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    やきが氏

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    やきが氏

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    その2

    正装のエルフと


    「従姉妹の姉様の婚礼であんなにはしゃぎ回るなんて。
    おじ様がご招待したお客様のお洋服も汚してしまうし、父さんが次にドランに行くのが早まってしまったわよ?」
    「ごめんなさい…」
    行きとは違う服を着せられ、馬車の椅子にしゅんとして座り隣の母親からの小言を大人しく聞きながらドラゴンの彫り物の首飾り(いかにも子供だましの)をてのひらの中で弄ぶ。
    「それに姉様の結婚宣言の時にお客様に何度も静かにするよう注意されていたでしょう?
    行きの馬車の中で母さんとも約束したわよね?
    人がお話をしている時はお行儀よくしているって。」
    「それは、だって、だってね、見たかったんだもん…」
    不満げに口をとがらせて彼は隣の母親を上目遣いに見上げた。
    行きがけはきちんとセットしていた髪の毛が、襟足に飲み物をかぶったことで洗い流したので、いつも通りふわんと巻き毛に戻っている。
    そのふわふわの短髪を強めに撫でて母親はため息を着く。
    「見たかったって、一体何を?」
    「ギルドマスターが、しぃーってするとこ何回も見たかったんだもん…。」
    「ええ?」
    「にこって笑ってしぃーってするとこ見たかったから何回も話しかけてたの。
    だから仕方ないでしょ。」
    「仕方ないって…
    あ、あとそれから、握りしめてたお菓子を人の口に押し込むのもダメ!
    だいたい何を食べさせていたの?」
    「あれも仕方ないんだもん!
    子供用のお菓子台の上にあった揚げた果物美味しかったから食べてもらいたかったんだもん。
    お菓子もぐもぐする時ちょっとだけ鼻歌うたうのが何回も聞きたかったんだもん!
    お菓子もぐもぐしてる時だけしか歌わないから何回もやらなきゃいけなかったの!」
    「………」
    あのエルフの人はいったいどういう人だったんだろう…
    と、鼻息荒い息子の話を聞いて不思議に思う。
    確かに…そりゃ確かに素敵な出で立ちの人ではあったのだけど、目の前にした時には砂糖水まみれで両腕に汚れた男の子を一人づつ抱え、高そうな礼服を腹から下、そして見事な金髪を下半分びちゃびちゃのベタベタにされていたのにニコッと笑って「私たち3人ではしゃぎすぎてしまいました。申し訳ありません。」と詫び事を口にした。
    彼の後ろにいた恰幅の良い副官が微妙な顔をしていたのは、息子達がやらかしたおイタについてなのか、自分の上司がおおらかすぎることに対してだろうか。
    測りかねた。

    夫が着替えの礼服を急ぎ用意して渡し(というか酔っぱらいが出ることを想定してそもそも会場である邸宅に何着か用意があったようだ)息子たちと一緒に控えの部屋で着替えたようだが部屋の外で待っている時にも中からは子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきていた。
    それから夫達の叱る声も。
    着替えの時にまで何をやらかしたんだろう…。

    「人が着替えている時に不用意に体に触ってはダメだということはわかったな?」
    正面に座っている夫が厳しい顔でそう息子に話しかけた。
    「はい。ごめんなさい。
    今度からちゃんと聞いてから触ります。」
    しゅん、としおらしく息子は謝罪したが、夫は首を振って呆れ顔になる。
    「いや、そうじゃなくて、触らないようにしなさいって言ってるんだよ。」
    「え、何?どういうこと?」
    「だってギルドマスターのお腹、割れててかっこよかったんだもん。
    僕もあんなお腹になりたい。
    あとここら辺も、めこってなってて、かっこよかった。
    父さんみたいにフサフサもしてなかったし。
    でも、ごめんなさい。ギルドマスターが顔を拭いてる時におへそに指突っ込んだらびっくりして飛び上がっちゃったの。
    父さんのお肉に引っ込んだおへそは指突っ込んでもなんともないからギルドマスターも一緒だと思っちゃって…」
    自分の腹や胸をさすりながらそういう息子に目眩がしそうになった。
    着替えるために服を脱ぎ、砂糖水でベタついた顎や腹や足を拭く必要があったため、しぼった布を数枚渡していた。
    だからおそらく体を拭いている時に触ったのだろう、腹や胸を。…臍を…。
    そりゃあ元冒険者であれば……引退後に激太り等していないかぎり商会で働く男たちよりは筋肉質だろう。

    本人は着替えたあとも的当ての相手や、トリモチ式の弓の引き方を子供たちに請われて教えてくれていたので、本当に何一つ気を悪くしてはいないようだったが…親としてはそうもいかない。
    「正直俺も、彼には悪いことをしてしまったかもしれない。」
    夫がそう言って少しため息をついたのでわけを聞くと、
    「とんだ粗相を被らせてしまったからな、着替えの後に謝罪する時、商会の兄貴と小さめの酒杯を用意して渡したんだ。
    もちろん俺と商会の兄貴も1杯づつ。
    にこやかに受け取って貰えたんでほっとしてたんだが、」
    「ギルドマスターはお酒より甘い飲み物の方が好きなんだよ。
    でもお酒は貰ったら嫌いとは言わないって言ってた。」
    「だそうでな…目元を赤くしたまま弓引きの相手をしたりしてくれてたから、結構体調悪かったんじゃないかと思ってる。
    確かに飲み物ぶちまけた時に本人も果実糖の器を口にしてたから、気が付くべきだった。
    酒を飲まない男がいるなんて思いもしなくて。」
    子供の飲み物を浴びせてしまった上に、半強制飲酒。
    これであんなに素敵なしつらえの礼服の染み抜きが上手くいかなかったらどうしよう…。
    弁償するのは大したことでは無いが、そういう問題では無い。
    本人が何も気にしてなくてもだ。

    「ギルドマスターの肩のとこいい匂いがした。
    花とインクを混ぜたみたいないい匂いだった。
    父さんもあの香水つけたらいいのに。
    僕あの匂いなら好き。
    父さんがいつもつけてるやつはあんまり好きじゃない。」
    「???例外はあるかもしれないがおそらくエルフは香水なんてつけないぞ。
    もし良い香りがしたと言うなら香水ではなくて髪に編んであった木の葉の香りじゃないか?
    父さんみたいな短い髪には無理だ。
    それに父さんが頭に葉っぱなんかつけてたらおかしいだろ。
    …あと父さんがいつもつけてるやつはうちの一番人気商品だぞ…」
    「じゃああの葉っぱの木、庭に植えて!」
    「お前なぁ。
    そんなに懐くなんて珍しいが、ギルドマスターはそんなに優しくしてくれたのか?」
    「ううん。そういう感じじゃない。
    でもだって、あの、なんていうか…優しく…されたんじゃなくて…そうじゃなくて」
    息子は必死に知っている言葉を探している様子だった。
    正直、今日見た彼の容姿だけで懐くのも分からないでもない。
    背筋の伸びた立ち姿は美しいと素直に思った。
    若々しいというわけではなかったが、整いすぎたエルフの姿は、まだ10歳にも満たない息子の目には、これまで一度も見たことのない不思議な生き物のように映ったのかもしれない。
    それに…商会の兄貴の巨体を抱き上げたのにも驚いた。
    重たい!と言ってはいたけれど、重たいで済むような体格では無いのだ。
    それから正直に言うと、すまし顔が崩れてニコッと笑った時、少しドキリとした。
    どういうドキリなのか自分でも分からない。
    気まずさも混じったドキリだった。
    これが女相手だったらニヤつきそうな心持ちだったが……いや、相手が明らかに男だとわかる美形だったから余計に目玉がびっくりしたのかもしれない。


    物を流通させる仕事をしているとたくさんの商品を目にする。
    そして確かに、優れたものや綺麗なものというのは、人の気持ちを高揚させる。
    それは対象が生きた人でも適用される感情なのだと今日改めて思った。
    だからおそらく息子があのエルフに感じている気持ちは、根源まで行けば物欲なのだろう。
    相手が大人で言葉の通じる人間なので懐いていたが…。
    しかし…

    何回も見たい
    鼻歌が聞きたい
    いい匂い

    こんな言葉を子供に言わせるとは。

    「ギルドマスターがにこってするといい気分だった。
    だから優しくされたからとかじゃなくて、
    その反対。
    優しくしたかった。
    僕が美味しいと思ったものもあげたかったからあげた。」
    母親の腕にぎゅっと捕まって顔をうつむける息子を正面から見つめながら笑いがもれる。
    「…祝杯の中身かけちゃったけど…」
    喋ったりしゅんとしたり、今日はいつもよりも感情が忙しい。
    随分とあのエルフの容姿に心動かされたらしい。
    「じゃあ次に父さんがドランに行くまでに手紙を書く練習を進めたらどうだ?
    文章を書く勉強の時はいつも不貞腐れてるが、ギルドマスターに手紙を書けたらドランに行った時に届けてやるぞ。
    それとも手紙を出すのも自分でできるようになっておくか?」
    「手紙…」
    「聞けばあのギルドマスターは博識で有名らしいからな。」
    「はくしきってなに?」
    「とても賢くて物知りってことだ。
    きちんとした形式にそって手紙がかけたら、もしかしたら返事が貰えるかもしれないぞ。」
    「うん…うーん…。
    じゃあ、絶対じゃないけど、父さんが次にドランに行くまでに書いてみる…苦手だけど。
    なんて書いたらいいんだろう。」
    「まずは、お礼と、失礼をしてしまった謝罪。その後はお前が書きたいことを書いたらいい。それは自分で考えなさい。」
    「はい。
    ねえ、何書いてもいいかな。
    書いたらダメなこととかある?」
    「何を書こうって思ってるの?」
    「…わかんないけど、でも例えば、家で話しても良いけど、お客様の前では話しちゃダメなこととかもあるでしょ?
    手紙でもそういう決まりはある?」
    「…そうねぇ、そういう意味では注意点も少しはあるかしらね。
    それも合わせてお手紙の書き方だから…」
    「あのね、今日一緒にエルランド氏と遊んでたお兄ちゃんが、」
    「ああ、父さんの兄貴分のとこの息子とは今日初めてあったんだったよなぁ。
    あの暴れん坊にな。」
    「うん。
    おじさんにげんこつ貰ったりして怒られて、僕と同じくらい暴れて服も汚してたのにね、すっごくきちんとした挨拶をしてたんだよ。」
    「母さんたちにもご挨拶してくれたわね、そういえば。」
    「うん、副ギルドマスターに話しかけに行った時も、僕はどうやって大人に話しかけたらいいなよくわからなかったんだけど、エルフのおばあちゃまに飲み物を渡して、それから話しかけてた。
    そういうのもできるようになりたい。
    かっこよかった。」
    「あの商会は大きい上に兄貴の上にはさらに兄さん方が2人いるしなぁ。
    坊やの教育は結構小さい頃からしてるみたいだったもんな。
    それにあの子は好奇心旺盛で飲み込みも早いらしいしな。
    お前があの子を見てそうなりたいって思うのもわかるよ。
    ハキハキしてて気持ちのいい男の子だったもんな。」
    「うん。
    あのお兄ちゃんはもう手紙とかかけるのかな。」
    「そりゃとっくに贈り物の作法は教えてあるだろうな。」
    「…じゃあ僕、あのお兄ちゃんにも手紙書いてみようかな。
    書けたら。たけど。」
    「あら、いいじゃない。
    自分よりも先の勉強をしてる子を目標にするのはとても現実的で良い事だと思うわ。」
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