでやりますけど……」


    ウゴールがエルランドを探して倉庫にたどり着いた時、エルランドは解体台にうつ伏せで横たわり、屈強な解体職人たちがその頭部から木の葉を取り除きながら編み込みを解いているところだった。
    「……どういう状況ですか……」
    「あ、ウゴールくん。
    ごめんね馬車で寝ちゃって。
    運んでくれてありがとう。
    今あらかた聞いたよ。
    モイラ様もおつかれだったみたいだね。」
    「……それはまぁ、そうなんですが。
    馬鹿マスター、解体されとるんですか?」
    「見苦しいのは承知の上だよ……でも元の姿に戻る方法がこれしか思いつかなくて……」
    「貰った杯は強い酒だったんですか?」
    「……どうだろう、よく分からない。
    口当たりは軽かった。
    正直美味しかったから全部飲んだ。
    そしたらこの有様だよ。」
    「先様にそのつもりは無いでしょうが……悪い手に引っかかる若い娘のような有様ですね。
    いい歳して本当に…………。
    しかしまぁ、それに関してはこちらも申し訳ありません、目が届いていませんでした。
    まさか着替え用の部屋で酒を渡されるとは思ってもおりませんでした。」
    「いや、わたしも断れなかったから……。
    とはいえ……本当に不快だ……頭は重いし、何だか気分まで悪い気がする。
    あんなになんにも食べられなかったのに、ちっともお腹すいてないんだよ……おかしくない……?」
    「二日酔いですかね。
    水飲んで塩舐めて寝てれば治りますよ。」
    「虫みたいな一晩を過ごせってことだね……はぁ……不本意極まりない。」
    「ともあれ本日はお疲れ様でした。」
    「ウゴールくんこそお疲れ様だったとしか言いようがないよ。
    色々と手回しまでありがとう。
    最終的に生き残ったの君だけだったね。」
    「……まぁ、相手が子供だと無下にもできませんしね。」
    「ん!!あれっ!?私が貰った花は!?!?」
    「……本当に今ぼんやりしてるんですね。この倉庫の隅に全てまとめて置いてありますよ。」
    「そう……よかった……むふふふ。」
    「気持ち悪い笑い方しないでください。
    あんたに今日懐いてた坊やたちがその姿を見たらどう思うか……」
    「もう会うこともないと思うけどねぇ、ドランの子たちではなかったようだし。」
    「そういう問題では無いですけどね。
    …………まだ葉っぱ取れないので?」
    「いや、あと一本で終わりッス。
    良くもまぁこんなにたくさん髪の毛の中に葉っぱ入れましたよねぇ。
    髪結の職人に素材バラしさせたらオレより上手いかもしれないっスね!」
    「お前がちぃっと雑なんだよ。
    お前の爪は折っても生えてくるが死んだ魔獣の爪は折れたらクズ素材になるだけなんだからな。」
    「スミマセン。」

    はさっと最後の若木が抜き取られ、きっちり編み込みのされていた髪が全て解かれた。
    「ありがとうございました。
    はー……本当に沢山編み込まれていましたねぇ。
    意味がわからない。」
    エルランドはむくりと起き上がり自分の頭を触りながら引き抜かれた青葉を眺めた。
    「……ばらし髪でちょっと見苦しいけどローブ被って帰ればいいか。」
    本日限りの手入れが届いた髪を耳にかけてエルランドはため息をついた。
    そしてまた額を抑える。
    「頭重い……もう家になんか帰らずにここで明日まで寝てたいくらいだよ。」
    「そうされますか?
    明日朝もイラ様が来られた時に大目玉だとは思いますが。
    来られればですが。」
    「さっき聞いたけど、そんなにお疲れだったんだね。」
    「覚えていませんか?
    あなたを押しのけて馬車で横になられたじゃないですか。」
    「……その辺の記憶が曖昧なんだよね。」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏😭💕❤💞💴💴💴💴💯🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator